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コラム

組織を動かす「意味づけ」の力:センスメイキングが戦略を成果に変える

コラム

企業の戦略は、なぜ意図した通りには進まないのでしょうか。緻密に練られた計画が、現場に下りた途端に形骸化したり、思いもよらない方向へ進んだりすることは珍しくありません。多くの組織が直面するこの問いの答えは、計画そのものの優劣だけにあるわけではありません。鍵を握るのは、戦略の受け手である一人ひとりの人間が、変化をどのように受け止め、自分たちの言葉で意味づけていくか、というプロセスにあります。これを「センスメイキング」と呼びます。

センスメイキングは、ただの情報の理解ではありません。曖昧で不確かな状況に直面したとき、人々が他者との対話や日々の出来事の解釈を通じて、納得のいく「物語」を組み立てていく創造的で社会的な営みです。経営層が描く壮大なビジョンも、現場で日々発生する小さなトラブルも、このセンスメイキングを通して解釈され、具体的な行動へと結びついていきます。

本コラムでは、センスメイキングが組織の中でどのように働き、戦略の運命を左右し、最終的に成果へとつながっていくのか、その複雑で人間味あふれるメカニズムを探求していきます。組織という舞台で繰り広げられる、意味をめぐるドラマを紐解いていきましょう。

受け手同士のセンスメイキングが戦略を意図外に変える

トップダウンで示された戦略が、現場で実行される過程でその姿を変えていくのはよくあることです。その変容は、計画の不備や伝達ミスだけで説明できるものではありません。むしろ、戦略の受け手である現場の従業員たちが、自分たちの置かれた状況をどのように解釈し、意味づけるかというプロセスに、その原因が潜んでいます。ある新規に民営化された企業で行われた組織再編の事例は、この力学を描き出しています[1]

この企業では、規制の変更に対応するため、一体だった組織を三つの事業部門に分割し、それぞれが内部市場の原理に基づいて契約関係を結ぶという、抜本的な改革に踏み切りました。経営陣は、説明会やビデオメッセージ、研修などを通じて、改革の意図を伝えようとしました。しかし、現場の中間管理職たちは、公式な説明以上に、同僚たちとの非公式な会話、例えば日々の雑談や噂話を通じて、この変化を自分たちなりに解釈し始めました。

研究者は、26名の中間管理職に協力を依頼し、8ヶ月から12ヶ月という長期間にわたって、日々の出来事や感じたことを記録した日誌を提出してもらいました。定期的な電話インタビューや対面でのレビュー会議、社内文書の分析なども組み合わせることで、改革が進行する中での生々しい意味づけのプロセスを、リアルタイムで追跡したのです。

再編が始まった当初、中間管理職たちの間では、新しい組織構造をめぐる不安や憶測が飛び交いました。特に、ある部門は「エリート」で「支配側」と見なされ、自分たちの部門は「下請け」のような弱い立場に追いやられるのではないか、という物語が語られ始めました。それまで「一つの会社、対等な仲間」として助け合ってきた文化、すなわち彼ら彼女らが共有していた思考の雛形が揺らぎ、新しい構造は「競争」であり「私たち対彼ら」という対立の構図で捉えられるようになったのです。この解釈は、部門間の不信感や緊張感を高め、見えない壁、縄張り意識を生み出す結果につながりました。

時間が経つにつれて、問題は深刻化します。新しい部門間の役割分担や契約の詳細といった、業務を進める上で不可欠な情報が経営層から十分に提供されませんでした。この「設計上の欠陥」は、現場の混乱に拍車をかけました。「誰が、どの仕事の責任を負うのか」「その費用は誰が支払うのか」といった問題が日常的に発生し、部門間の押し付け合いや消耗する交渉が続きました。こうした日々の軋轢の体験は、同僚間の会話を通じてさらに拡散され、「やはり彼ら彼女らは敵だ」という当初の解釈をますます強固なものにしていきました。経営層は協働を呼びかけましたが、その声は現場の混乱の中にかき消され、改革は停滞してしまいました。

