2025年10月30日
部下の力を引き出すリーダー:エンパワーメントが業績向上に至る経路
階層がフラット化し、現場での迅速な意思決定が求められる組織も出てきています。このような環境において、リーダーが部下に権限を委譲し、自律的な判断を促す「エンパワーメント・リーダーシップ」が注目を集めています。
エンパワーメント・リーダーシップとは、仕事を任せるだけではありません。部下の能力を信頼し、情報を共有し、意思決定への参加を促し、コーチングを通じて成長を支援する包括的なリーダーシップスタイルです。このようなリーダーシップは、部下の心理的な充実感を高め、職場での知識共有を活発にして、創造性を引き出すとされています。
しかし、エンパワーメント・リーダーシップがどのような条件で生まれ、どのようなメカニズムで成果を生み出すのかについては、まだ十分に理解されていない部分があります。時には期待とは異なる結果をもたらすこともあり、その境界条件や負の側面についても検討が必要です。
本コラムでは、エンパワーメント・リーダーシップがいかに職場の知識共有と創造性に作用するかを探っていきます。リーダーシップの発生要因から、チーム業績への経路、異なる行動への効果、そして創造性向上のメカニズムまで、多角的な視点から理解を深めていただければと思います。
エンパワーメント・リーダーシップの発生要因と功罪
エンパワーメント・リーダーシップの研究は過去20年以上にわたって蓄積されてきましたが、ここでひとつの疑問が浮かび上がります。なぜある管理者はエンパワーメント・リーダーシップを実践し、別の管理者は実践しないのでしょうか。
この疑問に答えるため、包括的な研究レビューが行われました。この研究では、50本を超える実証研究を整理し、エンパワーメント・リーダーシップの発生要因と、その功罪の両面を体系的に検討しました[1]。研究者たちは、権限委譲、自律的意思決定の支援、コーチング、情報共有といった行動から構成されるエンパワーメント・リーダーシップを、純粋な行動スタイルではなく、権力を共有するプロセスとして捉えました。
初めに、エンパワーメント・リーダーシップと類似する概念との違いを整理する必要があります。権限委譲は意思決定権の移譲のみを指しますが、エンパワーメント・リーダーシップはより広範囲の支援行動を含みます。参加型リーダーシップは意思決定への関与を促しますが、最終決定は上司が行います。変革型リーダーシップは部下の動機づけに焦点を当てますが、権限移譲を必須とはしません。このように、エンパワーメント・リーダーシップは独自の特徴を持つリーダーシップスタイルと言えます。
エンパワーメント・リーダーシップが生まれる要因としては、リーダーの個人特性と状況要因が相互に作用することが明らかになっています。個人特性では、権力との距離を縮めたいと考える志向、不確実性への耐性、集団を優先する価値観、控えめな自己愛などがエンパワーメント・リーダーシップを促進します。状況要因では、上位管理者や同僚がエンパワーメント・リーダーシップを実践している職場では、モデリング効果によってその行動が波及していきます。
興味深いのは、職務上のストレスとエンパワーメント・リーダーシップの関係です。過度な負荷がかかっている状況では、リーダーは部下への権限委譲を控える場合もあれば、逆に負担を分散させるために積極的に権限を委譲する場合もあります。この二方向の可能性は、エンパワーメント・リーダーシップの複雑さを物語っています。
部下側の要因も見逃せません。リーダーとの関係性が良好で信頼関係が築かれている場合、リーダーはより安心して権限を委譲できます。部下が積極的に行動を起こす性格を持っている場合も、リーダーの権限委譲行動を引き出すきっかけとなります。
しかし、エンパワーメント・リーダーシップは必ずしも良い結果をもたらすとは限りません。研究では、その負の側面や境界条件についても分析されました。部下が既に高いストレスや私的な負担を抱えている場合、エンパワーメント・リーダーシップと成果の関係が弱くなることがあります。
「良いことも度を越せば害になる」という現象も観察されています。エンパワーメント・リーダーシップを無制限に強化すると、部下の仕事満足度が逆U字型の曲線を描いて低下したり、ストレスがU字型の曲線で増加したりする可能性があります。チーム内でエンパワーメント・リーダーシップの知覚に格差がある場合、メンバー間の関係やチーム全体の成績に悪影響が生じることもあります。
長期的な観点では、過度なエンパワーメントが部下の過度な自信や自己愛を助長する危険性も指摘されています。権限を委譲されることで、部下が現実以上に自分の能力を過大評価してしまう可能性があるのです。
権限付与がチーム業績を知識共有と効力感経由で向上
組織がフラット化する中で、現場の管理チームがいかに効果的に機能するかは組織全体の業績を左右します。ここで取り上げる研究は、アメリカの中規模ホテルチェーンを対象に、マネジメントチームにおけるエンパワーメント・リーダーシップの効果を調べたものです[2]。
この研究では、389名の部門長が参加し、各ホテルの総支配人を通じて調査が実施されました。研究者たちは、エンパワーメント・リーダーシップがチーム業績に向上をもたらすメカニズムとして、知識共有とチーム効力感という二つの経路に着目しました。
業績の測定方法が本研究の独特な点です。調査実施後4週間にわたって、各ホテルの客室単価を競合2施設と比較した相対的な指標を用いました。これにより、市場環境の違いを調整した客観的な業績評価が可能になりました。
