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コラム

『人事・HRフレームワーク大全』出版記念セミナー:組織の「見えない問題」を言語化する(セミナーレポート)

コラム

ビジネスリサーチラボは、202510月にセミナー「『人事・HRフレームワーク大全』出版記念セミナー:組織の『見えない問題』を言語化する」を開催しました。

9月下旬に、すばる舎より新刊『人事・HRフレームワーク大全』を上梓しました。本書の出版を記念し、著者である伊達洋駆が講師を務める特別セミナーを開催しました。

若手の離職、チームの不和、部門間の対立・・・。多くの組織で、人と組織をめぐる問題は複雑に絡み合った糸のように、ますます厄介なものになっています。

その本質は、問題の「見えにくさ」にあります。一つの事象の背後には、無数の要因が隠れており、どこから手をつければ良いのか途方に暮れることも少なくありません。

長年、研究と実務の現場に身を置く中で、こうした複雑な問題を構造的に捉え、解決への道筋を照らす「思考の道具」の必要性を痛感し、本書の執筆に至りました。学術的な知見と現場の実践知をつなぐ「架け橋」となることを目指した一冊です。本書では、リーダーシップやモチベーション、キャリア開発、組織変革といったテーマに対し、学術的な裏付けを持つ83のフレームワークを網羅しました。

今回のセミナーでは、この相当な厚さを持つ一冊の中から、特に現代の組織が直面する課題解決に有効なフレームワークのエッセンスを、実例を交えながら紹介しました。例えば、「若手社員の意欲が低い」という課題に対し、「目標設定理論」はどのような視点を与えてくれるのか。「イノベーションが停滞している」と感じる時、「競合価値モデル」は組織の何を可視化してくれるのか。本書のエッセンスを凝縮し、フレームワークという道具をいかに現場で使いこなすか、その勘所をお話ししています。

今回のセミナーは、本書をまだ手に取られていない方にも、人と組織の問題解決への新たな視点を発見していただける内容です。これまで見過ごされてきた問題の本質を見抜く「解像度」を高め、明日からの景色を変えるきっかけを提供できれば幸いです。

はじめに

この度、すばる舎より『人事・HRフレームワーク大全』を上梓しました。本書の構想を描き始めたのが2022年のことでした。それから少しずつ執筆を重ね、ようやく形にすることができました。長年、研究と実務の現場に身を置き、人と組織の問題の複雑さと向き合ってきた経験から、その解決の一助となる思考の手段を体系化したいという思いが本書の執筆につながりました。

本書の出版を記念し、本講演ではそのエッセンスを紹介します。例えば、若手の離職や部門間の対立といった、人と組織をめぐる課題は、原因が複雑で見えにくいものです。こうした「見えない問題」を構造的に捉え、言語化するための思考の手段として、フレームワークがいかに有効であるかを探ります。問題解決への新たな一歩を踏み出すきっかけとなれば幸いです。

組織の「見えない問題」とフレームワークの役割

人と組織をめぐる問題は、なぜこれほどまでに厄介なのでしょうか。その本質は、問題の「見えにくさ」にあります。「若手の定着率が低い」という一つの事象の背後には、人間関係、仕事の与え方、評価への不満、採用のミスマッチなど、無数の要因が隠れています。これらの要因が互いに影響し合うため、問題の全体像を把握することは容易ではありません。

多くの管理職やリーダーは、こうした複雑な状況を前にして、対症療法的な解決策に終始してしまったり、あるいは個人の資質の問題として片付けてしまったりしがちです。しかし、それでは根本的な解決には至りません。例えば、離職者が相次ぐ部署に対して「最近の若者は忍耐力がない」と結論づけてしまえば、その部署が抱える構造的な問題、例えば過剰な業務負荷や不適切なマネジメントといった要因は見過ごされます。

こうした複雑な問題に立ち向かうために、ビジネスの現場では「フレームワーク」が活用されます。本書で言うフレームワークとは、物事を構造的に捉えるための「思考の枠組み」や「思考の道具」です。重要なのは、フレームワークが万能の解決策やレシピを提供するものではないということです。

