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コラム

評価されない安心感:AIコーチングが本音を引き出す

コラム

コーチングの領域では、AIを活用したサービスが注目を集めています。従来の人間対人間のコーチングに比べて、時間や場所の制約がなく、いつでもどこでもアクセス可能であることが利点と考えられています。また、場合によっては、コスト面でも優位性があり、多くの人がコーチングを受ける機会を広げる可能性があります。

しかし、AIコーチングが増加する中で、人間関係の形成や発展にどのような影響を及ぼすのかという問いが生まれています。コーチングの本質は、コーチとクライアントの間に築かれる信頼関係にあるとされてきました。この関係性は「作業同盟」とも呼ばれ、目標設定や課題解決のプロセスを支える基盤となるものです。AIがこの関係性をどのように構築し、それが人間同士の関係とどう異なるのか、そしてその差異がコーチングの効果にどのような差をもたらすのかは興味深いテーマです。

本コラムでは、AIコーチングと人間関係に関する研究知見を紹介します。AIコーチングと人間コーチングの作業同盟の形成の違い、AIコーチングが持つ独自の心理的効果、そしてAIと人間のハイブリッド型コーチングがもたらす可能性と課題について考察します。

AIコーチングは人間より絆形成が弱い

AIコーチングと人間コーチングの違いを理解するには、コーチングにおける「作業同盟」という概念がポイントとなります。作業同盟とは、コーチとクライアントの間に形成される協力関係のことで、「目標」「課題」「絆」の3つの要素から構成されています。目標はコーチングで達成したいことに関する合意、課題はそれに向けた具体的な活動、そして絆は両者の間の感情的な結びつきを指します。

AIコーチングと人間コーチングの作業同盟形成の違いを実験的に検証した研究があります[1]。この実験では、219名の成人参加者が無作為にAIコーチング群と人間コーチング群に分けられ、約30分間の単一セッションを受けました。AIコーチングには「VICIVirtual Intelligence Coaching Interface)」というチャットボット型システムが使用され、人間コーチングではプロのコーチがオンラインビデオ通話を通じてコーチングを行いました。

セッション後、参加者は作業同盟の強度を評価する標準的な質問紙に回答しました。結果、作業同盟の総合的なスコアでは、人間コーチングがAIコーチングよりも高い値を示しました。特に「絆」の要素において、その差は顕著でした。

参加者からの定性的なフィードバックによると、人間コーチングでは柔軟性や共感性、リアルタイムの応答能力が高く評価されました。コーチが自分の発言に瞬時に反応し、感情を理解してくれるという体験が、絆の形成につながったと考えられます。

一方、AIコーチングの参加者からは、機械的な対応や予測可能な質問パターンに物足りなさを感じるという声がありました。AIは事前にプログラムされた質問を順次投げかける形式であったため、クライアントの個別のニーズや感情に柔軟に対応することが難しかったのです。

ただし、AIコーチングでも一定水準以上の作業同盟が形成されることが確認されました。これは、AIコーチングが無効というわけではなく、人間コーチングとは異なる形で機能する可能性を示唆しています。

実際に、AIコーチングならではの利点も指摘されました。非評価的な環境を提供することで、クライアントが自己開示しやすい雰囲気が生まれることです。人間のコーチに対しては言いにくいことでも、AIには気軽に話せるという心理が働くようです。また、匿名性による安全感も、AIコーチングの特徴として挙げられました。

このように、AIコーチングは人間コーチングと比較して絆形成が弱いものの、異なるメリットを持っています。コーチングの目的や個人の好みによっては、AIコーチングが適している場合もあるでしょう。人間のコーチに対して心理的抵抗感や自己開示への不安を持つ人にとっては、AIコーチングが有効な選択肢となる可能性があります。

AIコーチングは絆が弱くても回復力を高める

AIコーチングと人間コーチングの間に作業同盟の形成に差があることを見てきました。特に「絆」の要素において、AIは人間のコーチに劣ることが分かりました。しかし、絆形成が弱いからといって、AIコーチングが効果を発揮できないわけではありません。ある研究は、AIコーチングが絆形成は弱くても、クライアントの自己回復力を高める効果があることを提示しています[2]