しかし、事態が好転するきっかけが訪れます。経営陣が、暫定的なものではありましたが、「契約文書」を導入したのです。この契約書という具体的な「モノ」の登場は、人々のセンスメイキングに新たな方向性を与えました。それまで曖昧だった責任の所在や業務の範囲が、契約書を介して議論できるようになり、部門間の交渉が少しずつ整理されていきました。人々が懸念していたような大混乱は起きず、むしろ「契約というルールがあれば、一緒に仕事を進められるかもしれない」という手応えが生まれ始めました。この成功体験が新たな物語として共有されることで、部門間の協働が進み、緊張関係も部分的に和らいでいったのです。

この一連の出来事から浮かび上がるのは、戦略の実行とは、計画を上から下へ正確に伝達するだけの直線的なプロセスではない、ということです。現場の人々が交わす非公式な対話が、戦略の現実的な意味を形成し、時には経営層の意図とは異なる結果をもたらします。組織の設計における曖昧さは、人々の不安を煽り、ネガティブな解釈を生み出す温床となり得ます。一方で、契約書のような道具は、人々の対話を促し、共通の理解を築くための足がかりとなり、ポジティブな解釈へと導く可能性を秘めています。

将来イメージが争点の戦略的センスメイキングを方向づける

組織の経営チームは、日々押し寄せる無数の情報や課題の中から、何に光を当て、それをどのように解釈し、どのような決断を下しているのでしょうか。その意思決定の裏側には、客観的なデータ分析だけでは説明できない、人間的な意味づけのプロセスが存在します。ある公立大学の変革期を調査した研究は、経営チームのセンスメイキングが、「どうありたいか」という未来のイメージによって方向づけられていることを明らかにしました[2]

この研究は、二つの段階を経て進められました。第一段階では、変革の最中にあった一つの大学に焦点を当て、学長や副学長といった経営チームのメンバーに繰り返しインタビューを行いました。第二段階では、その発見をより一般化できるか確かめるため、アメリカ全土の400校近い大学の経営チームを対象にアンケート調査を実施しました。質的なアプローチと量的なアプローチを組み合わせることで、経営チームのセンスメイキングのメカニズムが立体的に描き出されました。

ケーススタディの対象となった大学の経営チームは、「全米トップ10の大学になる」という明確で魅力的な「望ましい将来イメージ」を掲げていました。日々の様々な課題に直面したとき、彼ら彼女らはこの将来イメージを羅針盤として、その課題が「戦略的」なものか、それとも「政治的」なものかを判断していました。「戦略的」な課題とは、入学者や教員の質向上、資金調達など、トップ10大学という目標達成に直結する長期的なものを指します。一方、「政治的」な課題とは、学内の様々なグループ間の利害調整や力関係の管理といった、いわば内部向けの調整事を指します。

興味深いのは、彼ら彼女らが組織のアイデンティティ、「我々は何者か」という自己認識そのものを直接変えようとはしなかった点です。伝統や規範を重んじる既存のアイデンティティに正面から働きかけるよりも、「トップ10大学にふさわしい姿」という未来のイメージを提示し続けることで、教職員の解釈や行動をそちらの方向へ導く方が、変革を進める上で現実的だと考えていたのです。このアプローチによって、組織のアイデンティティは固定的なものではなく、未来のイメージに引っぱられる形で、しなやかに変化しうるものとして扱われていました。

全米の大学を対象としたアンケート調査の結果は、この発見を裏付けるものでした。調査では、各大学の経営チームがどの程度、望ましい将来イメージを持っているか、現在の自校のイメージをどう認識しているか、日々の課題を「戦略的」「政治的」のどちらで捉える傾向があるか、などを測定しました。

