2025年12月5日
『科学的に正しいホメ方』出版記念セミナー:著者と学ぶポジティブ・フィードバックの技術(セミナーレポート)
ビジネスリサーチラボは、2025年10月にセミナー「『科学的に正しいホメ方』出版記念セミナー:著者と学ぶポジティブ・フィードバックの技術」を開催しました。
「部下の成長が伸び悩んでいる」「チームの一体感がなく、どこか雰囲気が悪い」「同僚や上司と、より良い信頼関係を築きたい」。職場でこのような悩みを抱え、解決の糸口を探している方も多いのではないでしょうか。
その突破口を開く鍵の一つが、私たちの日常的なコミュニケーションに潜んでいます。それが、相手を「ホメる」ことです。職場でホメることは、一見シンプルでありながら奥深い行為です。その効果は多くの学術研究によって検討され、様々な有効性も確認されています。
ただ、「ホメれば人は育つ」と聞くと、「そんなにうまくいくものだろうか?」「かえって甘やかしになるのでは?」といった疑問をもつかもしれません。また、「とりあえずホメてみたものの、どうも相手に響いていない」という手応えのなさを感じることもあるでしょう。
その感覚は決して間違いではありません。実は、「ホメる」という行為は、その方法を誤ると相手に不要なプレッシャーを与えたり、挑戦する意欲を削いでしまったりする危険性もあるのです。
では、相手の心に響き、成長を力強く後押しする「ホメ方」とは、どのようなものでしょうか。本セミナーでは、9月に刊行された書籍『科学的に正しいホメ方』の内容をもとに、心理学、教育学、組織論といった多角的な研究成果に裏付けられた、効果的なフィードバックの技術を解説しました。
※本レポートはセミナーの内容を基に編集・再構成したものです。
「ホメる」を科学する:人と組織の成長を加速させるポジティブ・フィードバックの可能性
伊達:
この度、『組織と人を動かす科学的に正しいホメ方 ポジティブ・フィードバックの技術』を上梓しました。現代の職場は、多くの複雑な課題に直面しています。「部下の成長が伸び悩んでいる」「チームに一体感がなく、どこか雰囲気が悪い」。こうした悩みは、業種や規模を問わず、多くの人が抱えるものです。私たちは、その解決の糸口が、相手を「ホメる」という、一見シンプルでありながら奥深い、日常的なコミュニケーションにあると考えています。
しかし、「ホメれば人は育つ」という言葉には、どこか単純すぎる響きがつきまといます。「かえって甘やかしになるのではないか」という懸念や、「とりあえずホメてみたものの、どうも相手に響いていないようだ」という手応えのなさを感じる方も少なくないでしょう。あるいは、「お世辞だと思われたくない」という気まずさから、ホメる行為そのものに躊躇してしまうこともあるかもしれません。
その感覚は、決して間違いではありません。「ホメる」という行為は、その方法を誤ると、相手に不要なプレッシャーを与え、挑戦する意欲を削いでしまう危険性があります。だからこそ、私たちは個人の経験や勘だけに頼るのではなく、科学的な知見に裏付けられた、効果的で誠実な「ホメ方」を探求し、実践する必要があります。
本書は、心理学、教育学、組織論といった多角的な学術研究の成果をもとに、人が成長し、組織が活性化するための「科学的に正しいホメ方」を体系的にまとめたものです。本日の私の講演では、書籍の特色と内容の全体像に触れながら、「ホメる」という行為が持つ力と、それがもたらす効果について紹介していきたいと思います。
「ホメる」ことの科学的根拠
本書の根幹をなす考え方として、「ホメる」ことを「ポジティブ・フィードバック」という科学的な視点から捉え直す点についてお話しします。フィードバックとは、相手の行動や結果に対して情報を伝え、目標達成に向けた軌道修正を支援するコミュニケーション手法全般を指します[1]。その中でもポジティブ・フィードバックは、相手の良い点や成果を客観的に認めることで、望ましい行動を促し、強化する働きを持ちます。
学術研究の世界では、このポジティブ・フィードバックが、職場の生産性や品質を向上させる手法として、その効果が繰り返し実証されてきました。適切に行われたポジティブ・フィードバックは、製造業における生産性の向上、小売業における接客サービスの改善、建設業における安全性の向上など、業種や職種を問わず、様々な業務上の成果を高めることが明らかになっています。
