2025年11月11日
権限を与えるだけでは失敗する?:エンパワーメントが機能する条件
従業員の早期離職や勤務態度の悪化が課題となる企業もあります。会社を辞めてしまう人、遅刻や欠勤を繰り返す人、職場への不信感を募らせる人たち。こうした問題に直面した管理職の多くは、どのようなリーダーシップを発揮すれば部下の心を組織に向けてもらうことができるのかと悩んでいるでしょう。
そんな中で近年、エンパワーメント・リーダーシップに関心が高まっています。これは、部下に権限を委譲し、自主的な判断と成長を促すリーダーシップスタイルです。見方によっては、責任を部下に押し付けているように見えるかもしれませんが、実際にはまったく異なるメカニズムが働いています。部下との信頼関係を築き、適度な裁量を与えることで、組織への愛着を深め、ネガティブな行動を抑制する効果があることが明らかになってきました。
本コラムでは、この効果がどのような仕組みで生まれるのか、どういった条件下で力を発揮するのかを探っていきます。従業員の心理面での変化から、上司と部下の期待のずれが生む影響まで、多角的な視点から解き明かしていきます。
エンパワーメントリーダーは情緒的コミットで欠勤・離職意図を抑止
職場での遅刻、欠勤、離職。これらの行動は一見すると別々の問題のように思えますが、実は共通した心理的メカニズムによって引き起こされることが分かってきました。従業員が組織から離れようとする行動の背景には、会社に対する感情的な結びつきの弱さがあります。
アメリカで実施されたある研究では、この問題にエンパワーメント・リーダーシップがどのような効果をもたらすかを調査しました[1]。研究者たちは、フルタイムで働く294名の従業員を対象に、3週間の間隔を空けて2回の調査を行いました。最初の調査では上司のリーダーシップスタイルを、2回目の調査では従業員の勤務態度や離職の意向を測定しています。
エンパワーメント・リーダーシップとは、部下に権限を与え、意思決定に参加させ、能力開発を支援して、官僚的な障害を取り除く行動を指します。この研究では、こうしたリーダーの行動が従業員の「情緒的コミットメント」を高めることで、問題行動を抑制するという仮説を検証しました。情緒的コミットメントとは、従業員が会社に対して感じる愛着や一体感のことです。
調査の結果、エンパワーメント・リーダーシップが高い職場では、従業員の情緒的コミットメントが高くなることが判明しました。上司が部下に裁量を与え、成長を支援すればするほど、部下が会社への愛着を強く感じるようになることを意味します。
この情緒的コミットメントの高まりは、異なる種類の離脱行動に対して異なる抑制効果を発揮することも分かりました。欠勤については、情緒的コミットメントが高い従業員ほど休みがちになる傾向が有意に低下しました。離職意図に至っては、その関係性はさらに強く、情緒的コミットメントの向上が離職を考える気持ちを大幅に減少させることが確認されています。
一方で、遅刻に関しては統計的に有意な関係が見られませんでした。遅刻という行動が欠勤や離職とは異なる心理的メカニズムによって生じる可能性を示唆しています。遅刻は時として個人の生活習慣や通勤事情といった、組織への感情とは別の要因に左右されることが多いのかもしれません。
研究者たちは、エンパワーメント・リーダーシップが離脱行動に直接的に働きかけるのではなく、情緒的コミットメントという心理的な変化を通じて間接的に効果を発揮することを実証しました。単に厳しい管理やルールの強化では根本的な解決にならず、従業員の心の中に会社への愛着を育むことこそが大切であることを物語っています。
この発見の背景には、社会的交換理論という考え方があります。人は他者から恩恵を受けると、それに対して何らかの形で返報しようとする心理を持っています。上司から権限や成長機会を与えられた従業員は、それに対する感謝の気持ちから、組織に対してより献身的になろうとするのです。
部下への信頼が高く責任が軽いと、上司は積極的に権限委譲する
これまでエンパワーメント・リーダーシップの効果について見てきましたが、そもそも上司はどのような時に部下に権限を委譲しようと考えるのでしょうか。この疑問に答えるため、オランダで実施された研究プロジェクトが一つの洞察を提供しています。
この研究プロジェクトは、4つの実験研究と2つの現場調査から構成される大規模なものでした[2]。研究の核心にあったのは、「リーダーが部下をエンパワーするかどうかは、まず部下への信頼に依存する」という仮説でした。
最初の実験では、120名の学生をリーダー役として、架空の部下に関するシナリオを読ませました。シナリオでは、部下の能力や信頼性に関する情報を意図的に操作し、リーダーが信頼を感じる度合いを変化させました。結果、部下を信頼できると感じたリーダーは、そうでないリーダーと比べて、権限委譲や情報共有といったエンパワーメント行動を多く示すことが確認されました。
しかし、信頼だけがすべてを決めるわけではありません。続く実験では、リーダーが感じる責任の重さが権限委譲の意思決定に関わることが明らかになりました。150名を対象とした実験では、説明責任の高さを操作しました。一部のリーダーには「あなたの決定について後で詳しく説明を求められます」と伝え、もう一部には特別な説明は不要だと伝えました。
結果的に、説明責任が高い状況では、たとえ部下を信頼していても、リーダーは権限委譲に慎重になる傾向が見られました。責任が重いと感じると、安全策として指示型のリーダーシップに戻ってしまうのです。管理職が直面する現実的なジレンマを浮き彫りにしています。
