2025年7月18日
内なるリーダーを目覚めさせる:セルフリーダーシップの可能性と課題
職場において、個人の主体性や自律性がこれまで以上に求められています。従来の上からの指示や管理に頼るスタイルから、自らを律し導く能力の重要性が増しています。この「自分自身をリードする力」は、セルフリーダーシップと呼ばれます。セルフリーダーシップとは、自らの思考や行動を自分で管理し、目標に向かって自律的に進む能力を指します。
セルフリーダーシップという概念は、自己管理能力以上の意味を持っています。どのような構造を持ち、他の心理的概念とどう区別されるのか。そして、職場におけるパフォーマンスや心理状態にどのような影響をもたらすのでしょうか。
本コラムでは、セルフリーダーシップの構造から始め、その独自性、職場での効果、そして意外な側面までを掘り下げていきます。セルフリーダーシップが持つ「光」の部分、その効果や可能性と、あまり語られることのない「影」の部分、その限界や課題についても探っていきましょう。
私たち一人ひとりが「自分自身のリーダー」としてどう成長できるのか、そして組織としてどのようにセルフリーダーシップを育む環境を整えられるのかについて、いくつかの視点を提供できればと思います。
セルフリーダーシップは三次元の階層構造を持つ
セルフリーダーシップという言葉を聞いたとき、「自分を律する力」という漠然としたイメージを抱くかもしれません。しかし、この概念には構造があります。セルフリーダーシップとはどのような要素で構成されているのでしょうか。
セルフリーダーシップは大きく三つの次元から成り立っています[1]。一つ目は「行動中心戦略」です。これは自分の行動を管理する方法で、具体的には「自己目標設定」「自己報酬」「自己処罰」「自己観察」「自己合図」といった要素が含まれます。
自己目標設定とは、自分で目標を立てる能力です。「今週は毎日30分の読書をしよう」というように、行動目標を設定することを指します。自己報酬は目標達成時に自分へご褒美を与えること、反対に自己処罰は目標を達成できなかった時に自分を律するための仕組みです。「目標を達成できなかったら、週末のお楽しみを一つ諦める」といった形で自分との約束を守ります。自己観察は自分の行動を客観的に観察する能力、自己合図は行動を促すための目印や合図を自ら設定することです。例えば、ジムに行く習慣をつけるためにカバンにトレーニングウェアを入れておくといった工夫です。
二つ目の次元は「自然報酬戦略」です。これは活動そのものに楽しさや満足を見出す方法です。例えば、仕事自体を楽しむための工夫をしたり、退屈な作業に意味を見出したりすることで、外からの報酬に頼らず内側から湧き上がるやる気を引き出します。報告書を作成するという単調な作業も、「これにより情報が整理され、関係者全員が一貫した理解を得られる」と捉え直すことで、作業自体に意義を見出せるようになります。
三つ目は「建設的思考パターン戦略」です。これは自分の思考の質を高める方法で、「成功の視覚化」「自己対話」「信念や仮定の評価」という要素が含まれます。成功の視覚化とは、目標達成の姿をイメージすることです。自己対話は自分に語りかける内的な会話のことで、「これならできる」といったポジティブな自己対話を意識的に行うことがセルフリーダーシップの一部です。信念や仮定の評価は、自分の思い込みや前提を見直すことです。「私はプレゼンが苦手だ」という思い込みを「私はプレゼンの経験が少ないだけだ」と捉え直すような思考の修正が含まれます。
この三次元の階層構造は、実際に調査研究によって裏付けられています。大学生を対象にした調査では、セルフリーダーシップの質問項目への回答を分析した結果、この三つの次元が明確に現れました。さらに、これらの三次元は互いに関連しながらも、一つの高次の概念「セルフリーダーシップ」として統合されていることも検証されています。
この三次元の構造を理解することは、自分自身のセルフリーダーシップのバランスを把握する上で有益です。例えば、自分は目標設定や行動管理(行動中心戦略)は得意だけれど、仕事そのものを楽しむ工夫(自然報酬戦略)が足りないかもしれないと気づけば、意識的にその部分を補強することができます。
セルフリーダーシップは他の動機理論と異なる