なぜポジティブ・フィードバック、すなわち「ホメる」ことには、確かな効果があるのでしょうか。その理由の一つは、人の「内発的動機づけ」を高める力にあります。内発的動機づけとは、金銭のような外的な報酬のためではなく、活動そのものへの興味や楽しさ、達成感から生まれる、人間の意欲のことです。
多くの研究が示しているのは、「叱る」といったネガティブ・フィードバックが、この内発的動機づけを著しく低下させる危険性です。叱責は、受け手に「自分は能力がないのではないか」「自分のやり方は否定されている」と感じさせ、仕事への興味や楽しさを失わせてしまう可能性があります。一方で、「ホメる」ことは、できたことを承認し、「自分はうまくやれている」という有能さや、「自分のやり方が認められている」という自律性の感覚を高めます。この感覚が、人が主体的に行動するための、内発的動機づけの源泉となります。
さらに、近年の研究は、この効果をより深く解明しています。信頼する相手から心からのホメ言葉を受け取ったとき、私たちの脳内では「報酬系」と呼ばれる領域が活性化することが分かっています。この報酬系は、私たちが喜びを感じ、「またその行動をしたい」と自然と思うように促す基本的な仕組みです。興味深いことに、ホメ言葉によって生じる脳の反応は、金銭的な報酬を受け取ったときの反応とよく似たパターンを示します。誠実なホメ言葉は、物質的な報酬と同じように、私たちの行動を動機づける力を持っているのです。
「ホメる」がもたらす多面的な効果の連鎖
科学的な土台に裏打ちされた「ホメる」という行為は、個人の意欲を高めるにとどまりません。その効果は、個人、人間関係、組織全体という多層的なレベルで、ポジティブな連鎖反応を引き起こしていきます。本書では、この多面的な効果を丁寧に解説することも、大きな特色としています。
第一に、個人レベルの効果です。「ホメる」ことは、仕事の質と、働く人の心理的な充足感を同時に高める相乗効果を持ちます。上司から承認されることで仕事への意欲が刺激され、より高い水準の仕事を目指すようになります。その業務をうまく遂行できたという経験が、満足感や達成感を育むのです。また、「他者からの評価」は、私たちが自分自身で気づいていない新たな可能性を発見するきっかけともなります。他者の視点から「あなたにはこういう強みがある」と示されることで、自己認識が広がり、より豊かな自己理解と成長につながっていくのです。
第二に、人間関係レベルの効果です。「ホメる」ことは、職場における信頼関係を構築する上で、重要な役割を果たします。特に、上司と部下の関係は、指示と実行の「取引」的な関係から、互いの情報を共有し信頼が芽生える「知人」の段階へ、最終的には互いの強みを理解し補完し合える「パートナー」の段階へと発展していくとされます。この関係性の深化において、ポジティブ・フィードバックは決定的な役割を担います。上司が部下の行動や成果を正当に評価し、成長を支援することで、部下は上司を信頼し、より主体的に貢献しようとします。信頼関係が築かれると、部下が自ら「もっと成長したいので、アドバイスをください」とフィードバックを求める「フィードバック探索行動」が増加します。これが、成長の好循環を生み出します。
第三に、組織レベルの効果です。「ホメる」ことの波及効果は、個人や二者間の関係にとどまりません。組織の風土や文化を、より良い方向へと変えていく力を秘めています。ある研究では、職場でのホメられる経験が、「自分はここで受け入れられている」という「被受容感」を高め、それが「この職場の一員として貢献したい」という「所属感」、つまり組織への愛着を育むことが示されています。組織への愛着が高まると、社員は自身の職務範囲を超えて自発的に組織に貢献しようとする「組織市民行動」をとるようになります。さらに、ホメ言葉が日常的に交わされる職場では、心理的安全性が高まり、社員は失敗を恐れずに新しいアイデアを発信するようになります。このような信頼の連鎖が、組織全体のイノベーションを加速させます。
