2025年9月22日
支える力が組織を変える:サーバント・リーダーシップが育てる人と職場
管理職に求められる役割は、かつてのような「答えを持ち、部下を正しく導く存在」から、「部下を信じて支援をし、育てる存在」へとシフトしています。そうした役割を実現するための考え方として、近年注目されているのが「サーバント・リーダーシップ」です。
サーバントは奉仕者を意味します。上に立って指示を出す伝統的なリーダーとは異なり、サーバント・リーダーは、奉仕することを通じて人々を導きます。サーバント・リーダーシップは、リーダー自身の利益よりも、部下の利益を優先し、部下の成長や幸福を第一に考えるリーダーシップスタイルなのです。
このコラムでは、人が成長し、自律的に働く組織をつくるリーダーである、サーバント・リーダーシップについて説明します。サーバント・リーダーシップの特徴について解説し、サーバント・リーダーシップが部下個人と組織に与える影響、そしてリーダー自身に与える影響についても解説します。
サーバント・リーダーシップの特徴
メンバーを管理しようとするのではなく、成長を支援する対象としてメンバーを捉えるサーバント・リーダーシップの特徴はどのようなものでしょうか。研究者によって挙げられる詳細な特徴は異なりますが、大きく分けると以下の7つに整理できます[1][2]。
- エンパワーメントと人材育成:部下の自主性や意思決定能力、問題解決能力を高め、成長の機会を提供します。自己効力感や主体性を育てることや、責任の委譲などを行います。
- 謙虚さ:自分の限界を認識し、他者の貢献を積極的に受け入れます。結果や功績を部下と共有します。自分が前面に出るのではなくチームを大切にします。
- 誠実さと倫理的な振る舞い:内面と行動、言葉と行動の一致を大切にします。また公正な態度をとります。
- スキルを持つ:組織と目の前のタスクに関する知識を持ち、部下を効果的に支援するためのスキルを持っています。
- 方向性を示す:単に自由にさせるのではなく、部下がどのような行動を期待されているのか、どのようなゴールを目指すべきなのかを明確にします。
- 対人受容:他者の感情や視点を理解し、共感と思いやりをもって対応します。部下の過ちに対しても寛容です。また、部下の個人的・感情的な悩みや問題に対しても配慮を示します。
- スチュワードシップ:部下や組織、社会への奉仕を自分の役割と捉えます。部下への支援を惜しまないだけでなく、組織の外部にも目を向け、地域社会などのコミュニティにも価値を還元しようとする姿勢を示します。
こうして見てみると、人に寄り添う気持ちと誠実さをもち、育成と支援を惜しまない謙虚なリーダーであると言えます。管理ではなく、支援をするということがサーバント・リーダーシップの特徴です。
他のリーダーシップとの違い
リーダーシップ研究では、新しいリーダーシップの形が次々と提唱されています。サーバント・リーダーシップと、その他の新しいリーダーシップの相違点を見ていきます[3]。
変革型リーダーシップとの相違
変革型リーダーシップは、ビジョンを示しながらカリスマ性を発揮し、フォロワー一人ひとりの関心を把握してモチベーションを高めていくリーダーシップです。部下に配慮と支援を行い、成長を促す点ではよく似ているリーダーシップです。
しかし、変革型リーダーシップには、理想化された影響力というカリスマ的な側面があるところが、サーバント・リーダーシップとは異なります。また、部下の個人的な成長よりも、組織の目標の達成など、組織を重視するところも、サーバント・リーダーシップにはない変革型リーダーシップの特徴です。
オーセンティック・リーダーシップとの相違
オーセンティック・リーダーシップは、自分の長所や短所を知り、それに基づいて部下とオープンな関係を築き、公正な判断と道徳的な行動を行うリーダーシップです。オーセンティック・リーダーシップの中心的要素は、リーダーが「真の自分」を土台にしてリーダーシップを行うことにあります[4]。
公正さや道徳的な視点はサーバント・リーダーシップとオーセンティック・リーダーシップは似ています。しかし、自分が前面に出るのではなく、一歩下がって、部下を支援するというサーバント・リーダーシップの大きな特徴が、オーセンティック・リーダーシップでは重要視されていません。
倫理的リーダーシップとの相違
倫理的リーダーシップとは、リーダーが自身の行動や決断を通じて正直で公正な態度を示し、組織全体を高い倫理観を持って運営するリーダーシップです[5]。部下に関心を向け成長を支援することや、公正さ、誠実さ、倫理的である点についてはサーバント・リーダーシップと倫理的リーダーシップは似ていると言えます。しかし、他者を受容することや、方向性を示すという点については、倫理的リーダーシップではそれほど重視されていません。
また、倫理的リーダーシップでは、規範的行動が重視されるのに対し、サーバント・リーダーシップでは、部下の育成面が重視されるという違いもあります。サーバント・リーダーシップでは、「組織の規範に照らして物事がどのように行われるべきか」ということよりも、「部下がどのように行いたいのか」「そのためにはどのような支援が必要か」ということに焦点があてられます。
サーバント・リーダーシップの好影響のメカニズム
サーバント・リーダーシップでは、上司は部下のために動くことを厭いませんので、部下にとって仕事がしやすい状況になるといえます。このことが、部下の業績や創造性、離職率低下にポジティブにはたらきます。
