2025年12月10日
組織を動かす「物語」の力:危機と変革におけるセンスメイキング(セミナーレポート)
ビジネスリサーチラボは、2025年10月にセミナー「組織を動かす『物語』の力:危機と変革におけるセンスメイキング」を開催しました。
なぜ、緻密に練られたはずの戦略が、現場では骨抜きになってしまうのでしょうか。なぜ、良かれと思って導入した新しいルールが、かえって混乱を招き、時には予期せぬ悲劇の引き金にさえなり得るのでしょうか。
こうした問いの答えは、計画の優劣や伝達の巧拙だけでは見えてきません。その鍵は、変化の渦中にいる一人ひとりの頭の中で繰り広げられる「意味づけ」のプロセス、すなわち「センスメイキング」にあります。
センスメイキングとは、人々が曖昧で混沌とした現実に直面したとき、過去の経験や周囲との対話を手がかりに、自分なりに納得のいく「物語」を紡ぎ出そうとする営みです。経営層が示すビジョンも、現場で日々起きる小さなトラブルも、この営みを通して解釈され、具体的な行動へと結びついていきます。センスメイキングのプロセスが、組織の運命を静かに左右しているのです。
本セミナーでは、この「センスメイキング」という視点を通して、組織の中で起こる様々な現象を読み解きました。危機や大規模な変革のただ中で、人々はどのように状況を理解し、次の一歩を踏み出すのか。あるいは、なぜ致命的なまでにその理解が歪んでしまうのか。
同じプロジェクトを経験したはずのメンバーが、後になって全く異なる思い出を語るのはなぜか。その背後には、アイデンティティを守ろうとする心理や、共有された期待、見過ごされやすい感情の力学が働いています。
※本レポートはセミナーの内容を基に編集・再構成したものです。
はじめに
緻密な経営戦略が、なぜ現場では意図した通りに実行されないのでしょうか。組織変革の指示が、なぜしばしば抵抗や混乱を招くのでしょうか。この問題の要因は、戦略そのものの優劣だけではありません。重要なのは、変化に直面した従業員一人ひとりが、その状況をどのように受け止め、意味づけていくかというプロセスにあります。曖昧で不確実な状況から納得のいく解釈を生成する活動を「センスメイキング」と呼びます。
経営層が示すビジョンも、予期せぬ危機も、センスメイキングを通じて解釈され、初めて具体的な行動へと結びつきます。本講演では、組織の行動に影響を与え、時に変革を阻害する要因ともなるセンスメイキングのメカニズムを、研究知見を基に解説します。組織内の解釈プロセスを理解し、望ましい方向へ導くための一助となれば幸いです。
センスメイキングとは何か
センスメイキングとは、その名の通り、「意味(センス)を作ること(メイキング)」を指す、私たちが日常的に行っている活動です。私たちは、特に予期せぬ出来事や曖昧な状況に直面したとき、「これはどういうことか?」と問い、過去の経験や他者との対話を手がかりに、納得のいく「物語」や「解釈」を作り出そうとします。
これは単なる情報の受容ではありません。断片的な情報をつなぎ合わせ、自分なりの意味づけを行い、次の一歩を踏み出すための指針を得るための、能動的で創造的なプロセスです。本講演で扱う組織の問題も、この人間にとって根源的な活動であるセンスメイキングの視点から捉え直すことで、新たな光を当てることができます。例えば、新しい評価制度が導入された際、従業員たちは公式の説明だけでなく、同僚との会話からその制度が持つ自分たちにとっての意味を解釈しようとします。
重要なのは、このセンスメイキングの内容が、人や立場によって異なるということです。同じ出来事を経験しても、そこから生成される解釈は一様ではありません。なぜ解釈の食い違いが生まれるのかを探った研究があります[1]。
ある小規模なゲーム開発会社を対象に、一つのプロジェクトに関わった主要メンバー(マネージャー、アーティスト、プログラマー)へのインタビュー調査が行われました。調査の結果、プロジェクトの完了という客観的な事実は共有されていても、その過程における「目標」や「問題の原因」に関する認識は、メンバー間で異なっていました。マネージャーは「納期遵守」を目標とし、品質低下の原因をアーティストにあると考えましたが、アーティストは「デザイン品質の追求」を目標とし、問題の原因は時間不足などにあると主張しました。
この食い違いを生むメカニズムは、「アイデンティティの維持」にあります。人は誰しも、「自分は有能である」という自己像、すなわちアイデンティティを守ろうとする欲求を持っています。そのため、成功は自分の貢献によるものと考え、失敗は他者や環境のせいだと解釈することで、自身の有能さや正当性を証明しようとする傾向があります。先の事例でも、各メンバーの語りは客観的な事実報告というよりも、自らの貢献を強調し、問題の責任を自分以外の要因に求める「自己弁護的な説明」としての性格を帯びていました。
