2025年8月26日
経営の多様性がもたらす価値:ジェンダーバランスと企業業績の関係
企業における女性の活躍推進は、社会的公正の観点からだけでなく、経済的観点からも議論されるようになりました。経営層や取締役会に女性が増えることで、企業の業績や価値が実際に変化するのでしょうか。この問いに対して、世界各国で実証研究が行われています。アメリカ、デンマーク、スペインなど異なる国々の研究は、女性の参画と企業業績の関係について多角的な視点を提供しています。経営層における女性の存在が企業にもたらす変化についてデータに基づいた検証が求められています。
女性の経営参画と企業業績の関係は、時に相反する見解が存在します。女性の視点が加わることで市場理解が深まり、創造的な意思決定が可能になるという考え方がある一方で、多様な意見が意思決定を複雑にするという懸念もあります。どちらの見方が現実を反映しているのでしょうか。
本コラムでは、女性活躍と企業業績の関連性について、実証研究の結果を紹介します。取締役会や経営層における女性の存在が、企業価値、利益率、市場シェアなどの財務指標にどのように関わっているのかを解説します。女性活躍推進を考える際の一助となれば幸いです。
女性役員が多い企業ほど企業価値は高くなる
企業の取締役会における女性の存在と企業価値の関係を調査した研究があります。アメリカのフォーチュン1000企業を対象とした調査では、取締役会の多様性、特に女性やマイノリティ(アフリカ系アメリカ人、アジア系、ヒスパニック系など)の参加が企業価値にどう関わるかを検証しました[1]。
この調査では、638社の大企業を対象に、取締役会の構成と企業価値の関係を分析しています。企業価値を測る指標として「トービンのQ」と呼ばれる指標が用いられました。これは企業の市場価値(株式時価総額と負債の合計)を資産の再調達コスト(資産の簿価)で割ったもので、企業の市場評価を表します。この値が1より大きければ、市場が企業の価値を高く評価していると解釈できます。
分析の結果、女性取締役の割合が高い企業は、企業価値(トービンのQ)も高いことが判明しました。取締役会に女性が多いほど、市場はその企業をより高く評価する可能性があるということです。
研究ではいくつかの追加的な発見がありました。例えば、企業規模が大きくなるほど、女性やマイノリティの取締役の割合が高くなりました。また、取締役会の人数が多い企業ほど女性やマイノリティの取締役が多く、反対に社内取締役(企業の従業員から選ばれた取締役)が多い企業ほど女性やマイノリティは少ないことも分かりました。
女性取締役とマイノリティ取締役の間にも関連性が見られました。女性取締役が多い企業はマイノリティの取締役も多く、その逆も同様でした。これは、企業が多様性を取り入れる場合、ジェンダーだけでなく人種についても同時に配慮している可能性を表しています。
なぜ女性取締役が多い企業は価値が高いのでしょうか。研究者たちはいくつかの可能性を考察しています。一つは、多様な取締役会はより広い市場や消費者の理解につながり、市場参入の機会を増やすことができるというものです。異なる背景を持つ取締役がいることで、様々な視点が生まれ、創造的で革新的な意思決定が可能になると考えられます。
多様性は問題解決能力も高めます。異なる視点が考慮されることで、慎重かつ効果的な判断ができるようになります。多様なトップマネジメントは視野が広く、複雑な環境でも適切な判断ができるという利点もあります。
資格の高い女性役員は企業の利益率を向上させる
取締役会の多様性が企業価値に関係するという研究結果を踏まえ、次に女性経営者の資格(教育レベル)と企業パフォーマンスの関係について目を向けてみましょう。デンマークの上位2500社を対象にした、1993年から2001年までの長期的な調査では、女性が経営トップにいることが企業の財務パフォーマンスにどのように関わるかが調べられました[2]。
この研究では、女性経営者がいるかどうかだけでなく、女性経営者の教育レベルやどのように役員に選出されたかという点まで分析されています。企業パフォーマンスの指標としては、「粗利益/売上高」、「限界利益/売上高」、「営業利益/純資産」、「税引後利益/純資産」という4つの財務指標が用いられました。
研究の方法としては、パネルデータ分析と呼ばれる手法が採用されています。同じ企業を複数年にわたって追跡調査することで、一時的な変動に惑わされず、より正確な関係性を把握することができます。「女性が多い企業は経営に余裕があるから女性を採用する可能性がある」という逆の因果関係の可能性も考慮し、特殊な統計手法を用いて分析されました。
調査結果から見えてきたのは、女性経営者と企業パフォーマンスの間には複雑な関係があるということです。CEO(最高経営責任者)が女性であるだけでは、すべての財務指標で明確な改善は見られませんでした。しかし、CEOとその他の上級経営職を含めた広い意味での経営層に女性がいる場合、より多くの財務指標で好ましい結果が見られました。
