2025年12月5日
制度ロジックで解き明かす組織の多様性:対立する「正しさ」が創造性を生む
私たちの周りにある組織を見渡してみると、不思議なことに気づきます。同じ業界に属し、同じような規制の下で活動しているはずなのに、会社によって仕事の進め方や大切にしている価値観が異なることがあります。あるいは、一つの会社の中でも、部署が違うとまるで別の会社のように文化やルールが違うといった経験はないでしょうか。「ルールは一つのはずなのに、なぜ、これほどまでに多様な姿が生まれるのだろうか」。この素朴な疑問は、組織の本質を考える上で奥深い問いを投げかけます。
本コラムでは、その謎を解き明かす鍵として「制度ロジック」という考え方を紹介します。これは、ある社会や組織の中で、人々が物事を判断したり、行動したりする際に無意識のうちに従っている「当たり前の考え方」や「価値基準のセット」のようなものです。例えば、「利益を最大化するのが当然だ」という考え方も一つのロジックですし、「社会的な使命を果たすことが第一だ」という考え方もまた別のロジックです。
問題は、現代の組織の多くが、一つだけでなく、複数の異なる、時には互いに対立する制度ロジックに同時にさらされていることです。市場からの効率化の要請と、専門職としての倫理観。グローバルな標準化の波と、地域社会との結びつき。こうした異なる「当たり前」が組織の中でせめぎ合うとき、組織は単純な一つの型に収まることをやめます。むしろ、その葛藤の中から、実に多様で、時には創造的でさえある組織の姿や現場の実務が生まれてくるのです。
これから、金融、会計、非営利、製造業という異なる舞台を取り上げ、複数の制度ロジックがどのように組織の選択を方向づけ、多様性を生み出していくのかを見ていきます。この検討を通して、組織やそこで働く人々の行動を、これまでとは少し違った視点から眺められるようになるかもしれません。
制度ロジックの競合が外部委託慣行を多様化させた
組織が何か新しいやり方を取り入れるとき、その動きは業界全体で同じように広まっていくと考えられることがあります。しかし、実際には、同じ慣行であっても、組織が置かれた文脈によって、その採用のされ方や意味づけは異なります。米国のミューチュアル・ファンド業界で投資業務の外部委託が広がっていった過程は、その典型的な一例です[1]。この業界には、歴史的に異なる二つの都市を拠点とする、対照的な「当たり前の考え方」、すなわち制度ロジックが存在していました。
一つは、ボストンの金融文化に根差した「受託者ロジック」です。これは、顧客から預かった資産を、長期的な視点で、堅実に低いコストで守り育てることを最上の価値とする考え方です。かつて業界の大部分を占めていたボストン拠点のファンドは、このロジックに基づき、幅広い銘柄に分散投資し、運用にかかる経費をできる限り抑えることを是としていました。
もう一つは、1950年代以降にニューヨークを中心に勢力を伸ばした「パフォーマンス・ロジック」です。こちらは、短期的なリターンの高さを競い合い、市場平均を上回る成績を上げることが運用会社の使命であるとする考え方です。このロジックの台頭とともに、高い収益を狙う専門の独立系運用会社が次々と現れ、業界の景色を塗り替えていきました。
興味深いことに、受託者ロジックはパフォーマンス・ロジックに取って代わられたわけではなく、その後も根強く生き続けました。結果、業界には「コストを何よりも重んじる」考え方と、「リターンを何よりも追い求める」考え方という、二つの大きな潮流が共存することになったのです。
ある研究では、1944年から1985年までの長い期間にわたるミューチュアル・ファンドの年次データを網羅的に集め、どのようなファンドが、どのようなタイミングで、投資業務を独立系の専門会社へ外部委託するという決断を下したのかを分析しました。分析の対象となったデータは、延べ1万5千以上に及びます。この分析では、ファンドの運用成績やコスト、成長株を扱うファンドかどうか、そして所在地がボストンかニューヨークかといった様々な要因が、外部委託の決定とどう結びついているのかが調べられました。
分析から明らかになったのは、単純に「コストが高いから」あるいは「成績が悪いから」という理由だけで、一様に外部委託が進んだわけではないという事実でした。そこには、ファンドがどちらの制度ロジックを拠り所にしているかによって、判断の基準が異なるというパターンが見られたのです。
まず、受託者ロジックの伝統が息づくボストンに拠点を置くファンドや、保守的な運用を行う非成長株ファンドの場合、外部委託に踏み切る主な引き金は「コストの高さ」でした。これらのファンドにとって、外部の専門家を使うことは、自社で運用するよりも経費を削減できるという合理的な選択として位置づけられていました。