組織を動かす物語
センスメイキングは個人レベルだけでなく、事業や組織の方向性を左右する集団レベルの現象でもあります。経営チーム、現場、その中間層それぞれにおいて、異なる力学で解釈が生成されています。
初めに、組織の方向性を決める経営チームのセンスメイキングのメカニズムです。ある研究は、変革期にある大学の経営チームを対象とした調査分析を行いました[2]。その結果、経営チームの意思決定は、客観的なデータ分析だけでなく、「自分たちは将来どうありたいか」という望ましい将来イメージによって方向づけられていることが明らかになりました。
明確な将来イメージを持つチームほど、日々の課題を目標達成に直結する「戦略的」なものとして解釈する傾向がありました。逆に、他者からの評価といった「現在のイメージ」を意識するチームほど、課題を内部の利害調整といった「政治的」なものとして捉えがちでした。また、メンバー間の円滑なコミュニケーションが、未来志向の視点を育み、課題を戦略的に解釈することを促進していました。
経営層が打ち出した戦略が現場に浸透する過程でも、センスメイキングは重要な役割を果たします。トップダウンの戦略は、現場の従業員たちが交わす非公式な会話を通じて、その現実的な意味が形成されます。
ある組織再編の事例研究では、中間管理職の記録やインタビューを長期間追跡しました[3]。その結果、経営層の意図とは異なり、現場では部門間の役割分担に関する情報不足(設計上の欠陥)から混乱が生じ、「私たち対彼ら」という対立的な解釈が生まれていたことがわかりました。このネガティブな解釈が不信感を高め、改革を停滞させました。しかし、後に「契約書」という具体的な文書が導入されると、それが対話の出発点となり、「協働は可能だ」という新たな解釈が生まれ、事態が好転しました。
日々のオペレーションを担う現場においても、独自のセンスメイキングが機能しています。ある自動車メーカーの工場を対象とした調査は、現場知が生まれるプロセスを分析しました[4]。工場の不良品問題に対し、現場チームは物的証拠や関係者の証言を集め、原因を究明する体系的な調査プロセスで問題解決にあたりました。バラバラの情報が、対話を通じて一つの整合性のある説明として構成されることで、経験がチームの共有知識として定着します。解決された事案は、その後の類似の問題に対処するための参照事例として共有され、現場の強みとなっていました。
センスメイキングの引き金
私たちは常にセンスメイキングを行っているわけではなく、多くは慣れ親しんだ手順に基づいて行動しています。では、立ち止まって「これはどういうことか」と考え始める、センスメイキングのきっかけとなるのは何でしょうか。研究によれば、それは主に「驚き」と「社会的注目」にあるとされています。
「驚き」がセンスメイキングを促すメカニズムについて、組織の新参者の適応プロセスを分析した研究があります[5]。この研究は、新参者の経験を「変化」(客観的な事実の差)、「対比」(主観的に際立つ違い)、「驚き」(予測と現実のギャップ)の3要素で捉え直しました。
この中で重要なのは「驚き」です。予測と現実が食い違うと、それまで依拠していた行動の前提が破綻し、状況を再解釈する必要に迫られます。驚きを検知した人は、状況を診断・解釈し、行動を選択して前提を更新する循環を通じて適応していきます。しかし新参者は、組織の暗黙の解釈を知らないことや、相談相手がいないといった困難に直面します。
このセンスメイキングに関する研究知見に基づけば、特に新しい環境に入った「新参者」にとって、「驚き」は適応と学習の機会となります。
この「驚き」を、個人の学習と適応、すなわち新しい意味づけ(センスメイキング)の機会として活かすには、どうすればよいでしょうか。
一つは、自らのセンスメイキングのプロセスを可視化することです。具体的には、違和感をメモする習慣が有効です。「思っていたのと違う」という予測と現実のギャップ(=驚き)は、まさに意味づけが必要なサインです。これを放置せず、「なぜシステムを使わないのだろう?」といった問いとして書き留めておくことで、自分が何を不可解に思い、どのような解釈を試みようとしているのかを把握できます。
