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コラム

専門職を動かす見えざる力:制度ロジックで読み解く仕事の裏側

コラム

私たちの社会は、医師や薬剤師など、高度な知識を持つ「専門職」に支えられています。私たちはその仕事ぶりを当たり前と捉えてしまいがちですが、その内側で何が起きているかを考える機会は多くありません。専門職の仕事は、専門家自身の倫理観や知識だけで成り立っているのでしょうか。実はその現場は、目に見えない複数の「ルール」や「価値観」がせめぎ合う、複雑で動的な空間です。

例えば、患者を救うための「専門職の論理」、効率的な運営を目指す「組織経営の論理」、競争を促す「市場の論理」、安全を守る「国家の論理」。これらの異なる論理は、専門職の仕事の様々な場面で絡み合い、時には衝突します。

本コラムでは、専門職の世界の裏側で働くこの力学を、「制度ロジック」という考え方を手がかりに検討します。制度ロジックとは、私たちの行動指針となる社会に根付いた価値観やルールの体系です。この考え方を通し、専門職の仕事がどう形作られ、変化し、管理されてきたのかを探求します。

制度ロジックの星座が薬剤師の仕事を形作った

薬局に立つ薬剤師の仕事は、歴史を通じて決して不変ではありませんでした。時代ごとの社会の要請や技術の進歩の中で、その姿は変わってきました。その変化の背景には単一の原理ではなく、複数の異なる論理が夜空の星座のように配置を変えながら、その時々の仕事の形を定義してきたという側面があります。

アメリカの薬剤師が歩んだ150年以上の歴史を分析したある研究は、この変遷の物語を描き出しています[1]。この研究は、専門職の仕事を理解するには、ある時代に支配的だった一つの論理だけでなく、同時に存在する複数の制度ロジックの組み合わせ、すなわち「星座」として捉える視点が不可欠だと論じます。

ここでいう制度ロジックは主に四つに分類されます。専門家の自律性に基づく「専門職ロジック」、効率性を求める「企業ロジック」、自由競争を基本とする「市場ロジック」、国家による統制を特徴とする「国家ロジック」です。

この研究は、膨大な歴史資料から薬剤師の仕事の九つの側面(業務範囲、教育、価格決定など)を抽出し、各時代でこれら四つのロジックのどれに沿って動いていたかを点数化しました。これによって、ロジックの力関係の変遷を可視化したのです。

その分析が明らかにしたのは、ダイナミックな「星座」の移り変わりでした。19世紀後半、薬剤師は独立した商店主が主で、仕事は自由競争に委ねられていました。まさに市場ロジックが中心で輝く時代です。20世紀に入ると、専門職団体が教育基準の引き上げや資格制度の整備に乗り出し、専門職ロジックの存在感が増します。市場と専門職の論理が併存する星座が形作られました。

第二次大戦後、製薬技術の進歩で薬剤師の仕事は調剤中心へと移行します。この時代、専門職団体による教育の統制は一層強固になる一方、薬の安全性を保証するための国家による規制、すなわち国家ロジックも本格的に始動します。そして1960年代以降、薬剤師の働き方が自営からチェーン薬局への雇用へと転換し、企業の論理が急速に台頭。患者への情報提供といった専門性が求められると同時に、店舗運営の効率化が意識されるようになりました。

現代では、患者中心のケアという理念の下、薬剤師に求められる専門性はかつてなく高まっています。その一方で、薬局の多くは巨大チェーンが運営し、企業ロジックが現場に浸透しています。現在の薬剤師の仕事は、高い専門性を求める専門職ロジックと、効率的な運営を求める企業ロジックが拮抗する、複雑な星座の下にあると言えます。

このように異なるロジックは、どう共存できるのでしょうか。この研究はそのメカニズムとして二つの仕組みを挙げています。一つは「セグメンティング」、すなわち分割統治です。仕事の領域ごとに主導権を握る論理を分ける考え方で、例えば教育や資格は専門職団体が、日々の店舗運営は企業が担うといった具合です。領域を分けることで、正面衝突を避けています。

もう一つは「協働」です。これには二つの形があります。一つは、あるロジックの発展が別のロジックを後押しする相互促進的な関係です。例えば、消費者が薬の情報を容易に入手できるようになったこと(市場ロジック)が、専門家である薬剤師への相談ニーズを生み、専門職ロジックの価値を高めます。もう一つは、異なる論理が求める基準を同時に満たす加算的な関係です。専門家の倫理観と消費者の利便性の両立などがこれにあたります。

