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コラム

通勤時間を味方にする:心と体を整える時間の使い方

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多くの人にとって、通勤はほぼ毎日繰り返される、生活の一部ともいえる日常的な行動です。朝、決まった時間に家を出て、電車やバス、車を使って職場へ向かい、夕方には再び自宅へ戻る。この「通勤」という行為は、私たちの暮らしの中でごく当たり前に存在しています。

COVID-19の影響を受けた時期には在宅勤務が急速に普及し、通勤を必要としない働き方を選ぶ人が一時的に増えました。しかし、現在では多くの企業ではオフィスへの出勤が再開され、以前のように通勤を行う人々が再び増加しています。

では、この通勤時間を私たちはどのように過ごしているのでしょうか。満員電車で身動きが取れなかったり、渋滞でイライラしたり、長時間の移動に疲れを感じることも多く、通勤はストレスの原因として語られることが少なくありません。

しかし近年の研究では、通勤が仕事や心身の健康、家庭での過ごし方など幅広く影響し、その影響は必ずしもネガティブなものばかりではないことが分かってきました。通勤の方法や時間の使い方を工夫することで、仕事の集中力や満足感を高め、心と体を整える時間として活用できる可能性もあるのです。本稿では、そうした最新の知見をもとに、通勤がもたらす影響についてネガティブな面とポジティブな面の両方を整理し、通勤時間を自分にとってプラスの時間に変えるためのヒントを探っていきます。

通勤が従業員に及ぼす影響

ネガティブな影響

通勤の悪影響として最もよく指摘されるのが、長時間通勤と通勤中の不快体験が、心身の健康や仕事への意欲に悪影響を及ぼす点です。体系的なレビューを行った研究[1]では、通勤時間の長さが、従業員の身体の健康と心の健康、ウェルビーイングに影響を与えることを示しています。

身体の健康については、通勤時間が長くなると、運動に充てられる時間が奪われることになります。その結果、肥満のリスクが高まり、健康が損なわれやすくなります。また、長い通勤は睡眠時間を削る要因にもなり、心身の疲労回復が不十分になることがあります。さらに、家事の時間が減ることで自炊の機会が減り、その分、手軽に摂れる加工食品の利用が増えることも、健康に悪影響を及ぼす要因として指摘されています。

長い通勤時間は、健康維持に関わる時間だけでなく、生活全般に必要な様々な活動の時間を奪う要因となります。たとえば、家事や家族との時間を十分に確保できなくなることで、家庭内のコミュニケーションが減り、結果的に家族全体のメンタルヘルスに悪影響を及ぼす可能性があります。特に配偶者や子どもと過ごす時間が減ることは、家族の一体感や結びつきを弱め、最悪の場合、夫婦関係の悪化や離婚の原因にもなり得ます。

また、渋滞によるイライラや、遅刻を避けるために早朝から出発しなければならないこと、帰宅時間が遅くなることは、仕事と私生活のバランスを崩す「ワークライフ・コンフリクト」を引き起こしやすくなります。

特に、依然として家庭役割を担うことが多い女性など、家庭内での役割負担が大きい人ほど、この影響が顕著であることが指摘されています。長い通勤時間が子育てのための時間を削るものとなっており、家庭と仕事の両立をより困難にする要因として深刻な影響を及ぼすことが指摘されています。

スウェーデンの通勤者を対象に、通勤が人々の幸福感にどのように関与しているかをしらべた研究[2]では、通勤時間が長いほど、通勤への満足度は低下し、同時に人生満足度や日常のポジティブ感情も下がる傾向が確認されています。通勤自体がストレスとなることは確認されなかったものの、70分を超える長時間通勤では、通勤中のネガティブな感情が強まることが報告されました。

不快な通勤時間を過ごすことが、なぜ従業員のモチベーションや行動に悪影響を及ぼすのか、そのメカニズムについて検討した研究[3]では、不快な通勤が、仕事への関与や自己評価、組織市民行動に悪影響があることが示されました。

研究の結果から、混雑や渋滞などによって、前日や朝の通勤が不快な体験になってしまう場合には、エネルギーの消耗感が高まり、そのため、仕事に集中し没頭している状態であるフロー体験が阻害されてしまうことが示されました。そして、フロー体験が阻害されることは、仕事へのエンゲージメントと自己評価、そして利他的な行動である組織市民行動を低下させることにつながることが明らかになりました。

このように、通勤の悪影響は、単に時間の浪費にとどまりません。通勤時間の長さや通勤環境の不快さが、心身の健康状態や仕事の質、私生活の充実度にまで深刻な影響を及ぼす可能性があることが多くの研究で指摘されています。