結果、エンパワーメント・リーダーシップが知識共有とチーム効力感の両方を高めることが確認されました。さらに、知識共有とチーム効力感は、それぞれチーム業績を向上させることも実証されました。注目すべきは、エンパワーメント・リーダーシップが業績に直接作用する効果は統計的に有意ではなく、その効果は完全に知識共有とチーム効力感を通じて間接的に発現していたことです。
この結果が示すメカニズムを見てみましょう。エンパワーメント・リーダーシップを実践するリーダーは、部下に権限を委譲し、情報を共有し、意思決定への参加を促します。このような環境では、チームメンバーが持つ専門知識や経験を積極的に共有する文化が育まれます。ホテル業界では、フロント、レストラン、客室清掃など異なる部門の知識を統合することが顧客満足度の向上につながるため、知識共有の重要性は特に高いでしょう。
同時に、エンパワーメント・リーダーシップは、チーム全体としての能力に対する集団的な自信を高めます。リーダーが信頼を置いて権限を委譲することで、チームメンバーは「自分たちならできる」という確信を強めていきます。この集団的な自信は、困難な課題に直面した際の粘り強さや、より高い目標に挑戦する意欲につながります。
研究では、物件規模、チームの平均在職期間、教育的多様性などの統制変数も考慮されましたが、エンパワーメント・リーダーシップの効果はこれらの要因を超えて確認されました。これは、リーダーシップスタイルそのものが持つ固有の価値を示しています。
権限付与は協調行動へ直結、挑戦行動は自律感経由で強化
エンパワーメント・リーダーシップの効果は、どのような行動を促そうとするかによって異なります。この点を検討した研究では、中東・アジア11か国16ホテルのフロント従業員541名とその直属上司を対象とした調査が実施されました[3]。
この研究は、従業員の行動を三つのカテゴリーに分類し、それぞれに対するエンパワーメント・リーダーシップの効果を自己決定理論の枠組みで検討しました。三つのカテゴリーとは、職務記述書に明記された「役割内行動」、同僚を支援する「協調的役割外行動」、そして組織の現状を変革する「挑戦的役割外行動」です。
研究者たちは、これらの行動が異なる動機メカニズムによって駆動されると考えました。役割内行動と協調的役割外行動は、外的な動機づけや内在化された動機によって比較的容易に引き出すことができます。しかし、組織変革を伴う挑戦的役割外行動は、従業員の自律的な動機が不可欠であり、その源泉が心理的エンパワーメントであると仮定されました。
心理的エンパワーメントは四つの要素から構成されます。仕事の意味感は、自分の仕事が価値あるものだと感じることです。能力感は、職務を効果的に遂行できるという自信です。自己決定感は、仕事の進め方について自分で決められるという感覚です。そして影響感は、職場における成果に対して自分が関与できるという認識です。
この研究では個人のパワー価値観の調整効果にも着目しました。パワー価値観とは、他者に対する統制や支配を重要視する価値観です。研究者たちは、パワー価値観が高い従業員は、権力獲得への内的動機により自発的に挑戦行動を取るため、心理的エンパワーメントの追加効果が限定的になると予測しました。
分析結果は研究者たちの予測を裏付けるものでした。エンパワーメント・リーダーシップは、役割内行動と協調的役割外行動に対して直接的な正の効果を持つことが確認されました。心理的エンパワーメントを統計モデルに加えても、これらの直接効果が維持されました。
一方、サービス改善などの挑戦的役割外行動については、異なるパターンが観察されました。エンパワーメント・リーダーシップの直接効果は統計的に有意ではなく、その効果は心理的エンパワーメントを通じて完全に媒介されていました。要するに、挑戦的役割外行動を促すためには、リーダーシップが従業員の心理的エンパワーメントを高める必要があるのです。
パワー価値観の調整効果も予測通りの結果でした。心理的エンパワーメントと挑戦的役割外行動の関係は、パワー価値観が低い従業員で強く、高い従業員では弱くなりました。高いパワー価値観を持つ従業員が既に内的な動機を持っているため、エンパワーメントの追加効果が制限されることを意味しています。
顧客志向の役割外行動は、協調的要素と挑戦的要素の中間に位置し、エンパワーメント・リーダーシップの直接効果と心理的エンパワーメント経由の効果が共存していました。
権限付与が自律感・動機を高め創造過程を活性化し創造性を伸ばす
現代の激しい競争環境において、従業員の創造性は組織の革新と存続にとって重要です。創造性は単なる才能ではなく、適切な環境と動機づけによって醸成できるものです。この観点から、エンパワーメント・リーダーシップが従業員の創造性をどのように高めるかを検証した研究を紹介します。
この研究は、中国の大手IT企業に勤務する専門職従業員670名とその直属上司219名を対象として実施されました[4]。最終的に367組のペアデータが分析に用いられました。
研究者たちは、エンパワーメント・リーダーシップが創造性に至る道筋を三つの媒介変数を通じて説明しました。第一は心理的エンパワーメント、第二は内発的動機づけ、第三はクリエイティブ・プロセスへの関与です。これら三つの要素が連携して働くことで、創造性が発現するという包括的なモデルが構築されました。
