2025年6月30日
烙印の逆説:スティグマが組織を強くする可能性
私たちの社会では、特定の組織や産業に対して「好ましくない」「問題がある」という烙印(スティグマ)が押されることがあります。組織的スティグマは、基本的には当該組織にとって不利益をもたらすと考えられてきました。企業イメージの低下、消費者からの忌避、優秀な人材の採用困難など、負の側面が強調されることが一般的でした。
しかし、興味深いことに、このような組織的スティグマは、必ずしも組織にとってあらゆる側面で悪いものとは限らないことが明らかになってきました。社会的に好ましくないとされる烙印が、思わぬ形で組織の振る舞いに変化をもたらし、社会全体や組織自身にとって予想外の結果を生み出すことがあるのです。
本コラムでは、組織的スティグマの意図せざる影響について考えてみたいと思います。社会から否定的な評価を受ける組織が、そのスティグマにどのように対応し、どのような想定外の影響が生じるのか。スティグマを受けた組織が採用する戦略、スティグマによる組織行動の変化、そしてスティグマの積極的な活用法まで、多角的な視点から掘り下げていきます。
スティグマの複雑な性質とその影響について紐解いていくことで、私たちの「スティグマ=悪いもの」というシンプル過ぎる認識を問い直すきっかけになるかもしれません。
スティグマには倫理的行動を促す効果もある
私たちの社会には、様々な組織が存在しています。その中で、何らかの理由で社会から否定的な評価を受け、「スティグマ」と呼ばれる烙印を押される組織があります。従来、このスティグマは組織にとって避けるべき問題として捉えられてきました。しかし、組織に対するスティグマには、倫理的な行動を促す効果があるという側面も存在するのです[1]。
組織スティグマとは何でしょうか。それは、ある組織が社会的な期待や規範から逸脱していると見なされ、そのために否定的な評価や感情的反応を社会から受けることを意味します。例えば、環境汚染を引き起こした企業、不祥事を起こした団体、あるいは社会的に物議を醸す活動を行う組織などが、このようなスティグマを受けることがあります。
組織スティグマは、大きく二つの源泉から生じます。一つは組織の外部からもたらされるもので、例えば企業の経営者が私生活で問題を起こし、その評判が組織全体に影響を与えるケースです。もう一つは組織内部から発生するもので、業績不振や倫理違反などの問題が外部に知られ、組織そのものが非難されるようなケースです。
このようなスティグマは、一見すると組織にとって完全に否定的なものに思えます。しかし、実際にはスティグマが組織や社会に対して予想外の肯定的効果を持つこともあるのです。その一つが、「社会的コントロール」としての機能です。
スティグマが社会的コントロールとして機能するとは、どういうことでしょうか。人は一般的に、社会から否定的な評価を受けることを避けたいと考えます。組織も同様です。そのため、スティグマを受ける可能性があるという認識は、組織が倫理的に問題のある行動を避けるインセンティブとなります。例えば、環境破壊的な活動を行えば「環境に配慮しない企業」というスティグマを受けるかもしれないという懸念が、企業の環境保全活動を促進することがあります。
スティグマは組織内部の人々の行動規範としても機能します。組織のメンバーが「私たちの組織はこのような不正を行う組織ではない」という認識を持つことで、内部での不正行為が抑制されることがあります。この場合、スティグマを避けようとする意識が、組織内部での倫理的行動の推進力となります。
スティグマが組織の長期的な存続に寄与することもあります。組織で問題が発生した際、特定の個人(多くの場合はリーダー)をスケープゴートとしてスティグマ化することで、組織全体へのダメージを最小限に抑える場合があります。この是非は難しいところですが、結果的に、組織としての危機管理戦略の一部として機能することがあります。
例えば、企業不祥事が発覚した際に、責任者が辞任することで組織としての信頼回復を図るといったケースは、このようなスティグマの戦略的活用と見ることができます。スティグマが特定の個人に集中することで、組織全体としての正当性が守られ、長期的な存続が可能になるわけです。
このように、スティグマには組織の倫理的行動を促進する効果があることが分かっています。社会からの否定的評価を避けたいという心理が、組織の自己規制メカニズムとして機能し、社会全体にとってプラスの影響をもたらすことがあります。
ただし、こうしたスティグマの肯定的側面は、あくまでその一面に過ぎないことを忘れてはなりません。スティグマを受けた組織や個人が実際に経験する苦痛や不利益は現実のものであり、その否定的影響も依然として大きいからです。スティグマの複雑な影響を理解することは、組織と社会の関係をより深く考察する上で欠かせない視点と言えるでしょう。
スティグマ回避でCSR報告が増える
組織が社会から否定的な評価を受けると、それを緩和しようと様々な対策を講じることがあります。そのような行動の一つが、企業の社会的責任(CSR)に関する報告書の発行です。社会的評価を高めるという視点では直感的にも理解しやすいことですが、社会から批判的に見られやすい産業においては、このCSR報告の重要性がより高まることが分かってきました。
いわゆる「罪深い産業」と呼ばれる分野があります。例えば、アルコール、タバコ、ギャンブル、核エネルギー、銃器などの産業です。これらの産業は、その製品やサービスが社会的な問題と結びつけられやすく、道徳的な批判を受けやすいといった特徴があります。こうした産業に属する企業は、社会的規範に反すると認識されやすいため、特にスティグマ化されやすい傾向にあります。