ポジティブな効果も起きうる

一方で、通勤が適切に活用されれば、充実した時間を過ごすことができ、仕事への良い準備時間や心身のリフレッシュの機会となり得ることも近年の研究で示されています。つまり、通勤そのものが悪い効果をもっているのではなく、通勤の状況によって効果は変わるのです。

イギリスの鉄道サービスに対する客の満足度を測定した調査の回答を分析した研究[4]では、多くの人が電車による移動時間をポジティブにとらえていることが分かりました。この調査の対象者は通勤者だけなく鉄道利用者全体のため、レジャーのための利用者の回答も入っていますが、約60%が仕事のための移動をしている人でした。

具体的には、2010年の調査において、電車の中で有意義な時間を過ごすことができたと回答している人は30%で、無駄な時間だったと回答している人は13%でした。しかも、2004年時点では、有意義な時間だったと回答している人は20%、無駄な時間だったと回答している人は19%だったので、6年間で電車による移動時間のとらえ方はよりポジティブになったと言えます。

また、鉄道利用者は、電車移動の時間を仕事や勉強に費やした場合に、移動時間を有意義だと感じる傾向が高いことが示されました。仕事や勉強をしていた人では、電車内の時間が有意義だと感じる人は46%になりました。

鉄道利用者において、移動時間の利用を価値がある考える乗客の割合の増加は、モバイル通信技術の進歩との関係があるようです。つまり、スマートフォンやタブレットPCの普及が、こうしたポジティブな通勤時間の使い方を後押ししていると考えられます。

回復のための時間となる

ポジティブな回復経験を提供する機会として、通勤の効果を調べた研究[5]も行われています。この研究では、通勤が個人の「心理的資源」を充実させ、結果として仕事や家庭生活に良い影響を与えるメカニズムを実証的に検証しています。

この心理的資源とは、日々の仕事や生活を送るために必要な心や体のエネルギーのことです。このエネルギーが多ければ、困難なことが起きても冷静に対処でき、意欲的に行動できます。一方、エネルギーが減ってしまうと、ストレスに弱くなったり、何をするにも負担を感じやすくなったりします。この研究では、1日に朝、午後、夕方の3回アンケートを実施し、通勤時の回復体験と主観的な活力について調べました。

その結果、朝の通勤時間にリラックスができた場合には、従業員が午後の勤務時間中に、「自分はいきいきしている、活力がある」と感じている度合いが高まることが確認されました。朝の通勤中に回復したエネルギーを仕事に投資して、活力をもって仕事に取り組むことができたと考えられます。

また、午後の勤務時間中に活力があると感じられていた日は、夕方の通勤時間においてリラックスしたり、仕事のことを忘れ、仕事に関連する思考から距離を置くといった回復体験をより多く経験できることが示されました。自分の思考や感情をコントロールし、リラックスするためには、勤務中にエネルギーを消耗せず活力を保っていられる必要があることが分かります。

さらに、夕方の通勤時間においてリラックスという回復体験ができることは、従業員の家庭生活で必要になるエネルギーを得る可能性も示されました。この一連の結果は、朝の良い通勤体験が、その後の仕事の質を高め、さらに夕方の通勤時にも回復を促し、家庭生活の質も高めるという連鎖的な効果を示しています。

仕事と家庭を切り替える時間となる

通勤が家庭生活に与える影響については、エネルギーの回復という側面だけでなく、仕事と家庭の切り替えができる時間という側面もあります。通勤を家庭から職場への役割移行の機会として捉える研究[6]では、通勤によって仕事と家庭という異なる役割の円滑な切り替えができることを示唆しています。そしてこの役割の切り替えの成功が、仕事の満足感や組織への定着を高めることができることを示しています。

この研究では、通勤時間が長いほど職務満足度が低下し、それが離職率の上昇につながるという結果が示されました。そして、このつながりは、仕事と家庭の両立が難しい従業員の場合により強くなることが明らかになりました。

しかし、通勤中にこれから始まる仕事の役割やタスクを明確に考える「役割明確化的プロスペクション」を行うことが、この悪影響を緩和することが示されました。この行動は、これから行う仕事へ意識を向けることで、職場到着時には、仕事モードになるための気持ちの管理のことです。具体的には、通勤中に「今日はどんな仕事を優先しようか」「どうやって今日の目標を達成しようか」などを考え、これからの仕事の役割において何をするかを頭の中で整理することになります。

2週間に渡って行われた介入実験では、通勤中に仕事の計画を立てることや、その計画が仕事と自分個人の目標にどのように役立つか考えるよう指示されたグループは、通勤時間が長くても職務満足度が上昇しました。しかし、通勤中に楽しいことやリラックスできることを行うよう指示された群では、逆に通勤が長いほど職務満足度が低下しました。