一方で、パフォーマンス・ロジックが支配的なニューヨークに拠点を置くファンドや、高い収益を目指す成長株ファンドでは、異なる動機が働いていました。これらのファンドが外部委託を選ぶのは、「運用成績の悪化」に直面したときでした。成績不振からの脱却を目指すための、いわば「テコ入れ策」として、外部の優れた専門家の力を借りるという判断がなされていました。
この一連の分析は、同じ「外部委託」という一つの行動が、それを選択する組織の価値基準によって、異なる意味を持つことを物語っています。コスト削減という目的で行われる外部委託と、成績改善という目的で行われる外部委託。この二つの異なる動機が併存した結果、ミューチュアル・ファンド業界における外部委託という慣行は、単一の型に収斂することなく、多様な形で普及していきました。
そしてそれは、供給側である独立系運用会社の世界にも、低コストを売りにするタイプと高リターンを追求するタイプという、二つの異なる専門分化をもたらすことになりました。このように、マクロな業界レベルで見ると、異なる地域に根差したロジックの競合が、実務慣行の多様化を生み出す原動力となっていたことがわかります。
制度ロジックの葛藤が中堅会計事務所を折衷的に変えた
業界全体に存在する異なるロジックが実務の多様性を生む一方で、組織の内部に目を向けると、そこでもまた複数のロジックが複雑に絡み合い、組織を内側から変容させていく様子が見られます。特に、会計士のような専門職の世界では、古くからの職業倫理と、現代的なビジネスの論理との間で、緊張関係が生じています。オランダの中堅会計事務所を対象としたある調査は、この葛藤の中で組織がどのように自らを再構築していくのかを描き出しています[2]。
会計事務所の世界には、伝統的に二つの対立する「当たり前」が存在します。一つは、公共の利益に奉仕し、専門家としての独立性と自律性を守ることを第一とする「受託者ロジック」です。もう一つは、事務所を一つの企業と捉え、収益性や効率性を高める管理手法を導入することを是とする「商業ロジック」です。近年の規制強化やIT技術の進展といった外部環境の変化は、この二つのロジックを同時に刺激するという、厄介な状況を生み出しました。品質管理の厳格化は受託者ロジックを強める一方で、IT投資の回収や価格競争への対応は商業ロジックの導入を迫ります。
このような板挟みの状況で、中堅会計事務所はどのような道を選んだのでしょうか。ある研究では、オランダの11の中堅会計事務所で働く上級職の人々へ詳細なインタビュー調査を行いました。調査の焦点は、「会計士の役割をどう変えていくか」と「組織の構造や管理をどう変えていくか」という二つの大きなテーマに置かれ、各社が外部からの圧力に対してどのような対応をとっているのかが、質的な分析を通じて調べられました。
その結果、明らかになったのは、多くの事務所が、受託者ロジックか商業ロジックかのどちらか一方を全面的に受け入れるという選択をしなかったという事実です。むしろ、直面する課題ごとに、両方のロジックの中から自分たちにとって都合の良い考え方や手法を、いわば「つまみ食い」するように取り入れ、実務を再設計していました。これは、ロジックを固定的な規範としてではなく、問題解決のための「道具箱」のように捉え、柔軟に活用する姿と言えるでしょう。
例えば、「会計士の役割」というテーマでは、各社の対応は三つのグループに分かれました。一つは、コンサルティングのような新しい助言サービスを積極的に展開し、営業専門の担当者を置くなど、商業ロジックに大きく舵を切る「積極転換群」。二つ目は、助言サービスの必要性は認めつつも、その範囲を伝統的な会計業務と関連の深い領域に限定し、会計士自身の再教育によって対応しようとする「選択的転換群」。三つ目は、変化の必要性を感じながらも、旧来のやり方からなかなか抜け出せない「保守群」です。
「組織の構造や管理」というテーマでも、対応は分かれました。特に、ガバナンスや報酬制度といった、専門職としての自律性に直結する領域では、伝統的なパートナー同士の合議制を重んじ、成果連動報酬の導入には慎重な多数派と、よりトップダウンの意思決定や成果主義を導入して商業ロジックを強める少数派という、対照的な姿が浮かび上がりました。
これらの結果が示しているのは、同じ外部からの圧力にさらされていても、組織の応答は決して一様ではないということです。それぞれの会計事務所は、専門職としての伝統的な価値観と、ビジネスとして生き残るための効率性の論理との間で、独自の均衡点を探り、試行錯誤を繰り返しながら「折衷案」とも言うべき組織形態を創り出していました。組織全体が一つのロジックに向かって整然と移行するのではなく、論点ごとに異なるロジックがまだら模様のように適用され、多様でハイブリッドな組織の姿が生まれていたのです。
制度ロジックの違いが同一組織内で多様な実務を生んだ
