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コラム

パラドックスを活かす経営:深化と探索の相反を力に変える

コラム

デジタル革命やグローバル化の波が押し寄せる現代、企業の生存条件が変化しています。昨日の成功が今日も通用するとは限りません。この激動の時代に企業が持続的に成長するためには、「今日の効率」と「明日のイノベーション」という、一見相反する二つの課題を同時に解決する必要があります。これが「両利きの経営」です。

両利きの経営とは、「深化(Exploitation)」と「探索(Exploration)」という性質の異なる二つの活動を巧みに両立させる組織の能力を指します。深化とは既存の強みを徹底的に磨き上げ、効率性を追求する営みです。一方、探索とは未知の領域に足を踏み入れ、新たな可能性を模索する冒険です。

この二つの行動様式は根本的に異なる思考とスキルを必要とするため、多くの企業はどちらか一方に傾きやすいものです。しかし、長期にわたって優れた業績を上げている企業を分析すると、この二つの相反する活動を高い次元で両立させている共通点が見えてきます。

世界的に有名なイノベーション企業も、実は効率性の追求に妥協はありません。同様に、効率性で知られる製造業の巨人たちも、新たな市場の開拓を怠りません。両者の違いは何か。それは、両利きの経営の実現方法にあります。

どうすれば組織は両利きの能力を身につけられるのでしょうか。創業チームの多様性から組織構造の設計、プロセス管理の在り方、外部との学習関係の構築まで、両利きの経営を実現するメカニズムは複雑に絡み合っています。

本コラムでは、企業が「深化」と「探索」を高次元で両立させるための方法を探ります。一見矛盾する要素を力に変え、不確実な時代を生き抜くための組織の知恵とは何か。そのヒントを共に探っていきましょう。

両利きは創業チームの経歴の多様性で高まる

新しい企業が誕生する時、そのDNAとも言える特性が形成されます。とりわけ、創業時のチーム構成や創業メンバーの経歴は、その後の企業の行動パターンや戦略に大きな痕跡を残します。企業がどれだけ「探索」と「深化」のバランスを取れるかは、創業時点で決まっている部分もあるかもしれません。

シリコンバレーの新興ハイテク企業141社を調査した研究によると、創業チームのメンバーがどのような企業で働いてきたかという経歴の多様性が、両利きの経営の実現に関わっていることが分かりました[1]

創業メンバーが過去に同じ企業で働いていた場合、その企業は「深化」に優れる傾向があります。例えば、全員が同じIT企業出身のチームで創業した場合、共通の知識や共通言語、暗黙の了解があるため、意思決定や行動が迅速になります。互いの考え方や仕事のスタイルを理解しているので、既存知識を深め、効率化を図る「深化」的な行動が円滑に進みます。

一方、メンバーが多様な企業出身である場合、その企業は「探索」に強くなる傾向があります。例えば、IT企業、広告代理店、教育機関など異なる業界から集まったメンバーの場合、多様な視点や知識をもたらすため、新しいアイデアが生まれやすくなります。異なる経験を持ち寄るので、新しい可能性を追求する「探索」的な行動が促進されます。

この研究で最も優れたパフォーマンスを示したのは、創業メンバーが「共通性と多様性の両方」を持つ企業でした。例えば、メンバーの一部が同じ企業出身で共通の言語や価値観を持ちながらも、他のメンバーが異なる企業から来ている場合です。

このような企業は、共通の背景を持つメンバーがいることで意思決定や実行が迅速になる(深化の側面)と同時に、多様な背景を持つメンバーがいることで新しい発想が生まれやすくなる(探索の側面)というメリットを併せ持ちます。調査対象の企業の中で、創業メンバーが共通性と多様性を兼ね備えていた企業は、従業員数の成長率などのパフォーマンス指標が他の企業よりも高いことが明らかになりました。

この研究の意義は、企業の両利き性が創業時点のチーム構成によって影響を受けることを示した点にあります。企業の設立時には、メンバーの過去の所属企業という側面が、「経歴」以上の意味を持つことが分かりました。創業メンバーの経歴が多様であることで、企業は「深化」と「探索」のバランスを取りやすくなり、それが長期的な成功につながるのです。

