2025年8月12日
パーソルホールディングス株式会社|データと理論の融合で切り拓く、人的資本経営の未来
(左から)株式会社ビジネスリサーチラボ 伊達洋駆、同 藤井貴之、パーソルホールディングス株式会社 グループ人事本部 人事企画部 シニアエキスパート 土本晃世様、同 人事データ戦略室 井口雄斗様、同 山崎梨恵様
「はたらいて、笑おう。」をグループビジョンに掲げ、人的資本経営を推進するパーソルホールディングス株式会社。同社は、エンゲージメント向上の取り組みを長年続けてきましたが、蓄積されたサーベイデータを基に、より精度の高いモデルを構築したいという課題を抱えていました。
客観的な第三者の視点と、データと理論に基づいた分析を求め、ビジネスリサーチラボにオーダーメイド型の分析プロジェクトをご依頼いただきました。今回は、本プロジェクトを推進された土本様、井口様、山崎様をお迎えし、プロジェクトの背景や、分析を通じて得られた発見、そして今後の展望についてお話を伺いました。
外部への依頼背景:蓄積データと第三者の視点
藤井:
弊社にご相談いただく前は、どのような課題感をお持ちでしたか。プロジェクトでは、御社が調査で使われていた概念や設問項目を基に、モデルの構築と検証を進めさせていただきましたが、そもそも外部への依頼を検討されるに至った背景からお聞かせいただけますか。
土本様(以降、敬称略):
少し歴史を遡ってお話ししますと、弊社では2020年度から本格的に「はたらく個人」に焦点を当てたさまざまな施策を走らせていました。その根底には、企業とはたらく個人の関係がより対等になっていく中で、私たちパーソルグループ自体が「はたらく個人に選ばれる存在」にならなければいけない、という強い危機感がありました。
藤井:
2020年度というと、コロナ禍に差し掛かった時期ですね。
土本:
はい、コロナ禍で人材マネジメントの難しさが一層増す中、弊社が掲げる「はたらいて、笑おう。」というグループビジョンを社員自身が実現するためにも、エンゲージメントの向上に本格的に力を入れ始めたのがその頃です。
それまで実施していた社員意識調査をリニューアルして、2020年度から毎年、グループ全体を対象にエンゲージメントサーベイを実施してきました。このサーベイは自社でオリジナルに設計したもので、当時はエンゲージメントを高めるドライバーとして5つの仮説を立てていました。
藤井:
そのサーベイを5年ほど運用されてきた中で、新たな課題意識が生まれたのですね。
土本:
5年という節目を迎え、これまで仮説として置いてきたマネジメントを促進する要因が「本当にこれで良いのだろうか」「その中でも特に優先度の高い指標があるのではないか」といった点を、一度立ち止まってデータでしっかり検証したいという思いが強くなりました。
もちろん、単年度での分析は行っており、仮説の正しさを部分的に確認できていたところもあります。しかし、今回は蓄積された経年データを使い、より精度の高いモデルを構築したいと考え、ご相談させていただきました。
伊達:
その分析を社内のチームではなく、外部に依頼されようと考えたのはなぜだったのでしょうか。
土本:
弊社の人事部門にも「人事データ戦略室」というデータ分析チームがあるのですが、彼らの知見だけでなく、今回はぜひ「第三者の知見」を活用させていただきたいという思いがありました。最初のサーベイ設計も自社中心で進めてきたため、ある意味で自分たちの思い込みの枠の中で検討してしまっている部分があるかもしれない、と。
理論的な基礎や、さまざまな企業をご支援される中で培われた知見を持つ第三者の視点をお借りすることで、私たちのモデルを客観的に見つめ直し、本当に自社にフィットしたマネジメント施策とは何かを考える絶好の機会になると考えました。
伊達:
人事データ戦略室は、2020年頃に立ち上げられた組織なのでしょうか。
井口様(以降、敬称略):
その通りです。元々タレントマネジメントや人材開発を担当する部署はあったのですが、その中でデータ分析関連の業務が少しずつ増えてきたことを受け、前中期経営計画のタイミング、2020年度に立ち上がった組織です。
伊達:
最初のエンゲージメントサーベイを設計された際は、社内だけで作られたのですか。
井口:
従来の社員意識調査の設問をベースとしつつ、エンゲージメントや外部有識者と共同で開発した“はたらくWell-being”を問う設問などを加えて設計しました。
依頼の決め手:自社に寄り添うオーダーメイドの分析
藤井:
そうした背景から外部の支援を検討される中で、最終的に弊社を選んでいただけた理由について、お聞かせいただけますか。
土本:
まず、御社がピープルアナリティクスの分野で非常に著名でいらっしゃったこと、そして弊社も参加しているピープルアナリティクス&HRテクノロジー協会に参画されており、弊社内に御社とのつながりを持つ者がいたことがきっかけでした。また、実際に御社から支援を受けている他社の人事の方からお話を伺う機会もあり、以前から存じ上げてはいました。