業界レベル、そして組織レベルで見てきたように、複数の制度ロジックの共存は多様性を生み出します。この現象は、さらにミクロな視点、すなわち一つの組織の「内部」に焦点を当てると、より鮮明に観察することができます。同じ屋根の下で働く人々が、所属する部門によって異なる「当たり前」に従って仕事をしている。そんな光景は、特に公的な資金を受けながら社会的なサービスを提供する非営利組織などで顕著に見られます。
ある研究では、米国のシングルマザーとその子どもたちの自立を支援する移行期住宅「Parents Community」を対象に、長期間にわたる質的調査が行われました[3]。この組織は、公的な住宅補助金や保育関連の補助金など、様々な種類の資金で運営されており、その内部には複数の異なるロジックが複雑に混在していました。そこには、資金提供元のルールを遵守するための「官僚的ロジック」、幼児教育や社会福祉といった専門職としての理念に基づく「専門職ロジック」、困難な状況にある家族を支えるという組織全体の「福祉ロジック」などが存在します。
この研究は、同じ組織にありながら、三つの主要な部門が、これらのロジックとどのように向き合い、日々の実務を組み立てているのかを比較分析しました。
第一に、「託児部門」です。この部門は、州の社会サービス部局からの資金に依存しており、職員の資格や保育環境、通園時間など、厳格なルールに従うことが求められます。これは官僚的ロジックの強い要請です。しかし同時に、部門長は幼児教育の専門家であり、子どもの発達を最優先するという専門職ロジックを持っていました。
ここで観察されたのは、この二つのロジックの創造的な結合でした。例えば、病気の子どもをすぐに迎えに来てもらう、あるいは定時に通園してもらうといった厳しいルールは、単に州の規制を守るためだけではなく、「子どもの心身の安定と発達のために不可欠である」という専門的な判断として保護者に説明され、正当化されていました。規制遵守という官僚的ロジックを、専門職としての価値を実現するための手段として活用していたのです。
第二に、「住宅運営部門」です。この部門は、連邦住宅都市開発省(HUD)の規則に従って、入居審査や家賃の決定、契約更新などを行っていました。ここでも官僚的ロジックが働いていますが、託児部門と違ったのは、社会福祉や幼児教育のような、拠り所となる強固な専門職コミュニティや規範が相対的に弱かった点です。その結果、この部門の意思決定は「規則だから」という理由が支配し、外部のルールに厳格に適合する、極めて官僚的な運営スタイルが確立されていました。
第三に、「家族支援部門」です。この部門は、組織の理念を最も体現する中核的な存在でありながら、特定の公的資金への直接的な依存度が低く、規則による縛りが比較的緩やかでした。そのため、社会福祉の専門職ロジックに基づき、それぞれの家族が抱える個別の事情に寄り添った、柔軟で即興的な支援を行うことが可能でした。しかしその一方で、組織内部からは、支援の成果を客観的な指標で示すべきだという「説明責任」を求める声も聞こえてきます。画一的なルールを適用すべきか、個別性を重んじるべきか。この部門は、常に二つの考え方の間で揺れ動きながら、日々の支援のあり方を模索していました。
この三つの部門の対比から浮かび上がるのは、同じ組織内であっても、部門ごとに「どの資金に依存しているか」そして「どのような専門性を持つ人々が集まっているか」という条件が異なるだけで、仕事の進め方や価値基準が違ってくるという事実です。外部から与えられたルールは、そのまま機械的に適用されるわけではありません。それは、現場で働く人々の専門性や価値観を通して解釈され、時には創造的な工夫を凝らされながら、多様な実務として形作られていきます。
制度ロジックの多元性が企業の雇用調整行動を多様化させた
これまで、金融、会計、非営利というそれぞれの世界で、複数のロジックが組織や実務の多様性を生み出す様子を見てきました。視点を国家というより大きな文脈に移し、企業の最も厳しい意思決定の一つである「雇用調整」、すなわち人員削減の行動が、市場の論理だけで決まるわけではないことを、スペインの製造業の事例から探っていきます[4]。
一般的に、企業の経営は、業績が悪化すればコストを削減し、時には人員を整理するという冷徹な「市場ロジック」に支配されていると考えられるかもしれません。もちろん、このロジックが強力であることは間違いありません。しかし、企業は市場の中だけで生きているわけではなく、特定の地域社会や国家という文脈にも埋め込まれています。そこには、市場とは異なる、独自の「当たり前の考え方」が存在します。