第3の実験では、業務負荷の影響を調べました。130名の参加者に、単純なタスクを与えるグループとマルチタスクを与えるグループに分けて実験を行いました。その結果、業務負荷が高い状況では、信頼に基づく権限委譲の効果が弱まることが分かりました。忙しくて余裕がない時は、部下を信頼していても、委譲よりも直接管理を選択してしまう傾向があるのです。
第4の実験では、リーダーの性別による違いに焦点を当てました。180名の男女を均等に含む実験では、女性リーダーが男性リーダーよりも信頼に対して敏感に反応し、信頼関係が築かれるとより強いエンパワーメント行動を示すことが判明しました。これは、女性が関係性を重視するコミュニケーションスタイルを持つことと関連している可能性があります。
さらに、現場での調査も実施されました。物流企業において101組の上司と部下のペアを対象とした調査では、実験で得られた知見が実際の職場でも再現されることが確認されました。信頼の高い上司と部下の関係では権限委譲が頻繁に行われ、一方で説明責任や業務負荷が高い環境では、その効果が減退することが観察されました。
この一連の研究から浮かび上がるのは、エンパワーメント・リーダーシップの発現が複雑な要因の相互作用によって決まるという事実です。単純に「信頼していれば権限を委譲する」というわけではなく、リーダー自身が置かれた状況や個人的特性が関わってきます。
上位と信頼厚い上司の権限付与は部下の皮肉感と時間流用を減らす
エンパワーメント・リーダーシップの効果は、その上司自身が組織内でどのような立場にあるかによっても左右されることが、アメリカの研究開発企業で実施された調査で明らかになりました。この研究は、組織再編という変化の真っ只中にある企業で行われ、リーダーシップが従業員の態度や行動に与える影響を浮き彫りにしています[3]。
調査対象となったのは、161名の従業員と37名の直属上司でした。興味深いのは、この研究が組織再編の開始直後から4か月にわたって追跡調査を行った点です。変化の時期こそ、エンパワーメント・リーダーシップの真価が問われるタイミングだからです。
研究者たちが注目したのは、従業員の「シニシズム」という心理状態でした。シニシズムとは、組織や経営陣に対する皮肉な見方や不信感を指します。「どうせ会社は口先だけで、本当に従業員のことを考えていない」といった冷めた態度がその典型例です。このような心理状態は、職場でのさまざまな問題行動につながることが知られています。
この研究で明らかになったのは、エンパワーメント・リーダーシップがシニシズムを直接的に低減する効果があるということでした。権限委譲、意思決定への参加、能力への信頼表明、官僚的障害の除去といったリーダーの行動は、部下の組織に対する冷淡な態度を和らげる働きを持っていました。
さらに、この効果は上司自身の組織内での立場によって変わります。研究では、直属上司がさらに上位の管理者とどのような関係を築いているかを「Leader-Leader Exchange(LLX)」という概念で測定しました。中間管理職が上層部からどの程度信頼され、支援を受けているかを表す指標です。
分析の結果、上位管理者との関係が良好な上司が行うエンパワーメント・リーダーシップは、部下の心理的エンパワーメントを高めることで、間接的にシニシズムを低減することが分かりました。一方で、上位との関係が良くない上司の場合、同じようにエンパワーメント行動を取っても、部下の心理的エンパワーメントは高まらず、シニシズムの改善にもつながりませんでした。
この現象の背景には、従業員の鋭い観察眼があります。部下たちは、自分の上司が組織内でどのような立場にあるかを敏感に察知しています。上層部から信頼されていない上司が権限を委譲しようとしても、「この人自体に権限がないのに、何を委譲できるというのか」と感じてしまうのです。逆に、上層部とのパイプが太い上司からの権限委譲は、「本当に意味のある裁量を与えてもらえている」という実感を生み出します。
研究では、シニシズムが高い従業員ほど「時間の私的流用」を行う傾向があることも確認されました。これは、勤務時間中に私的なメールを読んだり、仕事とは関係のないウェブサイトを閲覧したりする行動を指します。
組織に対して冷めた気持ちを持つ従業員は、会社の時間を有効活用しようという意欲を失い、生産性の低下を招くのです。これは、目に見えにくい形での組織への損失と言えるでしょう。
この研究が示す洞察は、エンパワーメント・リーダーシップが孤立した個人の行動ではなく、組織全体の関係性の中で機能するということです。中間管理職がいくら部下との関係を良好に保とうとしても、その管理職自身が上層部から支援を受けていなければ、部下に対するエンパワーメント効果は限定的になってしまいます。
社会的交換理論の観点から見ると、これは恩恵の連鎖として理解できます。上位管理者から支援を受けた中間管理職は、その恩恵を部下に還元しようとします。そして部下は、意味のある権限委譲を受けることで、組織に対してより建設的な態度を示すようになるのです。
上司部下の裁量期待一致で意欲増、ずれで役割混乱
エンパワーメント・リーダーシップの効果を最大化するためには、権限を与える側と受ける側の認識が一致していることが重要であることが、ノルウェーの製造企業で実施された研究で明らかになりました[4]。この研究は、リーダーと部下の間の「期待のずれ」がいかに職場の問題を引き起こすかを分析しています。