こうしたスティグマを受ける企業は、自らの社会的な正当性を確保するために、どのような行動をとるのでしょうか。罪深い産業に属する企業は、一般的な企業よりもCSR報告書を積極的に発行することが明らかになっています。
あるグループの研究者たちは、2003年から2009年までの7年間にわたって、米国の上場企業を対象に調査を行いました[2]。具体的には、罪深い産業に属する企業109社と、同規模の一般的な産業の企業109社を比較しました。これらの企業がCSR報告書を発行するかどうかを調べ、その要因を分析しました。
調査の結果、罪深い産業に属する企業は、それ以外の産業に属する企業と比較して、CSR報告書をより積極的に発行していることが判明しました。社会からの否定的な評価を受けやすい産業に属する企業ほど、自社の社会貢献活動をアピールする傾向が強いということです。
なぜ、このような現象が生じるのでしょうか。CSR報告書が「印象管理戦略」として機能しているからだと考えられます。スティグマを受ける企業は、社会からの否定的評価を緩和したり、自社の活動の正当性を主張したりするために、CSR報告書を活用しているのかもしれません。
研究では罪深い企業が訴訟リスクを抱えている場合、CSR報告書を発行する確率がさらに高まることも明らかになりました。企業が法的なリスクにさらされているときほど、社会的責任活動をアピールするのです。CSR報告が社会貢献の表明ではなく、企業の防衛的戦略としても機能していることを示唆しています。
企業の規模や財務状況なども、CSR報告書の発行に影響を与える要因であることが分かりました。一般的に、企業規模が大きく、企業統治がしっかりしている企業ほど、CSR報告を積極的に行う傾向があります。大企業ほど社会的な注目を集めやすく、その分だけ社会的な期待も高まるためだと考えられます。
しかし、ここで考えるべき点があります。このようなCSR報告書の増加は、本当に社会的責任活動の質的向上を意味しているのでしょうか。CSR報告書の内容と企業の実際の社会的責任活動の間には、乖離が生じることもあります。報告書で社会貢献を強調しながらも、実質的な行動が伴わないケースも見られます。このような「グリーンウォッシング」と呼ばれる現象は、企業の社会的責任に対する信頼性を損なうリスクがあります。
とはいえ、スティグマを避けるためにCSR報告書を発行するという行動そのものは、企業の透明性向上や説明責任の強化につながる可能性もあります。また、たとえイメージ戦略が出発点であっても、報告書の発行によって企業の社会的責任に対する意識が高まり、実質的な取り組みが促進されることも考えられます。
スティグマを持つ組織も戦略次第で存続可能
社会から否定的な評価を受ける組織は、常に厳しい環境に置かれています。しかし、そのような状況にあっても、適切な戦略を採用することで長期的に存続し、時には成功を収めることもあります。ここでは、「コアスティグマ」という概念を通して、スティグマを抱える組織の生存戦略について考えてみましょう[3]。
組織のスティグマには、大きく分けて二種類あります。一つは「イベントスティグマ」と呼ばれるもので、一時的な事故や問題(例えば企業の不祥事や製品事故など)によって発生する一過性のスティグマです。もう一つは「コアスティグマ」と呼ばれ、組織の本質的な活動や提供する製品・サービス自体が社会的に否定的評価を受けるものです。
コアスティグマを抱える組織は、その中心的な活動が特定の社会集団の価値観や規範と著しく対立するために、社会の一部から強い否定的評価を受けています。従来の組織論では、社会から受容されること(「組織の正統性」)が、組織の存続に不可欠だと考えられてきました。しかし、現実には社会から強い否定的評価を受けながらも、長期にわたって存続している組織が存在します。
組織が受けるスティグマの強さは、いくつかの要因によって決まります。第一に、組織の活動と社会の価値観の間の距離が大きいほど、スティグマは強くなります。第二に、社会がその組織をどれほど認知しているかによっても変わります。第三に、否定的評価を下す社会集団の規模と影響力も重要です。
コアスティグマを受けながらも、組織が生き残るためにはどのような戦略が有効なのでしょうか。研究によると、主に三つの戦略があることが分かっています。
まず一つ目は「戦略的対応」です。これはさらに三つに分けられます。「専門化戦略」は、事業の範囲を特定の領域に限定するもので、スティグマを受けながらもその分野でのニッチな存在価値を高めることを目指します。「隠蔽戦略」は、批判的な社会の目から逃れるために、目立たない場所に立地したり、広告を控えめにしたりする方法です。「挑戦戦略」は、批判に対して反論し、自らの正当性を主張する姿勢を取ります。
二つ目の戦略は「構造的対応」です。スティグマを受ける組織は、社会からの批判に対応するためのリソースを確保する必要があります。そのため、組織の構造をシンプルに保ち、無駄なリソースの消費を抑えることが重要です。小規模でシンプルな組織構造を採用することで、限られた資源で効率的に運営することを目指します。
三つ目は「ネットワークレベルの対応」です。スティグマを受ける組織は、取引先や顧客などのパートナーにもスティグマが伝染しないように配慮する必要があります。そのため、適切なネットワーク関係を構築し、パートナーがスティグマによって不利益を被らないよう工夫します。
これらの戦略を駆使することで、コアスティグマを抱える組織も持続可能な運営を実現できる可能性があります。実際、社会から否定的評価を受けながらも、長年にわたって存続している組織は少なくありません。