顕著だったのは、女性経営者の教育レベルによる差です。大学院修士レベルの高い教育を受けた女性経営者がいる企業では、財務パフォーマンスへの好ましい効果が明確に現れました。一方、教育レベルが高くない(無学位や職業訓練レベル)女性経営者の場合、企業パフォーマンスへの効果はあまり見られませんでした。
取締役会のメンバーについても発見がありました。従業員代表として選出された女性取締役は企業パフォーマンスに非常に好ましい効果をもたらした一方、経営者や株主から選出された女性取締役の場合は、むしろ否定的な効果が見られることもありました。研究者たちは、これが家族経営の企業で縁故によって取締役に選ばれた女性が含まれている可能性を指摘しています。
この研究から引き出せるのは、女性役員の数を増やすだけでは不十分であり、経営に必要な資格や能力を持った女性が参画することが企業パフォーマンス向上の鍵だということです。この研究の価値は、女性経営者と企業パフォーマンスの関係を単純化せず、教育レベルや選出経緯といった要素まで掘り下げて分析した点にあります。
多様性が高い企業は利益率も高くなる
女性経営者の存在と企業パフォーマンスの関係について理解が深まったところで、次に企業内の多様性全般について考えてみましょう。アメリカの企業を対象とした別の研究では、人種的多様性とジェンダー的多様性の両方が企業の経営成績にどのように関連するかが調査されました[3]。
この研究は、1996年から1997年にかけて実施された全米組織調査のデータを用いて、506社の企業を分析しました。研究者は「多様性の価値」という視点から、多様性が企業にもたらす効果について8つの仮説を立てました。例えば、「人種的多様性が高まるほど売上が増加する」「ジェンダー的多様性が高まるほど顧客数が増加する」「人種的多様性が高まるほど競合他社と比較した利益率が高くなる」などです。
分析の結果、人種的多様性の高い企業ほど売上が増加することが明らかになりました。ジェンダー的多様性も売上増加と関連していましたが、人種的多様性ほど強い関連性ではありませんでした。顧客数に関しては、人種的多様性とジェンダー的多様性の両方が増加と関連していました。
市場シェアについては、人種的多様性との明確な関連が見られましたが、ジェンダー的多様性との関連はやや弱いものでした。そして最後に、利益率に関しては、人種的多様性とジェンダー的多様性の両方が高い企業ほど、競合他社と比較して高い利益率を達成していることが確認されました。
これらの結果は、多様性が企業のビジネスパフォーマンスに肯定的な効果をもたらすという「多様性の価値仮説」を支持するものでした。研究では、多様性のレベル(低・中・高)によって企業の分布図も示され、多様性が高い企業ほど各業績指標が高い傾向が視覚的にも表されています。
多様性がなぜ企業パフォーマンスを向上させるのかについて、研究者はいくつかの可能性を考察しています。一つは、多様な従業員構成が市場や顧客の多様性をより良く反映し、それによって広範な市場ニーズに対応できるようになるというものです。多様な背景を持つ従業員が集まることで、幅広い視点やアイデアが生まれ、問題解決能力や創造性が高まるという可能性もあります。
この研究は、多様性推進が社会的責任や倫理的義務としてだけでなく、ビジネス戦略として合理的な選択である可能性を示唆しています。多様性が高い企業ほど売上、顧客数、市場シェア、利益率といった主要な経営指標が良好であるという実証結果は、企業が多様性を推進することの経済的な根拠を提供するものです。
女性取締役の比率が高い企業は財務成績が良い
これまでアメリカやデンマークの研究を見てきましたが、地域や文化によって結果が異なる可能性もあります。そこで次に、スペイン市場を対象とした調査に目を向けてみましょう。この研究では、取締役会におけるジェンダー多様性が企業の財務パフォーマンスにどのような関連があるかが調査されました[4]。
スペインは女性の社会進出が比較的遅れていた国であり、2007年にはジェンダー平等を推進する新しい法律が導入されるなど、政治的にも女性の取締役会の参加促進が図られてきました。こうした背景を踏まえ、研究者たちは1995年から2000年にかけてマドリード市場に上場している非金融企業68社(合計408の観測値)を分析しました。
企業価値の測定には、前述のアメリカの研究と同様に「トービンのQ」が用いられました。ジェンダー多様性の評価には複数の指標が使われています。「女性取締役の割合」という指標だけでなく、「少なくとも一人の女性取締役がいるかどうか」を示すダミー変数や、取締役会内の男女比のバランスを測る「ジェンダー多様性指数」も用いられました。分析の際には、「女性取締役が企業価値に影響するのか」それとも「企業価値が高いから女性取締役を採用するのか」という因果関係の方向性も考慮されました。