もう一つは、他者との対話を通じて、解釈をすり合わせることです。積極的に質問することは、組織の「暗黙の了解」という、自分だけでは知り得ない解釈の枠組みを理解する助けになります。質問は、単に情報を得る行為ではなく、他者の意味づけのプロセスに触れ、自らの解釈を修正していくためのセンスメイキングの実践です。
センスメイキングのもう一つのきっかけである「社会的注目」について見てみましょう。社会的な注目が集まる出来事は、業界全体の「当たり前」の考え方、すなわち制度ロジックを書き換えるきっかけとなります。
米国の医療保険改革議論を分析した研究によれば、ロジック転換の要因は、抽象的なモデルを構築する「理論化」と、具体的な事例に光を当てる「表象」という2種類のセンスメイキングにあるとされます[6]。改革議論では、当初の政策モデル(理論化)から、市場の具体的な変化(表象)へと関心が移り、最終的に「市場主導で変化が進む」という新たな解釈が業界の支配的なロジックとして定着しました。
この知見は、経営層が組織全体のセンスメイキングをいかに望ましい方向へ導けるかを示唆しています。「社会的注目」という大きな出来事を前に「我々にとってこれはどういう意味を持つのか」と社員が問い始めるタイミングを捉え、組織としての公式な解釈(物語)を提示するのです。
その際に鍵となるのが、「理論化(抽象モデル)」と「表象(具体例)」の往復です。経営層が新しい事業モデル(理論化)を提示するだけでは、それは現場にとって自分事になりにくい抽象的なスローガンに過ぎません。そこで、現場の具体的な成功事例や顧客の声(表象)をセットで示すことが重要になります。なぜなら、社員はその具体例を手がかりにして、抽象的なモデルが自分たちの仕事にとって持つ意味を解釈し、納得していく(=センスメイキングを行う)からです。抽象的なビジョンと具体的な成功例が組み合わさることで、変革に向けた説得力のある物語が生まれ、組織全体の意味づけが揃っていきます。
想定外の危機に意味を見出す
センスメイキングが最も激しく、かつ困難を極めるのが、想定外の危機に直面したときです。既存の解釈の枠組みが通用しなくなり、「これは一体どういうことか」という問いが組織の存続に直結します。ここでは、危機的状況におけるセンスメイキングの機能不全と、そこから得られる教訓を分析することで、いかに組織は崩壊を防ぎ、新たな意味を生成できるのかを探ります。
危機におけるセンスメイキングの崩壊を分析した研究があります[7]。1949年に米国で起きた「マングルチの山火事」の悲劇を分析したこの研究は、森林消防隊がなぜ統制を失ったのかを解明しました。山火事に追い詰められた際、隊長は生き残るために消火道具を捨てるよう指示しましたが、隊員たちは意図を理解できませんでした。隊長の命令が理解されなかった瞬間、「指揮―服従」という基本的な役割構造が崩壊しました。
また、道具を捨てる指示は、消防士としての「アイデンティティの崩壊」を招き、隊員たちを原始的な逃走行動へと退行させました。センスメイキングの基盤である役割構造とアイデンティティが同時に失われ、何をすべきか理解する術を完全に失う状態に陥ったのです。
この研究からの示唆として、危機において組織は以下の点に留意すべきです。
第一に、役割に固執せず、「即興」を通じて新たな意味を生成することです。危機的状況では、既存の役割という解釈の枠組みそのものが機能不全に陥ります。その際は、マニュアル(=既存の解釈)に固執せず、根本的な目的に立ち返り、行動を通じてその場で新たな意味と秩序を能動的に作り出す(=センスメイキングする)「即興」が重要になります。
第二に、対話を通じて、新たな解釈の土台を再構築することです。信頼関係の崩壊は、共通の解釈を形成する基盤を失わせます。絶望的な状況下では、一方的な命令は解釈の断絶を生むだけです。「なぜこの行動が必要か」を伝え、互いを尊重する対話(敬意ある相互作用)を続けることによって、集団としての新たな意味の共有が可能となり、レジリエンスにつながります。
他方で、危機への「備え」が、かえってセンスメイキングを阻害することもあります。2005年にロンドンで警察官が無実の市民を射殺した事件を分析した研究は、新旧のルーティンが重なり合うことの危険性を指摘しています[8]。当時、警察はテロ対応の新しい作戦ルーティンを導入していました。作戦前のブリーフィングといった「キュー(手がかり)」が、現場の解釈の枠組みを新しい対テロ作戦へと偏らせ、認知的な偏りを生じさせました。その結果、「止めろ」という指示が、新しい作戦の枠組みの中で「即座に無力化(射殺)せよ」と解釈され、悲劇的な結末に至りました。
この研究の含意として、次のような点に気をつけると良いでしょう。
