2025年12月2日
変革型リーダーシップの隠れた側面:「やりすぎ」は毒になるのか
リーダーシップと聞いて、多くの人が思い浮かべるのは、明確なビジョンを掲げ、組織を力強く牽引していく、いわゆる「変革型リーダー」の姿ではないでしょうか。部下を鼓舞し、その気にさせ、持てる能力を最大限に引き出す。このようなリーダーシップは、現代の組織において理想的なものとして語られることが少なくありません。その力強さや前向きさから、「変革型リーダーシップは、強ければ強いほど良い」と、私たちは無意識のうちに考えてしまいます。
しかし、物事には常に多面的な側面が存在します。良薬も量を間違えれば毒となるように、リーダーシップという人間的な営みにおいても、「やりすぎ」が意図せぬ結果を招くことはないのでしょうか。良かれと思ってかけた言葉が、相手にとってはプレッシャーになったり、熱心なサポートが、かえって相手の自律性を奪ってしまったりする経験は、誰にでもあるかもしれません。
本コラムでは、そうしたリーダーシップの「非線形」な側面に光を当てていきます。非線形とは、原因と結果が単純な比例関係にない、ということです。「リーダーシップを2倍に強めても、成果が2倍になるわけではない。むしろ、ある点を超えると成果が減少に転じてしまう」といった複雑な関係性を指します。
近年の組織研究で明らかにされつつある、変革型リーダーシップの隠れた側面を、いくつかの研究を手がかりに探求していきます。部下の心の健康、創造性、日々の仕事のパフォーマンス。これらの異なる切り口から、変革型リーダーシップがどのように作用し、どこに「最適点」があるのかを紐解いていきます。もしかすると、理想のリーダー像に対する私たちの考え方を、少しだけ見直すきっかけになるかもしれません。
変革型は心の健康を高めるが様式次第で効果が弱まる
リーダーシップを考える上で基盤となるのは、そこで働く人々の心の健康です。組織の活気や生産性は、従業員一人ひとりの精神的な安定なくしては成り立ちません。変革型リーダーシップは、仕事に意味ややりがいをもたらし、部下の心の健康に良い作用をすると広く信じられています。しかし、その考えは本当に盤石なのでしょうか。世の中には、変革型以外にも様々なリーダーシップのスタイルが存在します。それらと並べて比較したとき、変革型リーダーシップの万能性は、少し違った姿を見せるかもしれません。
この問いに答えるための一つの手がかりとなる研究があります。その研究では、過去に行われた膨大な数の研究結果を統計的な手法で統合し、より信頼性の高い結論を導き出す「メタ分析」というアプローチが取られました[1]。分析の対象となったのは、合計で53の研究、参加者は実に9万3千人にも及びます。
この分析のユニークな点は、変革型、部下との関係性を築くことを主眼とする関係志向、仕事の進め方を明確にする課題志向、部下に害をなす破壊的リーダーシップといった、複数のスタイルが部下の心の健康にどう結びつくのかを、同じ土俵の上で直接比較したことです。心の健康も、幸福感や充実感といった「ポジティブな側面」と、ストレスや抑うつといった「ネガティブな側面」に分けて、きめ細かく分析されました。
分析の結果、いくつかの事実が浮かび上がりました。心の健康全般、とりわけネガティブな側面(ストレスを和らげたり、燃え尽きを防いだりすること)に目を向けると、変革型リーダーシップは確かに強いプラスの関連を持っていました。その一方で、破壊的リーダーシップは、予想通り強いマイナスの関連性を示しました。この二つが、心の健康の悪化を防ぐ上での両輪となっている様子がうかがえます。
ところが、ポジティブな側面に焦点を絞ると、様子が変わります。日々の幸福感や仕事への満足感を高める上で最も強い結びつきが見られたのは、変革型リーダーシップではありませんでした。それを上回ったのは、「関係志向」と「課題志向」のリーダーシップでした。
この結果は、私たちに何を物語るのでしょうか。変革型リーダーシップが掲げる高いビジョンや知的な刺激は、部下の自律性や有能感を育み、仕事上の困難に立ち向かうための精神的な資源となります。これは、ストレス耐性を高め、心の健康が損なわれるのを防ぐという点で、大きな価値を持つでしょう。
しかし、人が日々の仕事の中で「今日も一日、気分良く働けたな」と感じるためには、もっと身近で具体的なサポートが求められるのかもしれません。例えば、困ったときに親身に相談に乗ってくれる上司の存在(関係志向)や、自分が何をすべきかが明確で、混乱なく仕事に集中できる環境(課題志向)。こうした地に足のついた働きかけが、ポジティブな感情を直接的に育む上で、より手堅く機能する可能性が考えられます。壮大なビジョンもさることながら、日々の細やかな配慮や整理整頓が、心の安定には欠かせないということです。
変革型リーダーは中程度で創造性を最大化する
先ほどは、心の健康という観点から、変革型リーダーシップが万能ではない可能性を見てきました。では、現代の組織にとって不可欠なイノベーションの源泉、すなわち従業員の「創造性」についてはどうでしょうか。新しいアイデアや斬新な解決策を生み出す力を引き出す上で、変革型リーダーシップは「強ければ強いほど良い」という単純な関係にあるのでしょうか。それとも、ここには、知られざる「最適点」が存在するのでしょうか。
この問いを探求した研究があります。この研究は、変革型リーダーシップと従業員の創造性の関係が、一直線に伸びるのではなく、山のような形を描く「逆U字」の関係にあるのではないか、という仮説を立てました[2]。リーダーシップがある点までは創造性を高めるものの、その点を越えてしまうと、逆に創造性を妨げてしまうという考え方です。