「自分をリードする」という考え方は、一見すると従来からある様々な動機づけ理論と似ているように感じられるかもしれません。例えば、「達成欲求」「自己制御」「自己効力感」といった概念は、どれも自分の行動を方向づける心理的要因として知られています。セルフリーダーシップは本当にこれらの概念と区別できる独自のものなのでしょうか。
この疑問に答えるために行われた調査では、リーダーシップ経験を持つ社会人374名を対象に、セルフリーダーシップと他の動機づけ概念との関係が検証されました[2]。調査では、セルフリーダーシップを測定する尺度と、達成欲求、自己制御、自己効力感を測定する尺度を使用し、これらの概念間の関係を分析しました。
達成欲求とは、高い目標を設定し、それを達成したいという欲求のことです。例えば、「難しい課題に挑戦したい」「成功を収めたい」といった気持ちが強い人は達成欲求が高いと言えます。一方で、達成欲求には「失敗を避けたい」という恐れの側面も含まれます。
自己制御は、目標に向かって自分の行動を調整する能力です。これには「評価」と「行動」という二つの要素があります。評価とは、自分の状態や進捗を客観的に判断する能力であり、行動とは、実際に動き出し、継続する能力を指します。例えば、ダイエット中に「今日はケーキを食べすぎた」と判断し(評価)、「明日は30分多く運動しよう」と行動を調整する(行動)といった形で現れます。
自己効力感は、自分には特定の課題を成功させる能力があるという信念です。「この仕事なら自分にもできる」という確信が強い人は、自己効力感が高いと言えます。
調査の結果、セルフリーダーシップはこれらの概念と関連しながらも、区別できることが分かりました。統計学的な分析手法を用いて検証すると、セルフリーダーシップの各戦略は、達成欲求、自己制御、自己効力感といった従来の動機づけ概念とは異なる独自の要素として浮かび上がりました。
調査では、セルフリーダーシップがこれらの動機づけ概念を超えて、リーダーシップスタイルや職務パフォーマンスを予測できるかも検討されました。その結果、セルフリーダーシップは達成欲求、自己制御、自己効力感の効果を考慮しても、なお独自にリーダーシップや職務パフォーマンスに影響することが判明しました。
特に「自然報酬戦略」、つまり仕事そのものに楽しさや満足を見出す能力が、変革型リーダーシップ(部下にビジョンを示し、知的刺激を与えるリーダーシップスタイル)や職務パフォーマンスと強く関連していました。「目標を立てる」「自分を管理する」といった行動面だけでなく、「活動自体を楽しむ」という内発的動機づけの要素がセルフリーダーシップの核心にあることを示唆しています。
セルフリーダーシップが積極的なリーダーを育てる
自分自身をリードすることと、他者をリードすることには何か関係があるのでしょうか。直感的には、自分をうまく管理できる人は他者も適切に導けそうな気がしますが、実際のところはどうなのでしょう。この疑問に答えるために実施された調査では、セルフリーダーシップと他者へのリーダーシップスタイルとの関係が調べられました[3]。
リーダーシップのスタイルは主に三つに分類されます。一つ目は「変革型リーダーシップ」です。これは、部下に明確なビジョンを示し、個々の成長を促し、知的な刺激を与えるスタイルです。二つ目は「取引型リーダーシップ」です。こちらは、明確な目標と報酬を設定し、課題達成に焦点を当てるスタイルです。三つ目は「放任型リーダーシップ」です。これは決断を避け、責任を放棄し、必要な支援や指導を提供しないスタイルです。
調査は二つの方法で行われました。初めに、リーダー経験を持つ447名の専門職に対して、セルフリーダーシップとリーダーシップスタイルについての質問票に回答してもらいました。これは自己評価による調査です。次に、35名のリーダーとその部下151名を対象に、リーダーにはセルフリーダーシップについて、部下にはそのリーダーのリーダーシップスタイルについて評価してもらいました。これによって、自己評価と他者評価の両方から関係を探ることができました。
調査結果としては、セルフリーダーシップの能力が高いリーダーほど、変革型や取引型といった積極的なリーダーシップスタイルを採用することが分かりました。反対に、セルフリーダーシップが低いリーダーは、放任型リーダーシップを取りやすいことも判明しました。
セルフリーダーシップの中でも「目標設定」「自己観察」「自然報酬戦略」が、変革型リーダーシップと強く関連していました。自分で明確な目標を立て、自分の行動を客観的に観察し、活動そのものに楽しさを見出せる人ほど、部下にもビジョンを示し、個々の成長を促す変革型リーダーシップを発揮するということです。
