ビジネスリサーチラボ

open
読み込み中

コラム

組織と上司の二重支援:従業員の離職を防ぐために

コラム

人材の確保と定着は組織の持続的成長にとって欠かせない課題です。しかし、多くの企業が従業員の離職という難しい状況に直面しています。優秀な人材が組織を去るとき、その影響は人員の欠如にとどまらず、採用・教育コストの増大、組織知識の喪失、そして職場のモチベーション低下など、多岐にわたる問題を引き起こします。

なぜ人は組織に残り、あるいは去るのでしょうか。この問いに対する示唆を探る中で、「組織的支援」という概念が着目されるようになりました。組織が従業員を大切にし、その貢献を評価しているという認識は、従業員の心にどのような変化をもたらすのでしょうか。また、直属の上司からの支援は、組織からの支援とどのように関連し、離職意思に作用するのでしょうか。

本コラムでは、組織的支援と離職の関係について考察します。組織からの支援と上司からの支援がどのようなメカニズムで従業員の心理に働きかけ、離職行動を抑制するのかを解き明かしていきます。

組織的支援が離職を防ぐ心理的絆を生む

職場において「自分はこの組織に大切にされている」という感覚は、私たちの働き方や組織への思いに関わりを持ちます。この感覚を学術的に「知覚された組織的支援(Perceived Organizational SupportPOS)」と呼びます(以降、組織的支援)。これは、従業員が「組織が自分の貢献を評価し、福祉に関心を持っている」と感じる度合いを表します。

組織的支援が従業員の組織への情緒的なつながり、すなわち「情緒的コミットメント」にどう関係するかを調べた研究があります[1]。この研究は、三段階に分けて行われ、組織的支援と離職の関係について発見をもたらしました。

第一段階として、様々な職業に就く367名の従業員を対象に調査が行われました。この調査では、組織的支援が職場での経験(組織的報酬、公平性、上司の支援など)と情緒的コミットメントの関係を媒介するかどうかが検討されました。

分析の結果、組織的支援と情緒的コミットメントは区別される概念であることが分かりました。さらに、職場での良い経験が情緒的コミットメントを高めるのは、組織的支援を通じてであることが分かりました。報酬や公平な扱い、上司からの支援などの良い職場経験は、まず従業員に「組織が自分を大切にしている」という感覚をもたらし、それが組織への情緒的な愛着につながるというメカニズムが明らかになりました。

次に、研究チームは電子・コンピューター関連企業の従業員を対象に、2年間にわたる縦断的な調査を実施しました。この研究では、組織的支援と情緒的コミットメントの間の因果関係を明らかにすることが目的でした。その結果、組織的支援が情緒的コミットメントの原因となっていることが分かりました。組織からの支援を感じることが、時間をかけて組織への情緒的な絆を形成するのであって、その逆(情緒的コミットメントが組織的支援を高める)ではないことが判明しました。

最後に、研究チームは小売業と食品加工業の従業員493名を対象に、組織的支援と情緒的コミットメントが実際の離職行動にどう関連するかを調査しました。そうしたところ、組織的支援が高いほど情緒的コミットメントが高まり、それによって離職行動が抑制されることが実証されました。

これらの結果から見えてくるのは、組織からの支援が従業員の心に与える影響です。従業員が組織から評価され、配慮されていると感じると、組織への情緒的な絆が生まれます。この絆が強くなるほど、その組織に留まりたいという気持ちも強くなります。このことから、組織的支援は従業員満足度の問題ではなく、組織と従業員の間に形成される心理的な契約の基礎となることが理解できます。

組織的支援の形成には、公平な報酬制度や上司からの適切な支援など、様々な要素が関わっています。これらは職場環境を良くするだけでなく、従業員の心に「この組織は私のことを大切にしている」という認識を植え付け、組織への深い愛着を育てます。

組織的支援は組織への愛着を高め離職を防ぐ

組織からの支援を感じることが従業員の離職を防ぐことを述べました。このメカニズムをさらに深く理解するために、上司との関係性も視野に入れる必要があります。ある研究チームが、組織的支援と上司との関係が従業員の行動にどのような異なる影響を与えるのかを調査しました[2]