成長を加速させる二つの実践原則
「ホメる」ことは多岐にわたるポジティブな効果をもたらしますが、その効果を引き出すためには、いくつかの重要な原則があります。本書ではそのための実践的な技術を様々な観点から解説していますが、本日はそのうち、二つの原則に絞ってお話しします。
第一の原則は、ホメる対象です。それは「能力」ではなく、「努力のプロセス」に焦点を当てることです。「あなたには才能がある」「頭が良い」といった能力をホメる言葉は、一見すると相手を喜ばせるように思えます。しかし、こうしたホメ方は、「能力は生まれつきのもので、変えられない」という固定的な考え方、いわゆる「固定マインドセット」を強めてしまう危険性があります。その結果、一度失敗すると「自分には才能がなかったのだ」と深く落ち込み、再挑戦を避けるようになってしまいます。
一方で、「粘り強く取り組んだプロセスが素晴らしかった」「新しい方法を試したその視点が良かった」といった努力のプロセスをホメる言葉は、「能力は努力次第で伸ばせる」という「成長マインドセット」を育みます。失敗を能力の限界ではなく、成長のための学びの機会として捉えることができるようになり、困難な課題にも挑戦し続けるしなやかな姿勢が育まれるのです。これは、本書が強く伝えたいメッセージの一つです。
第二の原則は、ホメる方法です。それは、漠然とした言葉ではなく、「具体性」を重視することです。「素晴らしい仕事だ」「よく頑張った」という言葉だけでは、相手は何を評価されたのかが分からず、次の行動に活かすことができません。
効果的なのは、「どの行動が、どのようによかったのか」を明確に伝える「行動特定型」のホメ方です。例えば、「今回の提案書は、お客様の課題を三つの視点から深く分析し、それぞれに具体的な解決策をデータと共に提示していた点が、非常に説得力がありました」というように、具体的な行動に言及することで、フィードバックは魂を持ちます。受け手は自身の強みを正確に認識し、その行動を再現・強化しようと努めるでしょう。
また、直接的な称賛だけでなく、「感謝」として伝えるアプローチも有効です。「あなたが丁寧にデータを確認してくれたおかげで、プロジェクト全体のリスクを未然に防ぐことができました。本当にありがとうございます」という言葉は、相手の貢献がもたらした価値を伝え、強力なポジティブ・フィードバックとして機能します。
おわりに
本講演でお伝えした内容は、本書で解説している知見の一部に過ぎません。「ホメる」という行為は、私たちが思う以上に奥深く、大きな可能性を秘めています。それは単純な気分の問題や、場を和ませるための表面的なテクニックではありません。相手への深い観察と誠実な敬意に基づき、個人の成長と組織の発展を支える、科学的で実践的なコミュニケーション技術です。本書が、皆さんの職場にポジティブな循環を生み出すための一助となれば、これほど嬉しいことはありません。
職場での「ホメ」を習慣にするために
「ホメる」習慣が好循環を生む
黒住:
私のパートでは、職場で「ホメる」ということを習慣としていくにはどうすれば良いのかというテーマでお話しします。書籍の内容も踏まえつつ、書籍の使い方など、少しメタ的な視点も交えながらお話しします。
近年、ビジネスシーンにおいても「ホメて伸ばす」ことが重視されるようになりました。かつては「厳しく叱る」「叱られたことをバネにして成長する」といった経験が主流だったかもしれませんが、時代とともにその価値観は変化しています。
しかし、いざ「ホメる」ことを実践しようとすると、「なぜホメるべきなのか」「どうやってホメると効果的なのか」といった悩みに直面することも少なくありません。今回の書籍は、そうした実務における悩みに、学術研究に基づいた解決策をご提案したいという想いから執筆しました。
フィードバックに関する代表的な悩み、あるいは本音の1つとして、「部下から自発的にフィードバックを求めてほしい」というものが挙げられます。パフォーマンス管理はマネジメントにおいて不可欠ですが、過剰に管理しすぎたり、逆に放任だと思われたりと、部下との適度な関わり方を考えるのは非常にコストがかかるものです。もし、必要なタイミングで部下の方からフィードバックを求めてきてくれれば、双方で合意形成をしながら効率的に仕事を進めることができます。