むしろ、それは私たちが組織の課題を見る際の「解像度」を高めてくれる視点としての役割を果たします。これまで漠然と捉えていた問題の構造を可視化し、どこに本質的な原因があるのかを特定する手助けをしてくれるのです。フレームワークは、複雑な現象に対して「どのような観点から分析すればよいか」という問いを立てることを可能にします。それによって、私たちは感情論から脱却し、より客観的で建設的な議論を始めることができます。

フレームワークは組織内での「共通言語」としても機能します。異なる部門や役職のメンバーが同じ課題について議論する際、それぞれの経験や価値観に基づいた主張がぶつかり合うだけでは、生産的な対話は生まれません。フレームワークという共通の土台があれば、全員が同じ視点から問題を分析し、解決策を共創していくことが可能になります。

本書『人事・HRフレームワーク大全』では、この「思考の道具」を実践的に活用できるよう、多角的な視点から解説を構成しています。リーダーシップとマネジメント、モチベーションと目標設定、キャリア開発、組織文化と社会化、組織学習と変革といった、現代の組織が直面する主要なテーマを網羅し、それぞれに関連する83のフレームワークを学術的な裏付けと共に収録しました。ただ理論を紹介するだけでなく、読者が自らの現場で応用できるよう、各フレームワークの解説は一貫した構造を持たせています。

まず、「どのような場面で有効か」という項目では、読者が抱える具体的な課題とフレームワークを結びつけやすくしています。「若手の主体性が育たない」「部門間の連携が不足している」といった典型的な悩みに対し、どの思考の道具が有効な手掛かりを与えてくれるのかを把握できるようにしました。

続いて、「どんなフレームワークか」で、その理論の核心となる考え方を、図解を交えながら解説しています。これによって、理論の骨子を直感的に理解し、思考の土台を築くことができます。

理論を理解した上で、重要なのが実践への橋渡しです。「どう使えば良いか」のセクションでは、抽象的な理論を具体的な行動へと翻訳するためのステップや視点を提供します。ここでは、日々のマネジメントやコミュニケーションで応用できるアクションを提示し、読者が明日からでも試せるように工夫しました。

「理解のための例題」として、実際のビジネスシーンを想定したケーススタディを挙げることで、フレームワークが現場でどのように機能するかのイメージを具体的に掴めるようにしています。

さらに、「何に注意すべきか」という項目で、そのフレームワークの限界や適用する上での注意点にも言及しました。これによって、フレームワークを万能薬と誤解することなく、その強みと弱みを理解した上で、より効果的に活用することが可能になります。

最後に、「現場で使うためのストレッチ」として、担当者、ミドル、トップという異なる階層の視点から応用的な課題を投げかけています。ここを読むことで、読者は自身の立場に合わせてフレームワークの活用法をさらに深く思考し、組織全体を動かすための多角的な視点を養うことができます。

本講演では、これらの要素で構成された思考の道具をいかに現場で使いこなし、組織の「見えない問題」を言語化していくか、2つのケースを通じて解説します。

ケースで学ぶ:「見えない問題」を言語化する技術

ケース1:若手社員の意欲が低い

少なからぬ組織で聞かれる悩みの一つに、「最近の若手社員は意欲が低い」というものがあります。この言葉は、一見すると問題点を指摘しているように見えますが、実際には非常に漠然としています。この漠然とした悩みを、フレームワークを用いて言語化してみましょう。

例えば、「目標設定理論」というフレームワークを適用します。この理論では、人のモチベーションは目標のあり方によって左右されると考えます。具体的には、「明確性」「困難さ」「コミットメント」「フィードバック」という四つの要素が重要だとされています[1]