第一に、解釈の枠組みを起動させる「手がかり(キュー)」を明確化することです。新旧ルールが混在する状況は、どちらの枠組みで状況を解釈すべきかという混乱を生みます。新しいマニュアルを導入する際は、「どういう状況(キュー)で、どちらのルール(=解釈の枠組み)が適用されるのか」を明確に定義し、意図しないセンスメイキングが起動するのを防ぐ必要があります。
第二に、メンバーの解釈の選択肢を、意図的に限定することです。危機的状況で人々が頼る情報は、リーダーの言葉です。その言葉が曖昧であるほど、受け手は断片的な情報から自分なりの解釈を必死に作り出そうとします。これが意図しないセンスメイキングの暴走です。「止めろ」という指示が、ある者は「制止せよ」、別の者は「射殺せよ」と解釈したのが典型例です。指示を出す際は、受け手の解釈の余地を極限まで減らし、組織として望ましい一つの意味づけに誘導するような、具体的な言葉を選ぶべきです。例えば、「すぐ対処してください」ではなく、「Aさんは、Bを、本日17時までに行ってください」と伝えることで、個々人の多様な解釈を防ぎ、行動を一致させることができます。
変革を駆動するセンスメイキング
先ほどは、予期せぬ危機におけるセンスメイキングの崩壊と再構築について見てきました。一方、組織変革は、いわば「意図的に引き起こされる、管理された混乱」と言えます。従業員にとっては、これまでの日常が揺らぐという点で危機と同様にセンスメイキングが活発化する状況です。
しかし、危機と違うのは、そのプロセスを事前に設計し、マネジメントできる点にあります。変革を成功に導くためには、従業員一人ひとりの「これはどういうことか」という問いに寄り添い、組織として望ましい新たな意味(センス)が生まれるプロセスを、いかに能動的に支援(ギビング)できるかが鍵となります。ここでは、そのための方法を探ります。
危機や変革時におけるセンスメイキングの構造を分析した研究によれば、それは組織の「共有された意味(信念や価値観)」と、「感情」に影響されると指摘されています[9]。特に、過去の目標への固執(コミットメント)や、現状に合わなくなった自己認識(アイデンティティ)は、組織の適応を妨げる要因となります。これら固定化しがちな期待に対抗するために重要なのが、自らの解釈を修正する「更新」と、それが暫定的なものだと自覚する「懐疑」の態度です。感情は重要な信号ですが、その「強度」が極端になると冷静な判断を妨げるため、強度を管理し解釈を更新する余地を残すことが重要となります。
すなわち、変革を進める上では、古い「当たり前」と感情に正面から向き合う必要があります。変革が抵抗に遭うのは、過去の成功体験(共有された意味)や自己認識(アイデンティティ)が変化を拒むからです。
工夫のポイントの一つは、「更新」と「懐疑」を促すことです。「今の市場でも、このやり方は本当にベストだろうか」と、自らの成功体験をあえて疑う(懐疑)姿勢を促し、新しい状況に合わせて解釈を柔軟に修正していく(更新)文化を醸成します。例えば、リーダーが会議で「これまでの成功体験を一度脇に置いて、『もしゼロから考えるならどうするか』という視点で議論しましょう」と問いかけ、議論の前提をリセットすることが有効です。
もう一つのポイントは、感情を無視せず、マネジメントすることです。変革に対するメンバーの不安を抑えつけるのではなく、「変化に不安を感じるのは自然なことだ」と一度受け止めましょう。その上で、なぜ不安なのかを対話し、感情の強度を下げて冷静に議論できる状態を作ります。例えば、説明会で、質疑応答の前に感情を表現する時間を設けることが考えられます。
変革の始動プロセスそのものにも、センスメイキングの視点が役立ちます。ある公立大学の改革事例を追った研究は、変革の始動が、リーダーによる内的な「意味づけ(センスメイキング)」と、組織への「意味の付与(センスギビング)」の相互作用的なプロセスであることを示しました[10]。
プロセスは、リーダーがビジョンを「構想化」し、変化の意思を「シグナリング」することから始まります。次に、組織からの反応を受け止めビジョンを微修正する「再構想化」の段階で、メンバーによるセンスメイキングが活発化します。そして、多くの人々を議論に巻き込む「エナジャイジング」の段階で、ビジョンは組織で共有され、変革のエネルギーが生まれます。
この知見を参考にすれば、変革は「一方的な伝達」ではなく「対話のサイクル」で進めるべきです。リーダーの意味づけ(センスメイキング)と、メンバーへの意味の付与(センスギビング)が相互に影響し合うプロセスを意図的に作り出すことが求められます。