この「自分からフィードバックを求める」という行動は、研究の世界では「フィードバック探索行動」と呼ばれています。これは、自分の行動が正しかったか、適切だったかを知るために、積極的に情報を集めようとする行動のことです。
例えば、上司に意見を求めたり、自分が作成したレポートに対する周囲の反応を観察したりすることも、このフィードバック探索行動に含まれます。この行動は、自分自身の仕事の進め方を調整したり、学習を促進したり、さらにはパフォーマンスを向上させる上で非常に重要な戦略であると指摘されています。
では、どうすればこのフィードバック探索行動を促せるのでしょうか。ある研究では、「フィードバックを受ける頻度」が鍵を握ることが示されています[2]。多くの学術研究の結果を統合した分析によると、普段からフィードバックを受ける頻度が多い人ほど、その後、自分からフィードバックを求める傾向が強まることが確認されたのです。
興味深いことに、この「頻度」という点においては、良い点を指摘する「ポジティブ・フィードバック(ホメる)」だけでなく、改善点を指摘する「ネガティブ・フィードバック」も有効だとされています。そこで、それぞれのフィードバック頻度がなぜフィードバック探求に効果を発揮するのかを、順に確認していきます。
まず、日常的にポジティブ・フィードバックを受けることは、受け手にとって「心理的な価値」があります。ホメられることで「自分はうまくやれているんだ」と感じ、自己肯定感が高まります。
さらに、書籍で紹介した内容として、日頃からホメてくれる相手は「自分の成長を支援してくれる人だ」と感じやすく、信頼関係が深まります。そうした信頼できる相手だからこそ、「もっと助言を受けたい」と、より積極的にフィードバックを求めに行くようになるのです。
一方、ネガティブ・フィードバックには、「道具的な価値」があります。改善点を指摘されるのは、誰にとっても心理的な負荷(コスト)がかかるものですが、その指摘によって自分のパフォーマンスが改善するというメリットがコストを上回ると感じられれば、人は自らネガティブ・フィードバックを求めにいくようになります。
このように、フィードバックの頻度を高めることが、相手からのフィードバック探索を促し、好循環を生むことにつながります。しかし、ここで注意すべき点があります。それは、ネガティブ・フィードバックばかりでは危険だということです。
ネガティブ・フィードバックが繰り返されることに注意を投げかける視点が、「フィードバック回避行動」という研究テーマです[3]。これは、フィードバックを受けること自体を避ける一連の行動で、職場で上司と目を合わせないようにしたり、上司を避けるために外回りの予定を入れたり、極端な場合には有給を取得したりといった行動です。
このフィードバック回避が、ネガティブ・フィードバックによって引き起こされる可能性があるのです[4]。ネガティブフィードバックを繰り返し受けた場合、「またうまくいかないだろう」と成功への期待が下がり、「自分には成功させる力がないのかもしれない」と自己効力感も低下してしまいます。その結果、フィードバックの機会そのものが「自分のパフォーマンスの低さを知らされるだけのつらい場」になってしまい、その機会自体を回避しようという気持ちが強くなってしまうのです。
これらのことを踏まえると、フィードバックを職場の習慣にしていくためには、まず「ホメる」ことから始めるのが良いと言えます。ホメることは受け手の心理的な負荷が少なく、価値を感じやすい上に、回避的な反応が起きるリスクも低いからです。受け手のより良い変化を促すという大きな目標を考えたとき、ホメることから始めるのが、効果的なサイクルを生み出すためのスタート地点になるのではないでしょうか。
書籍活用法の一案 「現状把握」
「ホメる」ことから始めるのが良いとはいえ、それをどう習慣にしていけばよいのでしょうか。その「はじめの一歩」を踏み出していただくうえで、今回の書籍がお役に立てるはずです。なかでも、ホメることに関するご自身の「現状を把握するためのツール」としての活用法を、以降のパートで提案します。
