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コラム

「好きだからいる」のか「仕方なくいる」のか:継続的コミットメントの課題

コラム

あなたの会社、好きですか。この問いに、どれほどの人が迷いなく「はい」と答えられるでしょうか。多くの経営者や管理職は、従業員が自社に強い愛着、すなわち「組織コミットメント」を持つことを望んでいます。事実、組織コミットメントは長らく、従業員の働く意欲を引き出し、生産性を高め、組織全体の成長を牽引するポジティブな力だと考えられてきました。会社への愛着が深い従業員ほど、自発的に仕事に打ち込み、困難な課題にも粘り強く取り組み、離職する可能性も低い。多くの研究が、こうした組織にとって望ましい関係性を裏付けてきました。

しかし、「コミットメント」という言葉が持つ、前向きで献身的な響きの裏側で、見過ごされがちな別の現実が存在します。従業員が組織に留まる動機は、必ずしも純粋な愛情や忠誠心だけとは限りません。

「この会社を今辞めてしまえば、長年かけて築き上げたキャリアや、目前に迫った退職金がすべて無に帰してしまう」「新しい環境で自分のスキルが通用するだろうか。そもそも、今から転職活動を始めるのは精神的にも肉体的にも負担が大きい」「家族を支える責任がある以上、たとえ仕事に不満があったとしても、安定した収入を捨てるわけにはいかない」。このような、損失への恐れや選択肢の欠如から生まれる、いわば「仕方なく」組織に留まり続ける消極的な心理状態もまた、組織コミットメントの一側面なのです。

理由が何であれ、従業員が会社を辞めずにいてくれるなら、それで良いではないか。一見すると、そう思えるかもしれません。離職率の低下は、採用や教育にかかるコストを削減し、組織の安定性を高める上で重要です。しかし、その安定が、従業員の「辞めたくても辞められない」という閉塞感や諦念によって支えられているとしたら、水面下では組織の活力を蝕む問題が進行している可能性があります。この種のコミットメントは、従業員の自発的な貢献意欲を削ぎ、変化への抵抗を生み、創造性の芽を摘んでしまうかもしれません。

本コラムでは、この「仕方なく留まる」コミットメント、専門的には「継続的コミットメント」と呼ばれる心理状態が、いかにして組織にとって見えにくい弊害をもたらすのか、そのメカニズムと背景にある問題を掘り下げていきます。

継続的コミットメントが努力抑制・抵抗で組織を蝕む

組織への忠誠心や愛着を包括的に示す言葉として使われる「組織コミットメント」。この概念は、従業員の心と組織とをつなぐ心理的な接着剤のようなものですが、その接着剤の成分、すなわち結びつき方にはいくつかの異なる種類があることが、長年の研究で明らかにされてきました。

一つは、組織の理念や目標に共感し、その一員であることに誇りや喜びを感じる「情緒的コミットメント」です。これは、組織への純粋な愛情や一体感に基づく結びつきです。もう一つは、組織から受けた恩義に報いるべきだ、あるいは従業員として組織に尽くすのは当然の務めだという、義務感や道徳観に根差した「規範的コミットメント」です。

そして、本コラムで特に光を当てるのが、三つ目の「継続的コミットメント」です。これは、組織を離れることによって生じるであろう様々な損失、つまりコストの大きさを計算し、そのコストがあまりに高いために留まり続けるという、ある種の打算に基づいた心理状態を指します。

そのコストには、長年の勤務を通じて習得した、その会社でしか通用しない特殊なスキルや業務知識、昇進によって得られた地位や権限、有利な条件の退職金制度や年金プラン、さらには社宅や低利の融資といった福利厚生などが含まれます。経済的なものだけでなく、慣れ親しんだ同僚との人間関係や、築き上げてきた社内での評判といった、無形の資産を失うことへの恐れも要因となり得ます。

これらに加えて、転職市場における自身の市場価値への不安や、そもそも他に魅力的な転職先が見当たらないという外部環境の認識が、このコミットメントの基盤を強固なものにします。端的に言えば、「この組織が好きだからいる」のではなく、「ここを辞めると損をするから、あるいは他に行くあてがないからいる」という、消極的な理由でつなぎ止められている状態です。

継続的コミットメントは、従業員の離職を物理的に防ぐという点においては、一見すると組織に貢献しているかのように錯覚させます。しかし、その内実を探っていくと、組織にとってはるかに厄介な側面が浮かび上がってきます。