分析の結果、「望ましい将来イメージ」を強く持っている経営チームほど、課題を「戦略的」なものとして解釈していることが確認されました。逆に、他大学からどう見られているかという「現在のイメージ」を気にしているチームほど、課題を「政治的」なもの、内部の利害調整の問題として捉える傾向が見られました。

もう一つ発見がありました。経営チーム内の情報処理のあり方です。メンバー間の対話が頻繁で、誰もが参加しやすく、形式ばらない、いわば風通しの良いコミュニケーションが行われているチームほど、課題を「戦略的」に解釈し、「政治的」な解釈に陥ることを抑制していました。活発な対話が、未来志向の視点を育み、内向きの力学からチームを解放していたのです。

これらの結果が示すのは、経営層のセンスメイキングが、客観的な環境分析の結果だけで決まるのではないということです。「自分たちは将来どうありたいか」という共有されたイメージが、何が重要で、何に資源を投下すべきかという日々の判断の拠り所となっています。組織のアイデンティティは、決して不変のものではなく、この未来像によって形作られていくものです。

探偵物語型のセンスメイキングが現場知を組織化する

組織の知識というと、私たちはマニュアルや報告書、データベースといった、形式化されたものを思い浮かべます。しかし、組織を本当に動かしている生きた知識の多くは、そうした公式な文書の中にはありません。現場で働く人々が日々の予期せぬトラブルに直面し、それを乗り越えるために交わす会話や、語り継がれる物語の中に宿っています。イタリアのある大手自動車メーカーのプレス工場を舞台にした調査は、この現場知が生まれるプロセスを、「探偵物語」というユニークな切り口で解き明かしています[3]

研究者は、巨大な工場に長期間滞在し、生産チームの日常業務に密着する、エスノグラフィーのアプローチを取りました。日々の作業を観察し、管理職から現場の作業員まで、様々な人々の声に耳を傾けることで、データや数字だけでは見えてこない、知識創造のリアルな姿を捉えようとしました。

ある日、工場で一つの「事件」が発生します。組み立て工場に送られたダッシュボードの部品に、穴の位置がずれているものが多数見つかったのです。不良品の情報がプレス工場に伝えられると、現場チームはすぐさま原因究明に乗り出しました。その姿は、まるで事件の謎を追う探偵のようでした。

まず、不良品の現物を車のボディに当ててずれ具合を確かめ、金型の設計図と照合するなど、「物的証拠」を一つひとつ検証していきます。同時に、いつ、誰が、どの機械で作業していたのか、関係者から「証言」を集め、生産記録と突き合わせながら、トラブル発生の時系列を再構築していきました。様々な仮説が立てられ、検証が繰り返される中、最終的に、ある特定のバッチの取り違えと、その後の確認作業の漏れという原因にたどり着きます。

この一連のプロセスは、単なる技術的な原因究明作業ではありませんでした。バラバラだった情報や証言の断片が、チームの対話を通じて一つの筋の通った物語として紡ぎ上げられていく過程だったのです。なぜ、このようなことが起きたのか。その問いに対する納得のいく結末、すなわちカタルシスが得られたとき、この経験はチームの共有知識として定着します。

数ヶ月後、同様の穴ずれ問題が散発的に再発しました。このときチームは、前回の「事件」の経験を活かします。彼ら彼女らは意図的に不良品を再現する実験を行い、金属板が機械に送り込まれる際のわずかな角度のずれという、より根本的な原因を突き止めました。さらに、どの勤務シフトで不良品が流出したのかを特定するため、部品にこっそりとシフトを識別する刻印を打ちました。ここでは、センサーや刻印といった「モノ」も、真実を語る「証人」として捜査に動員されています。

この調査から見えてくるのは、現場における問題解決が「探偵物語」という形式で語られることで、複雑な事象が意味のある因果関係として整理され、組織の知識として根付いていくというメカニズムです。解決された「事件」は、その後の類似の問題に対処するための参照すべき「事例」、要するにテンプレートとして、人々の記憶に刻まれ、語り継がれていきます。