この仮説を検証するために、研究者たちは中国のバイオ医薬系企業で働く232組の従業員と、その直属の上司に協力を仰ぎました。調査の方法も一工夫されています。従業員には、自身の上司がどの程度、変革型リーダーシップを発揮しているかを評価してもらい、一方で上司には、その部下がどれだけ創造的な仕事ぶりを見せているかを評価してもらいました。このように、異なる立場からの評価を組み合わせることで、より客観的で信頼性の高いデータを集めようとしました。
分析の結果は、仮説を裏付けるものでした。変革型リーダーシップと創造性の間には、「逆U字」の関係が確認されたのです。リーダーシップのレベルが中程度のときに、部下の創造性は最も高まるという結果でした。強すぎても、弱すぎてもいけない。創造性を育むには、絶妙なバランスが求められるようです。
さらに、この逆U字の山の形は、職場の環境や従業員個人の価値観によって、その姿を変えることも明らかになりました。一つは、「仕事の形式化」の度合いです。これは、仕事の進め方に関するルールや手順が、どれだけ厳格に定められているかを示します。分析によると、この形式化の度合いが低い、要するに個人の裁量が大きい自由な職場ほど、逆U字のカーブはより急になりました。自由な環境であるがゆえに、リーダーの「やりすぎ」が部下の創造性を損なう度合いも大きくなることを意味します。
もう一つは、従業員の「権力格差志向」です。これは、組織内の権威や上下関係を、どの程度自然なものとして受け入れるかという個人の価値観を指します。この志向が高い、つまり上司の権威を尊重する従業員ほど、逆U字のカーブはやはり急なものになりました。権威に敏感であるからこそ、リーダーからの過剰な働きかけがプレッシャーとなり、創造性が低下しやすくなるのかもしれません。
なぜ、このような逆U字の関係が生まれるのでしょうか。そのメカニズムについて、研究者たちは次のように考察しています。変革型リーダーシップが「中程度」である場合、リーダーが示すビジョンや、新しい視点を促す知的刺激は、部下にとって良い刺激となります。挑戦意欲がかき立てられ、創造的な活動へとつながっていきます。
しかし、これが「過剰」になると、事態は暗転します。あまりに強力なリーダーシップは、部下の心に「リーダーに頼れば大丈夫」という依存心を生み、自ら考える力を削いでしまうかもしれません。あるいは、「リーダーの高い期待に応えなければ」という過度のプレッシャーが、自由な発想を妨げるストレス源になることも考えられます。手厚すぎる知的刺激が、結果的に手取り足取りの指示と同じになり、「指示待ち」の姿勢を助長してしまう可能性もあります。
変革型リーダーは中程度で創造性を最大化する
変革型リーダーシップの「やりすぎ」が、部下の創造性をかえって阻害してしまうという、逆U字の関係を見てきました。この「良かれと思った行動が裏目に出る」という現象は、従業員の心身をすり減らす「情緒的消耗」という、より深刻な問題にもつながるのではないでしょうか。今度は、この問題を、警察というストレスフルな職場を舞台に行われた研究から探っていきます。
この研究が焦点を当てたのは、変革型リーダーシップと、いわゆるバーンアウト(燃え尽き)の中核的な症状である「情緒的消耗」との関係です[3]。ここでも研究者たちは、両者の関係が単純な直線ではないと予測しました。リーダーシップがある点までは消耗を和らげるものの、その点を超えると、今度は逆に消耗を増大させてしまうのではないか、という「U字」の関係を想定したのです。底を打ってから、再び上昇に転じるカーブです。
調査の舞台となったのは、フランスの警察組織です。暴動やデモへの対応など、職員が日常的に高い負荷にさらされているこの環境は、「やりすぎ」の弊害を検証するには、ある意味で最適な場所と言えるかもしれません。研究者たちは、806名の警察官を対象に、一定の期間をあけて2回にわたる調査を実施し、リーダーシップと消耗の変化を追跡しました。この複雑な関係を解き明かす鍵として、「リーダーと部下の関係の質」が、両者の間でどのような媒介をするのかも分析しています。
その結果、変革型リーダーシップと情緒的消耗の間には、予測された通りの「U字」の関係が確認されました。リーダーシップが中程度のレベルまでは、部下の消耗感は着実に減少していきます。しかし、ある転換点を超えてリーダーシップがさらに強まると、カーブは反転し、消耗感は再び増加し始めたのです。
このU字のメカニズムを解き明かす上で、決定的な役割を果たしていたのが、「リーダーと部下の関係の質」でした。分析によると、変革型リーダーシップは、部下との良好な関係を築く上で、確かに有効でした。しかし、その「関係の質」そのものもまた、情緒的消耗との間にU字の関係を描いていたのです。リーダーとの関係も、「良すぎる」と、かえって部下を消耗させてしまうという、二重の曲線関係がそこには存在していました。
この複雑なからくりは、何を意味するのでしょうか。その解釈には、資源と交換という二つの視点が役立ちます。変革型リーダーシップが中程度の範囲にあるとき、リーダーは部下との間に信頼と支援に基づいた良好な関係を築きます。この関係を通じて、部下は仕事の意味を理解し、必要なサポートを得ることができ、ストレスが和らぎ、消耗は防がれます。これは、リーダーシップが部下に「資源」を提供している状態です。
しかし、リーダーシップと関係性が「過剰」な領域に入ると、社会的交換の論理が、負の側面を見せ始めます。「これだけ良くしてもらっているのだから、自分もそれに応えなければならない」という、強力な返報義務のプレッシャーが生まれます。上司から厚い信頼を寄せられることで、かえって非公式な業務が増えたり、常に高い成果を出すことを暗黙のうちに期待されたりする。「期待という重荷」が、支援によって得られるプラスの効果を上回り、部下は自らの心身をすり減らして、その期待に応えようとしてしまうのです。
