2025年12月8日
そのリーダーシップ、本当に部下を成長させていますか?創造性と依存のトレードオフ
組織を活性化させ、従業員のやる気を引き出し、革新へと導く。そんな理想像として「変革型リーダーシップ」が語られます。未来への魅力的なビジョンを掲げ、個人の成長を促し、知的好奇心を刺激するスタイルは、現代のリーダー像の代名詞です。多くのビジネス書でその素晴らしさが説かれ、管理職が目指すべき姿として描かれています。
しかし、物事には光と影があります。この完璧に見えるリーダーシップにも、未知の側面があるとしたらどう思いますか。部下の創造性や貢献意欲を高める力の裏で、意図せず部下の自律性を奪い、エネルギーを消耗させる負のメカニズムが働いている可能性はないでしょうか。リーダーの強いカリスマ性が、かえって部下の自由な発想を縛り、画一的な思考へと導いてしまうことはないのでしょうか。
本コラムでは、変革型リーダーシップを「両刃の剣」と捉え、光と影の両面に光を当てます。科学的な知見を紐解きながら、このリーダーシップが私たちの心や行動にどのように作用するのか、その複雑で奥深い実像に迫ります。見過ごされがちな影の側面にも目を向けることで、より深く現実的な視点から、職場における人と組織の関係を見つめ直すきっかけとなるはずです。
変革型リーダーは創造性を高めつつ依存で損なう
変革型リーダーシップが従業員の創造性を育むことは広く知られています。しかし、そのプロセスは本当に良いこと尽くめなのでしょうか。リーダーの強い魅力が、かえって部下の自由な発想を縛ることはないのか。この疑問を探るため、ある研究では、変革型リーダーシップが創造性にもたらすプラスとマイナスの二つの側面を同時に検証しました[1]。
この研究は、リーダーシップが良い影響と悪い影響を同時に及ぼすという考えに基づきます。プラスの側面として、リーダーの振る舞いは二つの道筋で創造性を促します。一つは「認知的メカニズム」で、リーダーからの知的な刺激が部下に既存の枠組みを疑わせ、「枠の外で考える」ことを促します。もう一つは「動機づけメカニズム」で、魅力的なビジョンが「自分ならできる」という挑戦意欲をかき立てます。
一方で、この研究はリーダーシップの「副作用」として、リーダーへの「依存」にも目を向けました。カリスマ的なリーダーに対し、部下は強い一体感を覚え、無意識にリーダーを理想化することがあります。その結果、リーダーの考えを無批判に受け入れ、承認を過度に求めるようになって、自律的な探求心が妨げられてしまうのです。リーダーの視点から外れることを恐れ、リスクを取らなくなることで、斬新なアイデアは生まれにくくなります。この依存は、一般的に「良いリーダー」とされる人物の下でも起こりうるとされています。
この理論を検証するため、研究者たちはドイツの研究開発(R&D)集約セクターに属する企業の従業員416名にウェブ調査を行いました。参加者は上司のリーダーシップ、リーダーへの依存度、自身の創造性について回答しました。リーダーシップは国際的な標準尺度(MLQ)で、依存は「上司の意見を無批判に受け入れるか」といった項目で測定されました。集められたデータは、変数間の複雑なモデルを検証できる構造方程式モデリング(SEM)という統計手法で分析されました。
分析の結果、想定された二つの経路の存在が明らかになりました。変革型リーダーシップは、部下の創造性を直接的に高めるプラスの経路を持っていました。しかし同時に、リーダーへの依存度を高め、その高まった依存が創造性を低下させるというマイナスの経路も存在していたのです。リーダーシップが持つ創造性を高める力の一部は、同時に生み出される依存という副作用によって相殺されていたことになります。
この結果は、変革型リーダーシップと創造性の関係が単純ではないことを物語っています。リーダーの強い魅力やビジョンは、部下の思考を解き放つ「光」となりますが、その同じ魅力が、部下をリーダーに強く結びつけ、無批判な追従という「影」も生み出します。この光と影のせめぎ合いの中で部下の創造性は育まれるという構造を理解することは、リーダーシップの力を引き出す上で欠かせない視点と言えるでしょう。
変革型は依存を通じて役割外行動を最も高める
変革型リーダーシップが部下に「依存」という心理状態を生み、創造性を損なう可能性を見ました。しかし、リーダーが部下の心に働きかける仕組みは一つではありません。部下はリーダーによって自立を促されたり、対等な協力関係を築いたりもするはずです。「依存」「自立」「相互依存」という三つのうち、どのメカニズムが最も強く作用するのでしょうか。ある研究では、これら三つの心理的な経路を同じ土俵で比較検討しました[2]。
この研究は、変革型リーダーシップが機能する多様なプロセスを整理し、その中核を明らかにすることを目指しました。三つの異なる視点(フォーカス)を立て、それぞれを代表する心理状態を測定しました。
一つ目は「依存フォーカス」です。これは、部下がリーダー個人と自分を強く結びつける「個人同一化」によって代表されます。リーダーの価値観や自己イメージを自分自身のものとして取り込み、承認や指針への依存が高まる状態です。このリーダーへの献身が、役割外の行動を動機づけると考えられました。