「明確性」とは、目標が具体的で測定可能であることです。「顧客満足度を上げる」というような曖昧な目標ではなく、「四半期ごとの顧客アンケートで『満足』の評価を5%向上させる」といった具体的な目標は、何をすべきかを明確にし、行動を方向付けます。明確なゴールがあるからこそ、日々の業務に集中し、優先順位をつけることができます。

「困難さ」は、簡単すぎず、かつ達成不可能なほど難しすぎない、適度な挑戦を伴う目標を指します。簡単すぎる目標は退屈を、難しすぎる目標は諦めを生みます。本人の能力を少し上回る程度の挑戦的な目標が、人の能力を引き出す力を持っています。この適度なストレッチが、成長実感と達成感につながります。

「コミットメント」は、本人がその目標に納得し、主体的に関与している状態です。目標が一方的に与えられるのではなく、設定のプロセスに本人が関与し、その達成に責任を持つことで、行動の持続性が高まります。上司との対話を通じて、目標の意義や組織への貢献を理解することが、コミットメントを育む上で有用です。

「フィードバック」は、目標達成に向けた進捗が本人に適切に伝えられる仕組みを意味します。年に一度の評価面談だけでなく、定期的なフィードバックがなければ、自分の現在地が分からず、軌道修正はできません。進捗の可視化と、努力の過程を認める言葉がけが、モチベーションを維持する上で重要な役割を果たします。

このフレームワークの視点から「若手の意欲が低い」という問題を見ると、それは若手個人の資質の問題ではなく、「設定されている目標が曖昧ではないか」「目標の難易度は適切か」「本人は目標に納得しているか」「フィードバックが不足していないか」といった組織側の環境設計の問題として捉え直すことができます。問題の所在が個人から環境へと移ることで、改善策の検討が可能になります。

さらに深く問題を理解するために、「基本的欲求理論」という別のフレームワークを適用してみましょう。この理論は、人間には「自律性」「有能感」「関係性」という三つの心理的欲求が備わっており、これらが満たされることで内発的な動機づけが高まると説明します。

「自律性」とは、自分の行動を自分で決めたい、外部から強制されたくないという欲求です。業務の全てを自分で決められなくとも、目標達成の「方法」について選択の余地があるだけで、自律性の感覚は満たされやすくなります。

「有能感」は、自分は有能でありたい、成長を実感したいという欲求を指します。適切な研修やツールが提供され、挑戦の結果として成長を実感できる機会がなければ、この欲求は満たされません。

「関係性」は、他者と良好な関係を築きたい、集団に受け入れられたいという欲求です。心理的安全性が確保されたチームで、尊敬できる上司や仲間とのつながりを感じることが、この欲求を満たします。

この視点を通して現場を見てみると、「若手社員は、仕事の進め方を細かく指示されすぎていないか(自律性の欠如)」「自分の成長を実感できるような機会や承認が与えられているか(有能感の欠如)」「職場で孤立感を覚えていないか(関係性の欠如)」といった問いが生まれます。

例えば、マイクロマネジメントが横行している職場では、若手の自律性が損なわれ、指示待ちの姿勢が生まれます。また、日々の業務に追われる中で成長実感が得られなければ、有能感は満たされません。チーム内でのコミュニケーションが不足し、心理的なつながりが感じられない環境では、関係性の欲求が阻害され、組織への帰属意識も低下します。

このように、複数のフレームワークを組み合わせることで、「意欲が低い」という漠然とした個人の問題は、「若手社員の目標設定のあり方や、彼ら彼女らの心理的欲求を満たす環境が整備されていない」という、具体的で対処可能な組織の問題へと言語化されます。

明確で挑戦的な目標(目標設定理論)は、達成した際に有能感(基本的欲求理論)を高めます。その目標達成の方法について本人に裁量を与えること(自律性)は、目標へのコミットメントを高めることにつながります。原因が見えれば、目標設定プロセスの見直し、権限移譲の推進、メンター制度の導入、チーム内の対話機会の創出といった、具体的な対策を講じることが可能になります。

