2025年11月11日
「会社への愛情」と「辞められない事情」:コミットメントの正体
多くの組織が、従業員の「コミットメント」に関心を寄せています。組織への貢献意欲を指すこの言葉は、企業の競争力を支える核と見なされることも少なくありません。熱意を持って仕事に取り組み、組織の目標達成に積極的に関わる人材は、いつの時代も組織にとって貴重な存在です。しかし、私たちが普段何気なく使っている「コミットメント」という言葉の内実は、実は多様です。一人の従業員が組織に留まり続ける背景には、様々な心理が渦巻いています。
ある人は、組織の理念や文化に心から共感し、「この場所で働き続けたい」という純粋な愛情を抱いているかもしれません。またある人は、「これまで育ててもらった恩があるから、会社に貢献するのは当然の務めだ」という強い義務感を胸に秘めているかもしれません。一方で、「今この会社を辞めたら、経済的に立ち行かなくなるし、再就職も難しいだろう」という、いわば消極的な理由で席を置き続けている人もいるでしょう。
これらはすべて、従業員を組織に結びつける力、すなわちコミットメントの側面です。しかし、その源泉となる感情が異なれば、仕事への向き合い方や日々の幸福感に現れる違いも出てきます。本コラムでは、コミットメントの内実を解きほぐしていきます。コミットメントの種類の違いを探り、それぞれが従業員の行動や心理にどのような結びつきを持つのかを掘り下げていきます。
規範的コミットメントは義務感の善悪二面性で成果を左右する
従業員が組織に対して抱く心理的な結びつきには、いくつかの異なる種類があることが知られています。その中でも、「組織のために貢献すべきだ」「ここに留まるのが正しいことだ」という、一種の「義務感」に基づく結びつきは「規範的コミットメント」と呼ばれています。これは、心からの愛着から「いたい」と願う情緒的コミットメントや、辞めることの不利益を考えて「いなければならない」と感じる継続的コミットメントとは区別される、第三の側面です。この義務感は、誠実さや忠誠心の表れとして、組織にとっては望ましいものと捉えられるかもしれません。しかし、近年の研究は、この「義務感」という感情が、二つの異なる顔を持っていることを明らかにしました。そのどちらの顔が表に出るかによって、従業員の行動や組織への貢献の質が変わってくるのです。
規範的コミットメントの複雑な性質を理解するために、ある理論的な探求を見てみましょう[1]。その探求では、規範的コミットメントの根底にある義務感が、二つの源泉から生じると考えられました。一つは「道義的責務」と呼ばれるものです。これは、従業員が組織の価値観や目標を自分自身の道徳観や倫理観と一致させ、内面から湧き出る使命感として「この組織に貢献することは正しいことだ」と感じる状態を指します。いわば、自らの信条に基づいた、自発的な義務感です。
もう一つは「負債的義務」と呼ばれます。これは、組織から受けた恩恵、例えば特別な研修の機会や手厚い福利厚生などに対して、「お返しをしなければならない」「借りを返さなくては」という気持ちから生じる義務感です。こちらは、外部からの働きかけに対する返報として生まれる、ある種のプレッシャーを伴う義務感と言えるでしょう。
この二つの義務感は、どちらも従業員を組織に留まらせる動機にはなり得ます。しかし、他のコミットメントとの組み合わせによって、その働き方は異なってきます。この点を明らかにするために、過去に行われた多くの調査結果を統合し、従業員のコミットメントの組み合わせ(プロファイル)と、その後の行動との関連を分析する試みがなされました。
分析の結果、組織への愛着をあらわす「情緒的コミットメント」と、義務感をあらわす「規範的コミットメント」の両方が高い従業員のグループでは、規範的コミットメントが「道義的責務」として機能する傾向が見られました。従業員は、自分の仕事の範囲を超えて自発的に同僚を助けたり、組織全体の利益のために行動したりする「組織市民行動」を頻繁にとるようになります。
また、組織が変革を必要とするときにも、それを前向きに受け入れ、支持する姿勢を見せます。仕事から受けるストレスのレベルも低いことが確認されました。組織を愛する気持ちと、貢献すべきだという使命感が調和し、ポジティブなエネルギーとなって発揮されている様子がうかがえます。
一方で、対照的な結果を示したのが、「継続的コミットメント」と「規範的コミットメント」の両方が高い従業員のグループでした。継続的コミットメントは、「辞めたら損をする」という計算に基づいています。この感情と義務感が結びつくと、規範的コミットメントは「負債的義務」の側面を強く帯びるようになります。このグループの従業員は、自発的な組織市民行動をあまり行いません。求められた最低限の仕事はこなすものの、それ以上の貢献意欲は見られにくいのです。そして、彼らが感じるストレスのレベルは、他のグループに比べて高い水準にあります。「辞められない」という拘束感と、「貢献しなければならない」という圧迫感が同時に心にのしかかり、精神的な負担となっていることが推察されます。
