2025年11月20日
なぜあの人は活き活きしているのか:「スライビング」を生み出す個人と組織のメカニズム
「働きがい」や「エンゲージメント」といった言葉が聞かれます。ただ給与を得るためだけでなく、仕事を通じて何かを得たい、成長したいと願う人がいます。しかし、日々業務に追われる中で、自分が本当に成長できているのか、心から活力を感じられているのか、分からなくなってしまう瞬間はないでしょうか。漠然とした「働きがい」という言葉の向こう側にある、より具体的で、躍動感に満ちた状態を捉えることはできないものでしょうか。
近年、「スライビング(Thriving)」という概念が注目を集めています。これは、人が仕事において「活力に満ちあふれている状態(Vitality)」と、「学び成長している感覚(Learning)」を同時に、そして持続的に経験している状態を指します。植物が太陽の光を浴びて青々と繁るように、人が仕事を通じて活き活きと能力を開花させていくイメージです。スライビングは、個人の幸福感を高めるだけでなく、組織全体の革新性や生産性にも関わっていることが分かってきました。
では、一体何が、人をこのような望ましい状態へと導くのでしょうか。それは個人の心構えによるものなのか、それとも職場環境が作り出すものなのでしょうか。あるいは、その両方が複雑に絡み合っているのかもしれません。本コラムでは、スライビングが生まれる背景にある組織的、そして個人的な要因について、科学的な知見を紐解きながら探求していきます。仕事の世界だけでなく、時には家庭というプライベートな領域にまで視野を広げながら、人が「活き活きと成長する」ためのメカニズムを検討します。
促進焦点と参加風土がスライビングを通じ革新行動を促進
人が仕事で活き活きと成長する感覚、すなわちスライビングは、どのような土壌から芽生えるのでしょうか。その源泉を探るにあたり、まずは個人の心の内側にある動機づけのスタイルと、その人を取り巻く職場全体の雰囲気という、二つの異なるレベルの要因に目を向けてみましょう。個人の心構えと、集団の持つ空気が組み合わさることで、スライビング、ひいては組織にとって有益な行動が生まれるプロセスを明らかにした研究があります[1]。
この研究は、米国の二つの施設管理組織で働く従業員とその上司、数百名を対象に行われました。調査は、時間をずらして三段階で実施されました。第一段階で、従業員一人ひとりの心の持ちようである「制御焦点」と、その人が所属するチームの「参加風土」を測定します。その一か月後に、従業員がどの程度スライビングを経験しているかを尋ね、さらにその一か月後、今度は上司に従業員の「革新行動」について評価してもらう、という手順です。
ここにおける「制御焦点」とは、人が目標に向かう際の心構えのことで、二つのタイプに分けられます。一つは「促進焦点」で、これは成長や理想の実現、目標の達成といった「得られるもの」に意識が向かうスタイルです。もう一方は「予防焦点」で、こちらは義務や責任を果たし、失敗や損失といった「失うもの」を避けようとすることに意識が向かうスタイルです。「参加風土」とは、従業員が組織の意思決定に加わる機会があり、仕事に必要な情報や権限が与えられていると感じられる職場の空気感を指します。
分析の結果ですが、個人に焦点を当てると、促進焦点の傾向が強い人ほど、一か月後にスライビングを経験している度合いが高いことが分かりました。自身の成長や目標達成に意識が向いている人は、日々の仕事から活力と学びの感覚を得やすいようです。これとは対照的に、予防焦点が強い人では、スライビングの度合いが低いという結果になりました。失敗を避け、義務を果たすことに意識が集中すると、新しい挑戦から得られるようなエネルギーや学習の機会が生まれにくいのかもしれません。
職場環境の側面を見ると、従業員の参加を促す風土が醸成されているチームでは、メンバーがスライビングを経験しやすいという関係が見られました。自分の意見が尊重され、組織の一員として扱われているという感覚が、個人の活力と成長実感を育んでいると考えられます。
この研究で特に示唆的なのは、個人の心構えと職場の風土が相互に作用する点です。促進焦点を持つ人が、参加風土の高い職場にいる場合、そのスライビングの度合いは一層高まることが明らかになりました。もともと成長への意欲が高い個人が、その意欲を後押ししてくれる環境に置かれたとき、両者の力が合わさって、活力と学習の感覚が最も強く引き出される、という相乗効果が確認されました。個人の特性と環境がうまくかみ合うことの重要性を示す結果と言えるでしょう。
裁量と信頼の職場でスライビングが資源スパイラルを生む