スティグマは組織が社会的受容を得る武器となる
これまで、組織的スティグマの様々な側面について見てきました。最後に、ある意外な現象について考えてみましょう。それは、スティグマそのものが組織の社会的受容を獲得するための「武器」となり得るという逆説的な現象です。
社会的に否定的に評価される組織が、どのようにして社会的受容を獲得していくのか。この問いに対する答えを探るために、総合格闘技(MMA)という事例を見てみましょう[4]。
総合格闘技は、1990年代初頭にアメリカで本格的に登場した際、「人間闘鶏」「ケージファイト」など様々な批判的表現で形容され、「暴力的」「危険」「反社会的」などの否定的評価を受けていました。多くの州で禁止され、主要メディアからも批判の対象となっていました。しかし現在では、MMAは主流のスポーツとして認知され、世界中で数百万人のファンを持つまでに成長しました。この変化はどのようにして起こったのでしょうか。
研究者たちは、1993年から2008年にかけてのMMAの歴史的展開を詳細に調査し、MMA組織がどのような戦略を用いてスティグマを克服し、社会的認知を獲得したのかを分析しました。その結果、MMA組織は「スティグマの再構築」「スティグマの回避」「スティグマの再指向化」という三つの戦略を用いていたことが分かりました。
「スティグマの再構築」とは、否定的なイメージを逆に魅力へと転換する戦略です。MMAは、暴力的というスティグマを「純粋なスポーツ」「本物の格闘技」といった肯定的な価値と結びつけることで、新たな魅力として再定義しました。「ルールがない」という批判に対しては、「多様な格闘技を統合した総合的な技術の競争」という物語を構築し、否定的な特徴を差別化要素として再構築しました。
「スティグマの回避」は、批判の的となっている側面を改良することで否定的評価を避ける戦略です。MMAはルールの整備や安全対策の明確化を通じて、「野蛮で危険な格闘技」というイメージから脱却を図りました。例えば、試合中の危険な技の禁止、医療スタッフの配置、選手の健康診断の義務化などの制度化を進め、「制御された安全なスポーツ」というイメージを構築したのです。
「スティグマの再指向化」は、自分たちよりもさらに問題が大きい対象と比較することで、相対的に自分たちの評価を高める戦略です。MMAは、他の社会的に受容されているスポーツ(ボクシングなど)との比較や、「本当に暴力的な行為」(犯罪組織の暴力など)との区別を強調しました。これによって、「MMAは他のスポーツと同様に正当であり、むしろ社会の不健全な暴力からの出口となる」という認識を広めようとしました。
これらの戦略を通じて、MMA組織は当初のスティグマを逆に利用し、自らの存在意義を主張することに成功しました。スティグマとなっていた「暴力性」や「過激さ」といった特徴を、むしろ差別化要素として活用し、新たなファン層を開拓したのです。そして時間をかけて社会的受容を高め、メインストリームのスポーツとしての地位を確立していきました。
この事例から学べることは、スティグマが必ずしも社会的受容の障害ではなく、むしろ明確なアイデンティティや差別化を生む資源として機能する場合があるということです。否定的評価を受ける組織は、そのスティグマを戦略的に再定義し、価値あるものとして提示することで、新たな支持層を獲得できる可能性があります。
もちろん、これはすべてのスティグマ化された組織に当てはまるわけではありません。社会的に強く批判される活動の中には、有害で非倫理的なものもあるかもしれません。しかし、スティグマを受ける組織の中には、社会の価値観の多様性や変化の中で、その活動の新たな意義を主張することで社会的受容を獲得できる可能性があることは認識すべきでしょう。
脚注
[1] Paetzold, R. L., Dipboye, R. L., and Elsbach, K. D. (2008). A new look at stigmatization in and of organizations. Academy of Management Review, 33(1), 186-193.
[2] Leventis, S., Hasan, I., and Dedoulis, E. (2013). Corporate social responsibility reporting and organizational stigma: The case of “sin” industries. Journal of Business Research, 66 (10), 2106-2112.
[3] Hudson, B. A. (2008). Against all odds: A consideration of core-stigmatized organizations. Academy of Management Review, 33(1), 252-266.
[4] Helms, W. S., and Patterson, K. D. W. (2014). Eliciting acceptance for “illicit” organizations: The positive implications of stigma for MMA organizations. Academy of Management Journal, 57(5), 1453-1484.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。