このリンクは部下の視点からも確認されました。リーダーが自然報酬戦略(仕事自体を楽しむ能力)を活用している場合、部下からもより積極的なリーダーとして評価される傾向がありました。リーダー自身が内発的に動機づけられ、仕事に喜びを見出している姿は、部下にも伝わり、そのリーダーシップの質に反映されます。
一方で、自己合図(行動を促す目印や合図を自ら設定すること)に頼るリーダーは、部下からは放任型リーダーと見なされる傾向もありました。これは、外部の手がかりに依存しすぎると、リーダーとしての主体性が弱く見える可能性を示唆しています。
この調査が教えてくれるのは、自分自身をリードする能力を高めることが、他者をリードする能力の基盤になるということです。言い換えれば、優れたリーダーになるための第一歩は、優れたセルフリーダーになることかもしれません。自分の目標設定、自己観察、内発的な動機づけの能力を磨くことで、部下に対しても明確なビジョンを示し、彼らの成長を促す力が養われます。
セルフリーダーシップは職場の心理的負担を予防する
現代の職場ではストレスや心理的負担が課題となっています。長時間労働、高い業績目標、急速な環境変化など、様々な要因が従業員の心理的健康に影響を与えています。こうした状況の中で、セルフリーダーシップが心理的負担の軽減にどのような効果をもたらすのか、これを実証的に検証した調査があります[4]。
この調査では、公的機関の従業員を対象に、セルフリーダーシップのトレーニングを実施し、その効果を測定しました。第一の調査では、71名の従業員を実験群と対照群にランダムに分け、実験群にはオンラインでセルフリーダーシップのトレーニングを約10週間にわたって提供しました。トレーニングでは、目標設定や自己観察、建設的思考パターンの修正など、セルフリーダーシップの様々な戦略を学びました。そして、トレーニングの前後でストレスレベル、自己効力感、ポジティブ感情などを測定しました。
調査の結果、セルフリーダーシップのトレーニングを受けた従業員は、対照群と比較して心理的負担が有意に減少しました。同時に、実験群の自己効力感(自分には能力があるという確信)とポジティブ感情(喜び、興味、誇りなど前向きな感情)が増加した一方、対照群ではこうした変化は見られませんでした。
続いて行われた第二の調査では、公的および民間組織6団体の従業員128名を対象に、同様のセルフリーダーシップのトレーニングを実施し、より詳細なメカニズムを検証しました。ここでの主要な問いは「セルフリーダーシップはなぜ、どのようにして心理的負担を軽減するのか」というものでした。
この調査は「資源保存理論」と「社会的認知理論」という二つの心理学理論を基に設計されました。資源保存理論によれば、ストレスは心理的・社会的資源(自信や前向きな感情など)が脅かされたり失われたりするときに生じます。一方、社会的認知理論は、行動、個人特性、環境が相互に影響し合いながら、人の心理や行動に影響を与えると説明します。
結果的に、セルフリーダーシップの向上が自己効力感とポジティブ感情を高め、それが心理的負担の軽減につながるという「媒介モデル」が支持されました。要するに、セルフリーダーシップは直接的にストレスを減らすというよりも、まず心理資源(自己効力感とポジティブ感情)を増やし、そして、ストレスへの耐性を高めるのです。
セルフリーダーシップはナルシシズムと関連する
セルフリーダーシップは一般的に望ましい特性と考えられていますが、その「影」の側面についてはあまり語られることがありません。実は、セルフリーダーシップと「ダークトライアド」と呼ばれる性格特性との関連を調査した研究があります[5]。ダークトライアドとは、ナルシシズム(自己愛)、マキャベリズム(操作的傾向)、サイコパシー(共感性の欠如)という三つの性格特性を指します。この調査結果から見えてくるのは、セルフリーダーシップの知られざる一面です。
調査はオーストリアとドイツの大学生168名を対象に行われました。参加者はセルフリーダーシップを測定する質問票と、ダークトライアドの各特性を測定する質問票に回答しました。結果、セルフリーダーシップとナルシシズムの間には正の相関が見られました。セルフリーダーシップの中でも「自己目標設定」「自己観察」「自然報酬戦略」「成功の視覚化」「信念評価」といった要素が、ナルシシズムと関連していました。