藤井:
他社からの支援もご検討されたのでしょうか。
土本:
数社にご提案をお願いしたのですが、その中で御社の提案内容、そして提案に至るプロセスでの質疑応答のやりとりが、最も弊社のニーズにフィットしていると感じました。弊社のオリジナルサーベイをどう扱っていくかという難しさがある中で、どのようにすればモデル構築に結びつくのか、その道筋が最も成功確率が高いと感じられました。
加えて、非常に丁寧にご教示いただけそうだという印象も強く、弊社のデータ分析チームがさらに力をつけていく上でも、多くのことを学ばせていただけるのではないかという期待も大きかったですね。
藤井:
ご相談いただく中で、私が印象に残っている言葉があります。「想定していない結果が出たとしても、その得られた結果に基づいて考えていきたい」とおっしゃっていたことです。望む結果を出すために分析を進めるのではなく、データに真摯に向き合い、そこから施策につなげていこうという考えに触れ、このプロジェクトはきっとうまくいくのだろうと感じながらご一緒させていただいたことを覚えています。
土本:
弊社もこれまでの取り組みの中で、なかなか思うような結果にならないという実践知と言いますか、そうした経験も積んできていましたから。
井口:
そうですね。私たちが向き合うグループ内の人事担当者からも、「結局、何をすればエンゲージメントが上がるのかをファクトベースで知りたい」という声が多く寄せられていた背景もあり、藤井さんがおっしゃるような姿勢につながったのだと思います。
伊達:
先ほど「モデルを構築できる確率が最も高いと感じた」というお話をいただきましたが、そのように感じていただけた理由があれば、ぜひ教えていただきたいです。
土本:
ご提案いただいた、モジュールを段階に分けて進めるという分析の枠組みが、腹落ちする内容だった点です。試行錯誤するとはいえ、ある程度しっかりしたステップを踏む必要があると感じていましたし、その際に理論的な基礎、つまりこの領域で積み重ねられてきた研究成果を仮説の土台とすることが必須だと考えていました。そうしないと、私たちが見落としている大事な要因に気づかないまま分析を進めてしまい、偏った結論に至ってしまうリスクがあると感じていたからです。
理論ベースのアプローチと、データドリブンなアプローチを組み合わせて進めていくというご提案に安心感を覚えました。
山崎様(以降、敬称略):
御社の場合は、一社一社に寄り添い、私たちのデータや状況に合わせて分析のプロセスを設計してくださる。その真摯な姿勢が、ご一緒したいと強く感じたポイントでした。
伊達:
ありがとうございます。今回のように時系列データが含まれている場合、分析手法の選択肢は無数にあり、まさに「宝の山」です。しかし、手当たり次第に分析すれば良いというわけではありません。理論的な背景やデータの特性を考慮し、何が最適かを見極める必要があります。多くの企業でデータは蓄積されているものの、活用しきれていないのが実情です。
そうした中で、蓄積されたデータと理論の両輪からモデルを構築し、「何をすればエンゲージメントが高まるのか」という問いに答えを導き出そうとされた御社の取り組みは、業界の中でも先進的だと感じます。
プロジェクトでの発見:データが示した「理念」という強み
藤井:
プロジェクト全体の流れを振り返ると、データから関係性を見出す「データドリブンなアプローチ」と、学術的な知見からモデルを組み立てる「理論ベースのアプローチ」、この二つを統合し、さらに実データで検証するという形で進めさせていただきました。最後には、それらの知見を踏まえ、より大きなモデルについても議論を行いました。プロジェクトの中身について、特に印象に残っていることはありますか。
山崎:
今おっしゃっていただいた流れの中で、最後の部分が印象的です。当初の予定にはなかったと思いますが、最終的に大きな循環型のモデルまでご提案いただきました。私たちの思いを汲み取り、それを形にしてくださる姿勢がそこに結実しているように感じ、最初に抱いていた期待通りだったと思いました。
また、分析の過程では二つ、特に心に残っていることがあります。一つは、他の会社様と比較した上で「理念という要素がモデルの中に出てくるのは、御社の特徴ですね」とご指摘いただけたことです。これは多くの企業をご存知の御社だからこその視点であり、私たちにとって大きな発見でした。
もう一つは、御社の能渡さんが分析結果について語られるときの様子です。「キャリアに関する項目でこれほど高い精度が出るのは、分析者としてワクワクしますね」といった趣旨で、本当に楽しそうにお話しされていたのが忘れられません。お仕事ではあると思いますが、同じ目線でデータを分析し、発見を共に楽しんでくださっていることが伝わってきて、私たちも楽しく、パワーをいただきました。