調査は、組織改革の直後でエンパワーメント施策を導入したばかりの企業で行われました。168名の部下と33名の直属上司がペアとなって参加し、それぞれが相手に対してどの程度の権限委譲を期待しているかを回答しました。研究者たちは、この期待の一致度が部下の役割の曖昧感と内発的動機づけにどのような影響を与えるかを調べました。
期待の一致について分析した結果、上司と部下の認識が合致している場合、部下が感じる役割の曖昧感は低減することが分かりました。役割の曖昧感とは、「自分が何をすべきかよく分からない」「どこまでが自分の責任範囲なのか不明確」といった混乱状態を指します。エンパワーメントは本来、部下の自主性を高めることを目的としていますが、期待が一致していない場合、逆に混乱を生み出してしまうのです。
特に問題が生じるのは、上司が部下の期待を過大評価している場合でした。部下は「もう少し指示がほしい」と思っているのに、上司は「この人はもっと裁量を望んでいるはず」と勘違いしてしまうケースです。このような状況では、部下は与えられた裁量の範囲に戸惑い、どのように行動すればよいか分からなくなってしまいます。
一方で、上司が部下の期待を過小評価している場合、すなわち、部下がより多くの裁量を望んでいるのに上司がそれに気づかない場合では、役割の曖昧感はそれほど増大しませんでした。これは、過度な指示があっても、少なくとも何をすべきかは明確になるためと考えられます。
内発的動機づけについても、期待の一致度が要因となることが判明しました。内発的動機づけとは、外部からの報酬や処罰ではなく、仕事そのものに対する興味や達成感によって生まれる意欲のことです。この研究では、上司と部下の両方が高い水準でエンパワーメントを期待し、その認識が一致している場合に、部下の内発的動機づけが高くなることが確認されました。
逆に、期待のずれが大きいほど、内発的動機づけは低下しました。期待と現実のギャップが部下にとってストレスとなり、仕事への熱意を削いでしまうからです。この関係は逆U字型の曲線を描いており、ある程度までのずれは許容されるものの、一定の閾値を超えると急激に動機づけが低下することが分かりました。
詳細な分析では、期待の一致が低い水準で起こる場合と高い水準で起こる場合とでは、結果が異なることも明らかになりました。両者ともに「それほど多くの裁量は必要ない」と考えている場合、役割の曖昧感は低く抑えられるものの、内発的動機づけも低いレベルに留まります。これは、安定しているが成長の余地が限られた状態と言えるでしょう。
この研究が提示する重要な洞察は、エンパワーメントの効果が「どれだけ権限を与えるか」という量的な問題ではなく、「適切な水準での相互理解があるか」という質的な問題であるということです。同じ量の権限委譲でも、それが双方の期待と合致していれば効果的に機能し、ずれがあれば混乱や意欲低下を招いてしまいます。
期待のずれが生じる背景には、コミュニケーションの不足があります。多くの職場では、上司と部下が権限委譲について明示的に話し合う機会が限られています。上司は「部下のためを思って」権限を与えるつもりでも、部下がそれを望んでいるとは限りません。また、部下も自分の本当の気持ちを上司に伝えることを遠慮してしまうことがあります。
脚注
[1] Kim, M., and Beehr, T. A. (2020). Empowering leadership: Leading people to be present through affective organizational commitment? The International Journal of Human Resource Management, 31(16), 2017-2044.
[2] Hakimi, N. (2010). Leader empowering behaviour: The leader’s perspective – Understanding the motivation behind leader empowering behaviour [Doctoral dissertation, Erasmus University Rotterdam]. Erasmus University Rotterdam Repository.
[3] Lorinkova, N. M., and Perry, S. J. (2017). When is empowerment effective? The role of leader-leader exchange in empowering leadership, cynicism, and time theft. Journal of Management, 43(5), 1631-1654.
[4] Wong Humborstad, S. I., and Kuvaas, B. (2013). Mutuality in leader-subordinate empowerment expectation: Its impact on role ambiguity and intrinsic motivation. The Leadership Quarterly, 24(2), 363-377.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『組織内の“見えない問題”を言語化する 人事・HRフレームワーク大全』、『イノベーションを生み出すチームの作り方 成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(ともにすばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