こうして生まれる知識は、一般的な法則というよりは、具体的な手がかりから全体像を推測する、経験に根差した知恵と言えるでしょう。それは形式化して誰にでも移転させることが難しいからこそ、その現場ならではの強みとなるのです。

制御可能というセンスメイキングが行動と成果を高める

センスメイキングは、世界をどのように解釈するかという、内面的なプロセスにとどまりません。その解釈は、組織の行動を引き出し、業績という目に見える成果へとつながっていきます。この「解釈」から「行動」、そして「成果」へと至る一連の流れは、どのように連鎖しているのでしょうか。規制緩和や競争の激化という厳しい環境に置かれた病院の経営者たちを対象とした調査が、この問いに対する一つの答えを提示しています[4]

この調査では、アメリカのテキサス州にある156の一般病院の最高経営責任者(CEO)に協力を求め、アンケートを通じてデータを収集しました。CEOたちには、自分たちの病院が直面している戦略的な課題について、どのように情報を集め(スキャニング)、それをどのように意味づけ(インタープリテーション)、そしてどのような対応(アクション)を取ったかを尋ねました。これらの回答と、各病院の実際の経営成績(入院率や利益など)のデータを組み合わせ、それぞれの関係性を分析しました。

分析からは、CEOが多様な情報源から幅広く情報を収集しているほど、直面している課題を「ポジティブなもの」、要するにビジネスチャンスとして捉え、かつ、その課題は「自分たちで制御可能だ」と解釈する傾向が見られました。多くの情報に触れることが、課題に対する前向きで主体的な見方を育んでいたのです。

この二つの解釈のうち、どちらが具体的な行動、例えば新しい医療サービスを導入するといった戦略的な変更に結びついたのでしょうか。分析の結果、行動を直接的に促していたのは、「ポジティブだ」という解釈ではなく、「自分たちで制御可能だ」という解釈の方でした。「これはチャンスだ」と感じることそのものよりも、「この問題は自分たちの手で何とかできる」という確信が、人々を行動へと駆り立てる上で、より決定的な要因でした。

そして、この行動が成果にどう結びついたかを見てみると、新しいサービスを導入したり、既存のサービスを拡充したりといった戦略的な変更は、病院の入院率、退院患者一人あたりの利益、入院患者数といった、主要な経営指標のすべてを向上させていました。このことから、「制御可能」という解釈が行動を促し、その行動が成果を生み出すという、センスメイキングからパフォーマンスへ至る経路が浮かび上がってきました。

この研究が私たちに教えてくれるのは、「扱える」という感覚の重要性です。組織が不確実な環境変化に適応していくためには、それを機会や脅威として認識するだけでは不十分です。その変化に対して、自分たちが主体的に働きかけ、望ましい方向へ導くことができるのだという感覚、すなわち「制御可能性」の認識が、解釈と行動の間に橋を渡し、組織を前進させるエンジンとなるのです。

脚注

[1] Balogun, J., and Johnson, G. (2005). From intended strategies to unintended outcomes: The impact of change recipient sensemaking. Organization Studies, 26(11), 1573-1602.

[2] Gioia, D. A., and Thomas, J. B. (1996). Identity, image, and issue interpretation: Sensemaking during strategic change in academia. Administrative Science Quarterly, 41(3), 370-403.

[3] Patriotta, G. (2003). Sensemaking on the shop floor: Narratives of knowledge in organizations. Journal of Management Studies, 40(2), 349-375.

[4] Thomas, J. B., Clark, S. M., and Gioia, D. A. (1993). Strategic sensemaking and organizational performance: Linkages among scanning, interpretation, action, and outcomes. Academy of Management Journal, 36(2), 239-270.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『組織内の“見えない問題”を言語化する 人事・HRフレームワーク大全』、『イノベーションを生み出すチームの作り方 成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(ともにすばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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