ケース2:部門間の対立が絶えない

今度は、多くの組織が抱える問題である「部門間の対立」について考えてみましょう。営業部門と管理部門、開発部門と製造部門など、異なる役割を持つ部門間での意見の衝突や不和は、業務の停滞や組織の一体感の喪失につながります。この問題も、感情的な対立としてではなく、構造的な課題として捉えるためにフレームワークが役立ちます。

例えば有効なのが、「競合価値モデル」です。このフレームワークは、組織文化を「柔軟性か安定性か」という縦軸と、「内部志向か外部志向か」という横軸の二つの軸で整理し、組織を四つの文化タイプに分類します。

家族的な一体感を重視し、人材育成やチームワークを大切にする「クラン文化」。革新や創造性を重んじ、リスクを取って変化に対応しようとする「アドホクラシー文化」。規則や効率性を重視し、安定した組織運営を目指す「ヒエラルキー文化」。市場での競争や成果を最優先し、目標達成にこだわる「マーケット文化」です。それぞれの文化は、特定の環境下で組織が機能するために発達したものであり、優劣はありません。

このモデルを用いると、部門間の対立が、それぞれの部門が持つ文化的な価値観の違いから生じている可能性が見えてきます。例えば、成果達成を第一に考え、スピードと結果を求める「マーケット文化」の強い営業部門と、規則や手続きの遵守を重視し、安定性と正確性を求める「ヒエラルキー文化」の強い管理部門では、物事の優先順位や意思決定の基準が異なります。

この文化的な違いが、日常業務における対立の構造的な原因となり得ます。営業部門が「迅速な顧客対応のために、例外的な承認を求めている」のに対し、管理部門が「規則に基づいて、手続きの遵守を求める」のは、それぞれの文化的な価値観に基づいた合理的な行動であり、どちらが一方的に悪いというわけではありません。ここにおいて対立は、異なる役割を担う部門が、それぞれの責任を全うしようとすることから生じる構造的な問題です。

対立の構造を理解した上で、次に応用できるのが「コンフリクトマネジメント」のフレームワークです。これは対立への対処法を分類したもので、自分の主張を押し通す「支配」、相手の主張を受け入れる「譲歩」、両者の中間点で手を打つ「妥協」、両者の利益を最大化する新たな解決策を見出す「統合」などがあります。

それぞれのスタイルには利点と欠点があります。「支配」は迅速な決定を可能にしますが、相手の不満を招き長期的な関係を損なうかもしれません。「妥協」は手軽な解決策に見えますが、根本的な問題が解決されずに再燃する可能性があります。建設的なのは「統合」ですが、これには時間と創造性、相互の信頼が必要です。そのためには、対立する当事者がそれぞれの「立場」の背後にある「利益」や「関心事」を理解し合う必要があります。

競合価値モデルによって対立の原因が文化の違いにあると理解できれば、支配や妥協ではなく、両部門の価値観を尊重しつつ、組織全体の目標達成に貢献する「統合」的な解決策を探るという、より建設的なアプローチが可能になります。

例えば、営業部門の「顧客満足度を最大化したい」という利益と、管理部門の「組織的なリスクを最小限に抑えたい」という利益の両方を満たすために、「高価値の顧客に限り、事前承認を得た上で適用できる特別な迅速対応プロセス」を新たに設計する、といった解決策が考えられます。これによって、対立は破壊的なものではなく、組織をより良くするためのエネルギーへと転換されます。

このように、フレームワークは感情的な対立の背後にある構造的な問題を明らかにし、当事者たちが冷静に問題を議論するための「共通言語」を提供します。部門間の壁という見えにくい問題が、組織文化の調整という課題として言語化されるのです。

明日から始める「思考の道具」の活用

ここまで二つのケースを通じて、フレームワークがいかに組織の「見えない問題」を言語化し、解決への道筋を明らかにするかを見てきました。重要なのは、本書で紹介されているようなフレームワークを、知識として知っているだけでなく、日々の業務で直面する課題を考えるための思考の手段として活用することです。課題に直面した際に、適切な思考の道具を取り出して問題を分析する習慣をつけることで、これまでとは異なる視点が開けてくるはずです。