具体的には、まず構想化とシグナリング。リーダーがビジョンを語り、パイロットプロジェクトの開始などで変化の意思(シグナル)を示します。次に、再構想化。現場の反応を受け止め、ビジョンを微修正します。このプロセスにメンバーを巻き込むことで、当事者意識が芽生えます。最後に、エナジャイジング。修正されたビジョンについて、より多くのメンバーと対話し、議論に巻き込みます。これによって、ビジョンが組織全体のものとなり、変革のエネルギーが生まれます。
例えば、新しい人事制度を導入する際、人事部が原案を提示(構想化)し、一部署で試験導入(シグナリング)。次に、ヒアリングで意見を反映して修正(再構想化)。最後に、全社的なワークショップで全従業員を巻き込んで制度を完成させる(エナジャイジング)。このようなプロセス設計が変革の成功確率を高めます。
「モノ」と共に考える
ここまでは、主に言葉や対話を通じたセンスメイキングのプロセスを見てきました。しかし、特に曖昧で複雑な未来を構想する場面では、頭の中だけで考えていては、新たな意味を見出すことが困難な場合があります。そこで、思考を可視化し、チームの解釈プロセスを加速させる具体的な「モノ」の活用法、いわば「センスメイキングを促進するツール」について解説します。
未来を構想するデザインや戦略策定の現場における「モノ」の役割を探求した研究があります[11]。あるデザインコンサルティング会社での観察調査に基づき、この研究は、スケッチや模型といった「モノ」を介した「素材実践」が重要な役割を担っていることを明らかにしました。
センスメイキングは、気づきを写真などで「括り出す」ことから始まり、分類や統合を経て説得力のある説明へと再構成されます。このプロセスを駆動するのが、いくつかの素材実践です。
例えば、壁に貼った写真から言葉を引き出す「素材による分類」は、抽象的な感覚を共有する助けとなります。また、スケッチを重ねてアイデアを統合する「可視的統合」は、バラバラの気づきの間に「つながり」を見出します。議論の過程を壁一面に貼りだして共有された情報基盤として活用する「素材の記憶化」は、文脈への回帰や新たな発想を助けます。
この研究をもとに、センスメイキング(=意味づけ)を効果的に進めるための2つの工夫を挙げることができます。
第一に、思考を「見える化」し、手で動かしながら考えます。頭の中のアイデアや議論を、言葉だけで終わらせないことが大事です。写真や付箋、スケッチといった具体的な「モノ」に置き換え、それらを物理的に手で動かしながら考えることで、一人では気づけなかった関係性や新しい発想が生まれます。
例えば、新サービスの企画会議で、顧客の写真やアイデアの断片を書いた付箋などをホワイトボードに貼り出します。そして、チーム全員でそれらを実際に動かしてグルーピングしたり、線で結んだりしながら、対話と思考を深めていきます。
第二に、議論のプロセスを「共有の記録」として残します。そのようにしてアイデアを練り上げたホワイトボードや壁は、単なる議事録ではありません。チームの思考の軌跡そのものであり、いつでも立ち返ることができる「共有の記録」あるいは「参照点」となります。
例えば、企画会議で使ったホワイトボードを消さずに、プロジェクトルームにそのまま残しておきます。開発が進む中で仕様に迷ったり、目的を見失いそうになったりした時に、チームメンバーはその記録を参照します。議論の原点に立ち返ることで、進むべき方向性を再確認し、意思決定のずれを防ぎます。
おわりに
ここまで、組織におけるセンスメイキングの多様な姿を見てきました。それは、自己認識を守るための自己弁護的な解釈であったり、未来を構想するための指針であったり、危機の中で崩壊するものであったり、変革を推進する力であったりします。共通しているのは、組織を動かしているのは客観的な事実や合理的な計画だけではなく、人々が導き出す「解釈」や「意味」であるということです。
不確実性が高まる現代において、組織が直面する課題はますます複雑になっています。人事としては、組織の中でどのような解釈がなされているのかを把握し、対話を促し、時には意図的に「問い」を投げかけることで、より望ましい未来に向けたセンスメイキングを支援していくことが求められているでしょう。
Q&A
Q:ダイバーシティを推進する中で、従業員それぞれの「センスメイキング」が異なり、組織の方向性が定まらなくなることを懸念しています。多様性を尊重しつつ、組織として一貫した意味付けを促すには、どうバランスを取ればよいのでしょうか。
