2025年8月22日
リーダーが変われば文化が変わる:組織文化とリーダーシップの相互作用
私たちが働く組織には、それぞれ独自の「空気」や「雰囲気」があります。ある会社では積極的な意見交換が奨励され、別の会社では規律と秩序が重んじられる。このような目に見えない要素は「組織文化」と呼ばれ、私たちの働き方や組織のパフォーマンスに関わりを持っています。
組織文化は、共有された価値観や信念、行動パターンから成り立ち、組織のアイデンティティを形作ります。この文化は一朝一夕に形成されるものではなく、長い年月をかけて発展し、組織のDNAとして受け継がれていきます。
とりわけ組織のリーダーは、この文化形成において重要な役割を担っています。経営者や上司の言動や意思決定は、組織の方向性を決めるだけでなく、組織文化そのものに影響を及ぼします。彼ら彼女らが何を大切にし、どのような行動を評価するかによって、組織全体の価値観や行動様式が形作られていきます。
しかし、組織文化とリーダーシップの関係は単純ではありません。リーダーが文化を形成する一方で、既存の文化がリーダーシップのあり方を規定することもあります。業界特性や直属上司との関係性など、様々な要因がこの複雑な相互作用に絡み合っています。
本コラムでは、組織文化とリーダーシップの関係について、様々な角度から検討します。経営者の価値観がどのように組織文化を通じて企業成果に影響するのか、リーダーシップと成果の関係が文化によってどう媒介されるのか、文化の影響が直属上司との関係においてどう現れるのか、そして業界による文化の違いはどの程度存在するのかについて、実証研究の知見を基に考察していきます。
経営者の価値観が文化を通じ企業成果を左右する
組織の最高経営責任者(CEO)は、その立場ゆえに組織全体に大きな影響力を持ちます。彼ら彼女らがどのような価値観を持ち、何を大切にするかによって、組織の方向性や文化が形作られていくことは想像に難くありません。しかし、CEOの個人的価値観が実際にどのようなメカニズムで組織の成果に結びついているのかについては、これまであまり体系的に研究されてきませんでした。
イスラエルの研究者たちによる調査は、この問題に光を当てています。この研究では、CEOの個人的価値観が組織文化を形成し、その文化が最終的に組織の成果に影響するというプロセスを実証しました[1]。調査はイスラエルの上場企業26社を対象に行われ、多様な業種にわたる企業からデータが収集されました。
この研究で注目されたのは、CEOの3つの価値観です。一つ目は「自己方向性」と呼ばれるもので、独立心や創造性、自由な思考を重視する価値観です。二つ目は「安全性」で、安定や秩序、予測可能性を重んじる価値観を指します。三つ目は「博愛性」で、他者の幸福や協力を大切にする価値観です。これらの価値観は、CEOたち自身が回答した質問票によって測定されました。
一方、組織文化については「革新指向文化」「官僚的文化」「支援的文化」の3つの側面が評価されました。革新指向文化とは創造性やリスクテイク、起業家精神を促進する文化、官僚的文化は規則や手続き、効率性を強調する文化、支援的文化は協力や人間関係を重視する文化を指します。これらの文化的特徴は、副社長の直属の部下たちからの回答を基に評価されました。
さらに、企業の成果として売上成長率、効率性(売上を従業員数で割った指標)、従業員満足度が測定されました。
分析の結果、CEOの価値観と組織文化、そして企業成果の間には関連性が見出されました。CEOの自己方向性の価値観が高い企業では革新指向の文化が強く、CEOの安全性の価値観が高い企業では官僚的文化が強く、CEOの博愛性の価値観が高い企業では支援的文化が強いという関係が確認されました。
これらの文化的特徴はそれぞれ異なる成果と関連していました。革新指向の文化が強い企業では翌年度の売上成長率が高かったのです。官僚的文化が強い企業では効率性が高い一方で、従業員満足度は低くなる傾向が見られました。また、支援的文化が強い企業では従業員満足度が高い一方で、売上成長率は低くなる傾向がありました。
CEOの価値観は組織内の雰囲気を形成するだけでなく、文化的特徴を通じて企業の財務的・非財務的成果に影響を及ぼすことが明らかになりました。例えば、独立性や創造性を重視するCEOがいる企業では革新的な文化が育まれ、それが企業の成長につながります。一方で、安定性や秩序を重視するCEOがいる企業では官僚的な文化が形成され、それが効率性を高める一方で従業員満足度を低下させる可能性があります。
文化がリーダーシップと成果の関係を媒介する
CEOの価値観が組織文化を形成し、それが企業成果に影響を及ぼすというプロセスについて見てきました。では、日常的なリーダーシップのスタイルと組織文化、そして組織パフォーマンスの関係はどうなっているのでしょうか。イギリスの研究者たちによって行われた調査は、この三者の関係について知見を提供しています[2]。
従来の研究では、リーダーシップと組織パフォーマンス、あるいは組織文化とパフォーマンスという二者関係は個別に調査されることが多く、これら三者間の関連性を統合的に調べた実証的研究はあまり見られませんでした。この研究の目的は、リーダーシップのスタイルと組織文化、組織パフォーマンスの3つの要素がどのように相互に関連しているかを明らかにすることにありました。