二つ目は「自立フォーカス」です。これは、「心理的エンパワーメント」という概念で捉えられました。仕事そのものに意味を感じ、自分の能力に自信を持ち、物事を自己決定できるという感覚が高まる状態です。この内発的動機づけが、自己主導の遂行を促進すると考えられました。
三つ目は「相互依存フォーカス」です。これは、リーダーと部下の交換関係の質、いわゆる「LMX(Leader-Member Exchange)」で測定されました。相互の信頼、尊敬、義務感が育まれる質の高い関係性が、役割内外の貢献を引き出すと考えられました。
これらの経路の優位性を明らかにするため、中国の企業で二つの独立した調査が実施されました。一つは横断調査、もう一つは1ヶ月の時間差を設けた縦断調査です。いずれの調査も、部下がリーダーシップや自身の心理状態を、上司が部下の仕事ぶり(職務遂行や役割外行動)を評価するという多角的な視点を採用しています。
集められたデータ分析の結果、二つの調査で一貫したパターンが見出されました。それは、役割外の貢献行動(組織市民行動)に注目したときのことです。三つの経路を同時に比較すると、「個人同一化」、すなわち依存フォーカスだけが、リーダーシップと役割外行動の間をつなぐ固有の経路として機能していました。自立や相互依存の経路も単独では関連がありましたが、個人同一化の影響を考慮に入れると、その独自の説明力は失われました。一方で、契約で定められた役割内の仕事の出来栄えについては、三つの経路のいずれも媒介の働きをしていませんでした。
この結果は、変革型リーダーシップが持つ「期待以上の成果を引き出す」力の源泉が、部下を自立させることや良好な協力関係を築くこと以上に、リーダー個人への強い心理的な結びつき、すなわち「依存」にある可能性を示唆します。部下は、リーダーのビジョンや価値観を深く内面化し、そのリーダーのために尽くしたいという強い思いから、契約や義務を超えた献身的な行動をとるようになるのかもしれません。
変革型は活力を高めつつ負荷で回復を損なう
ここまで、変革型リーダーシップが「仕事の成果」に関わる側面で光と影を併せ持つことを見てきました。ここからは視点を転じ、リーダーの振る舞いが従業員の日々の「元気」や「疲れ」にどう関わっているのかを探ります。部下を元気づける一方で、知らず知らずのうちにそのエネルギーを過剰に消費させ、回復を妨げている。そんな可能性はないのでしょうか。ある研究では、日誌法を用いて従業員の10日間にわたる心身の状態変化を追跡しました[3]。
この研究は、リーダーシップがウェルビーイングに及ぼす作用を、仕事中から仕事後、翌朝へと続く時間の流れの中で捉えようとしました。そして、そのプロセスには「資源ベースの経路」という明るい側面と、「要求ベースの経路」という暗い側面が同時に存在するというモデルを立てました。
まず、明るい側面である「資源ベースの経路」です。変革型リーダーは部下のワーク・エンゲージメント(仕事への活力・熱意・没頭)を高めます。エンゲージメントが高まると、その日の自分のなすべきことが明確になり(役割明確性の向上)、その達成感がポジティブな気分として家庭生活にも良いかたちで波及します(ポジティブなスピルオーバー)。この快い精神状態が、心理的ディタッチメントやリラックスといった夜間の回復を促し、翌朝のウェルビーイングにつながるという好循環です。
しかし、同時に暗い側面である「要求ベースの経路」も動き出すと予測されました。こちらも起点はエンゲージメントの向上です。やる気に満ちた従業員は、より多くの仕事を引き受け、これがその日の仕事の負荷(ワークロード)の増大に結びつきます。高い負荷はストレスとして仕事後も尾を引き、家庭に持ち越されることで(ネガティブなスピルオーバー)、心身の回復を妨げ、翌朝のウェルビーイングを悪化させてしまうのです。
この二重経路モデルを検証するため、スペインの従業員88名を対象に10日間の日誌調査が行われました。参加者は平日の夕方と翌朝の1日2回、調査に回答しました。夕方にその日の仕事の体験を、翌朝に前夜の回復度合いや感情状態を尋ねることで、影響の連鎖を捉えました。分析の結果、予測通り二つの経路が同時に動いていることが確認されました。リーダーシップは、エンゲージメントを通じて役割明確性を高め、回復を促す「光の連鎖」を駆動させていました。しかし同時に、仕事の負荷を増やし、回復を妨げる「影の連鎖」も動かしていたのです。
この研究は、リーダーシップの作用の複雑さを日々の時間軸の中で描き出しました。リーダーの存在は、部下に活力を与える「資源」であると同時に、その活力が過剰なコミットメントにつながり、心身の「要求」を増幅させる引き金にもなり得るのです。しばしば良いものとされるワーク・エンゲージメントでさえ、過労や回復不全につながりかねない性質を持つことが示されました。リーダーシップの全体的な効果が見えにくいのは、こうした光と影の力が互いに打ち消し合っているからなのかもしれません。
変革型は自律を高めつつ依存も同時に強める
