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コラム

レッテルの連鎖:汚名はどのように広がるのか

コラム

時に特定の組織や業界全体が「問題がある」「信頼できない」といった否定的なレッテルを貼られることがあります。このような現象は「組織的スティグマ」と呼ばれています。スティグマとは元々、古代ギリシャで奴隷や犯罪者に押された烙印を意味する言葉でしたが、現代では社会的な「汚名」や「不名誉なレッテル」を指します。

組織的スティグマは、単純な評判の低下とは異なります。それは深く根付いた社会的な非難であり、一度形成されると長期にわたって組織の活動や存続に影響を及ぼします。例えば、2008年の世界金融危機後、金融業界全体が「ウォール街の強欲」といったレッテルを貼られ、社会的な非難の対象となりました。また、特定の産業における不祥事が、その産業に属する企業全体に否定的なイメージをもたらすこともあります。

本コラムでは、組織的スティグマがどのように形成され、拡散していくのかを様々な研究事例を通して探ります。スティグマの形成過程における感情の役割、産業内での連鎖反応、そして企業がスティグマに対応するための方策など、多角的な視点から組織的スティグマの実態に迫ります。

金融危機後、制度矛盾が金融業界のスティグマを拡散

2007年から2008年にかけての世界金融危機は、金融業界全体にスティグマをもたらしました。サブプライムローン危機やリーマンショックを契機に、かつては経済成長の原動力として称賛されていた金融業界が、一気に社会的な非難の対象へと変容したのです。

金融業界に対するスティグマがどのように形成され拡散したのかを調査した研究によれば、このスティグマ化のプロセスには「制度矛盾」が中心的な役割を果たしていました[1]。制度矛盾とは、ある業界や組織が持つ行動原理(制度ロジック)が、より広い社会的な規範や価値観と衝突することを指します。

金融業界は1980年代以降、「株主価値の最大化」という制度ロジックを中心に発展してきました。利益を追求し、株主へのリターンを最大化することが重要視される文化が形成されました。この価値観は長い間、経済的な成功と結びつけられ、社会的にも一定の正当性を獲得していました。

しかし、金融危機を経て、この金融業界特有の制度ロジックが社会的な規範と矛盾を引き起こすようになりました。過度なリスクテイク、莫大なボーナス支給、規制緩和へのロビー活動などが問題視され、「金融業界は社会全体の犠牲の上に自らの利益だけを追求している」という認識が広がりました。

アメリカの主要新聞の社説やオピニオン記事を分析した研究では、メディアが金融業界を批判する際に使用した修辞的手法が明らかになっています。例えば、「ウォール街」という言葉を使うことで、金融業界を一般社会から切り離された特殊な集団として描写する手法が多用されていました。金融市場を「カジノ」や「ロシアンルーレット」などに例えるメタファーも頻繁に登場し、金融業界のリスクテイクの無謀さが強調されていました。

こうした批判的言説は一時的な批判にとどまらず、金融業界の根本にある制度ロジック自体を問題視する形で広がりました。メディアによる批判は、読者に対して「あなたはどう思いますか?」と問いかける形式を取ることも多く、一般市民を巻き込んだ形で金融業界への批判的な見方が社会に浸透していきました。

特定の金融機関の問題行動が、やがて「ウォール街全体」や「金融業界全体」の問題として一般化される過程も観察されました。個別の不祥事が業界全体の問題として拡大解釈され、金融業界全体がスティグマを負うことになりました。

金融業界への批判において焦点が当てられたのは、「過度なリスクテイク」「高額ボーナス制度」「個人主義的な価値観」「生存競争の激しさ」「業界の閉鎖性」などでした。これらの特徴は、いずれも金融業界の「株主価値最大化」という制度ロジックから派生したものとして批判されました。

このように、金融業界のスティグマ化は、「悪いことをした」という倫理的非難を超えて、業界の存在意義や根本的な行動原理を問うレベルにまで発展しました。社会と金融業界の制度ロジック間の矛盾が、業界全体に対するスティグマをもたらしたのです。

スティグマは集団の感情的非難で形成される

組織的スティグマとは、特定の組織が根本的かつ深刻な欠陥を持っているという集合的な認識であり、その結果としてその組織が個別性を失い、社会的な信用を失墜させるラベル(レッテル)です。しかし、この「集合的な認識」はどのように形成されるのでしょうか。

組織スティグマの形成プロセスを分析した研究によれば、スティグマの特徴的な点は「感情的な非難」を伴うことです[2]。評判の低下や信頼の喪失とは異なり、スティグマは嫌悪感や怒りといった強い感情的反応を引き起こします。