伊達:
本当に「理念」が重要変数として出てくるケースは珍しいんですよね。理念浸透をテーマにしたプロジェクトですら、なかなか明確な影響が見られないことが多いのですから。人はもっと身近なこと、例えば上司のサポートや同僚との関係といった「半径3m」の出来事に影響されやすいものです。
しかし御社の場合は、日本的経営の一つの良さである「理念」が、社員の方々の心理や行動において重要な位置を占め、エンゲージメントなどを高める原動力になっている。これは興味深く、そして、うまくいっているケースだと思います。
土本:
私自身、2年前にこのグループに入社したのですが、この理念への共感の強さは他社にはない特徴だと感じていました。それが今回データで裏付けられたことで、やはりそうだったのかと、腹落ちする感覚がありました。
伊達:
理念の実践を促すことはどの会社でもできますが、それがさまざまなポジティブな結果につながる「原動力」になっているかどうかが重要です。その関連性が見えたことは大きな成果だと思います。
井口:
この結果を社内の広報部門に共有したところ、ものすごく喜んでいました。特にインナーコミュニケーションを担当しているメンバーは、自分たちが推進している理念浸透の営みが、エンゲージメントにつながっているという結果を得られたことで、今後の活動への自信になったようです。
藤井:そのほか、プロジェクトを通じて印象に残っていることはありますか。
井口:
特定の場面というわけではありませんが、毎回のご説明の後に、質問のために十分な時間を確保していただけたことがありがたかったです。先ほど土本からも話があったように、私たちのチームが分析の知見を深めていくという目的もありましたので。また、今回の分析は専門的で難しい内容でしたが、それを「どうすれば社内に分かりやすく伝えられるか」という相談に親身に乗っていただけたことにも大変助けられました。
伊達:
私たちも、分析結果の伝え方については数多くの失敗を経験してきましたから(笑)。人事の方や経営層に説明する機会が多いのですが、例えば、相関関係があることを「スコアが低い」と誤解されてしまうなど、本当にさまざまな「失敗経験」があります。それらの経験から、どうすれば誤解なく、かつ納得感を持って受け取っていただけるか、という伝え方のスキルを磨いてきました。
土本:
御社がご提供くださる資料は、専門家でない私のような人間にも非常に分かりやすく、それでいて専門的な情報も網羅されていて、資料だけが一人歩きしても大丈夫だという安心感がありました。そうした背景があったのですね。
井口:
分かりやすいだけでなく、データ分析に詳しい人が見ても納得できるテクニカルな情報もしっかり記載されていました。どんな人が見ても安心できる資料だなと感じていました。
伊達:
そう言っていただけるのは嬉しいですが、それは皆様のデータリテラシーが全体的に高いからだとも思います。何より、元々のサーベイがある程度きちんと設計されていたことが、分析のしやすさにつながりました。大企業であっても、残念ながら設計が不十分なサーベイを長年使っているケースは少なくありません。そうすると分析の精度が下がり、どんどん高度で複雑な手法に頼らざるを得なくなって、伝えるのも一苦労、という悪循環に陥ってしまいます。その点、御社のサーベイは基本的な部分がしっかりしていたため、分析もスムーズに進めることができました。
データ活用の価値:課題解決から組織のエンパワーメントへ
藤井:
今回のプロジェクトの結果が、社内でどのようなアクションにつながっているかについてお聞かせください。
山崎:
先ほどお話ししたように「理念」がモデルに現れたことを受け、理念浸透を主管するインナーコミュニケーション部門に、私と井口で分析結果の共有を行いました。すると、「自分たちの活動がエンゲージメントにつながっていることがデータで示された」と好意的に受け止めてくれ、ぜひグループ各社にも共有ほしい、と追加で依頼を受けるに至りました。結果として、約50名が集まるインナーコミュニケーション担当者の勉強会で発表する機会をもらい、理念浸透をさらに進めていく上での起爆剤になったのでは、と感じています。
今後は、このモデルを基に“はたらくwell-being”やエンゲージメントに関する施策の改善・評価を進めていきたいですし、投資家の方々をはじめ、社会のさまざまなステークホルダーの皆様にも、私たちの取り組みを発信していく際の土台にしていきたいと考えています。
伊達:
素晴らしいですね。データ活用の一般的な方法は、課題を見つけてそれを解決していく、というアプローチです。それはそれで重要ですが、一方で「課題が50個あります」と言われると、意気消沈してしまうリスクもあります。前に進むにはエネルギーが必要です。今お話しいただいたように、データを基に「自分たちの強みはここだ」「やっていることは正しかった」と組織をエンパワーメントする方向に活用されているのは、価値のある使い方だと思います。