このように見てくると、従業員の「義務感」は単純なものではないことがわかります。組織への忠誠心として現れるその感情が、本人の内なる道徳心から発せられているのか、それとも外的な恩義によるプレッシャーから生じているのか。その源泉を見極めなければ、コミットメントの本当の姿を理解することはできません。同じ「貢献すべき」という思いでも、その質によって、もたらされる結果は異なるのです。
情緒的コミットメントは幸福感を高めるが、継続的は低下させる
組織へのコミットメントが、従業員の行動、ひいては組織の業績に結びつくことは、多くの経営者やマネジャーが関心を寄せるテーマです。しかし、視点を少し変えて、従業員自身の心の内側に目を向けてみると、もう一つの問いが浮かび上がります。それは、組織へのコミットメントが、働く人個人の「幸福感」や「充実感」と、どのような関係にあるのかという問いです。
会社のために尽くすことが、従業員自身の人生の質をも高めるのであれば、それは組織と個人双方にとって望ましい状態と言えるでしょう。この関係性を解き明かすため、コミットメント研究と、人の幸福を探求する心理学の知見を統合した理論的な枠組みが存在します[2]。
この枠組みの土台となるのは、三種類のコミットメント(情緒的、継続的、規範的)と、「自己決定理論」です。自己決定理論は、人が幸福を感じ、いきいきと活動するためには、三つの基本的な心理的欲求が満たされる必要があると説きます。第一に、自分の行動を自ら選択し、コントロールしていると感じる「自律性」の欲求。第二に、自分は有能であり、課題を効果的に成し遂げられると感じる「有能感」の欲求。そして第三に、他者と安全で肯定的なつながりを持ちたいという「関係性」の欲求です。これらの欲求が職場で満たされるかどうかが、コミットメントの質を決定し、最終的に従業員の幸福感を左右すると考えられています。
この理論的な視点から、過去に行われた研究を整理したレビューがあります。そこからは、コミットメントの種類と幸福感の間に、対照的な関係があることが見えてきました。
初めに、組織への愛着や一体感をあらわす「情緒的コミットメント」です。このコミットメントが高い従業員は、身体的な健康状態が良好で、精神的な安定度も高いという結果が一貫して確認されています。日々の仕事からポジティブな感情を得やすく、仕事そのものへの満足度はもちろんのこと、人生全体の満足度も高い水準にあることが示されました。
組織と自分自身を肯定的に結びつけて考えることは、他者とのつながりを求める「関係性」の欲求や、組織の一員として貢献できているという「有能感」の欲求を満たします。組織と価値観を共有しているという感覚は、「自律性」の欲求にも通じます。これらの基本的な欲求が満たされることが、情緒的コミットメントと幸福感の強い結びつきの背景にあると考えられます。
これとは逆の様相を呈するのが、「継続的コミットメント」です。これは、組織を辞めることによる経済的・社会的な損失を恐れる気持ちから生じるコミットメントですが、従業員の幸福感との間には、概して負の関係が見られました。「この会社にいるしかない」という感覚は、自らの意思でキャリアを選択する「自律性」の欲求を阻害します。したがって、継続的コミットメントの高さは、心の健康を損ない、幸福感を低下させる方向に働くことが多いのです。
さらに、コミットメントは、仕事上のストレスが心身の不調につながるプロセスにおいても、異なる働きをします。情緒的コミットメントが高い人は、困難な業務や対人関係のトラブルといったストレッサーに直面した際に、それを乗り越えるための緩衝材として機能することが多いです。組織への愛着が、「この組織のためなら頑張れる」という動機づけとなり、ストレスへの耐性を高めるのです。
他方で、継続的コミットメントが高い場合、ストレッサーは心身の不調をより深刻化させる増幅剤として働きます。ストレスフルな状況に置かれたとき、「辞めたいのに辞められない」という葛藤は、逃げ場のない閉塞感を生み出し、従業員を精神的にさらに追い詰めてしまいます。
継続的コミットメントの効果は曲線で中程度が頂点
これまでの議論では、組織への愛着に基づく「情緒的コミットメント」が望ましい成果や幸福感につながる一方で、離職のコストを考えて留まる「継続的コミットメント」は、むしろネガティブな結果をもたらす側面が強い、という構図が見えてきました。特に継続的コミットメントは、従業員の自発的な貢献を妨げ、ストレスを高めるなど、「悪役」として描かれることが多かったかもしれません。しかし、継続的コミットメントと仕事の成果との関係は、本当に右肩下がりの直線で描けるほど単純なものなのでしょうか。
この疑問に答えるため、ある研究が行われました[3]。その研究が挑んだのは、「コミットメントが高ければ高いほど、成果もそれに比例して良くなる(あるいは悪くなる)」という、多くの人が暗黙のうちに前提としてきた「線形関係」という仮説でした。もしかしたら、継続的コミットメントの働き方は、まっすぐな直線ではなく、どこかで曲がり角を持つ「曲線」で表されるのではないか。この視点から、コミットメントと成果の関係を再検証しました。