この研究では、銀行業界の企業に勤務する48名の参加者が、8週間にわたりWYSAという名前のAIチャットボットを使用しました。WYSAは自然言語処理と機械学習アルゴリズムを用いており、認知行動療法などの手法をベースにしたテキストベースの対話を行います。親しみやすいペンギン型のアイコンを採用するなど、ユーザーが親近感を持ちやすいよう工夫されています。

研究では、参加者の使用前後で作業同盟の強度と自己回復力を測定し、半構造化インタビューも実施しました。そうしたところ、量的・質的データの両方から、「AIチャットボットとユーザーの間で強固な作業同盟は形成されなかった」ことが明らかになりました。統計的分析でも、有意な同盟形成は見られませんでした。

インタビューでは、参加者の多くがAIとの関係性を「表面的」「浅い」「取引的」と表現し、「真の絆」を形成できなかったと述べています。一部のユーザーは親しみを感じて個人的な情報を開示することもありましたが、多くの参加者にとって深い関係性は築かれませんでした。

しかし、作業同盟が弱かったにもかかわらず、AIチャットボットは多くのユーザーの自己回復力を有意に改善しました。質的調査からも、ユーザーの多くが心理的・感情的な安定性が増し、自信が高まったと感じていることが報告されました。

この一見矛盾する結果は、どのように説明できるのでしょうか。研究者はこれを「非評価的な空間(non-judgemental safe space)」という概念で解釈しています。AIとの交流は、人間同士の関係にありがちな評価や判断を受ける恐れがなく、安全に自己表現できる場を提供します。このような心理的安全性が、自己内省を促進し、自己回復力を高めたと考えられます。

従来のコーチング理論では、作業同盟、特に絆の形成がコーチングの成功に不可欠とされてきました。しかし、この研究結果は、AIコーチングでは異なるメカニズムが働いている可能性を示唆しています。すなわち、絆形成を介さずとも、心理的安全性を提供することで効果をもたらすという新たな経路です。

実用的な観点からすると、AIチャットボットには24時間アクセス可能な手軽さがあります。人間のコーチとのセッションが週に一度であるのに対し、AIには好きな時に相談できます。また、非評価的な安全空間を提供することで、クライアントが自分の考えや感情を自由に表現できる環境を作り出します。これらの特性が、自己内省を促し、自己回復力の向上につながるのでしょう。

AIコーチングは人間コーチングに対する「補完的」または「支援的」なツールとして可能性を秘めています。例えば、人間のコーチとのセッションの間に、AIコーチングを活用することで、継続的な支援を提供することができるでしょう。多くの人がコーチングにアクセスしやすくなるという点でも、AIコーチングの意義は大きいと言えます。

AIコーチングは人間関係を阻害する可能性がある

これまで、AIコーチングと人間コーチングの作業同盟形成の違いや、AIコーチングが持つ独自の効果について見てきました。AIと人間のコーチングを組み合わせた「ハイブリッド型」のアプローチはどうでしょうか。2024年に発表された研究は、人間のコーチとクライアントの関係にAIチャットボットが及ぼす影響を探求しています[3]

近年、企業内コーチングは組織の成果向上に有効であると認識されていますが、コストの高さとコーチの不足により、まだ普及途上にあります。これを補完するためにAIコーチングが登場し、一定の成果を上げていますが、AI単独よりも人間とAIのハイブリッド型の可能性に関心が集まっています。

この研究では、2つの定性的調査が行われました。1つ目は9名の経験豊富な組織コーチに「Vidi」というチャットボットを使ってもらい、その感想をインタビューで調査するものです。2つ目は金融企業で働く7名のクライアントが実際のコーチング期間中にチャットボットを使用した後、インタビューで調査するものです。使用されたチャットボットはGROWモデルを基盤に設計され、目標設定や振り返りを支援する役割を担いました。

研究結果は、作業同盟の3要素(絆・目標・課題)に沿って分析されました。コーチ側の視点からは、チャットボットが人間関係に干渉する懸念が示されました。コーチたちは、チャットボットがコーチとクライアントの間の感情的・個人的な結びつきを阻害する可能性があると心配していました。

この懸念は、コーチングの本質が人間同士の深い交流にあるという認識に根ざしています。コーチたちは、AIが感情や直感、文脈理解といった人間特有の能力を持ち合わせていないと感じており、それがコーチング関係の質を低下させると考えていました。