理論的背景を基に、研究者たちは「リーダーシップスタイルと組織パフォーマンスの関係は、組織文化によって媒介される」という仮説を立てました。この仮説を検証するため、イギリスの様々な業界から無作為に抽出した1000社を対象にアンケート調査を実施し、最終的に322社から有効回答を得ました。
調査では、組織文化を「競争文化」「革新文化」「官僚文化」「コミュニティ文化」の4種類に分類し、リーダーシップスタイルを「参加型」「支援型」「道具的」の3タイプに分類しました。参加型リーダーシップとは部下の意見を取り入れ意思決定に参加させるスタイル、支援型リーダーシップとは部下の幸福や成長を気にかけるスタイル、道具的リーダーシップとは目標達成や業績を重視するスタイルです。
組織パフォーマンスについては、売上成長、競争優位性、市場シェア、顧客満足度など複数の指標で測定されました。
分析の結果、組織パフォーマンスに対して直接的に大きな影響を及ぼしていたのは「革新文化」と「競争文化」でした。これらの文化を持つ企業は高いパフォーマンスを示していました。一方、「官僚文化」と「コミュニティ文化」はパフォーマンスに直接的な影響を与えていませんでした。
リーダーシップスタイルは、直接的にパフォーマンスに影響するというよりも、組織文化を介して間接的に影響を与えていることが分かりました。具体的には、参加型と支援型のリーダーシップは革新文化や競争文化の形成に寄与し、結果としてパフォーマンスを向上させていました。一方、道具的リーダーシップは官僚文化を強化し、結果としてパフォーマンスを間接的に低下させていました。
これらの結果は、リーダーシップスタイルとパフォーマンスの関係が文化を通じて媒介されるという仮説を支持するものでした。組織文化の直接的な管理は難しいものの、リーダーシップスタイルの調整を通じて間接的に文化を形成・変革することが可能かもしれません。
文化の影響は直属上司との価値観一致に強く表れる
これまでのところでは、CEOの価値観が組織文化を形成し企業成果に影響を与えること、そしてリーダーシップスタイルが組織文化を媒介として組織パフォーマンスに影響を与えることを見てきました。では、組織文化の影響は組織のどのレベルで最も強く現れるのでしょうか。上司と部下の関係性に着目した研究が、この問いに新たな視点を提供します。
この研究は、「職場における個人と組織(特に上司や経営陣)との価値観の一致が、従業員の態度や成果にどのような影響を及ぼすのか」を検証することを目的としていました[3]。これまでの組織文化の研究では、強固な文化が企業の全般的なパフォーマンスの向上につながると考えられてきました。その理由として「価値観の一致が満足感や組織コミットメントを向上させる」という仮説が挙げられることが多かったのですが、この仮説は厳密な実証的検討が不足していました。
この研究の理論的基盤は、「外的適応」と「内的統合」という2つの概念です。「外的適応」とは、企業文化が共有されることによって従業員が組織の目標達成に貢献するような行動を取るようになるという考え方です。「内的統合」とは、価値観が共通することで従業員間のコミュニケーションが円滑になり、役割期待が明確化され、対人関係上の不確実性が低下し、結果として満足感や組織へのコミットメントが向上するという考え方です。
調査は米国南東部の大手製造企業の生産工場で行われ、生産労働者191名、監督者17名、管理職13名が対象となりました。生産労働者の平均年齢は約44歳、平均勤続年数は約15年と長期勤務者が多い特徴を持っていました。
各従業員は、仕事満足度(全般的満足度、職務の安定性、上司への満足感など)、組織コミットメント、個人の職業的価値観(達成、他者への配慮、公正さ、誠実さ)、そして従業員が考える組織(管理層)が強調する価値観に関する質問に回答しました。生産労働者の勤務実績や評価データ(遅刻、欠勤、評価スコアなど)も記録から取得されました。
分析の結果、「従業員と直属の上司との価値観の一致」に関する発見がありました。上司との価値観が一致しているほど、従業員の全般的な仕事満足度や組織コミットメントが有意に高かったのです。また、勤務期間が長い従業員ほど、価値観の一致が組織コミットメントに与える影響が顕著でした。これは長期的な関係の中で、価値観の一致が徐々に重要性を増すことを示唆しています。
上司と価値観が一致する従業員ほど、主観的な評価(上司によるパフォーマンス評価)がやや低いという結果も出ました。この予想外の結果について、研究者たちは価値観が一致する上司が部下に対してより厳しい評価を下す可能性などを議論しています。
他方で、「従業員と経営陣(組織全体)の価値観の一致」に関しては、満足度やパフォーマンスとの明確な関係はほとんど観察されませんでした。これは、調査対象となった組織には組織全体を貫く強力な文化が存在しない可能性を示唆しています。また、工場労働者は日常業務において管理職と直接的な接触が少ないため、組織全体よりも直属の上司との価値観の一致が重要だった可能性も指摘されています。
この研究の貢献は、「組織文化」の影響が組織全体ではなく、直属の上司との関係性の中で特に強く現れる可能性を明らかにした点です。これは従来の組織文化研究が強調してきた「組織レベルの一貫した文化」という考え方とは異なる知見を提供しています。