しかしそれだけではなく、「組織市民行動」や顧客サービス行動といった、部下の他者のための行動にもポジティブな影響を与えます。組織市民行動とは、自分の職務として正式に求められているものではなく、組織の業務遂行を促進する自発的な行動のことです。サーバント・リーダーシップは個人のパフォーマンスに幅広いポジティブな影響をもたらすのです。
サーバント・リーダーシップが、業績や組織市民行動といった幅広いパフォーマンスに影響する理由として、「部下の要求が満たされること」と「職場の風土が変わること」が挙げられます。
欲求が満たされることによる影響
まず、サーバント・リーダーシップが、部下の満足感や大切にされているという感覚を通じて、部下個人のパフォーマンスにどのような影響を与えるのかを見ていきます。
北米のハイテク製品の設計・製造を行っている企業で、サーバント・リーダーシップと、個人の業績、組織市民行動の関係を検討した研究が行われています[6]。この研究では、サーバント・リーダーシップが個人の業績に与える影響は、部下の欲求の充足を経由していることが示されました。
自己決定理論によれば、私たちのやる気と成長には、自分で選んで行動する「自律性」、自分が効果的に振る舞えると感じる「有能性」、他者とのつながりを感じる「関係性」という3つの基本的な欲求を満たすことが重要だとされています。
調査の結果では、上司が示すサーバント・リーダーシップが、部下の3つの基本的な欲求にポジティブな影響を与えていることが明らかにされました。そして個人の業績に対して自律性と有能性の欲求の充足がポジティブな影響を与え、組織市民行動に対しては自律性と関係性の欲求の充足がポジティブな影響を与えることが示されました。
上司が部下の成長に注意を向け、奉仕することが、部下の誰しもが持っている欲求を満たします。そうやって欲求が満たされた状態が、部下の仕事を効果的に遂行するために必要な行動、他者や組織のためになる行動につながるのです。
企業間取引の営業担当者を対象とした調査では、サーバント・リーダーシップが、組織による支援に対する従業員の認識と個人の業績を通して、間接的に離職率に影響することを示しています[7]。
この研究では、部下個人の高い業績とつながる道筋として、2つのルートが確認されました。1つ目は、サーバント・リーダーシップが、部下個人の業績を直接高める道筋です。もう1つは、サーバント・リーダーシップが、部下が「自分は組織から大切にされている」と感じられることを経由して、部下個人の高い業績とつながる道筋です。
そして、サーバント・リーダーシップによって高められた、組織による支援に対する従業員の認識と個人の業績が、離職意図や1年後の離職率に影響を与えることが示されました。
上司は部下にとって、もっとも身近な組織の性質を表す存在です。上司のサーバント・リーダーシップから、上司の背後にある組織に対しても、組織は自分たちのことを気にかけてくれていると部下は認識します。その結果、業績の高さや、その組織で働き続けるという選択をして、組織に報いようとすると考えられます。
職場の風土を変化させることによる影響
次に、サーバント・リーダーシップが、組織の風土や文化を変えることを通して、チームのパフォーマンスと部下の個人的なパフォーマンスに与える影響を見てみます。
まずは、サーバント・リーダーシップと組織市民行動の関係をつなげる複数の要素の関係を検討した研究を紹介します[8]。
ケニアに進出している多国籍企業7社の従業員を対象とした調査の結果、サーバント・リーダーシップは、部下の上司へのコミットメントや自己効力感、そして、「手続き的公正の風土」、「サービスの風土」とつながることが示されました。手続き的公正の風土とは、組織の中で、意思決定や処遇が公正な手続きに基づいて行われていると従業員が感じられる状態のことです。またサービスの風土とは、組織の中で、顧客への高品質なサービス提供が大切にされていると従業員が感じられる状態のことです。これらの4つの要因が、組織市民行動に影響を与えることも示されました。
さらに、手続き的公正の風土とサービスの風土には、サーバント・リーダーシップと組織市民行動をつなぐ以外のメリットも確認されました。手続き的公正の風土とサービスの風土が強くなることで、上司へのコミットメントが組織市民行動へ与える影響も大きくなることが示されました。
部下の利益や成長を大切にする上司の行動は、部下の上司に対する感謝や信頼の気持ちを育て、上司へのコミットメントを高めます。そうなると部下は、自分に対する上司の好意を組織市民行動でお返ししようとすると考えられます。
また、部下は魅力的で信頼できる上司の行動や態度を観察し、それを自分の行動のモデルとして取り入れることがわかっています[9]。他者の成長を重視し、自分よりも部下の利益を優先させる上司の姿は、部下の目に魅力的にうつり、部下は上司を模倣するようになるのです。部下がサーバント・リーダーに影響されて、行動や態度を変化させることは、職場全体が公正さやサービスといった、サーバント・リーダーシップの性質をもつことにつながります。
公正さを感じられる職場では、従業員同士はお互いに良い関係を保ちやすくなるので、組織市民行動も促進されます。サービスに高い価値を置く職場では、組織内でのサービス行動である組織市民行動にも高い価値があると考えられ、組織市民行動が促進されると考えられます。このようにサーバント・リーダーシップによって育てられた組織の風土が組織市民行動に影響を与えるのです。