変革型は中程度で職務遂行を最大化し過剰で低下する
私たちはこれまで、心の健康、創造性、情緒的消耗といった様々な角度から、変革型リーダーシップが「強ければ強いほど良い」わけではないことを確認してきました。そこには「最適点」が存在し、「やりすぎ」は意図せぬ副作用を生む可能性がありました。議論の締めくくりとして、組織における最も直接的な成果、すなわち「職務遂行」、日々の仕事のパフォーマンスとの関係はどうなっているのでしょうか。ここでもやはり、「やりすぎ」はパフォーマンスを低下させてしまうのでしょうか。
この問いに答えるべく、2つの独立した調査を通じて、変革型リーダーシップと職務遂行の関係を検証した研究があります[4]。この研究の優れた点は、一度きりの調査で結論を出すのではなく、異なる対象者で二度調査を行うことで、結果の信頼性、再現性を高めようとした点にあります。
研究1では、製造業や通信業など、様々な業種の企業から209組の上司と部下のペアデータを収集しました。研究2では、中国のある銀行で139組のペアデータを集め、研究1の結果が再び現れるかどうかを確認しました。さらに、部下の「プロアクティブ・パーソナリティ」、自発的に行動を起こす性格が、この関係をどのように変化させるのかも、あわせて調べています。
二度にわたる調査の結果は、これまでの議論を裏付けるものでした。研究1と研究2の両方において、変革型リーダーシップと職務遂行の間に、「逆U字」の関係が再現されたのです。ここでもまた、リーダーシップが中程度のときに、部下のパフォーマンスは最も高まるという結果でした。
部下の性格が、この逆U字のカーブの形を左右することも明らかになりました。「プロアクティブ」な性格の持ち主、指示を待つのではなく、自ら率先して課題を見つけ、行動するタイプの部下は、リーダーシップがかなり強いレベルに達するまで、高いパフォーマンスを維持することができました。言い換えれば、リーダーからの強い働きかけに対する「耐性」が高く、それを自らの力に変えることが得意だったと言えるでしょう。
その一方で、プロアクティブな性格の度合いが低い部下の場合は、様相が異なります。比較的早い段階でリーダーシップの「重さ」を感じ始め、パフォーマンスが頭打ちになるか、あるいは低下してしまうという傾向が見られました。
この結果は、パフォーマンスという領域においても、変革型リーダーシップの「やりすぎ」が禁物であることを示しています。そのメカニズムは、これまでの議論と共通しています。中程度のリーダーシップは、部下に自律性や有能感を与え、仕事への意味づけを促すことで、パフォーマンスを高めます。しかし、それが過剰になると、リーダーへの過度な依存心を生んだり、求められる役割が曖昧になったり、常に高い基準をクリアし続けなければならないというストレスから、かえって仕事の効率が落ちてしまうのです。
脚注
[1] Montano, D., Schleu, J. E., and Huffmeier, J. (2023). A meta-analysis of the relative contribution of leadership styles to followers’ mental health. Journal of Leadership & Organizational Studies, 30(1), 90-107.
[2] Ma, X., Jiang, W., Wang, L., and Xiong, J. (2020). A curvilinear relationship between transformational leadership and employee creative performance. Management Decision, 58(7), 1355-1373.
[3] Molines, M., El Akremi, A., Storme, M., and Celik, P. (2022). Beyond the tipping point: The curvilinear relationships of transformational leadership, leader-member exchange, and emotional exhaustion in the French police. Public Management Review, 24(1), 80-105.
[4] Chen, Y., Ning, R., Yang, T., Feng, S., and Yang, C. (2018). Is transformational leadership always good for employee task performance? Examining curvilinear and moderated relationships. Frontiers of Business Research in China, 12(1), 22.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『組織内の“見えない問題”を言語化する 人事・HRフレームワーク大全』、『イノベーションを生み出すチームの作り方 成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(ともにすばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