その問題を浮き彫りにしたのが、リトアニアの様々な業種の企業で働く1000人以上の従業員を対象に行われた研究です[1]。この研究は、継続的コミットメントが組織にもたらすかもしれない、負の側面に焦点を当てました。調査では、従業員たちのコミットメントを「情緒的」「規範的」「継続的」の三つのタイプに分けて測定すると同時に、彼らの仕事への取り組み方についても尋ねています。

例えば、与えられた仕事に対して意図的に手を抜いたり、必要最低限の努力しか払わなかったりする「努力抑制行動」や、組織が導入しようとする新しい方針やシステム、業務プロセスに対して、非協力的であったり、あからさまに反対したりする「変化への抵抗」の度合いなどです。さらに、バーンアウトの兆候である、仕事に対する冷笑的な態度(シニシズム)や、情緒的な消耗度についても測定されました。

分析の結果は、コミットメントの種類によって、これらの行動との関連性が異なることを示しました。予想通り、組織への強い愛着、すなわち「情緒的コミットメント」が高い従業員ほど、自分の仕事に自信と有能感(職務効力感)を強く持ち、努力を抑制したり、シニカルな態度をとったり、情緒的に消耗したりすることが有意に少ないという、組織にとって望ましい関連性が見られました。

その一方で、「継続的コミットメント」は異なる様相を呈していました。このコミットメントのスコアが高い従業員ほど、仕事において意図的に努力を惜しむ行動をとりやすく、組織が推進する変革に対して抵抗する姿勢が強いという、正の相関関係が見出されたのです。さらに、仕事に対する効力感が低く、情緒的に消耗し、シニカルな態度をとりやすいことも明らかになりました。「この会社を辞めると損だ」という気持ちが強い人ほど、日々の業務で全力を尽くさず、組織が未来に向けて変わろうとするときに、その足かせとなる可能性が高いことを示唆しています。

この結果から、私たちは何を読み解くべきでしょうか。継続的コミットメントの根底にあるのは、「選択肢のなさ」や「拘束されている」という感覚、心理学で言うところの外的統制の状態です。他に魅力的なキャリアパスが見えない、あるいは失うものが大きすぎるという理由で、従業員は現在の職場に留まることを余儀なくされています。

このような強制された状況下では、仕事そのものへの内発的な情熱や、組織の成功に貢献したいという自発的な意欲が湧きにくいのは当然でしょう。自分の意志に反してこの場所に縛り付けられているという感覚が、無力感や諦め、そして組織に対する冷めた態度へとつながっていきます。その心理状態が、「どうせここで頑張っても、自分の未来が拓けるわけではない」という努力の抑制や、「これ以上、面倒なことを増やさないでほしい」という変化への抵抗として表出するのではないでしょうか。

サイドベット尺度は情緒コミットメント測定と判明

先ほどは、「辞めると損だから」という打算的な理由で組織に留まる「継続的コミットメント」が、従業員の努力抑制や変化への抵抗といった、組織にとって望ましくない行動と結びついている可能性を、リトアニアでの調査を基に見てきました。では、この「辞めにくさ」という感覚は、どのように捉えられ、測定されてきたのでしょうか。その歴史を紐解いていくと、この概念をめぐって混乱と誤解があったことがわかります。

継続的コミットメントという考え方の理論的な基礎には、「サイドベット理論」が存在します。直訳すれば「副次的投資の理論」となるこの理論は、元々、人が特定の行動を一貫して続けるようになるプロセスを説明するためのものでした。

ベッカーによれば、人は何か一つの行動(例えば、ある職業に就く、ある組織で働くなど)を続けるうちに、その主要な行動に付随して、様々な「投資(ベット)」を知らず知らずのうちに積み上げていきます。その行動をやめることは、この積み上げた「副次的投資(サイドベット)」を失うことを意味するため、人はその行動を続けざるを得なくなる、というのです。

この理論を組織で働くことに当てはめてみましょう。勤続年数が長くなるにつれて、従業員は給与や役職といった直接的な報酬以外にも、様々なサイドベットを蓄積していきます。例えば、その組織でしか通用しない特殊な業務知識や社内人脈、昇進によって得られた地位や評判、会社の年金制度への拠出金、あるいはそこで築いた同僚との友情といったものです。これらの投資が大きくなればなるほど、それをすべて放棄して組織を去るという決断のコストは、心理的にも経済的にも高くなります。積み上げたベットを失いたくないという気持ちが、人を組織に縛り付ける鎖となります。