変革型リーダーは、部下を自立させ、能力を発揮できるように力づける(エンパワメントする)と言われます。しかし、これまでの議論で見てきたように、同時にリーダーへの依存心も強めてしまうことがあります。自律と依存。この矛盾しているように思える二つの現象は、一人のリーダーのもとで、なぜ同時に起こるのでしょうか。ある研究は、部下が自分自身を「何と」同一視するか、その焦点の違いに鍵があるという答えを提示しました[4]。
この研究は、変革型リーダーシップが「二つの顔」を持つという考えに基づきます。一つは部下を力づける「エンパワメントの顔」、もう一つは部下を依存させる「依存の顔」です。そして、この二つの顔が生まれる背景には、部下の心の中で起こる二種類の「同一化」のプロセスが関係していると理論づけました。
一つは「個人同一化」です。これは、部下がリーダー個人に強い魅力を感じ、その価値観や行動スタイルを自分自身の一部であるかのように捉える心理プロセスです。「あのリーダーのようになりたい」「あのリーダーに認められたい」という気持ちが、部下をリーダーという特定の個人に強く結びつけ、リーダーの指示や承認を求める「依存」を生み出すと考えられました。
もう一つは「社会的同一化」です。これは、部下がリーダー個人ではなく、自分が所属しているチームや部署といった「集団」に自分自身を重ね合わせるプロセスです。「私たちは一つのチームだ」「この部署の一員として誇りを持っている」という感覚が帰属意識を高め、集団の目標達成に貢献したいという意欲をかき立て、自分や集団の能力を信じる「エンパワメント」につながると考えられました。
理論モデルを検証するため、イスラエルの大手銀行に勤務する従業員888名を対象に調査が実施されました。従業員は、上司のリーダーシップ、上司個人への同一化、所属部署への同一化、依存度、エンパワメントの状態(仕事における自己効力感や、部署全体の能力に対する信頼感など)について回答しました。
分析の結果は、理論モデルの予測を裏付けました。変革型リーダーシップは、「個人同一化」と「社会的同一化」の両方を高めていました。そして、その先の経路は分かれていたのです。リーダーへの「個人同一化」は、部下の「依存」を高める唯一の経路でした。一方で、「社会的同一化」は、部下の自己効力感や集団効力感といった「エンパワメント」を高める経路として機能していました。
この研究が明らかにしたことの核心は、変革型リーダーシップの作用が一様ではないという事実にあります。リーダーの言動が、部下の意識のベクトルを「リーダー個人」へと向かわせるか、それとも「チームや部署という集団」へと向かわせるか。その方向性によって、全く異なる心理状態と行動が引き起こされるのです。そして、依存とエンパワメントは、対立するものではなく、異なるメカニズムを通じて、一人のリーダーのもとで同時に成立しうる独立した現象であることも示されました。
脚注
[1] Eisenbeis, S. A., and Boerner, S. (2013). A double-edged sword: Transformational leadership and individual creativity. British Journal of Management, 24(1), 54-68.
[2] Lu, Q., Liu, Y., and Huang, X. (2020). Follower dependence, independence, or interdependence: A multi-foci framework to unpack the mystery of transformational leadership effects. International Journal of Environmental Research and Public Health, 17, 4534.
[3] Czakert, J. P., Leiva Urena, D., and Berger, R. G. (2024). How transformational leadership affects the off-work recovery of daily personal energy resources via work engagement: Resource- and demand-based pathways. The Spanish Journal of Psychology, 27, e11.
[4] Kark, R., Shamir, B., and Chen, G. (2003). The two faces of transformational leadership: Empowerment and dependency. Journal of Applied Psychology, 88(2), 246-255.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『組織内の“見えない問題”を言語化する 人事・HRフレームワーク大全』、『イノベーションを生み出すチームの作り方 成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(ともにすばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

