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コラム

「効く」から「なぜ効くのか」へ:コーチング研究の現状と課題

コラム

企業において、コーチングは人材育成の手法として受け入れられるようになっています。上司と部下の11の面談から、外部専門家による経営層の能力開発まで、その形態は多様化し、導入規模も拡大を続けています。多くの組織がコーチングに対して期待を寄せ、相当の投資を行っているのは、それが人々の成長と組織の発展に寄与すると信じられているからです。

しかし、この人気とは対照的に、コーチングの効果に関する学術的な探求はまだ途上にあります。実際のコーチング現場では数多くの成功事例が報告される一方で、それらがなぜ成功したのか、どのような条件がそろえば成果が上がるのか、といった問いに対する答えは完全に明確ではありません。

コーチング研究の現状を俯瞰すると、三つの課題が浮かび上がってきます。第一に、コーチングの効果を裏付ける証拠は数多く存在するものの、それらの研究手法の厳密さには疑問符が付くことです。第二に、コーチングの成果だけでなく、その過程そのものを評価する視点が不足していることです。第三に、コーチングが「効くかどうか」を問うレベルから、「なぜ、どのように効くのか」を解明する段階へと研究の質を向上させる必要があることです。

これらの課題を解決することは、コーチングを流行や経験則の集積から脱却させ、科学的根拠に基づいた確かな人材開発手法として確立するために必要でしょう。本コラムでは、コーチング研究が直面している現実と、その先に見える可能性について考察していきます。

コーチングの効果を示す証拠は多いが、その質はまだ弱い

コーチングの効果について、これまでに多くの研究が実施されてきました。ある包括的な研究では、111本の学術論文を選別し、ビジネスコーチングの実証研究を体系的に分析しています[1]。この研究は、コーチングが実際に機能するのかという疑問に答えるため、過去の研究を透明性の高い手法で評価したものです。

対象となった研究では、コーチングが多岐にわたる成果をもたらすことが一貫して報告されていました。例えば、仕事と私生活のバランス改善、自分自身への理解の深化、職業上の技能向上、ストレス対処能力の強化などです。これらの成果は、コーチングを受けた人々が日常業務においてより高いパフォーマンスを発揮し、同時に個人的な充実感も得られることを意味します。

コーチングは単独で用いられるよりも、他の研修や教育プログラムと組み合わせることで、学んだ内容を実際の職場で活用する力を高めることも分かってきました。コーチングは独立した解決策というよりも、学習効果を最大化する触媒のような働きをする可能性があります。

この研究では、コーチングの成功に寄与する要因についても分析が行われました。その結果、4つの主要なテーマが浮かび上がりました。

第一に、コーチ自身の資質と行動が決定的な要素であることが明らかになりました。効果的なコーチに共通する特徴として、誠実性と信頼性が挙げられます。守秘義務を厳格に守り、相手に対して偏見を持たずに接する姿勢、そして卓越したコミュニケーション能力が不可欠です。コーチングを受ける人は、自分の弱点や悩みを率直に話すため、コーチに対する信頼が揺らげば、関係性が破綻してしまいます。

第二に、コーチングを受ける側の特性も成果に関わることが分かりました。コーチングに対する積極性、変化を受け入れる柔軟性、そして自分自身の能力に対する自信が、良好な結果と関連していました。これは、コーチングが一方向的な指導ではなく、受け手の主体的な参加を前提とした協働作業であることを物語っています。

第三の要因は、コーチと受け手の相性でした。多くの研究で、両者の良好な組み合わせの必要性が強調されていました。どれほど優秀なコーチであっても、特定のクライアントとの間で化学反応のような相互理解が生まれなければ、期待された成果は得られません。

第四に、組織環境の重要性が指摘されました。コーチングの目標と成果に対する組織全体の理解と協力、経営層からの継続的な支援、個人の成長目標と組織目標の整合性、そして学んだことを実践できる職場風土が、コーチングの効果を左右することが明らかになりました。

しかし、この包括的な研究は同時に、コーチング研究の弱点も浮き彫りにしました。ほとんどの研究が、コーチングを受けた本人による主観的な評価に依存していたのです。「コーチングは役に立ったか」「スキルが向上したと感じるか」といった質問に対する回答が、効果の証拠として用いられていました。