書籍の中では、学術的な知見に基づいた理論や理想的なホメ方、そしてそれを実際に導入するための工夫を多数紹介しています。ですが、これらのテクニックをより効果的に実践していただくために、まずはご自身の「現在地」を知ることが非常に重要になります。
実際に、「現状把握」がホメる行動を増やすことを示した研究があります[5]。この研究では、心理カウンセラーを指導するスーパーバイザーの方々に「ポジティブ・フィードバックを増やす」という目標を共有しました。しかし、目標を確認しただけでは変化がない方もいました。そこで、その方には、自分の指導中に記録をとってもらうと、「自分はホメていなかった」と気づきが生まれ、その後はポジティブ・フィードバックの増加につながったのです。
この「現状把握」が有効なのは、それが目標との「対比」につながるからです[6]。多くの研究が指摘しているように、ただ目標を「持つ」だけでは達成されません。「こうありたい」という理想の状態と、「今の自分」という現状を比べることで、両者の間にあるギャップが明確になります。そのギャップを認識することで「どうすればそのギャップを埋められるか」という具体的な方法に考えが及び、目標達成への動機付けも高まるのです。
また、「ホメる」ことに関しては、現状把握が特に重要になる背景もあります。なぜなら、「とりあえずホメる」という表面的な方法には効果がないためです。書籍で詳しく紹介していますが、受け手は「本音ではなさそうだな」「何か裏の意図があるのではないか」と敏感に感じ取ってしまいます。だからこそ、理想のホメ方を理解し、それと比べて自分の現状はどうなのかを客観的に把握した上で、自分のものとして「体得」する必要があるのです。
1つの理想:「5対1」の黄金比
最後に、現状把握に使いやすい「理想」の一例として、書籍の内容から「5:1の黄金比」というものを紹介します。ある研究によると、家族や組織、チームといった人間関係のうち、安定した関係性の中では、「ポジティブなやりとり」と「ネガティブなやりとり」の比率が、およそ「5対1」になっていると報告されています。
この有効性を説明するメカニズムとして、「心理的な貯金」という例えがあります。日頃からポジティブなやりとりを積み重ねることで信頼関係が「貯金」となり、その貯金があるからこそ、改善点の指摘(ネガティブなやりとり)も前向きに受け止めやすくなる、ということです。
そこで、この黄金比と対比して、ご自身のコミュニケーションの現状を確認してみてはいかがでしょうか。例えば、一日や一週間といった一定の期間を設定し、記録をとってみるという方法があります。ご自身がある相手や職場全体で、どれくらいホメて、どれくらい改善点を指摘したかを記録し、確認してみることで現状を把握することができます。
さらに、「5対1」という割合を増やしていくためには、ホメる「バリエーション」を増やしていくことがおすすめです。例えば、伊達の紹介にあったように、ホメる内容の「具体性」を高めたり、「感謝」を伝える形式で、バリエーションを増やすことができます。こうした工夫によって、ポジティブなフィードバックの比率を高めていくことにつながります。
最後に、2つのパートの内容をまとめ、ホメる習慣の定着に向けた青写真を描いていきます。「ホメる」を習慣化していくために、まずご自身のホメ方について自己理解を深めることから始めてみてください。ご自身の現状を対比し、そのギャップを埋めるための実践を繰り返していきます。
そうして「ホメ」を職場で繰り返していくと、相手との信頼が生まれます。やがて、相手の方からフィードバックを求めてくれるようになり、好循環が回り始めるはずです。書籍で紹介した理想のホメ方やその実践方法が、そのきっかけになれば、私ども筆者として嬉しく存じます。
Q&A
Q:部下に関心を持てない管理職に対して、人事部門としては、どのように働きかけていくのが効果的でしょうか。
伊達:
難しい問題ですね。前提として、上司も人間なので、全ての部下に等しく関心を持つことは困難です。その上で人事が働きかけるべきは、「部下の行動や成果を観察し、理解することは、感情の問題ではなく、管理職の重要な『仕事』なのだ」という認識を促すことではないでしょうか。