制度ロジックのせめぎ合いが医学教育でケア重視を強めた

未来の医師を育てる医学教育の現場は、理念がぶつかり合う舞台でもあります。生命現象の謎を解き明かす科学的な探究心を核とする「サイエンス」の論理と、患者一人ひとりに寄り添い全人的な治療を目指す「ケア」の論理。この二つはどちらも不可欠ですが、その力関係は時代と共に変動してきました。

1967年から2005年にわたるアメリカの医学教育の変遷を追ったある研究は、このバランスがどのような要因で動いてきたのかを解き明かそうとしました[2]

この研究が用いたのは、ユニークな分析手法です。医学教育の基準を定める機関の年次報告書に着目し、その中にどのような言葉がどれくらいの頻度で登場するかを計量したのです。「科学」「研究」といった言葉はサイエンスの論理を、「臨床」「ケア」はケアの論理を代表すると考え、その出現頻度を時系列で追跡しました。これによって、言葉の背後にある価値観の浮き沈みを客観的に捉えようと試みたのです。

分析の結果、二つのロジックの非対称な動きが浮かび上がりました。サイエンスの論理を代表する言葉群は、1970年代初頭に一度減少した後は、調査期間を通じて非常に安定していました。これは、科学的であることが現代の医学教育において揺るぎない「基盤」として根付いていることを物語っています。

それに対し、ケアの論理を代表する言葉群の動きはダイナミックでした。特に1990年代に入るとその出現頻度は大きく上昇し、サイエンスの論理を上回る時期も見られました。医学教育界の関心が、明らかに「ケア」の側面へと強く引き寄せられていたのです。

この研究は、ケアへの関心が高まった背景にある要因を探りました。その結果、いくつかの力が働いていたことが分かってきました。第一に、医学界の外部にある公衆衛生という分野の発展です。予防や地域全体の健康増進を目指す公衆衛生学が確立されるにつれ、医学教育でも「地域」や「予防」といったケアの側面が意識されるようになりました。

第二に、医学教育の内部で起きた変化です。地域医療を志向する新しい医学部の設立や、既存の学部内から家庭医療の充実を求める改革の声が上がったことも、ケアの論理を後押ししました。

第三に、社会全体の関心の変化です。1990年代にアメリカで大きな議論となった「マネージド・ケア」という医療制度改革は、医療の質とコストの両立という問いを社会に突きつけました。このような社会的な議論が活発になるにつれ、医学教育の現場でも「ケアとは何か」という問いへの関心が一時的に強く喚起されたのです。

この研究から見えてくるのは、専門職の世界の価値観のバランスが、決して閉じた世界の中だけで決まるのではないという事実です。隣接分野の動向、組織内部からの変革、社会全体の議論の波。そうした力に反応しながら、その時々の「あるべき姿」が形作られていくのです。医学教育の事例は、安定したサイエンスの基盤の上で、ケアというもう一つの価値が時代の要請に応じて再定義され続けてきた歴史を教えてくれます。

制度ロジックの競合は実務的協働で持続的に管理される

医療の現場では、医師が持つ「医療専門職ロジック」と、管理者が持つ「ビジネス型医療ロジック」がしばしば衝突します。この対立は、どちらかがもう一方を屈服させる形でしか解決できないのでしょうか。

カナダのアルバータ州で起きた出来事は、「うまく管理しながら共存する」という第三の道を示しています[3]1990年代、州政府は効率化のためビジネス型の論理を導入し、地域の保健行政を再編。この改革で医師は意思決定の中枢から意図的に排除されました。これは医師の専門的判断を重んじる従来の論理への挑戦でした。しかし医師たちは新しい論理を受け入れず、結果として二つの相容れないロジックが長期間併存する緊張状態が生まれました。

この不安定な状況下で、現場の人々がどう業務を遂行したのかを、ある研究が詳細に解明しました。研究者たちは、公文書分析と、医師や管理者へのインタビューを重ね、対立ロジックの共存を可能にする四つのメカニズムが現場で生み出されていたことを明らかにしました。

第一のメカニズムは、「医療判断とその他意思決定の制度的な分離」です。地域の保健当局は、予算や運営の最終決定権を握る一方、臨床的な事項については医師の専門的意見を聴取する公式な場を設けました。「臨床は医師に、経営は管理者に」という役割分担が定着し、意思決定の停滞を避けました。

第二に、「医師の非公式なインプットの組み込み」が慣習化していました。管理者が新しい計画を立てる際、早い段階で「医師はどう考えるか」と非公式に意見を求めることが当たり前の手順となっていたのです。これは信頼からではなく、医師の協力なしには計画が進まないという現実的な判断から生まれた、実務を円滑に進めるための知恵でした。