スペインの製造業を対象としたある研究は、この点に着目しました。この研究では、市場ロジックに対抗する力として、二つの非市場的なロジックが想定されました。一つは、地域の歴史や文化を重んじ、中央政府からの自律性を志向する「分権国家ロジック」です。もう一つは、カトリックの価値観とも結びつき、従業員を家族のように捉え、その生活を守ることをよしとする「家族ロジック」です。スペインがフランコ独裁政権から民主化へと移行した歴史的な経緯は、こうした地域や家族の価値を、市場の論理とは別の重要な判断基準として社会に根付かせました。
この研究の問いは、市場からの圧力に直面したスペインの企業が、一様に人員削減という道を選ぶのか、それとも、地域や家族といった非市場的なロジックが、その決定を押しとどめる方向に働くのかというものでした。この問いを検証するために、1994年から2000年にかけてのスペイン製造業の広範なパネルデータが用いられ、どのような特性を持つ企業が人員削減を行いやすいのか、あるいは行いにくいのかが分析されました。分析には、企業の業績はもちろんのこと、事業所がどの地域に立地しているか、その地域の政治的な特性、家族経営の企業であるかどうかといった変数が含まれていました。
分析の結果、いくつかのパターンが浮かび上がりました。初めに、予想通り、業績の悪化が人員削減の確率を高めるという、市場ロジックの働きは確認されました。しかし、話はそれだけでは終わりませんでした。
分権国家ロジックの関わりを見ると、企業の事業所が特定の地域に集中しているほど、人員削減を行いにくいことがわかりました。また、地域の雇用維持を強く主張する政党が政権を握っている地域に拠点を置く、特に規模の大きな企業は、人員削減に対してより慎重になるという関係も見られました。これは、地域社会からの見えざる圧力が、企業の意思決定に作用していることを物語っています。
同様に、家族ロジックもまた、雇用を守る方向に働いていました。オーナー一族が経営に関与している家族経営の企業は、そうでない企業に比べて、有意に人員削減を行いにくいのです。従業員の雇用を守るという規範が、純粋な経済合理性とは別の判断基準として機能していることがうかがえます。ただし、この傾向は、企業の規模が大きくなるにつれて弱まることも、あわせて明らかになりました。
この一連の分析が示しているのは、企業の経済活動が、市場の論理だけで動いているわけではないという事実です。企業がどの地域に根を下ろし、どのような政治的環境に置かれているのか。そして、経営者がどのような価値観を持っているのか。こうした、市場とは異なる次元のロジックが、雇用という企業の根幹をなす意思決定に関わっているのです。
脚注
[1] Lounsbury, M. (2007). A tale of two cities: Competing logics and practice variation in the professionalizing of mutual funds. Academy of Management Journal, 50(2), 289-307.
[2] Lander, M. W., Koene, B. A. S., and Linssen, S. N. (2013). Committed to professionalism: Organizational responses of mid-tier accounting firms to conflicting institutional logics. Accounting, Organizations and Society, 38(2-3), 130-148.
[3] Binder, A. (2007). For love and money: Organizations’ creative responses to multiple environmental logics. Theory and Society, 36, 547-571.
[4] Greenwood, R., Diaz, A. M., Li, S. X., and Lorente, J. C. (2010). The multiplicity of institutional logics and the heterogeneity of organizational responses. Organization Science, 21(2), 521-539.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『組織内の“見えない問題”を言語化する 人事・HRフレームワーク大全』、『イノベーションを生み出すチームの作り方 成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(ともにすばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