センスメイキング、つまり物事の解釈は、本質的に多様です。組織としては、その多様な解釈が生まれること自体を許容する姿勢が必要です。「この解釈以外は認めない」という態度は、ダイバーシティの価値を損ないます。
一方で、個々の解釈が完全に自由奔放では、組織はまとまりません。そこで重要になるのが、組織の根幹をなすビジョンといった、いわば「大きな物語」を全体で共有することです。これは、解釈の方向性を示す「枠組み」として機能します。
この共有された「大きな物語」という太い幹があれば、従業員はそれを拠り所としてセンスメイキングを行います。そうすれば、生まれる解釈に多様性がありながらも、組織の方向性とゆるやかにつながり、多様性は組織の「強み」へと転化していくでしょう。
Q:緊急事態におけるセンスメイキングの話が衝撃的でした。危機的状況での行動指針として「OODA(ウーダ)ループ」というフレームワークがありますが、これとセンスメイキングの関係について補足があればお聞かせください。
OODAループは、危機的状況下で「センスメイキングを助けるための一つの枠組み」と捉えることができます。こうしたフレームワークが共有されていれば、混乱した状況でも、メンバーはそれに従って情報を整理し、意味付けを行い、行動に移せます。
ただし、想定を超える危機の中では、既存のフレームワーク自体が機能しなくなる可能性も考慮すべきでしょう。センスメイキングには、物事を解釈するための「形式(型やスタイル)」と、その中身である「内容(具体的な情報)」の二側面があります。OODAループも「形式」の一種です。
危機においては、この「形式」と「内容」のどちらが機能不全に陥っているのかを見極めることが重要です。思考の型自体が目の前の事態を捉えきれないのであれば、異なる新しい解釈のスタイルを生み出す必要があります。あるいは、形式は有効でも、従来の知識や経験という「内容」が通用しない場合もあります。危機におけるセンスメイキングは、既存の枠組みが通用するかを冷静に問い直すことから始まります。
Q:新しい評価制度を導入する際、「管理が厳しくなる」といったネガティブな意味付けが先行してしまいます。制度の目的をポジティブにセンスメイキングしてもらうため、人事はどのような「物語」を語ればよいでしょうか。
変革を成功させるには、ポジティブな意味付けをいかに促すかが鍵です。評価の目的が「管理」や「査定」と捉えられると、ネガティブな解釈につながりやすくなります。そこで人事としては、「成長支援」や「挑戦の機会の提供」といった、もう一つの側面を語っていく「センスギビング」が求められます。「この制度は、社員の可能性を広げるためのものだ」というメッセージを伝えます。
さらに重要なのが、制度設計のプロセスに現場の従業員を巻き込むことです。各部署の代表者とワークショップを開くなどして、多様な意見を制度に反映させます。従業員は「自分も関わった」という当事者意識を持つことで、「自分たちのための制度だ」とポジティブに意味付けしやすくなります。
Q:部下のセンスメイキングを支援する上で、マネージャーにはどのようなスキルが求められますか。
大切なことは、「安易に答えを与えない」という姿勢です。マネージャーが一方的に指示を与えると、それは部下のセンスメイキングの機会を奪う「強制的なセンスギビング」になってしまいます。
求められるのは、部下自身が意味を見出すプロセスに寄り添う、コーチング的なアプローチでしょう。部下の話を丁寧に聴き、感情面を受け止めます。その上で、「この変化を、君自身の成長機会と捉えるとしたら?」といったように、視点を変えるような問いを投げかけます。マネージャーの役割は、良質な問いを通じて、部下が自らの力で納得解を導き出すプロセスを支援することにあります。
Q:人事担当者自身も、経営と現場の板挟みなど、日々複雑な状況でセンスメイキングを迫られていると感じました。
おっしゃる通り、人事担当者は高度なセンスメイキングを実践し続けなければならない役割です。だからこそ、自身の解釈、要するに「自分は今、この状況をどう捉えているか」を一歩引いて客観視する習慣をお勧めします。一つの解釈に固執すると、物事の本質を見誤る危険があるからです。
そのために有効なのは、一人で抱え込まず、他者と対話することです。社内外の信頼できる同僚と対話し、自分の考えを話すことで思考が整理され、他者の視点に触れることで自分の見方を相対化できます。複雑な問題に直面したときこそ、仲間との対話を通じて「集合的に」意味付けを行っていくアプローチが、的確な問題解決につながるでしょう。
脚注