エンパワーメント・リーダーシップは、四つの次元から測定されました。意味の強調は、部下の仕事がいかに価値あるものかを明確にすることです。参加の促進は、重要な意思決定に部下を関与させることです。能力への信頼は、部下の専門性と判断力を信頼することです。自律性の付与は、部下が自分なりの方法で仕事を進めることを許可することです。
心理的エンパワーメントについては、先ほどの研究と同様に四つの要素が測定されました。内発的動機づけは、仕事そのものから得られる満足感や楽しさを指します。新たに開発されたクリエイティブ・プロセスへの関与という概念は、問題の認識、情報の探索、アイデアの生成という三つの段階から構成されています。
この研究では二つの調整変数も検討されました。エンパワメント・ロール・アイデンティティは、従業員が「権限を委譲されたい」という役割認識をどの程度強く持っているかを測定します。リーダーの創造性奨励は、上司が創造的な成果をどの程度強調し、奨励しているかを測定します。
主要な仮説の検証結果は、理論的予測を支持するものでした。エンパワーメント・リーダーシップは心理的エンパワーメントを有意に高めました。心理的エンパワーメントは、内発的動機づけとクリエイティブ・プロセスへの関与の両方を促進しました。そして、内発的動機づけとクリエイティブ・プロセスへの関与は、それぞれ独立して創造性を向上させました。
調整効果の分析でも興味深い結果が得られました。エンパワメント・ロール・アイデンティティが低い従業員では、エンパワーメント・リーダーシップから心理的エンパワーメントへの効果が弱くなりました。権限委譲を望まない従業員に対しては、エンパワーメント・リーダーシップの効果が限定的であることを意味しています。
一方、リーダーの創造性奨励が強い場合、心理的エンパワーメントからクリエイティブ・プロセスへの関与への効果が強化されました。リーダーが創造性の大事さを伝えることで、従業員の創造的な活動への参加意欲が高まることを示しています。
媒介効果の分析により、エンパワーメント・リーダーシップが創造性に与える効果は、心理的エンパワーメント、内発的動機づけ、クリエイティブ・プロセスへの関与という一連の心理・行動プロセスを通じて間接的に伝達されることが明らかになりました。直接的な効果は統計的に有意ではなく、これらの媒介変数が不可欠であることが確認されました。
この結果から導かれる創造性向上のメカニズムは次のように理解できます。エンパワーメント・リーダーシップを実践するリーダーは、まず従業員の心理的エンパワーメントを高めます。仕事の意味を明確にし、能力を信頼し、自律性を付与し、意思決定への参加を促すことで、従業員は自分の仕事に対する統制感と有能感を高めます。
高まった心理的エンパワーメントは、二つの経路を通じて創造性を促進します。一つは内発的動機づけの向上です。仕事への統制感と有能感が高まると、従業員は仕事そのものから得られる満足感や楽しさを感じるようになります。この内発的な動機は、創造的な活動への持続的な取り組みを支えます。
もう一つの経路は、クリエイティブ・プロセスへの積極的な関与です。心理的エンパワーメントが高い従業員は、問題を敏感に察知し、幅広い情報を収集し、多様なアイデアを生成することに取り組みます。これらの創造的プロセスへの関与が、最終的な創造的成果につながります。
脚注
[1] Sharma, P. N., and Kirkman, B. L. (2015). Leveraging leaders: A literature review and future lines of inquiry for empowering leadership research. Group & Organization Management, 40(2), 193-237.
[2] Srivastava, A., Bartol, K. M., and Locke, E. A. (2006). Empowering leadership in management teams: Effects on knowledge sharing, efficacy, and performance. Academy of Management Journal, 49(6), 1239-1251.
[3] Raub, S., and Robert, C. (2010). Differential effects of empowering leadership on in-role and extra-role employee behaviors: Exploring the role of psychological empowerment and power values. Human Relations, 63(11), 1743-1770.
[4] Zhang, X., and Bartol, K. M. (2010). Linking empowering leadership and employee creativity: The influence of psychological empowerment, intrinsic motivation, and creative process engagement. Academy of Management Journal, 53(1), 107-128.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