この研究では、社会的交換理論を基盤に、「組織的支援」と「LMXLeader-member exchange)」という二つの概念に着目しました。組織的支援は組織全体から感じる支援の度合いを表す一方、LMXは上司と部下の間の個人的な関係の質を表します。両者は区別可能な概念であり、それぞれが従業員の異なる行動や態度に影響を与えると考えられています。

米国の大企業に勤める252名の従業員とその上司を対象に調査を行いました。調査では、組織的支援やLMXの形成要因とそれらが従業員の行動に与える影響が検証されました。

調査の結果、組織的支援の形成には発展的な経験や昇進機会が関わっていることが分かりました。組織が従業員に成長の機会を提供し、キャリア開発を支援することが、組織からの支援を感じる要因となっています。一方、LMXの形成には、上司による「好意」や「期待」が重要な役割を果たしていました。上司が部下に対して個人的な好意を示し、高い期待を持つことが、良好な上司・部下関係の構築につながるのです。

そして、組織的支援とLMXは相互に正の相関関係にあることも明らかになりました。組織全体からの支援を感じている従業員は上司との関係も良好である可能性が高く、逆に上司との関係が良好な従業員は組織全体からも支援を感じやすいことを意味します。

この研究の中で着目すべきは、組織的支援と離職意図の関係です。分析の結果、組織的支援は従業員の情緒的コミットメントを強め、離職意図を弱めることが確認されました。組織から支援されていると感じる従業員は、組織に対する情緒的な愛着が強まり、組織を去る意思が弱まるということです。

一方、LMXは、職務パフォーマンスや組織市民行動(Organizational Citizenship Behavior: OCB)を高める効果があることが分かりました。組織市民行動とは、職務記述書に明記されていない自発的な援助行動のことで、組織の円滑な機能に貢献します。上司との関係が良好な従業員は、職務に対して高いパフォーマンスを発揮し、同僚を助けるなどの自発的な行動を取る傾向が強いことが示されました。

組織的支援は主に「組織に留まるかどうか」という決断に関わるのに対し、LMXは「どのように働くか」という行動面に影響を与えます。組織が従業員のコミットメントや離職防止を目指すならば、組織全体からの支援(組織的支援)を強化することが有効です。従業員に成長の機会を提供し、公正な評価と報酬を行い、従業員の福祉に関心を持つ組織文化を醸成することが大切でしょう。

他方で、従業員の職務パフォーマンスや協力的な行動を促進するには、上司との質の高い関係(LMX)を育むことが必要です。上司が部下に関心を持ち、期待し、支援することで、部下は職務に対して積極的に取り組み、組織のために自発的な行動を取るようになります。

離職防止には組織的支援より上司の支援が重要

組織的支援と上司との関係がそれぞれ従業員の異なる側面に影響を与えることを見てきました。離職防止という観点から見た場合、どちらの支援がより効果的なのでしょうか。この問いに答えるために縦断的な研究が実施されています。

「組織」と「上司」を従業員にとっての別個の支援源およびコミットメント対象として捉え、それぞれが離職行動にどのように影響するかを検証した研究です[3]。「知覚された組織的支援(組織的支援)」と「知覚された上司支援(以降、上司支援)」、そして「組織への情緒的コミットメント」と「上司への情緒的コミットメント」という4つの概念が用いられました。

研究チームはベルギーの大学卒業生238名を対象に、職務条件、支援の知覚、情緒的コミットメント、そして実際の離職行動を、時間をおいて測定する縦断的調査を行いました。

分析の結果、予想外の発見がありました。当初は、組織への情緒的コミットメントが組織的支援と離職の関係を媒介すると予想されていましたが、実際にはこの仮説は支持されませんでした。組織からの支援を感じることが直接離職を防ぐという単純な関係は見られなかったのです。

一方で、上司への情緒的コミットメントは、上司支援と離職の関係を完全に媒介することが分かりました。すなわち、上司からの支援を感じるほど、上司に対する情緒的な絆が強まり、それが離職率の低下につながるという関係が明らかになりました。