文化は業界内で似るが、業界間では異なる
業界という観点から見たとき、組織文化にはどのような特徴があるのでしょうか。同じ業界に属する企業は似たような文化を持つのでしょうか、それとも各企業が独自の文化を発展させているのでしょうか。
組織文化が業界(産業)特性によってどの程度影響を受けるかを検証することを目的とした研究があります[4]。組織文化はこれまで、企業のパフォーマンスを左右する要素とされてきましたが、もし業界内での文化の均質性が高ければ、組織文化を戦略的な競争優位の源泉とすることは難しくなります。そのため、業界特性と組織文化の関連を明確にする必要があったのです。
研究者たちは、次のような仮説を立てました。第一に、組織文化は業界をまたいでよりも業界内での方が類似性が高いだろうというものです。第二に、高度なテクノロジーと高成長を特徴とする業界の企業は「革新性」と「チーム指向」の高い文化を持ち、ルーチン的なテクノロジーと低成長を特徴とする業界の企業は「安定性」と「細部へのこだわり」が高い文化を持つだろうというものです。
調査対象として米国サービス業の4業界(会計事務所、コンサルティング会社、運送業、郵便局)の計15企業が選ばれ、各業界に複数の企業が含まれていました(郵便局のみ1企業)。業界分類は、テクノロジーの特性に基づいて行われ、「長連鎖型」(運送業、郵便局)、「媒介型」(会計事務所)、「集中的」(コンサルティング会社)の3つに分類されました。各業界の成長性は、直近5年間の収益および従業員数の成長率で測定されました。
組織文化は「Organizational Culture Profile(OCP)」というQソート法を用いた尺度で評価されました。これは54の価値観項目を従業員が企業の特徴として分類するものです。文化の次元として「革新性」「安定性」「人への配慮」「結果志向」「おおらかさ」「細部へのこだわり」「チーム指向」の7つが設定されました。
分析の結果、業界間の組織文化の差は業界内の差よりも大きいことが判明しました。特に「安定性」「細部へのこだわり」「おおらかさ」などの文化的側面で、業界間の差異が顕著でした。これは第一の仮説を支持する結果です。
テクノロジーと成長性の関係では、会計事務所(媒介型テクノロジー・中程度成長)は運送業や郵便局(長連鎖型・低成長)よりも革新性やチーム指向が高いことが分かりました。郵便局は他のすべての業界よりも安定性が高く、コンサルティング業界(高度テクノロジー・高成長)は期待ほど革新性が高くはありませんでしたが、業界内でのばらつきが大きいという特徴がありました。
各文化次元の比較では、コンサルティング業界ではチーム指向や人への配慮が高い一方、結果志向や細部へのこだわりも高いことが分かりました。郵便局は結果志向、安定性、細部へのこだわりが強調され、会計事務所は細部へのこだわりやチーム指向が高いという結果が出ました。
これらの結果から、業界特性(特にテクノロジーと成長)が組織文化に影響を及ぼすことが実証されました。業界間の文化差が大きいことから、文化を競争優位の源泉として活用する場合、業界特性との適合性を考える必要があることが示唆されています。
脚注
[1] Berson, Y., Oreg, S., and Dvir, T. (2008). CEO values, organizational culture and firm outcomes. Journal of Organizational Behavior, 29(5), 615-633.
[2] Ogbonna, E., and Harris, L. C. (2000). Leadership style, organizational culture and performance: Empirical evidence from UK companies. The International Journal of Human Resource Management, 11(4), 766-788.
[3] Meglino, B. M., Ravlin, E. C., and Adkins, C. L. (1989). A work values approach to corporate culture: A field test of the value congruence process and its relationship to individual outcomes. Journal of Applied Psychology, 74(3), 424-432.
[4] Chatman, J. A., and Jehn, K. A. (1994). Assessing the relationship between industry characteristics and organizational culture: How different can you be? Academy of Management Journal, 37(3), 522-553.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。