一方で、マキャベリズムとサイコパシーはセルフリーダーシップとほとんど関連がないか、一部の要素と弱い負の関連を示しました。マキャベリズムは「自己報酬」や「自然報酬戦略」と負の関連を、サイコパシーは「自己合図」と負の関連を示しました。
これらの結果から何が言えるでしょうか。まず、セルフリーダーシップとナルシシズムの関連ですが、ナルシシズム的な人は自己中心的で自己顕示欲が強く、自分自身に焦点を当てる傾向があります。そのため、自己観察や目標設定など、自分自身に注意を向けるセルフリーダーシップの戦略と親和性が高いのかもしれません。
例えば、ナルシシズム傾向が高い人は「私は特別な才能を持っている」「私は成功するに値する」といった自己信念を持ちます。こうした信念は、セルフリーダーシップにおける「成功の視覚化」や肯定的な「自己対話」と共鳴する可能性があります。また、ナルシシストは社会的評価や成功に強い関心を持つため、目標達成に向けた自己管理にも熱心かもしれません。
ただし、この関連性は因果関係を示すものではありません。セルフリーダーシップがナルシシズムを引き起こすわけでも、ナルシシズムがセルフリーダーシップを発達させるわけでもないのです。むしろ、両者には共通の基盤となる特性(自己への注目など)があると考えられます。
こうした発見は、セルフリーダーシップの理解において重要な示唆を与えます。セルフリーダーシップはあらゆる面において純粋に肯定的な特性ではなく、場合によっては自己中心的な傾向と結びつく可能性があります。「自己を愛する自己リーダー(self-loving self-leader)」という表現は、このセルフリーダーシップとナルシシズムの微妙な関係を捉えています。
脚注
[1] Houghton, J. D., and Neck, C. P. (2002). The revised self-leadership questionnaire: Testing a hierarchical factor structure for self-leadership. Journal of Managerial Psychology, 17(8), 672-691.
[2] Furtner, M. R., Rauthmann, J. F., and Sachse, P. (2015). Unique self-leadership: A bifactor model approach. Leadership, 11(1), 105-125.
[3] Furtner, M. R., Baldegger, U., and Rauthmann, J. F. (2013). Leading yourself and leading others: Linking self-leadership to transformational, transactional, and laissez-faire leadership. European Journal of Work and Organizational Psychology, 22(4), 436-449.
[4] Unsworth, K. L., and Mason, C. M. (2012). Help yourself: The mechanisms through which a self-leadership intervention influences strain. Journal of Occupational Health Psychology, 17(2), 235-245.
[5] Furtner, M. R., Rauthmann, J. F., and Sachse, P. (2011). The self-loving self-leader: An examination of the relationship between self-leadership and the Dark Triad. Social Behavior and Personality: An International Journal, 39(3), 369-380.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。