例えば、ある企業の製品に欠陥が見つかった場合、消費者は「品質が悪い」という評価を下すだけではなく、「この企業は消費者の安全より利益を優先している」といった道徳的な非難を行うことがあります。このような感情的な非難が社会に広がることで、組織スティグマが形成されます。

組織スティグマは他の社会的評価概念とは明確に区別されます。「評判」は主に中立から肯定的な評価に焦点を当て、「地位」は社会的序列における位置を示し、「著名性」は注目を集める度合いを表します。また、「正統性」は社会的な規範との適合性を示すものです。これらと異なり、スティグマは明確に否定的であり、感情的な反応を伴います。

組織スティグマの発生プロセスは、大きく分けて二つの段階から成り立っています。まず、個人レベルでのラベリングプロセスがあります。ある組織が不正当な行動を行うと、利害関係者がその行動を深刻かつ制御可能なものとして認識します。そして、組織との価値観の不一致が広がり、利害関係者は組織を「危険な逸脱者」としてラベル付けし、時には「象徴的な悪者」に仕立て上げることがあります。

続いて、集合レベルでのラベリングプロセスに進みます。個人レベルで生じたラベルや非難の主張が、利害関係者グループ内で「臨界量」に達することで、スティグマとして立ち上がってくるのです。この臨界量に達するかどうかは、利害関係者グループの文化的同質性(価値観共有の度合い)や、ラベルや非難を主張する人々の社会的地位、影響力によって左右されます。

例えば、有力なメディアや著名な評論家が特定の組織を強く批判すると、その批判が社会に広く受け入れられやすくなります。SNSなどを通じて一般市民の間で批判が拡散するケースも増えています。こうした過程を経て、特定の組織に対する否定的な見方が社会に定着し、スティグマとなります。

組織スティグマが形成されると、二つの重要な影響が生じます。一つは「認知的脱同一視」です。人々はスティグマを受けた組織と自分自身のアイデンティティを切り離そうとします。例えば、不祥事を起こした企業の製品を使用することを避けたり、その企業と関わることに心理的な抵抗を感じたりするようになります。

もう一つは「社会的・経済的制裁」です。スティグマ化された組織との取引が減少したり、取引条件が悪化したりするなど、具体的な不利益が生じます。消費者のボイコットや取引先の契約解除、優秀な人材の流出など、様々な形で組織の経営活動に影響が及びます。

組織スティグマの特徴として、個人のスティグマとは異なる点があります。個人のスティグマは身体的な特徴や民族的属性など、変えることが難しい特性に基づくことも多いのですが、組織スティグマは主に行動的な逸脱(不祥事や社会規範違反など)に起因します。

産業の不祥事は企業にスティグマの連鎖を引き起こす

企業の評判や社会的イメージは、自社の行動だけでなく、同じ産業内の他社の行動によっても左右されることがあります。この現象は産業内で不祥事が発生した際に顕著に見られます。

米国の玩具産業におけるリコール問題を分析した研究によると、ある企業で製品リコールなどの不祥事が発生すると、同じ産業内の他の企業にもネガティブな影響が「連鎖的に」波及することが明らかになりました[3]。これは「負のスピルオーバー効果」と呼ばれます。

例えば、ある玩具メーカーの製品に安全上の問題が見つかり大規模なリコールが行われると、消費者やメディアは同じ産業内の他のメーカーに対しても疑いの目を向けるようになります。「同じ産業なら同じような問題があるのではないか」という連想が働くのです。その結果、直接的には問題を起こしていない企業も、メディアから否定的に報道されたり、消費者から信頼を失ったりする可能性があります。

この研究では、メディアを「情報の仲介者」と位置づけ、企業の評判形成における役割を果たしていることを指摘しています。メディアは企業に関する情報を収集し、編集し、一般に伝える過程で、企業イメージの形成に影響を与えます。企業が社会規範や期待から逸脱した場合、メディアは否定的に報道する傾向があります。

産業内で不祥事が多発している場合には「安全数効果」と呼ばれる現象も観察されました。これは、産業全体で不祥事が多い場合、特定の企業の不祥事が与える否定的影響が相対的に弱まるというものです。言わば「みんなやっているから自分だけが特別悪いわけではない」という認識が生まれるのです。