このサイドベット理論に基づいて、過去の研究者たちは、継続的コミットメントを測定するための尺度を開発しようと試みてきました。しかし、ある研究者らは、これらの既存の尺度が、本当にベッカーの言う「副次的投資」という打算的な概念を適切に捉えられているのか、という疑問を抱きました[2]。これまで継続的コミットメントとして測定されてきたものは、実は別の何か、例えば「この職場が好きだ」という「情緒的コミットメント」のような、組織へのポジティブな愛着と混同されてしまっているのではないかと指摘したのです。

この疑問を検証するため、実験を計画しました。大学で心理学を学ぶ学生たちを対象に、ある架空の従業員に関するシナリオを読んでもらい、その従業員になりきって質問に答えてもらうという手法をとりました。このシナリオは、従業員が置かれている状況によって、4つのパターンに分けられていました。

継続的コミットメントの度合いを操作するために、「副次的投資の量」と「転職先の有無」という二つの要素を変化させました。継続的コミットメントが高い条件のシナリオでは、従業員は長年その会社に勤め、会社独自のスキルを豊富に身につけており、転職市場は不況で他に良い働き口はほとんど見つからない、という「辞めにくい」状況が設定されています。一方で、低い条件では、勤続年数はまだ浅く、身につけたスキルは他社でも十分に通用する汎用的なもので、転職先もすぐに見つかるという「辞めやすい」状況が描かれています。

情緒的コミットメントの度合いを操作するために、「職場の快適さ」を変化させました。情緒的コミットメントが高い条件では、上司や同僚は協力的で、会社からの評価も公正、仕事内容もやりがいに満ちているという、理想的な職場環境が描写されます。逆に、低い条件では、人間関係は険悪で、待遇は不公平、仕事も退屈極まりないという、劣悪な環境が設定されています。

実験に参加した学生たちは、これら4つのシナリオのいずれかをランダムに割り当てられ、自分がその従業員になったと想像しながら、いくつかの質問票に回答します。質問票には、過去の研究で継続的コミットメントの尺度とされてきたものや、情緒的コミットメントを測るための尺度などが含まれていました。

実験の結果は、研究者たちの予想を裏付けるものでした。過去に継続的コミットメントを測定するとされてきた尺度は、「副次的投資の量」や「転職先の有無」といった継続的コミットメントの操作には、ほとんど統計的に有意な反応を示さなかったのです。それどころか、これらの尺度の値は、「職場の快適さ」という情緒的コミットメントの操作によって変動することが明らかになりました。

この結果は、従来の尺度が測定していたのは、「辞めることのコスト」という打算的な計算ではなく、「その職場がどれだけ心地よいか」という純粋な感情、すなわち情緒的コミットメントであったことを示唆しています。

この実験室での発見が、実際の職場で働く人々にも当てはまるのかを確認するため、第二の調査を行いました。カナダの大学で働く職員たちに協力を依頼し、実験で用いたのと同じ質問票に回答してもらったのです。その結果は、実験で得られた知見を裏付けるものでした。過去の継続的コミットメント尺度は、やはり情緒的コミットメントの尺度と強い相関関係にあり、研究者たちが新たに作成した「辞めることのコスト」を直接的に問う新しい尺度とは、ほとんど関連が見られませんでした。

この調査では、年齢や在籍年数といった、これまで「副次的投資」の代理指標として用いられてきた要素についても検討されましたが、これらもまた、必ずしも「辞めにくさ」という継続的コミットメントと直接結びついているわけではないことがわかりました。年を重ね、長く勤めることで、確かに失うものは増えるかもしれませんが、同時に経験を積むことで転職市場での価値が高まり、選択肢が増えるという側面もあるからでしょう。

一連の検証から明らかになったのは、「好きだからいる(情緒的コミットメント)」という状態と、「仕方なくいる(継続的コミットメント)」という状態は、従業員の心の中では異なるものであり、それらを測定する上でも区別されなければならないという重要な事実です。過去の研究では、この二つの異なる心理状態が混同されていたために、継続的コミットメントが本来持つ、組織に対する潜在的な負の側面が見えにくくなっていたのかもしれません。

脚注

[1] Geneviciute-Janoniene, G., and Endriulaitiene, A. (2014). Employees’ organizational commitment: Its negative aspects for organizations. Procedia – Social and Behavioral Sciences, 140, 558-564.

[2] Meyer, J. P., and Allen, N. J. (1984). Testing the “Side-Bet Theory” of organizational commitment: Some methodological considerations. Journal of Applied Psychology, 69(3), 372-378.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『組織内の“見えない問題”を言語化する 人事・HRフレームワーク大全』、『イノベーションを生み出すチームの作り方 成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(ともにすばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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