この仮説を検証するために、背景の異なる三つの集団を対象とした調査が実施されました。一つ目の集団は、カナダの大手公共事業会社に所属する労働組合員。二つ目は、医療機関で働く看護師や給食担当の職員。そして三つ目は、地方自治体で働く管理職です。それぞれの集団で、コミットメントのレベルを測定すると同時に、異なる種類の仕事の成果を記録しました。
分析の結果、情緒的コミットメントについては、これまでの知見が再確認されました。組織への愛着が強いほど、離職を考えることは少なくなり、欠勤も減り、仕事の評価は高くなるという直線関係が見られたのです。
しかし、継続的コミットメントについては、様相が異なりました。三つの調査すべてにおいて、成果との関係が「曲線」を描くことが明らかになったのです。
離職を考える度合いとの関係です。継続的コミットメントが低いレベルから中程度のレベルへと高まっていく間は、離職を思いとどまらせる力が強く働きました。「辞めたら損だ」という気持ちは、ある程度までは従業員を引き留めるのに有効でした。ところが、継続的コミットメントが非常に高いレベルに達すると、その力は頭打ちになり、それ以上は離職を考えさせない力が強まらない、というパターンが見られました。
欠勤頻度との関係では、意外な結果が現れました。継続的コミットメントが低い状態から中程度に高まるにつれて、欠勤の頻度は増加しました。これは、「辞めたいけれど辞められない」という不満が、欠勤という形で表れている可能性を示唆します。しかし、この関係も直線的ではなく、継続的コミットメントがある点を越えて非常に高くなると、欠勤はそれ以上増えも減りもしない、水平な状態になりました。不満が高じると、もはや欠勤という行動にさえつながらなくなる、一種の諦観のような心理状態が生まれるのかもしれません。
上司による仕事ぶりの評価との関係も曲線を描きました。継続的コミットメントが中程度のレベルに達するまでは、その数値が高まるにつれて仕事の評価は低下していく傾向が見られました。しかし、それを越えてコミットメントが高まっても、評価がさらに下がり続けるわけではなく、低いレベルで横ばいになりました。
なぜ、継続的コミットメントはこのような曲線を描くのでしょうか。その背景には、行動の源泉となる動機づけの質の違いがあると考えられます。情緒的コミットメントが高い人は、「もっと組織に貢献したい」という内発的で挑戦的な動機に駆られています。そのため、コミットメントが高まれば高まるほど、パフォーマンスも向上していきます。
一方で、継続的コミットメントが高い人は、「クビにならないように」「損をしないように」という、外発的で防衛的な動機に支配されています。彼ら彼女らの目標は、最高の成果を出すことではなく、「最低限の要求を満たす」ことです。そのため、組織からの拘束がある一定の閾値に達してしまえば、それ以上拘束が強まったとしても、行動をさらに変える動機が生まれないのです。これが、ある点で効果が頭打ちになったり、水平になったりするメカニズムだと解釈できます。
脚注
[1] Meyer, J. P., and Parfyonova, N. M. (2010). Normative commitment in the workplace: A theoretical analysis and re-conceptualization. Human Resource Management Review, 20(4), 283-294.
[2] Meyer, J. P., and Maltin, E. R. (2010). Employee commitment and well-being: A critical review, theoretical framework and research agenda. Journal of Vocational Behavior, 77(2), 323-337.
[3] Luchak, A. A., and Gellatly, I. R. (2007). A comparison of linear and nonlinear relations between organizational commitment and work outcomes. Journal of Applied Psychology, 92(3), 786-793.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『組織内の“見えない問題”を言語化する 人事・HRフレームワーク大全』、『イノベーションを生み出すチームの作り方 成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(ともにすばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