不祥事発生後、企業はどのような対応を取るべきでしょうか。研究では、企業の対応行動を「技術的行動」と「儀礼的行動」の二つに分類し、それぞれの効果を検証しています。

「技術的行動」とは、不祥事の根本的原因に直接対処し、企業内部の問題解決プロセスに注力する行動です。例えば、製品の設計変更、品質管理体制の強化、従業員教育の徹底などが含まれます。一方、「儀礼的行動」とは、不祥事とは直接関係ないが、企業のイメージを良く見せることを目的とした行動です。例えば、慈善活動や企業イメージ向上のためのイベント開催などがこれに当たります。

研究結果によると、企業自身が不祥事を起こした場合、技術的行動は否定的影響を弱める効果がありました。問題の根本原因に真摯に取り組む姿勢を示すことで、メディアや消費者からの批判が緩和されるのです。一方で、儀礼的行動は逆に否定的影響を強めることがわかりました。企業が本質的な問題解決よりもイメージ操作に走っているという印象を与え、かえって批判を招く結果になります。

しかし、産業全体での不祥事の場合は状況が異なります。他社の不祥事による負のスピルオーバー効果に対しては、儀礼的行動が効果的でした。産業内の他社で問題が発生している際に、自社の良いイメージをアピールすることで、「うちは違う」という差別化を図ることができます。

企業の透明性がスティグマ移転への懸念を緩和する

特定の製品やサービスが社会的なスティグマを持つ場合、それを提供する企業はどのように対応すべきでしょうか。企業は往々にして、そうしたスティグマが自社に「移転」することを恐れ、自社のアイデンティティを隠す傾向があります。しかし、ある研究はこの戦略が逆効果になる可能性を指摘しています。

医療用マリファナ市場に関する研究は、企業の透明性がスティグマ移転への懸念を緩和する可能性があることを示しています[4]。医療用マリファナは健康や生活の質の改善に有効であると認められつつありますが、マリファナ自体が持つ社会的スティグマは依然として強く存在します。そのため、この市場に参入する企業は、マリファナと関連付けられることを恐れて、自らの企業アイデンティティを積極的に公開することを避けていました。

しかし、この研究は、むしろ企業が自らのアイデンティティを明確に示すことで、消費者の信頼を得られる可能性があることを実証しています。これは「アイデンティティ露出」と呼ばれる戦略です。

研究者たちは、医療用マリファナを扱う企業が自社のアイデンティティをどの程度明示するかによって、消費者の反応がどう変わるかを実験的に検証しました。その結果、企業が明確にアイデンティティを示すと、消費者のスティグマ移転懸念が有意に減少することが確認されました。

企業が自社の倫理性や社会的使命を強調すると、消費者はその企業をマリファナという製品のスティグマとは切り離して評価する傾向が強まりました。例えば、「患者の生活の質向上に貢献する」といった社会的使命を明示することで、企業は「マリファナ販売業者」ではなく、「健康と福祉に貢献する企業」として認識されるようになるのです。

反対に、企業がアイデンティティの露出を回避すると、消費者は企業の透明性や倫理性に疑念を抱くようになります。「隠すものがあるのではないか」「何か後ろめたいことがあるのではないか」という疑いが生じ、かえってスティグマが増幅されるリスクがあることが明らかになりました。

自社のアイデンティティを隠すのではなく、むしろ積極的に開示し、その上で倫理性や社会的使命を明確に打ち出すことが、スティグマの移転を防ぐ効果的な戦略となり得るのです。企業の透明性はスティグマが拡散する時代において、ますます重要な価値となっています。自社の理念や目的、行動原理を明確に示し、消費者や社会との信頼関係を構築することが、スティグマの時代を生き抜くための鍵となるでしょう。

脚注

[1] Roulet, T. (2015). “What Good is Wall Street?” Institutional Contradiction and the Diffusion of the Stigma over the Finance Industry. Journal of Business Ethics, 130(2), 389-402.

[2] Devers, C. E., Dewett, T., Mishina, Y., and Belsito, C. A. (2009). A general theory of organizational stigma. Organization Science, 20(1), 154-171.

[3] Zavyalova, A., Pfarrer, M. D., Reger, R. K., and Shapiro, D. L. (2012). Managing the message: The effects of firm actions and industry spillovers on media coverage following wrongdoing. Academy of Management Journal, 55(5), 1079-1101.

[4] Johnson, J. S., Martin, K. D., Dant, R. P., and Rao, H. (2023). Stepping out of the shadows: Identity exposure as a remedy for stigma transfer concerns in the medical marijuana market. Journal of Business Research, 161, 113821.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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