客観的な指標、例えば実際の業績数値、第三者による行動観察、長期間にわたる追跡調査などを用いた研究は少数でした。このことは、コーチングの効果が実際にあるのか、それとも受けた人の思い込みに過ぎないのかという疑問を生じさせます。

また、コーチングを他の人材開発手法と直接比較した研究はほとんど見つかりませんでした。コーチングが従来の研修や教育よりも優れているという証拠は希少で、投資に見合う価値があるかどうかを判断する材料が不足しています。

研究手法の面でも課題があります。厳密な実験計画に基づく研究、つまり無作為に選ばれた対象者を、コーチングを受けるグループと受けないグループに分けて比較する研究は稀でした。多くの研究では、コーチング前後の変化を測定するにとどまり、その変化がコーチング以外の要因(例:時間の経過、職場環境の変化、他の学習機会)によるものではないことを確認できていませんでした。

コーチングの評価は、改善のための過程も見るべき

コーチングの評価について考える際、多くの人は「結果はどうだったか」という最終的な成果に目を向けがちです。しかし、コーチングという営みの特殊性を考慮すると、結果だけでなく過程そのものを評価することが大切であることが、ある研究によって明らかにされています。

この研究では、リーダーシップ・コーチングの評価方法に焦点を当て、49の関連研究を分析しました[2]。その結果、従来の研修評価の手法をコーチングにそのまま適用することの限界が明確になりました。

コーチングが従来のリーダーシップ開発と異なる点として、4つの特徴が挙げられています。第一に、個人のニーズと組織のニーズの両方に同時に対応するという複雑性があります。第二に、コーチには分析力、対人関係構築力、フィードバック提供力など、多様な専門性が求められます。第三に、11の信頼関係がコーチングの成否を決定づけるという関係の重要性があります。第四に、決まったカリキュラムが存在せず、クライアントの状況に応じて内容が変化するという柔軟性があります。

これらの特徴を踏まえ、コーチングの評価には二つの相補的なアプローチが必要だという枠組みが提案されました。

一つ目は総括的評価と呼ばれる、成果重視のアプローチです。これは「コーチングは効果があったか」という問いに答えるもので、四段階で成果を捉えます。

  • 最初の段階は反応の評価です。コーチングを受けた人がその経験をどのように感じたか、コーチに対する満足度はどうだったかを測定します。これは基本的な評価ですが、単純な満足度調査に終わらせず、コーチングの価値や有用性に対する認識も含めて包括的に捉える必要があります。
  • 二番目の段階は学習の評価です。コーチングを通じて何が変わったかを測定します。ここには自己理解の深化、認知的な柔軟性の向上、自己効力感の強化、仕事に対する態度の変化など、内面的な変化が含まれます。これらは外から見えにくい変化ですが、その後の行動変容の基盤となります。
  • 三番目の段階は行動の評価です。実際のリーダーシップ行動がどのように変わったかを測定します。ここでは、本人の自己評価だけでなく、部下、同僚、上司からの多角的な評価(360度評価)を活用することが推奨されています。
  • 四番目の段階は結果の評価です。組織レベルでの成果、例えば部下の定着率向上、顧客満足度の改善、業績の向上などを測定します。ただし、個人のコーチングから組織全体の成果までには多くの要因が介在するため、直接的な関係を立証することは困難だと認識されています。

二つ目は形成的評価と呼ばれる、過程重視のアプローチです。これは「コーチングをどうすればもっと良くできるか」という問いに答えるもので、コーチングの動的な性質を捉える上で有効です。

形成的評価では、4つの要素を継続的に評価します。まず、クライアント自身の準備状況です。コーチングを受ける準備ができているか、何を期待しているか、組織からの支援は十分かといった点を確認します。

次に、コーチの資質と能力です。必要な専門性を持っているか、クライアントのニーズに適した経験やスキルを有しているかを評価します。コーチの選定は、コーチング成功の要因であるため、慎重な検討が必要です。

三つ目は、クライアントとコーチの関係性です。相互の信頼関係は築かれているか、親密さは適切なレベルにあるか、お互いのコミットメントは十分かといった点を定期的にチェックします。関係性に問題が生じた場合は、早期に修正を図る必要があります。

最後に、コーチング・プロセス自体の適切性です。現状把握、課題設定、支援提供のバランスは適切か、使用している手法は効果的か、進捗は予定通りかといった点を評価します。