この結果は、先ほどの研究とは異なる視点を提供しています。先ほどの研究では、組織的支援が離職意図を直接抑制する効果があるとされていましたが、この研究では、上司への情緒的コミットメントがより直接的に離職を防ぐ要因であることが示されたのです。

その他、職務条件とコミットメントの関係についても調査されました。内発的に満足な職務条件(仕事そのものの面白さやスキルの活用機会など)は、上司支援を通じて上司への情緒的コミットメントを高めることが分かりました。上司が部下に対して挑戦的で成長できる仕事を与えることで、部下は上司に対する情緒的な絆を強めるということです。

同様に、外発的に満足な職務条件(報酬や昇進機会など)は、組織的支援を通じて組織への情緒的コミットメントを高めることが示されました。しかし、先述の通り、この組織へのコミットメントは離職行動との明確な関連が見られませんでした。

この研究の示唆的な発見は、離職防止においては組織全体よりも上司個人との関係が鍵を握るという点です。従業員は組織という抽象的な存在よりも、日々接する上司という具体的な人物との関係を重視し、その関係性が離職の決断に大きな影響を与えています。

組織的支援は上司の支援を通じて離職を防ぐ

離職防止において上司との関係が重要な役割を果たすことを見てきました。組織全体からの支援と上司からの支援は互いにどのように関連し、離職にどう影響しているのでしょうか。この問いに答えるための一連の研究が実施されています。

この研究は、「知覚された上司支援(上司支援)」が「知覚された組織的支援(組織的支援)」にどのように影響し、それが最終的に従業員の離職にどう関わるかを明らかにすることを目的としています[4]。組織支援理論を基盤として、従業員が上司の支援を組織の支援と同一視する条件を探ることに焦点が当てられました。

3つの実証研究を通じてこの問題を検証しました。最初の研究では、ベルギーの大学卒業生314名を対象に、上司支援と組織的支援の時間的関係を調べました。上司支援と組織的支援を3ヶ月間隔で2回測定した結果、1回目の上司支援が2回目の組織的支援の増加と関連していることが分かりました。一方、組織的支援が上司支援の変化を予測するという逆方向の関係は見られませんでした。この結果は、上司からの支援が組織からの支援を感じる原因となることを示しています。

アメリカの小売業従業員300名を対象にした第二の研究では、上司の組織内地位が上司支援と組織的支援の関係にどう影響するかが検証されました。分析の結果、上司の組織内地位が高いほど、上司支援と組織的支援の関係が強くなることが分かりました。組織内で高い地位にある上司からの支援は、組織全体からの支援として認識されやすいのです。従業員が地位の高い上司を組織の代表と見なし、その上司の行動を組織の意向として解釈するためと考えられます。

アメリカの小売業従業員493名を対象にした第三の研究では、上司支援、組織的支援および離職の関係が調査されました。その結果、上司支援は直接離職を予測するのではなく、組織的支援を介して間接的に離職を予測することが分かりました。上司からの支援は組織全体からの支援を高め、それが離職を抑制するというメカニズムが確認されたのです。

これらの研究から、上司は組織の代理人としての役割を担っており、上司からの支援は組織全体からの支援として一般化されることが分かります。組織内で評価されている上司からの支援は、組織支援の認識を強く高めます。そして、組織からの支援を感じることで、従業員の組織への情緒的コミットメントと報恩感が強まり、離職率が低下します。

この研究の結果は、先ほどの研究とは異なる部分があります。先ほどの研究では、上司への情緒的コミットメントが離職を直接抑制する効果が強調されていました。一方、この研究では、上司からの支援が組織全体からの支援の認識を通じて間接的に離職を抑制するというメカニズムが示されました。

この違いは、研究対象や測定方法の差異から生じた可能性がありますが、両者の知見を統合すると、上司の役割の多面性が見えてきます。上司は一方で個人的な関係を通じて従業員の情緒的コミットメントを高め、他方で組織の代理人として組織全体からの支援の認識を形成する役割を担っているということです。