では、どのように始めれば良いのでしょうか。まずは、皆さんの職場や組織で慢性的に発生している、解決が難しいと感じる問題を一つ特定してみてください。続いて、その問題の具体的な症状を書き出します。例えば、「会議で発言が少ない」「部門間の連携が悪い」といった行動レベルの事象です。その上で、本講演で紹介したようなフレームワークを思考のレンズとして使ってみます。例えば、「会議で発言が少ない」という問題に対して、「基本的欲求理論」のレンズを当ててみましょう。「発言しても否定されるかもしれないという不安から、関係性が脅かされているのではないか」「自分の意見がどうせ反映されないという無力感から、自律性が損なわれているのではないか」といった仮説を立てることができます。このように、一つの事象を異なるレンズで見ることで、問題の多面的な側面が浮かび上がり、より本質的な原因に近づくことができます。

最初からすべての道具を完璧に使いこなそうと考える必要はありません。まずは、皆さんが最も気になっている組織の課題に対して、使えそうなフレームワークを一つ選んで当てはめてみることから始めてみてください。

例えば、「PM理論」の視点から、自分のリーダーシップ行動が「目標達成機能(P機能)」と「集団維持機能(M機能)」のどちらかに偏っていないか振り返ってみる。「自己決定理論」を参考に、メンバーの自律性をもう少し引き出すための声がけを試してみる。その小さな試みが、問題の本質を見抜く一歩となります。フレームワークという思考の道具は、私たちの思考停止を防ぎ、より建設的な対話と行動を生み出すきっかけを与えてくれます。

フレームワークを組織に導入する際には、いくつかの留意点があります。一つは、フレームワークを絶対的な正解として適用しないことです。現場の状況は常に複雑であり、理論どおりにいかないことも少なくありません。フレームワークはあくまで思考を補助する道具であり、最終的な判断は現場の実態に即して行われるべきです。

また、フレームワークを用いた分析が、「診断」で終わってしまわないように注意が必要です。問題の原因を特定しただけで満足せず、それを行動変容や制度改善に結びつけてこそ、フレームワークは価値を発揮します。そのためには、分析結果をチームで共有し、アクションプランについて対話するプロセスが必要です。個人で抱え込むのではなく、チーム全体でフレームワークを活用し、組織学習のサイクルを回していくことが、持続的な改善につながります。

おわりに

人と組織の問題は複雑ですが、解決を諦める必要はありません。フレームワークという思考の道具は、その複雑さを解き明かし、問題の構造を言語化する助けとなります。それは、漠然とした悩みから脱却し、解決に向けた行動を起こすための指針を与えてくれます。

本講演および本書が、皆さんの組織が抱える課題を新たな視点で見つめ直し、明日からの景色を変える一助となることを願っています。なお、本講演でご紹介したのは、本書に収められた83のフレームワークの一部です。もし、皆さんの組織が抱える課題を解決するためのさらなる「思考の道具」に興味を持っていただけたなら、ぜひ本書を手に取っていただければ幸いです。

Q&A

Q:フレームワークによって解決策のヒントが得られたとしても、現場から「そうは言っても、現実的には難しい」「理屈はわかっちゃいるが、実行できない」といった抵抗や否定的な反応が返ってきた場合、どのように働きかけていけば良いでしょうか。

組織変革においてよくある「壁」です。重要なのは、正論で説得するのではなく「一緒に考える」という姿勢です。人は「押し付けられた」と感じると抵抗します。そこで、解決策を一方的に提示するのではなく、「どうすれば解決できるか一緒に考えてほしい」と問題解決のプロセスに巻き込み、「自分ごと」にしてもらうアプローチが第一です。第二に、その「抵抗感」自体を新たな課題と捉え、「なぜ難しいと感じるのか」その背景(隠れた問題)を、別のフレームワークを使って一緒に探っていくという対話の仕方も有効です。