第三に、両者は「政府に対する局地的な同盟」をケースバイケースで結ぶようになりました。特定の課題に限って、普段は対立している両者が一時的に手を組み、共同で政府に働きかけるという柔軟な協力関係が築かれていました。

第四に、「共同主導の『実験サイト』による共同革新」です。新しい医療提供の仕組みを試す実験的プロジェクトが、医師と保健当局の共同で企画・運営されました。医師が専門家としての独立性を保ち、管理者が事業計画を担う形で、互いの強みを活かした協働が進められました。

これらのメカニズムに共通するのは、「実務的協働」と呼べるアプローチです。互いの価値観の違いを無理に解消せず、違いを認めたまま、目の前の課題解決のために協力するというやり方です。この協働は、それぞれの専門性を曖昧にするどころか、むしろ「我々は医師だ」「我々は管理者だ」という異なるアイデンティティを強化する働きを持っていました。

制度ロジックの整合性と中心性が多元性の帰結を左右する

複数の価値観を内包する組織で、ある組織は対立に悩み、別の組織はそれを革新の源泉とすることがあります。この違いはどこから生まれるのでしょうか。この問いに答えるには、「複数のロジックが存在するか」だけでなく、「それらが組織内でどう存在しているか」という質に目を向ける必要があります。

組織内の制度ロジックの多元性がもたらす多様な結果を説明するため、ある理論研究が有用な分析の枠組みを提示しています[4]。それによれば、組織内に併存する複数のロジックの関係性は、「整合性」と「中心性」という二つの次元で整理できるといいます。

「整合性」とは、複数のロジックが掲げる目標がどの程度一貫し、互いに補い合える関係にあるかを指します。目標が補完的であれば整合性は高く、阻害し合う関係なら低いと判断されます。

「中心性」とは、複数のロジックがそれぞれどの程度、組織の根幹(ミッション、戦略、中核業務など)に深く浸透し、同等に正当なものとして扱われているかの度合いを指します。すべてのロジックが中心で等しく重みを持てば中心性は高く、一つのロジックが中心を支配し他が周縁的ならば中心性は低いということになります。

この二つの軸を組み合わせることで、ロジックの多元性の状態を四つの典型的なタイプに分類できます。

第一は「コンテステッド(Contested)」で、低い整合性と高い中心性を特徴とします。対立する目標を持つ複数のロジックが、どちらも組織の中心的な価値観として根付いている状況です。価値観の衝突が組織の根幹で日常的に発生し、慢性的な葛藤が生じやすくなります。

第二は「エストレンジド(Estranged)」で、低い整合性と低い中心性を持ちます。対立するロジックは存在するものの、組織の中心は実質的に一方のロジックに支配され、もう一方は周縁的な存在です。葛藤は発生しますが、組織全体を揺るがすほどにはなりにくい状態です。

第三は「アラインド(Aligned)」で、高い整合性と高い中心性を特徴とします。複数のロジックが組織の中心に深く浸透していますが、目標は互いに矛盾せず補完的です。組織は複数の価値観を統合しながら活動でき、内部の葛藤は最小限に抑えられます。

第四が「ドミナント(Dominant)」で、高い整合性と低い中心性を持ちます。実質的に一つのロジックが組織の中心を支配し、他のロジックはそれを補助するにすぎない状態です。内部の葛藤はほとんど生じません。

この四類型からなる枠組みは、なぜ「ロジックの多元性」が組織に多様な帰結をもたらすのかを説明可能にします。例えば「ハイブリッド組織」の中にも、葛藤に満ちたコンテステッド型もあれば、創造的なアラインド型もあるでしょう。この枠組みは、組織が抱える課題の所在を特定し、診断するための視点となります。

脚注

[1] Goodrick, E., and Reay, T. (2011). Constellations of institutional logics: Changes in the professional work of pharmacists. Work and Occupations, 38(3), 372-416.

[2] Dunn, M. B., and Jones, C. (2010). Institutional logics and institutional pluralism: The contestation of care and science logics in medical education, 1967-2005. Administrative Science Quarterly, 55(1), 114-149.

[3] Reay, T., and Hinings, C. R. (2009). Managing the rivalry of competing institutional logics. Organization Studies, 30(6), 629-652.

[4] Besharov, M. L., and Smith, W. K. (2014). Multiple institutional logics in organizations: Explaining their varied nature and implications. Academy of Management Review, 39(3), 364-381.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『組織内の“見えない問題”を言語化する 人事・HRフレームワーク大全』、『イノベーションを生み出すチームの作り方 成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(ともにすばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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