上司は日々の業務の中で、組織の方針や価値観を体現し、従業員に伝える役割を担っています。上司が従業員を支援し、その福祉に関心を持つことは、上司個人との良好な関係を築くだけでなく、組織全体に対する従業員の認識を形成します。その意味で、上司は組織と従業員をつなぐ架け橋と言えるでしょう。

離職防止には組織的支援と上司支援の相乗効果が重要

組織からの支援と上司からの支援は、それぞれ異なる形で従業員の離職抑制に影響を与えています。しかし、これら二つの支援はどのように相互作用し、離職防止により効果的な影響を与えるのでしょうか。この問いに答えるための包括的な研究を取り上げます。

この研究では、知覚された組織的支援(組織的支援)と知覚された上司支援(上司支援)が、従業員の離職意向や実際の離職行動にどのような影響を与えるかを、より複雑なモデルを用いて検証しています[5]。従来の組織的支援研究では上司による支援(上司支援)は組織支援(組織的支援)を通じて完全に媒介されるという見解が主流でしたが、この見解に疑問を呈し、上司支援が独立した効果を持つ可能性を検討しました。

米国南東部の公的社会福祉機関に勤務する225名の従業員を対象にした調査では、組織的支援が離職意向に与える影響は、情緒的コミットメントだけでなく規範的コミットメント(組織への道徳的義務感)によっても媒介されることが分かりました。組織からの支援を感じると、従業員は組織に対して情緒的な愛着だけでなく、道徳的な義務感も抱くようになり、それが離職意思を抑制します。

さらに、上司支援が離職意向に与える影響は、組織的支援によって部分的に媒介されることが示されました。これは、前述の研究結果と部分的に一致していますが、この研究では上司支援が組織的支援を介さずに直接離職意向に影響する部分も存在することが明らかになりました。上司からの支援が、組織全体からの支援とは独立した形で離職防止に寄与することを意味します。

しかし、この研究の注目すべき点は、組織的支援と上司支援の間に相互作用が存在することを実証したことでしょう。具体的には、組織的支援と離職行動の関係は上司支援の程度によって変化することが分かりました。上司からの支援(上司支援)が低い従業員では、組織からの支援(組織的支援)と離職の関係が強く現れました。上司からの支援が少ない場合、組織全体からの支援が離職防止により重要な役割を果たすのです。

一方、上司からの支援(上司支援)が高い従業員では、組織からの支援(組織的支援)と離職の関係は弱まりました。上司からの強い支援があれば、組織全体からの支援が多少不足していても離職を抑制できることを示唆しています。

組織が離職を抑制するためには、組織レベルの支援(組織的支援)だけでなく、上司レベルの支援(上司支援)の両方を高めることが重要です。上司からの支援は、組織全体の支援が不十分な場合でも離職を抑える効果を持ちます。これは、直接の上司が従業員の離職決断に大きな影響力を持つことを表しています。

脚注

[1] Rhoades, L., Eisenberger, R., and Armeli, S. (2001). Affective Commitment to the Organization: The Contribution of Perceived Organizational Support. Journal of Applied Psychology, 86(5), 825-836.

[2] Wayne, S. J., Shore, L. M., and Liden, R. C. (1997). Perceived organizational support and leader-member exchange: A social exchange perspective. Academy of Management Journal, 40(1), 82-111.

[3] Stinglhamber, F., and Vandenberghe, C. (2003). Organizations and supervisors as sources of support and targets of commitment: A longitudinal study. Journal of Organizational Behavior, 24(3), 251-270.

[4] Eisenberger, R., Stinglhamber, F., Vandenberghe, C., Sucharski, I. L., and Rhoades, L. (2002). Perceived supervisor support: Contributions to perceived organizational support and employee retention. Journal of Applied Psychology, 87(3), 565-573.

[5] Maertz, C. P., Jr., Griffeth, R. W., Campbell, N. S., and Allen, D. G. (2007). The effects of perceived organizational support and perceived supervisor support on employee turnover. Journal of Organizational Behavior, 28(8), 1059-1075.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

#伊達洋駆

アーカイブ

社内研修(統計分析・組織サーベイ等)
の相談も受け付けています