個人の成長意欲と、それを受け止める参加型の職場風土が、スライビングのきっかけとなることを見てきました。しかし、スライビングは一度きりの花火のような現象なのでしょうか、それとも、一度火がつくと燃え続ける焚き火のようなものなのでしょうか。スライビングが単なる一過性のポジティブな状態にとどまらず、いかにして持続的な成長のサイクル、いわば「好循環」を生み出すのか、そのメカニズムを理論的に解き明かそうとした研究に光を当てます[2]。
この理論モデルは、スライビングが個人の心の中だけで完結するのではなく、職場環境と個人の行動が相互に作用しあう、社会的なプロセスであると捉えます。そのプロセスが回り始めると、自律的にエネルギーを生み出しながら成長していく「スパイラル構造」を持つと説明しています。
スパイラルの出発点となるのは、三つの組織的な特徴です。一つ目は、従業員に与えられる「意思決定の裁量」。自分の仕事の進め方をある程度自分で決められる自由です。二つ目は、「広範な情報共有」。自分の業務だけでなく、組織全体の目標や状況に関する情報がオープンにされていることです。三つ目が、「信頼と敬意に満ちた風土」。同僚や上司との間に心理的安全性が確保され、お互いを尊重しあう文化です。これらの環境的な特徴は、従業員に「自分は信頼されている」「この場所でなら挑戦できる」という感覚を育み、主体的な行動を引き出します。
このような恵まれた環境に置かれた従業員は、自然と三つの特徴的な行動を取りやすくなると、このモデルでは考えます。第一に「タスク・フォーカス」。目の前の仕事に集中し、質の高い成果を出そうとすること。第二に「探索」。現状維持に甘んじることなく、好奇心を持って新しい知識を求めたり、より良いやり方を試したりすること。第三に「ヒードフル・リレーティング」。これは、他者の意見に注意深く耳を傾け、丁寧に関わりながら協働していく姿勢を指します。
重要なのは、これらの主体的な行動が、それ自体で終わらない点です。これらの行動は、副産物として、個人の中に貴重な「資源」を蓄積させていきます。例えば、探索行動は新しい「知識」という資源を生みます。タスクに集中し成果を出す経験は、仕事に対する「肯定的な意味」という資源をもたらします。他者と丁寧に関わることは、いざという時に助け合える「良好な人間関係」という資源を築きます。
こうして蓄積された知識、意味、人間関係といった資源が、従業員の「スライビング」、すなわち活力と学習の感覚を直接的に高めます。そして、活力と学びに満ちた従業員は、さらに高いレベルでタスクに集中し、新たな探索を行い、他者と協働しようとします。その行動が、また新たな資源を生み出し、その資源がスライビングをさらに押し上げる。この「行動→資源→スライビング→行動…」という自己強化的なループは、「資源スパイラル」と呼ばれます。
家庭の無礼は仕事スライビングを下げ、支援が高める
職場での裁量や信頼関係が、人を活き活きと成長させる好循環を生み出すことを見てきました。しかし、私たちの人生は仕事だけで成り立っているわけではありません。一日の仕事を終えて帰る家庭という場所での出来事は、翌日の職場で働く自分に、何らかの波紋を広げるのでしょうか。これまで光が当てられることの少なかった「家庭」という領域に焦点を移し、そこにおける人間関係が職場のスライビングにまで及ぶプロセスを検証した研究を紹介します[3]。
この研究は、文化や職種が異なる二つの集団、ナイジェリアのホテルで働く従業員と、イギリスで専門職に就く人々を対象に行われました。家庭での経験が職場にどう伝播するのかを時間を追って調べるため、アンケートは複数回に分けて実施されました。家庭での人間関係の質、仕事と家庭の間で生じる葛藤や充実感、職場でのスライビングの度合いが、それぞれ異なるタイミングで測定されました。
この研究では、家庭での経験を二つの側面から捉えています。一つはネガティブな側面である「家庭内の無礼」です。これは、家族から無視されたり、見下したような態度を取られたり、軽蔑的な言葉を投げかけられたりといった、意図は曖昧ながらも相手を不快にさせる軽度な非礼行為を指します。もう一つはポジティブな側面である「家庭からの支援」で、精神的に励ましてくれたり、家事を分担してくれたりといった、具体的なサポートのことです。
分析の結果、家庭と職場が強く結びついていることが明らかになりました。家庭内で無礼な扱いを受けることが多い人は、家庭の要求が仕事の妨げになっていると感じる「家族–仕事葛藤」を強く経験していました。この葛藤は、職場でのスライビングを著しく低下させていました。家庭で受けた心の傷や消耗したエネルギーが、仕事における活力や新しいことを学ぼうとする意欲を蝕んでいく、という流れが浮かび上がりました。