レストランチェーンの店舗で働く従業員を対象に調査を行った研究でも、上司(店長)のサーバント・リーダーシップが店舗と部下個人のパフォーマンスに影響を与えることが示されています[10]。
この研究では、部下からサーバント・リーダーシップがあると上司が評価されていることは、店舗の「奉仕文化」を通じて、店舗レベルでの業績と、部下の店舗への帰属意識に影響を与えることが明らかにされています。奉仕文化とは、チーム内のメンバーが互いに支援し合い、他者のニーズを自分のニーズよりも優先する行動規範や価値観を共有していることです。
上司のサーバント・リーダーシップによって、信頼や支援、思いやりといった肯定的な要素がチームのアイデンティティになると、そのチームへ属することはポジティブに認識されます。奉仕文化を創ることは、部下のチームとの一体化を促進するのです。
奉仕文化から影響を受ける部下の店舗への帰属意識は、部下個人のパフォーマンス(職務遂行能力、創造性、顧客へのサービス行動)とポジティブに関連し、部下の離職意図にはネガティブに関連していました。このように、上司のサーバント・リーダーシップは奉仕文化を創り出すことを通じて、職場と個人のパフォーマンス両方の向上につながると考えられるのです。
サーバント・リーダーシップが上司自身に与える影響
サーバント・リーダーシップは基本的に、部下と組織に良い効果をもたらすものとして捉えられています。次は、サーバント・リーダーシップを行う上司自身にはどのような影響があるのか見ていきます。
上司の負担が増える可能性
実は、サーバント・リーダーシップを行う上司への影響を対象とした研究はまだ少なく、これから発展が期待される領域であるといえます。そのような中で、サーバント・リーダーシップの課題として、上司の情緒的疲労が指摘されています[11]。
サーバント・リーダーシップでは、部下個人だけでなく、組織や顧客、地域社会、家庭など、複数の利害関係者のニーズのバランスをとることが上司に求められます。関連する全ての他者に仕えようとすると、上司に葛藤が生じる可能性があります。
ある部下のニーズを満たすと、他の部下にとって望まない結果になってしまうといった葛藤が仕事の中では起こると考えられます。しかし、葛藤は仕事の中だけにとどまりません。例えば、自分の家族のために時間を使う必要がある一方で、部下を支援する時間も求められるなど、仕事の枠を超えて生じる場合もあります。 関係する人すべてを満足させようとすることは、サーバント・リーダーに大きな負担がかかる可能性があるのです。
また「部下への配慮が、組織目標への関心やエネルギーを低下させる恐れがある」という考えを持つ人もいるかもしれません。組織やサーバント・リーダーの直属の上司がサーバント・リーダーシップに支持的でない場合には、サーバント・リーダーシップを行う障害となる可能性があります。障害を乗り越えてサーバント・リーダーであり続けることは、情緒的疲労を増大させ、サーバント・リーダーを消耗させることにつながってしまう恐れがあります。
上司にとっても有益である可能性
しかし、上司の負担になるのではなく、むしろ上司の負担を軽減する効果を、サーバント・リーダーシップに期待する見解もあります。サーバント・リーダーシップは部下や組織にポジティブな効果を与えるだけでなく、上司自身にもポジティブな効果をもたらす可能性を指摘している研究があります[12]。
中国の製造、教育、公的サービスの3業種から選定された、6つの組織に所属する上司と部下を調査したこの研究では、他者に奉仕することは、上司を消耗させる側面があったとしても、それを上回る利益を上司にもたらすために、情緒的疲労が低減される可能性が示唆されました。サーバント・リーダーシップと情緒的疲労の間の関係については、2つの説明が考えられます。
1つ目は、サーバント・リーダーは部下に奉仕する過程で、部下にもサーバント・リーダーの性質をもたせることができるため、部下も同僚や顧客に対して奉仕行動を示すようになることです。部下による奉仕行動は、上司の心理的疲労を軽減するのに役立つと考えられます。
2つ目は、サーバント・リーダーシップにおけるエンパワーメントは、部下に権限を与え、仕事を委譲することによって、部下のストレスを軽減します。部下のストレスを減らすことが上司の情緒的疲労の軽減につながると考えられるのです。
サーバント・リーダーシップへの関与は、心理的疲労の軽減以外にも、ポジティブな感情や、仕事の意義、タスク・パフォーマンスを高めるなど、上司自身にも複数の利益があることも示唆されています。
またこの研究では、サーバント・リーダーシップが上司自身に有益な効果をもたらすのは、上司が、組織的な支援が低レベルであると認識している場合に顕著であるという結果も示されました。組織的支援が不足しているとき、上司は孤立感を感じたり、仕事の意義を見失ってしまいやすくなります。
しかし、サーバント・リーダーシップによって、部下との質の高い関係が構築されると、上司は部下から支援や気遣いを受けることができます。上司がサーバント・リーダーシップを行うことは、組織的支援の不足によって引き起こされる、上司のネガティブな感情や仕事の意義の低下を補うことが示唆されたのです。
「自分よりも他者を優先し、他者に奉仕する」というサーバント・リーダーシップの特徴は、一見すると上司に大きな負担をかけ、現実的ではないと感じるかもしれません。しかし、サーバント・リーダーシップは、上司が直接働きかける個人にだけ影響を与えるものではありません。チーム全体に、支え合いや信頼の文化を育み、その結果、上司が奉仕する相手だけでなく、上司自身にもポジティブな効果をもたらす可能性のあるリーダーシップであると言えます。