一方で、コーチたちはチャットボットが目標維持に役立つと感じていました。コーチングセッションの間の期間、クライアントが目標を意識し続けるための支援ツールとしてAIが機能する可能性を評価していました。チャットボットの柔軟性や選択的適用の可能性にも言及していました。すべてのクライアントに一律にAIを適用するのではなく、個々のニーズや状況に応じて使い分けることの重要性が強調されました。

クライアント側からの視点も興味深いものでした。一部のクライアントはAIを非人格的と感じましたが、多くのクライアントはチャットボットが心理的安全性を提供すると肯定的に評価しました。これは先ほど見た研究結果とも一致しています。人間のコーチに言いにくいことでも、AIには気軽に話せるという心理が働いているようです。

クライアントはチャットボットが目標達成への責任感を強化する効果があると感じていました。チャットボットからの定期的なリマインドやフォローが、モチベーション維持に役立つと評価されたのです。さらに、いつでも利用可能という利便性も評価されました。

しかし、技術的トラブルが問題となる場合もありました。システムの不具合やユーザーインターフェースの問題がストレスを生み、コーチング体験全体の質を下げることがありました。これはハイブリッド型コーチングを導入する際の一つの課題であると言えるでしょう。

この研究からは、AIチャットボットが人間のコーチとクライアントの関係に肯定的・否定的な両側面を持つことが明らかになりました。チャットボットの効果的な活用にはコーチの積極的関与が不可欠であり、チャットボットが心理的安全性を提供することでクライアントの満足度が向上する可能性がある一方で、人間同士の関係性を阻害するリスクもあります。

ハイブリッド型コーチングの成功には、AIと人間の役割分担を明確にし、それぞれの強みを生かす設計が求められます。コーチとクライアントの関係を尊重し、AIがその関係を補完するように位置づけることも大事でしょう。技術的な信頼性を確保することも、ユーザー体験の質を高める上で有用な要素です。

コーチングにおけるAIの位置づけを考える

本コラムでは、AIコーチングと人間関係に関する研究成果を紹介しました。3つの研究から見えてきたのは、AIコーチングと人間コーチングの違い、AIコーチングの独自の効果、そしてハイブリッド型コーチングの可能性と課題です。

第一に、AIコーチングは人間コーチングと比較して作業同盟、特に「絆」の形成が弱いことが確認されました。AIは感情理解や共感といった人間特有の能力に限界があるため、感情的な結びつきを築くことが難しいのです。しかし、AIコーチングには非評価的な環境を提供し、自己開示を促進するという独自の利点もあります。

第二に、AIコーチングは絆形成が弱くても、クライアントの自己回復力を高める効果があることが明らかになりました。心理的安全性という要素が作用していると考えられます。AIとの対話では評価されることへの恐れがなく、自由に自己表現できる環境が生まれます。この安全な空間が自己内省を促し、回復力向上につながると考えられます。

第三に、AIと人間のハイブリッド型コーチングについては、AIチャットボットがコーチとクライアントの関係に干渉するリスクがある一方で、目標維持や責任感強化といった点では有効であることが示されました。ハイブリッド型の成功には、AIと人間の役割分担の明確化や技術的信頼性の確保が求められます。

これらの知見に基づけば、組織がAIコーチングを導入する際には、それを人間のコーチングの代替ではなく、補完的ツールとして位置づけることが望ましいでしょう。AIと人間のそれぞれの強みを理解し、目的に応じて使い分けるということです。例えば、初期の目標設定や定期的なフォローにはAIを活用し、深い洞察や感情的サポートが必要な場面では人間のコーチを配置するといった組み合わせが考えられます。

脚注

[1] Terblanche, N., Molyn, J., de Haan, E., and Nilsson, V. O. (2022). Artificial intelligence vs. human coaches: Examining the development of working alliance in a single session. International Journal of Evidence Based Coaching and Mentoring, 20(1), 18-33.

[2] Ellis-Brush, K. (2021). Augmenting coaching practice through digital methods. International Journal of Evidence Based Coaching and Mentoring, S15, 187-197.

[3] Terblanche, N. H. D., van Heerden, M., and Hunt, R. (2024). The influence of an artificial intelligence chatbot coach assistant on the human coach-client working alliance. Coaching: An International Journal of Theory, Research and Practice, 17(2), 189-206.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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