Q書籍には83ものフレームワークが収められているとのことですが、83すべてを学ぶのは大変そうです。これらを組織に浸透させるために、何か良い方法はありますか。

確かに、すべてを一度に学ぶのは現実的ではありません。この本を組織の「思考の道具箱」として位置づけ、その存在を周知することをおすすめします。「困ったら、あの道具箱にヒントがあるかもしれない」という共通認識を持つことが初めの一歩です。

その上で、全社共通の差し迫った課題(例えば「個人面談の質が低い」など)に絞り込み、それに関連するフレームワーク(例えば「基本的欲求理論」など)から優先的に学び、実践で使ってみる。このスモールスタートと実践の共有が、浸透への近道でしょう。

Q83もフレームワークがあると、いざ問題に直面したとき、どれを使えばいいか迷ってしまいそうです。フレームワークを効果的に選定するための基準やプロセスがあれば教えてください。

基本的なプロセスは「課題の具体化」と「レベルの見極め」です。「なんとなく雰囲気が悪い」といった曖昧な問題を、「会議で発言者が偏る」といった具体的な症状レベルまで言葉にします。続いて、それが「個人」の問題か、「チーム」の問題か、あるいは「組織全体」の制度の問題か、という「レベル感」を見極めます。本書もその構成になっています。

候補を絞り込んだら、悩みすぎず「まず使ってみる」ことをお勧めします。使ってみて初めて、その課題に本当に合うかどうかがわかります。

Q講演でご紹介いただいた「目標設定理論」など、古典的な理論も含まれていると思います。現代のように変化が激しい時代において、そうした古典的なフレームワークは今でも有効なのでしょうか。

確かに時代遅れになった理論もありますが、本書で厳選したものは、現代でも有効性が失われていないものです。時代背景や環境は変わっても、「明確な目標があれば意欲が湧く」「他者から認められたい」といった人間の心理的なメカニズムは通用します。また、理論の「鮮度」だけで判断せず、今直面する課題を分析する「解像度」や「適合性」で道具を選んでいただくのが良いでしょう。

Qフレームワークという「道具」に頼りすぎることのリスクはないでしょうか。現場から「机上の空論だ」「現場の実態はもっと複雑だ」と反発されたり、あるいは担当者自身が「思考停止」に陥ったりしないか心配しています。

道具を「使いこなす」側と「振り回される」側とを分ける重要な視点です。フレームワークは、あくまで複雑な現場を読み解くための「地図」であり、「現場そのもの」ではありません。地図は現実を単純化したものであり、現地の天気や混雑状況といった複雑なリアリティ全ては描かれていません。

重要なのは「フレームワークは答えではない」と理解することです。分析結果を押し付けるのではなく、「地図上ではこう見えますが、皆さんの実感とどう違いますか」と、現場との対話を生み出すための道具として使う。そうすれば思考停止や反発は防げるでしょう。

Q組織を四つのタイプに分類するようなフレームワークを使うと、思考が単純化されすぎてしまい、現場の複雑な実態や個々人の多様性が見えなくなる、といった副作用はないでしょうか。

その「副作用」は存在します。なぜなら、フレームワークは、複雑すぎる現実を私たちが理解できるように、「意図的に単純化」した道具だからです。

対処法は、「これは現実を単純化しすぎていないか」という健全な疑いを持ち続けることです。そして「フレームワークを絶対的な正解としない」こと。

例えば、分析結果が「我々の組織はヒエラルキー文化だ」となっても、「本当にそうか?」「A部署のような『例外』は?」「Cさんのような『多様性』は?」と、あえてその枠組みから外れる現実の複雑さに目を向ける。単純化という道具を使いつつも、それに飲み込まれない姿勢が重要です。

脚注

[1] 本講演の背後にある研究知見の詳細は『人事・HRフレームワーク大全』の中で解説しています。論文情報も記載しているので、参考にしてください。


登壇者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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