脚注
[1] Van Dierendonck, D. (2011). Servant leadership: A review and synthesis. Journal of Management, 37, 1228–1261.
[2] Liden, R. C., Wayne, S. J., Zhao, H., & Henderson, D. (2008). Servant leadership: Development of a multidimensional measure and multi-level assessment. The leadership quarterly, 19(2), 161-177.
[3] 脚注1(Van Dierendonck, 2011)と同じ
[4] オーセンティック・リーダーシップについては、当社の別のコラムでまとめております。適宜参照ください;
本物のリーダーとは何か:オーセンティック・リーダーシップの可能性
[5] 倫理的リーダーシップについては、当社コラムでまとめております。適宜参照ください
[6] Chiniara, M., & Bentein, K. (2016). Linking servant leadership to individual performance: Differentiating the mediating role of autonomy, competence and relatedness need satisfaction. The leadership quarterly, 27(1), 124-141.
[7] DeConinck, J. B., Moss, H. K., & Deconinck, M. B. (2018). The relationship between servant leadership, perceived organizational support, performance, and turnover among business to business salespeople. Global Journal of Management and Marketing, 2(1), 38-52.
[8] Walumbwa, F. O., Hartnell, C. A., & Oke, A. (2010). Servant leadership, procedural justice climate, service climate, employee attitudes, and organizational citizenship behavior: a cross-level investigation. Journal of applied psychology, 95(3), 517.
[9] このことは『社会的学習理論』と呼ばれています。詳細は、次の資料が参考になります:Bandura, A., & Walters, R. H. (1977). Social learning theory (Vol. 1, pp. 141-154). Englewood Cliffs, NJ: Prentice hall.
[10] Liden, R. C., Wayne, S. J., Liao, C., & Meuser, J. D. (2014). Servant leadership and serving culture: Influence on individual and unit performance. Academy of management journal, 57(5), 1434-1452.
[11] Liden, R. C., Panaccio, A., Meuser, J. D., Hu, J., & Wayne, S. (2014). 17 Servant leadership: antecedents, processes, and outcomes. In The Oxford handbook of leadership and organizations (pp. 357-379). USA: Oxford University Press.
[12] Xu, H., & Wang, Z. (2018, July). Implications of servant leadership for leaders. In Academy of Management Proceedings (Vol. 2018, No. 1, p. 17337). Briarcliff Manor, NY 10510: Academy of Management.
執筆者
西本 和月 株式会社ビジネスリサーチラボ アソシエイトフェロー
早稲田大学第一文学部卒業、日本大学大学院文学研究科博士前期課程修了、日本大学大学院文学研究科博士後期課程修了。修士(心理学)、博士(心理学)。暗い場所や狭い空間などのネガティブに評価されがちな環境の価値を探ることに関心があり、環境の性質と、利用者が感じるプライバシーと環境刺激の調整のしやすさとの関係を検討している。環境評価における個人差の影響に関する研究も行っている。