そして、この「通勤中に行うこと」が職務満足度に与える効果も、仕事と家庭の両立の難しさの程度によって異なることも示されました。仕事と家庭の両立の難しい人ほど、通勤中に仕事役割や計画に意識を向けることの効果は強く表れ、通勤による職務満足度へのネガティブな影響が減少しました。

家庭と仕事の役割が混在している中途半端な心の状態が続くことはストレスや混乱につながると考えられます。仕事と家庭の両立が難しい従業員においては特に、これから自分が果たすべき仕事上の役割を事前に、具体的にイメージして準備をすることが円滑な役割移行に役立つのです。

通勤時間をプラスの時間に変える工夫

ここまで見てきたように、通勤が私たちの心身や仕事、家庭生活に与える影響は、必ずしもネガティブなものではありません。通勤の状況や過ごし方を工夫することで、通勤時間を自分にとってプラスの時間に変え、仕事にも良い影響をもたらすことができるのです。ここからは、通勤を前向きな時間に変えるための具体的な工夫をいくつかご紹介します。

「必要な活動」に適した通勤手段を再考する

通勤中に行う活動と通勤手段には適した組み合わせがあります。当然ですが、自動車や徒歩どの、周囲の情報を広く把握し、適切に判断しなければ安全に問題が生じるような通勤手段では、本を読んだり、メールを送ることはできません。

そこで、通勤手段を決める時には、時間を最短にすることだけを考えずに、自分に必要な活動は何なのかを考え、それに合った手段を採用してみましょう。通勤時間に得たいものは身体的な健康なのか、仕事に役立つ知識なのか、それともコミュニケーションの時間なのか。必要としているものを明らかにし、それに適した通勤手段を選択することは大切です。

選択肢として可能であれば、徒歩や自転車といった通勤手段を取り入れることは、特に身体的な健康に対して効果的です。通勤自体が運動になれば肥満などを防ぐことにつながります。徒歩・自転車通勤者は最も高い通勤満足度を示しており、身体を動かすことで気分が前向きになり、精神的な健康にも良い影響を与えることがわかっています[7]。距離や天候の条件が整えば、一部だけでも歩く区間を取り入れることが、心身のリフレッシュにつながります。

自動車通勤は運動という面では効果的ではありませんし、渋滞に巻き込まれストレスがたまる可能性もあります。しかし、他の人がいない完全な個人空間を得られるという面では貴重ですし、運転を好む人にとっては好きなことをしてリフレッシュする機会になるでしょう。

一方で、徒歩や自転車、自家用車などの、自分で行動や操作をする必要があるアクティブな通勤手段では、他の通勤手段以上の注意力が必要になり、スマートフォンで調べものをするなど、他に何か役立つ活動をすることは危険を伴います。しかし、アクティブな通勤手段でも可能な活動には、計画や目標を立てるといった思考することがあります。

通勤時間を活用して、これから取り組む仕事のタスクや目標を具体的に思い描き、気持ちを仕事モードに切り替えることは、心理的な準備運動の役割を果たしてくれます。職場に着いた瞬間からスムーズに仕事へ集中できるようになります。

ただし頭の中で考えるだけであっても、安全のために使われる注意力を奪われるリスクになります。通勤中に考え事をすることが可能かどうかは、その状況に応じて慎重に検討する必要はあります。

また、体を動かしたり、車を操作したり、いろいろなことに注意を向けたりすると、心と体のエネルギーが消費されます。そこにさらに計画を立てるといった活動を加えてしまうことは疲労につながってしまう恐れがあります。自分に必要な活動、自分の心身の状態、通勤の負荷を総合的に考慮して通勤手段を検討すると良いでしょう。

あえて長い通勤経路を選んでみる

公共交通機関を利用している場合は、読書や語学学習、音楽・ポッドキャストを聴くなど、自分の趣味や自己成長につながる活動を取り入れることで、移動時間を自分のための時間に変えることができます。

先ほど紹介したように、イギリスの鉄道利用者の調査[8]でも、電車移動中に仕事や勉強に取り組んだ人ほど、移動時間を有意義だったと感じる傾向が示されています。特にスマートフォンやタブレット端末の普及によって、移動中の学びや情報収集が以前より容易になっています。

それでは、これらの移動中にできる活動はどのように選ばれているのでしょうか。実はこの通勤中に行われる活動は、使える時間によって変わってくることが指摘されており[9]、通勤時間が長くなることがポジティブにはたらく可能性もあります。

時間に余裕がある状況では、私たちは複数の活動の中から価値が高いと考えられる活動を選ぶ傾向があります。しかし、時間に余裕がない状況では、目標を達成できると見込める活動を選ぶ傾向が明らかになっています[10]