土本:
私たちの強みであるキャリアオーナーシップ施策については、すでにいろいろな施策を走らせており、今はブラッシュアップの段階にあります。一方で理念浸透は、比較的最近着手した領域で、ここに伸びしろがあるのではと感じていました。今回の分析結果は、人事とインナーコミュニケーション部門がより一層連携を深めていく上で良いきっかけ、共通言語になるのではと感じています。
伊達:
分析結果が、部門間の連携を促すコミュニケーションツールになったわけですね。「上司の支援が足りないから、ちゃんとやってください」というネガティブなアプローチではなく、「理念という私たちの強みを一緒に伸ばしていきませんか」というポジティブなアプローチで連携していく。他の多くの企業にとっても参考になる、効果的なやり方だと思います。
今後の展望:人的資本の価値を社会に示す次なる挑戦
藤井:
今後のデータ活用について、何か構想があればお聞かせいただけますか。
井口:
現在、次の中期経営計画を策定する中で、データ活用をどう進めていくか議論している最中です。今回のプロジェクトの延長線上では、いただいた結果を基に、来期以降サーベイの設問の取捨選択や、不足している可能性のある概念を問う設問の追加などを検討しています。
もう少し大きな野望としては、エンゲージメントやWell-beingが最終的に「財務価値」にどうつながっているのか、さらに財務価値や企業イメージの向上が社員や組織のエンゲージメントにどう影響・循環していくのか、実証していきたいです。エンゲージメントが重要な経営指標であることを、より強く打ち出していけるようになると考えています。
伊達:
人的資本開示とも関わってきますね。実は、人的資本の開示に関する研究の中には、開示することによって従業員のエンゲージメントが下がってしまう、という結果を示したものもあります。
土本・井口:
ええ、そうなんですか。
伊達:
なぜなら、開示情報に対する最も厳しい読者は、実態を知っている従業員だからです。開示された情報と自分たちの実感との間にギャップがあると、「会社は都合のいいことばかり言っている」と感じ、テンションが下がってしまう。
そこで重要になるのが、御社が今回されたように、従業員の声をしっかりとデータで集め、実態を把握した上で開示につなげていくというプロセスです。そうすれば、開示と実態のギャップが生まれにくく、むしろ自分たちの会社の良いところを誇らしく思えるようになり、エンゲージメント向上に結びつく可能性があります。
藤井:
最初の課題感であった「客観的な視点」、そしてデータと理論を統合し、さらにミクロ(個人)とマクロ(組織)の視点を含めてモデルを構築された。この一連の取り組みが、社内だけでなく、社会に対しても説得力のある情報発信につながっていくのだろうなと感じました。
伊達:
企業の価値は従業員一人ひとりの心理や行動の積み重ねから生まれるわけですから、このミクロとマクロのつながりを検証していく御社の取り組みは、社会的に見ても大きなインパクトを持つものだと思います。
最後に:パートナーとして得られた学びと喜び
藤井:
最後に、改めて弊社にご依頼いただいて良かった点や、プロジェクトを通しての気づきや学びについてお聞かせください。
土本:
繰り返しになりますが、モジュールに分けた進め方と、初期段階で分析の軸となる共通指標をご提案いただけたことが、プロジェクト成功の要因だったと思います。もし、私たちが考えた設問をすべて使って分析していたら、大変なカオスに陥っていたでしょう。これは知見の豊富な御社ならではのご提案だったと感謝しています。
山崎:
井口と私が所属する人事データ戦略室では、「グループ全体のHRデータの利活用を通じて、企業価値向上と社員の“はたらくWell-being”実現に寄与する」というミッションを掲げています。これまで個別のデータの可視化は進めてきましたが、その間の関係を解き明かすことは非常に難易度の高いものでした。今回、その第一歩をご一緒できたことが何よりの成果です。そして、私たちの想いを汲み、楽しそうに分析を進めてくださる姿勢に勇気づけられました。
井口:
個人的には、「階層線形モデル」という分析手法を教えていただけたことが学びでした。個人と組織、ミクロとマクロの両方の視点で見なければならないという肌感覚はありつつも、これまではどちらか一方の視点でしか分析できず、片手落ち感を覚えていました。この手法は今後の私たちの分析においても武器になりますし、この難しい手法を分かりやすく噛み砕いて教えていただけたことも、御社にご依頼して良かった点です。
伊達:
ぜひ今後も活用していただき、また新たな成果が出たら教えてください。一緒に発表しましょう。
藤井:
本日は、貴重なお話をたくさんお聞かせいただき、誠にありがとうございました。
一同:
ありがとうございました。