一方で、ポジティブな連鎖も確認されました。家族からの支援を十分に受けている人は、家庭での経験が仕事にも良い影響を与えているという「家族–仕事充実」感を抱きやすく、その充実感が職場のスライビングを促進していました。家庭で得られる安心感や喜びが、仕事に取り組むためのエネルギー源となり、成長を後押ししていました。
この研究では、個人差の要因が調べられています。それは「セグメンテーション選好」、すなわち、仕事と家庭をはっきりと区別し、切り離したいと考える志向性の強さです。分析の結果、この選好が強い人、すなわち仕事と家庭の間に「心理的な壁」を築きたいと考えている人ほど、家庭でのネガティブな出来事(無礼)が職場に及ぼす悪影響も、ポジティブな出来事(支援)がもたらす好影響も、共に弱まることが分かりました。この心理的な壁が、家庭から職場への資源の流出や流入をせき止める、一種の緩衝材のような働きをしていたと考えられます。
奉仕上司と自己肯定感がスライビングを通じ健康・業績を高める
職場や家庭の環境がスライビングの土壌となることを見てきましたが、ここではさらに焦点を絞り、従業員にとって日常的に接する存在である直属の上司のあり方と、従業員自身の内面、要するに自分をどう捉えているかという自己認識が、スライビングにどう結びつくのかを探ります。リーダーの振る舞いと個人の特性が、個人とチーム双方のスライビングを育み、心身の健康や組織の業績にまでつながっていく多層的なプロセスを解き明かした研究があります[4]。
この調査は、インドネシアの様々な地方政府機関で働く従業員と、その上司を対象に行われました。調査は四回に分けて実施され、上司のリーダーシップのスタイルと従業員の自己評価を測定し、その数週間後にスライビングの度合いを、さらに数週間後に組織への愛着を、最後に個人の心身の健康状態を尋ねています。同時に、上司にはチーム全体の業績を評価してもらうという、多角的なデータ収集が行われました。
ここで鍵となる概念は二つです。一つは、上司の「サーバント・リーダーシップ」。これは、権威を振りかざすのではなく、部下に奉仕し、一人ひとりの成長を支援することを第一義とするリーダーのあり方です。もう一つは、個人の「コア自己評価」。これは、自分は有能であり、価値のある人間だという、自己肯定感や自己効力感を含んだ、自分自身に対する中核的で肯定的な評価を指します。
結果、リーダーシップと個人の特性が、それぞれスライビングの源泉となっていることが分かりました。サーバント・リーダーシップを実践している上司が率いるチームでは、チーム全体としてスライビングを経験する度合い、いわば「集合的スライビング」が高いという関係が見られました。部下の成長を心から願い、支援するリーダーの姿勢が、チーム内に活力と学習を尊ぶ文化を醸成し、メンバー全員の成長実感を高めていると考えられます。
個人に目を向けると、もともとコア自己評価が高い、要するに自分に自信を持っている人ほど、スライビングを経験しやすいことも明らかになりました。自分を肯定的に捉える内面的な強さが、困難な仕事にも挑戦し、そこから学びと活力を得るための力となっているようです。
このスライビングは、ただ「良い気分」で終わるものではありませんでした。個人レベルでは、スライビングを経験することで、自分が所属する組織への愛着や一体感が高まり、その愛着が良好な心身の健康状態へとつながっていました。チームレベルでも同様の連鎖が確認され、チーム全体の集合的なスライビングは、チームの組織への愛着を強め、それが上司によって評価されるチーム全体の業績向上に結びついていました。スライビングは、個人の幸福と組織の成功をつなぐ架け橋のような存在であることが示されました。
権限移譲は自律志向者のスライビングを通じ変革提案を増やす
これまでの議論を通じて、従業員に裁量を与え、意思決定への参加を促すことがスライビングの鍵となる、という点が繰り返し浮かび上がってきました。その考え方をさらに一歩進め、部下に権限を積極的に委譲していく「エンパワリング・リーダーシップ」に焦点を当てます。とはいえ、リーダーからの権限移譲という働きかけは、受け手である部下の特性によって、その効果が異なる可能性が考えられます。
この問いを探求するため、中国のIT企業で働く従業員とその上司を対象とした研究が行われました[5]。この研究が解き明かそうとしたのは、エンパワリング・リーダーシップが、スライビングという心理的な状態を介して、従業員による「変革志向の組織市民行動」をいかにして引き出すか、というプロセスです。
変革志向の組織市民行動とは、現状をより良くするために、指示されるまでもなく自発的に改善案を考えたり、新しいやり方を提案したりする前向きな行動を指します。この一連のプロセスが、従業員が持つ「自律志向」の強さによってどう変わるのか、という点も検証されました。