[1] Brown, A. D., Stacey, P., and Nandhakumar, J. (2008). Making sense of sensemaking narratives. Human Relations, 61(8), 1035-1062.
[2] Gioia, D. A., and Thomas, J. B. (1996). Identity, image, and issue interpretation: Sensemaking during strategic change in academia. Administrative Science Quarterly, 41(3), 370-403.
[3] Balogun, J., and Johnson, G. (2005). From intended strategies to unintended outcomes: The impact of change recipient sensemaking. Organization Studies, 26(11), 1573-1602.
[4] Patriotta, G. (2003). Sensemaking on the shop floor: Narratives of knowledge in organizations. Journal of Management Studies, 40(2), 349-375.
[5] Louis, M. R. (1980). Surprise and sense making: What newcomers experience in entering unfamiliar organizational settings. Administrative Science Quarterly, 25(2), 226-251.
[6] Nigam, A., and Ocasio, W. (2010). Event attention, environmental sensemaking, and change in institutional logics: An inductive analysis of the effects of public attention to Clinton’s health care reform initiative. Organization Science, 21(4), 823-841.
[7] Weick, K. E. (1993). The collapse of sensemaking in organizations: The Mann Gulch disaster. Administrative Science Quarterly, 38(4), 628-652.
[8] Colville, I., Pye, A., and Carter, M. (2013). Organizing to counter terrorism: Sensemaking amidst dynamic complexity. Human Relations, 66(9), 1201-1223.
[9] Maitlis, S., and Sonenshein, S. (2010). Sensemaking in crisis and change: Inspiration and insights from Weick (1988). Journal of Management Studies, 47(3), 551-580.
[10] Gioia, D. A., and Chittipeddi, K. (1991). Sensemaking and sensegiving in strategic change initiation. Strategic Management Journal, 12(6), 433-448.
[11] Stigliani, I., and Ravasi, D. (2012). Organizing thoughts and connecting brains: Material practices and the transition from individual to group-level prospective sensemaking. Academy of Management Journal, 55(5), 1232-1259.
登壇者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