つまり、通勤時間が長いときは、将来的な学習や自己成長につながるような重要性が高い活動(たとえば英語の勉強や専門書の読書など)に取り組む可能性が高くなるのですが、通勤時間が短い場合には、音楽を聴く、スマートフォンでSNSを見る、メールを返信するといった、すぐに完了して満足感が得られる活動に注意が向きがちになるということです。

スマートフォンでのSNS閲覧やメール返信は、数分単位でも完結できますが、本を読む、考えをまとめる、何かを学習するといった活動には、ある程度のまとまった時間が必要です。時間に余裕がないときには、活動の「どれだけ短時間で区切っても効果的にできるか」という特徴が重要になるわけです。

そのため、長い通勤時間があることで、そうした「まとまった時間」を確保しやすくなり、自分の成長や内省の時間として有効に使える可能性が高くなるのです。たとえば、資格取得の勉強、業務に関するインプット、読書、今後の戦略を考える時間などに通勤時間を活用することで、「日常の忙しさではなかなか取れない質の高い集中時間」を意識的に設けることができます。

例えば電車通勤などでは、時間は長くなるけれど、座ることができて乗り換えも少ない経路を選んでみるのも一つの手です。身体的・認知的負荷が低い時間を長く確保できるので、自己成長につながるような重要性が高い活動のための時間を作ることができます。通勤時間は「投資可能な時間」として積極的に活用できる貴重なリソースとなり得ます。

業務に直結する時間を最大化することも大切ですが、自分を整える時間、学ぶ時間、考える時間の質を高めることが、長期的なパフォーマンス向上につながります。その観点で見ると、通勤時間が必ずしも「無駄な時間」や「削るべき時間」とは言えないのです。通勤が長いことを前向きに捉え、日々のルーチンに上手に組み込むことで、通勤時間は忙しい人にとっても、キャリア形成や自己管理に大いに役立つ時間になるはずです。

通勤は、在宅勤務でない限りはどうしても生じるものです。その時間をより有意義に過ごす方法を持てれば、準備や回復に取り組むことができ、より良い仕事や生活の質向上に活かせるでしょう。このコラムで紹介した知見やご提案をきっかけに、通勤について今一度考えてみるのはいかがでしょうか。

脚注

[1] Mantripragada, A. S., & Prasad, C. S. R. K. (2025). A systematic review on the impact of daily commute on the well-being of an urban commuter. Journal of Transport & Health, 44, 102095.

[2] Olsson, L. E., Gärling, T., Ettema, D., Friman, M., & Fujii, S. (2013). Happiness and satisfaction with work commute. Social Indicators Research, 111(1), 255–263. https://doi.org/10.1007/s11205-012-0003-2

[3] Gerpott, F. H., Rivkin, W., & Unger, D. (2022). Stop and go, where is my flow? How and when daily aversive morning commutes are negatively related to employees’ motivational states and behavior at work. Journal of Applied Psychology, 107(2), 169.

[4] Lyons, G., Jain, J., Susilo, Y., & Atkins, S. (2013). Comparing rail passengers’ travel time use in Great Britain between 2004 and 2010. Mobilities, 8(4), 560-579.

[5] Rivkin, W., Gerpott, F. H., & Unger, D. (2025). There and back again: The roles of morning-and evening commute recovery experiences for daily resources across the commute-, work-, and home domain. human relations, 78(3), 312-348.

[6] Jachimowicz, J. M., Cunningham, J. L., Staats, B. R., Gino, F., & Menges, J. I. (2021). Between home and work: Commuting as an opportunity for role transitions. Organization Science, 32(1), 64-85.

[7] 脚注2Olsson et al., 2018)と同じ

[8] 脚注4Lyons et al., 2013)と同じ

[9] Danna, G. C., Randall, J. G., & Mahabir, B. K. (2023). Commute based learning: Integrating literature across transportation, education, and io psychology. Organizational Psychology Review, 13(2), 125-155.

[10] Vancouver, J. B., Weinhardt, J. M., & Schmidt, A. M. (2010). A formal, computational theory of multiple-goal pursuit: Integrating goal-choice and goal-striving processes. Journal of Applied Psychology, 95(6), 985–1008. 


執筆者

西本 和月 株式会社ビジネスリサーチラボ アソシエイトフェロー
早稲田大学第一文学部卒業、日本大学大学院文学研究科博士前期課程修了、日本大学大学院文学研究科博士後期課程修了。修士(心理学)、博士(心理学)。暗い場所や狭い空間などのネガティブに評価されがちな環境の価値を探ることに関心があり、環境の性質と、利用者が感じるプライバシーと環境刺激の調整のしやすさとの関係を検討している。環境評価における個人差の影響に関する研究も行っている。

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