両利きは権限委譲と部門横断的交流で高まる

両利きの経営を実現する上で、組織内の仕組みはどのような役割を果たすのでしょうか。マネジャーレベルでの両利き性は、組織の構造やコミュニケーションの仕組みによってどのように促進されるのでしょうか。

大手企業に勤める716名のマネジャーを対象とした研究では、組織内の「公式な構造的調整メカニズム」と「個人的調整メカニズム」が、マネジャーの両利き性に関わっていることが分かりました[2]

マネジャーが両利きの経営を体現するためには、三つの能力が必要だと考えられます。一つ目は「矛盾への対処能力」です。これは相反する目標やニーズを認識し、それらをうまく調和させる能力を指します。二つ目は「マルチタスク遂行能力」で、探索と深化の両方の役割を同時にこなし、専門性に偏らず広い範囲の業務を遂行できる能力です。三つ目は「知識の更新・精緻化能力」で、自分の知識やスキルを常に更新し続ける能力です。

この研究で特に調査されたのは、次の四つの要素です。まず「公式な構造的調整メカニズム」として、意思決定権限の委譲と業務の公式化が挙げられます。次に「個人的調整メカニズム」として、部門横断的インターフェースへの参加と他者とのつながりが検討されました。

調査の結果、「意思決定権限が高いほど、マネジャーの両利き性が高まる」ことが明らかになりました。マネジャーに自由に判断し行動する権限があると、状況に応じて探索と深化のバランスを取りやすくなるからです。例えば、短期的な成果を求められる場面では「深化」に注力し、長期的な可能性を追求すべき場面では「探索」に力を入れるといった柔軟な判断が可能になります。

一方、「業務の公式化の程度は、両利き性に直接的な影響を与えない」ことも分かりました。業務のルールや手順が詳細に規定されているかどうかは、マネジャーの両利き性の高さと関連していないようです。これは意外な結果かもしれませんが、業務の公式化自体が問題なのではなく、その運用の柔軟性が重要なのかもしれません。

「部門横断的インターフェースへの参加」と「組織内ネットワーク」は、マネジャーの両利き性に良い影響を与えることが確認されました。部門を超えたプロジェクトチームやタスクフォースに参加することで、異なる視点や知識に触れる機会が増え、それが探索と深化のバランスを促進します。同様に、組織内の幅広い人々と関係を持つことも、多様な情報や視点へのアクセスを提供し、両利き性を高めます。

さらに、「公式な調整メカニズム」と「個人的調整メカニズム」の間には正の相乗効果がありました。この二つのメカニズムを同時に活用することで、マネジャーの両利き性がより一層高まります。例えば、意思決定権限を持ちながら部門横断的な活動に参加するマネジャーは、どちらか一方だけの場合よりも両利き性が高まります。

両利きは過度なプロセス管理で阻害される

「プロセス管理」は多くの企業で取り入れられている管理手法です。ISOやシックスシグマ、TQMなどがその代表例で、企業活動を標準化し、バラつきを減らすことで効率性を高めることを目指しています。しかし、このプロセス管理が行き過ぎると、企業の両利きの経営を阻害する恐れがあります。

写真産業98社と塗料産業17社を20年間にわたって調査した研究では、プロセス管理の強化が「深化」を促進する一方で、「探索」を抑制することが分かりました[3]

プロセス管理は、企業内の活動を文書化・標準化し、手順を明確にすることで、バラつきを減らし、効率性を高めることを目指します。この手法は当初、製造業での品質管理を目的に導入されましたが、現在では製品開発や研究開発などの創造的活動にまで広がっています。

しかし、この研究によると、プロセス管理の拡大は技術革新の種類に異なる影響を与えることが分かりました。具体的には、既存知識を改良・発展させる「深化型革新(深化に相当)」を促進する一方で、新規領域への進出や新規知識の獲得を伴う「探索型革新(探索に相当)」を抑制する傾向があるのです。

なぜこのような影響があるのでしょうか。プロセス管理は次の二つの効果を通じて革新活動に影響すると考えられています。

一つ目は「組織のルーティンにおける漸進的学習効果」です。プロセス管理は企業内部の活動を標準化し、繰り返し行うことを推奨します。その結果、企業は既存の技術や知識を深く掘り下げる形での革新(深化)が促進されやすくなります。例えば、現行製品の品質向上や生産効率の改善などが進みます。