過去の49の研究を検討した結果、現実のコーチング評価には偏りがあることが判明しました。頻繁に測定されていたのは行動の変化で、全体の86%の研究で扱われていました。しかし、その大部分がクライアント本人の自己申告によるものでした。

反応レベルの評価は約半数の研究で実施されていましたが、学習レベルの評価は限定的で、自己認識と自己効力感以外の学習成果はあまり測定されていませんでした。最も問題だったのは、組織レベルでの結果を測定した研究がわずかしかなかったことです。

さらに、形成的評価はほとんど行われていませんでした。コーチングの過程を体系的に評価し、改善に活用している証拠はほとんど見つかりませんでした。これは、コーチングの質を向上させる機会を逸失していることを意味します。

コーチング研究は「なぜ効くか」を問う段階へ進むべき

コーチング研究の発展を考える上で、研究の質的な転換点を示した論文があります。この論文は、エグゼクティブ・コーチングという分野が理論的混乱から抜け出し、科学的な研究分野として確立されるための道筋を示したものです[3]

2000年代初頭の状況を振り返ると、企業の幹部育成においてエグゼクティブ・コーチングの導入が拡大していました。しかし、その実践は主に個々のコーチの経験と直感に依存しており、「なぜコーチングが機能するのか」「どのような条件下で最も効果的なのか」といった問いに対する科学的な回答は少なかったと言えます。

この研究では、エグゼクティブ・コーチングという概念を定義することから始められました。それは「幹部の職務上の有効性を高めることを目的とした、幹部とコンサルタント(コーチ)との間の短中期間の関係性」とされています。この定義により、類似した概念との区別が明確になりました。

アドバイジングとの違いは、コーチが特定分野の専門家として助言を与えるのではなく、クライアント自身が答えを見出すことを支援する点にあります。キャリア・カウンセリングとの違いは、外部労働市場での新しい職探しではなく、現在の組織内でのパフォーマンス向上に焦点を当てる点です。

メンタリングとの違いは、関係性の性質と期間にあります。メンタリングが同じ組織内の先輩による長期間の非公式支援であるのに対し、コーチングは外部専門家との公式契約による短期間の集中的支援です。セラピーとの違いは、対象者と目的の違いです。セラピーが精神的問題を抱える個人の原因探求であるのに対し、コーチングは健康な個人の行動変容による目標達成の支援です。

コーチングの成果について、この研究では四つのレベルで整理されています。反応レベルでは、コーチング経験に対するクライアントの感情的反応を測定します。学習レベルでは、自己認識の向上、新たなスキル習得、新しい視点の獲得などを評価します。行動レベルでは、職場における行動変容を観察します。結果レベルでは、組織全体への効果を測定しますが、コーチングから組織業績までの関係は複雑で、直接的な測定は困難です。

コーチングのプロセスについては、一般的に四つのフェーズで進行することが示されています。最初のデータ収集段階では、クライアントの現状、課題、目標を把握します。次のフィードバック段階では、収集した情報をもとにクライアントに気づきを提供します。その後の定期的なコーチングセッション段階では、継続的な対話を通じて成長を支援します。最後の評価段階では、成果を確認し、今後の方向性を決定します。

コーチングのアプローチについては、学術的背景により五つの主要な流派があることが紹介されています。精神力動的アプローチでは、無意識の思考や防衛機制を探ります。行動主義的アプローチでは、観察可能な行動とその前後関係に焦点を当てます。人間性中心アプローチでは、共感的な関係性の中でクライアントの自己発見を促進します。認知療法的アプローチでは、非生産的な思考パターンを特定し修正します。システム論的アプローチでは、クライアントの行動をチームや組織との関係性の中で理解します。

脚注

[1] Blackman, A., Moscardo, G., and Gray, D. E. (2016). Challenges for the theory and practice of business coaching: A systematic review of empirical evidence. Human Resource Development Review, 15(4), 459-486.

[2] Ely, K., Boyce, L. A., Nelson, J. K., Zaccaro, S. J., Hernez-Broome, G., and Whyman, W. (2010). Evaluating leadership coaching: A review and integrated framework. The Leadership Quarterly, 21(4), 585-599.

[3] Feldman, D. C., and Lankau, M. J. (2005). Executive coaching: A review and agenda for future research. Journal of Management, 31(6), 829-848.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『組織内の“見えない問題”を言語化する 人事・HRフレームワーク大全』、『イノベーションを生み出すチームの作り方 成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(ともにすばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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