分析の結果、女性取締役の割合とジェンダー多様性指数は、いずれも企業価値に対して肯定的な効果があることが確認されました。取締役会における女性の比率が高いほど、企業価値(トービンのQ)も高いという関係が見られたのです。
一方で、「取締役会に少なくとも一人の女性がいるかどうか」という指標では、企業価値との明確な関連は見られませんでした。これは、女性取締役が存在するだけでは不十分であり、取締役会内での女性の比率やバランスが重要であることを示唆しています。
因果関係の方向性についても分析され、「企業価値が高いから女性取締役を採用する」という逆方向の因果関係は確認されませんでした。「女性取締役の存在が企業価値を高める」という方向で関係が成り立っていると考えられます。
スペイン市場におけるこの研究結果は、ジェンダー多様性が企業価値を高めるという実証的な根拠を提供するものです。研究者たちは、スペインという特殊な企業ガバナンス環境においても、取締役会のジェンダー多様性が企業の財務パフォーマンスに好ましい影響を与えることを示したことで、ジェンダー平等を倫理的観点だけでなく経済的合理性からも推進する根拠を提供しました。
この研究は、文化的・社会的背景が異なるスペインにおいても、取締役会のジェンダー多様性と企業価値の間に肯定的な関係があることを示した点で、一般性を持つ知見を提供していると言えるでしょう。
共通点と示唆を整理する
女性の経営参画と企業業績の関係について、世界各国の実証研究を見てきました。アメリカ、デンマーク、スペインといった異なる国々での研究結果からは、いくつかの共通する知見が浮かび上がってきます。
第一に、取締役会や経営層における女性の存在は、企業価値や財務パフォーマンスと肯定的な関連があることが複数の研究で示されています。女性役員の比率が高い企業ほど、企業価値や利益率が高い傾向にあることが確認されました。これは、女性の経営参画が社会的責任の問題ではなく、企業の競争力強化にも寄与する可能性を示唆しています。
第二に、単に女性役員がいるだけでは十分ではなく、その質的側面も重要であることが分かりました。デンマークの研究では、高い教育を受けた女性経営者ほど企業パフォーマンスへの好ましい効果が大きいことが示されました。また、どのように役員に選出されたかという経緯も重要であり、能力に基づいて選ばれた女性役員が企業にもたらす価値は大きいと言えるでしょう。
第三に、取締役会内の男女比のバランスも鍵となります。スペインの研究では、一人でも女性取締役がいるかどうかよりも、取締役会全体におけるジェンダーバランスが企業価値と関連していることが示されました。
これらの知見は、企業における女性活躍推進のあり方に対して実践的な示唆を与えてくれます。女性役員の数を形式的に増やすだけではなく、適切な資格や能力を持った女性が実質的に経営に参画できる環境づくりが求められます。また、取締役会や経営層全体のバランスを考慮した人材登用戦略が必要であると言えるでしょう。
脚注
[1] Carter, D. A., Simkins, B. J., and Simpson, W. G. (2003). Corporate governance, board diversity, and firm value. The Financial Review, 38(1), 33-53.
[2] Smith, N., Smith, V., and Verner, M. (2006). Do women in top management affect firm performance? A panel study of 2,500 Danish firms. International Journal of Productivity and Performance Management, 55(7), 569-593.
[3] Herring, C. (2009). Does diversity pay? Race, gender, and the business case for diversity. American Sociological Review, 74(2), 208-224.
[4] Campbell, K., and Minguez-Vera, A. (2008). Gender diversity in the boardroom and firm financial performance. Journal of Business Ethics, 83(3), 435-451.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。