その上で、部下の行動を客観的に観察・記録する方法といった技術的な支援と、それがなぜマネジメントにおいて重要なのかという意義を繰り返し伝えていく、という両面からのアプローチが有効でしょう。
Q:フィードバックに関して、良い点ばかりだと物足りなさを感じ、「改善すべき点もしっかり指摘してほしい」という要望を持つ人もいると思います。ポジティブとネガティブなフィードバックのバランスは、どのように取るべきでしょうか。
黒住:
ご紹介した理想的な比率「5対1」は、「5」というポジティブな側面だけでなく、「1」のネガティブな側面も同様に重要だということを示しています。つまり、ホメる「だけ」の関係性ではパフォーマンスにつながらず、改善すべき点にも向き合うことが不可欠です。そして、この「1」のネガティブなフィードバックを機能させる土台として、「5」のポジティブな関係性が重要になります。
伊達:
「改善点を指摘してほしい」という要望が相手から出てくる時点で、それはすでに良好な信頼関係が築かれている証拠です。そのような状況であれば、率直に改善点を伝えても、相手は前向きに受け止めてくれる可能性が高いでしょう。
Q:フィードバックを「受ける側」の心構えについて、意識すべきポイントはありますか。
伊達:
ポイントは二つです。一つ目は、「自分自身を発見する貴重な機会」と捉えること。他者からの視点によって、自分では気づかなかった強みを知ることができます。二つ目は、受け取った内容を「主体的に次の行動に活かす」意識を持つこと。ただ喜ぶだけでなく、次へとつなげることで、フィードバックが自己成長のエンジンになります。
Q:これまであまりホメてこなかった上司が急にホメ始めると、部下に不自然に思われないか心配です。
伊達:
その懸念はよく分かります。不自然に思われる原因の多くは、「ホメ方が抽象的すぎる」ことにあります。「すごいね」といった言葉だけでなく、「先日のプレゼンで、〇〇のデータを根拠に話してくれたおかげで、非常に分かりやすかったです」というように、「具体的な事実」を伝えることが重要です。事実に基づけば、言葉に具体性と誠実さが生まれ、相手にきちんと伝わります。
黒住:
むしろ、「これからはチームでお互いの良い点を積極的に伝え合っていこう」とチーム全体に「宣言する」方法もあります。個人では打算と取られるかもしれませんが、チームの方針として共有することで、自然に受け入れられやすくなるかもしれません。
Q:リモートワークで部下の努力のプロセスが見えづらいのですが、どうすれば把握し、ホメることができるでしょうか。
伊達:
対策は二つあります。一つは、最終成果だけでなく、仕事の途中経過をこまめに共有してもらうなど「報告のルールを工夫する」こと。もう一つは、1on1ミーティングなどを設け、「最近、仕事で工夫していることは?」といった問いかけを通じて、意図的に「直接的なコミュニケーションの機会を作る」ことです。
黒住:
「見えたプロセスを確実にホメる」ことを意識してください。小さな工夫や努力の兆候を見逃さずにフィードバックすると、部下は「この上司はプロセスも評価してくれる」と認識し、自発的に報告してくれるようになります。管理を強化するのではなく、ポジティブなフィードバックで好循環を生むという発想が大切です。
Q:正直、ダメなところばかりが目につき、ホメるポイントが見つからない部下がいます。どうすればよいでしょうか。
黒住:
ホメるポイントを探すには、「以前に指摘した点が、その後どうなったか」を注意深く観察してみてください。共有した改善目標に対して少しでも変化が見られれば、それが絶好のホメるチャンスになります。観察期間を1ヶ月単位ではなく、1日単位といった短いスパンで見ることも、小さな進歩を見つけるコツです。
伊達:
まず、人間は否定的な情報を与えられても忘れやすく、行動が変わりにくいという性質があります。また、人間には「ネガティビティ・バイアス」があり、意識しないと相手の悪い点ばかりが記憶に残りやすいものです。