調査は、ここでも時間差を設けた三段階で実施されました。最初に、上司のエンパワリング・リーダーシップの度合いと、部下一人ひとりの自律志向の強さを測定します。その一か月後に、部下が経験しているスライビングの状態を尋ね、さらに三週間後、上司に部下の変革志向行動を評価してもらう、という手順です。
「エンパワリング・リーダーシップ」とは、部下に仕事の権限や裁量を与え、必要な情報を提供し、自律的に業務を遂行できるよう支援するリーダーのスタイルです。一方の「自律志向」とは、他者から指示されるよりも、自分の行動は自分で決めたいと考える欲求の強さを意味します。
分析の結果、エンパワリング・リーダーシップが従業員のスライビングを高め、その高まったスライビングが変革志向の行動を促す、という一連の媒介プロセスが確認されました。リーダーから信頼され、権限を与えられることで、従業員の心に活力と学習意欲が生まれ、そのエネルギーが自発的な改善提案といった行動に結実するというメカニズムです。
さらに、エンパワリング・リーダーシップがスライビングに与えるプラスの効果は、もともと自律志向が高い従業員において、特に強く現れることが分かりました。言い換えれば、「自分のことは自分で決めたい」と強く願っている部下に対して権限を委譲すると、その部下は活き活きと成長し、結果として組織に貢献する行動を多く取るようになります。その一方で、自律をそれほど求めない従業員に対しては、権限移譲という働きかけの効果は限定的でした。
脚注
[1] Wallace, J. C., Butts, M. M., Johnson, P. D., Stevens, F. G., and Smith, M. B. (2016). A multilevel model of employee innovation: Understanding the effects of regulatory focus, thriving, and employee involvement climate. Journal of Management, 42(4), 982-1004.
[2] Spreitzer, G. M., Sutcliffe, K. M., Dutton, J. E., Sonenshein, S., and Grant, A. M. (2005). A socially embedded model of thriving at work. Organization Science, 16(5), 537-549.
[3] Ren, S., Babalola, M. T., Ogbonnaya, C., Hochwarter, W. A., Akemu, O., and Agyemang-Mintah, P. (2022). Employee thriving at work: The long reach of family incivility and family support. Journal of Organizational Behavior, 43(1), 17-35.
[4] Walumbwa, F. O., Muchiri, M. K., Misati, E., Wu, C., and Meiliani, M. (2018). Inspired to perform: A multilevel investigation of antecedents and consequences of thriving at work. Journal of Organizational Behavior, 39(3), 249-261.
[5] Li, M., Liu, W., Han, Y., and Zhang, P. (2016). Linking empowering leadership and change-oriented organizational citizenship behavior: The role of thriving at work and autonomy orientation. Journal of Organizational Change Management, 29(5), 732-750.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『組織内の“見えない問題”を言語化する 人事・HRフレームワーク大全』、『イノベーションを生み出すチームの作り方 成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(ともにすばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