このバイアスを乗り越えるための強力な武器が「記録すること」です。記憶だけに頼らず、「部下が、いつ、どのような行動をしていたか」という客観的な事実を淡々とメモしていきます。記録を続けると、必ずどこかで「以前との変化」が見つかります。その変化が、ホメるべきポイントとなります。「〇〇の行動が変わりましたね」と、その事実を伝える。この地道な観察と記録が、難しい状況を打開する方法になります。
脚注
[1] 本講演で紹介する研究知見の詳細と出典は『組織と人を動かす科学的に正しいホメ方 ポジティブ・フィードバックの技術』記載しています。本書をご確認ください。
[2] Anseel, F., Beatty, A. S., Shen, W., Lievens, F., & Sackett, P. R. (2015). How are we doing after 30 years? A meta-analytic review of the antecedents and outcomes of feedback-seeking behavior. Journal of management, 41(1), 318-348.
[3] 以下2点の論文を参照;
Moss, S.E., Valenzi, E.R. and Taggart, W. (2003), Are you hiding from your boss?: thedevelopment of ataxonomy and instrument to assess the feedback behaviors of good and bad performers, Journal of Management, Vol. 29 No. 4, pp. 487-510.
Song, M., Gok, K., Moss, S., & Borkowski, N. (2020). The relationship between perceived dissimilarity and feedback avoidance behaviour: Testing a multiple mediation model. International Journal of Conflict Management, 31(2), 279–302. https://doi.org/10.1108/IJCMA-08-2019-0127
[4] Ilgen, D. R., & Davis, C. A. (2000). Bearing bad news: Reactions to negative performance feedback. Applied Psychology: An International Review, 49(3), 550–565.
[5] Schulz, A., & Wilder, D. A. (2022). The use of task clarification and self-monitoring to increase affirmative to constructive feedback ratios in supervisory relationships. *Journal of Organizational Behavior Management, 42*(3), 244–254.
[6] このメカニズムは「心理的対比」と呼ばれるものです。詳細は当社のコラムでも紹介しますので、適宜参照ください;
目標達成を助ける心的対比:理想と現実を比べる効果
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。
黒住 嶺 株式会社ビジネスリサーチラボ フェロー
学習院大学文学部卒業、学習院大学人文科学研究科修士課程修了、筑波大学人間総合科学研究科心理学専攻博士後期課程満期退学。修士(心理学)。日常生活の素朴な疑問や誰しも経験しうる悩みを、学術的なアプローチで検証・解決することに関心があり、自身も幼少期から苦悩してきた先延ばしに関する研究を実施。教育機関やセミナーでの講師、ベンチャー企業でのインターンなどを通し、学術的な視点と現場や当事者の視点の行き来を志向・実践。その経験を活かし、多くの当事者との接点となりうる組織・人事の課題への実効的なアプローチを探求している。