二つ目は「組織内における革新選択環境への影響」です。プロセス管理の導入により、測定可能で短期的に評価可能な改良に焦点が当てられるようになります。その結果、長期的かつ不確実な新規探索活動が評価されにくくなり、組織文化として探索型革新が抑制されます。

実際、この研究では、写真産業において、プロセス管理(ISO認証取得など)が強化されるほど、深化型革新(既存知識に80%以上依存した特許)は増加し、探索型革新(既存知識を全く用いない純粋な探索型特許)は減少することが確認されました。塗料産業でも同様の傾向が見られましたが、写真産業ほど顕著ではありませんでした。

また、プロセス管理が強化されるほど、企業全体の革新活動に占める深化型革新の割合が増加することも分かりました。企業のイノベーション活動が「深化」に偏ってしまうのです。

プロセス管理は短期的な効率性や品質向上には有効である一方、長期的なイノベーション能力を損なう可能性があります。急速な技術変化が起きている環境(写真産業など)では、過度なプロセス管理によって探索活動が抑制されると、競争優位を失う恐れがあります。研究者はこれを「イノベーションの罠」と呼んでいます。

両利きは組織内外の学習を通じ相互に転換する

両利きの経営における「探索」と「深化」は、一見すると相反する活動のように思えます。しかし、実際の組織では、これらは相互に関連し合い、時には一方から他方へと転換することがあります。また、この転換は組織内(一つの組織の中)だけでなく、組織間(複数の組織の間)でも起こります。

北欧のソフトウェア企業「Scandinavian PC Systems」とそのパートナー企業を3年間調査した研究では、「探索」と「深化」が組織内外で相互に転換するプロセスが明らかになりました[4]

この研究では、二つの学習レベルに注目しています。一つは「組織内学習」で、一つの組織内部で行われる経験を通じた学習です。もう一つは「組織間学習」で、複数の組織が連携して行う経験に基づく学習です。

探索と深化という二つのモードが、この二つの学習レベルの間でどのように転換するのか、研究者は四つのプロセスを提案しました。

一つ目は「開放的拡張」です。これは組織内の深化が組織間の探索を引き起こすプロセスです。例えば、Scandinavian PC Systemsは長年「使いやすさ」を追求する(深化的)製品開発を行っていました。しかし、顧客からより高度な製品を求められるようになると、企業外部の新しいパートナー(KPMG)との提携を通じて、これまでの深化的知識をベースに組織間で新しい探索的な活動を展開しました。

二つ目は「集中化的内在化」です。これは組織間の探索が組織内の深化を引き起こすプロセスです。提携パートナーとの初期の製品開発では様々な新しいアイデアが生まれました(探索的)が、そのままでは具体化に至りませんでした。そこでScandinavian PC Systemsは共同作業の成果を自社内で明確化(集中化)し、深化的な具体的な製品仕様を策定しました(内在化)。

三つ目は「開放的内在化」です。これは組織間の深化が組織内の探索を引き起こすプロセスです。長年にわたる特定のパートナーとの関係性は深化的でしたが、顧客の要求変化により従来のやり方に限界を感じるようになりました。そこで新規パートナー(KPMG)の異なる視点を取り入れることにより、自社内部で新しい製品コンセプトを模索する探索的活動を行いました。

四つ目は「集中化的拡張」です。これは組織内の探索が組織間の深化を引き起こすプロセスです。企業内部の異なる部門間では顧客から得られる知識について異なる見解が存在し、それらを統合できず探索が行き詰まりました。その解決のため外部のパートナー企業が関与し、部門間の意見を統合・集中化し、組織間で活用可能な具体的な成果へとつなげました。

この四つのプロセスの背後には、二つの重要なメカニズムがあります。一つは「不満足感」です。現状に対する不満足感が、異なる学習モードへの転換のきっかけとなります。もう一つは「翻訳」です。異なるレベル(組織内と組織間)の間で知識や経験を移転するためには、それをうまく「翻訳」する必要があります。

この研究の価値は、「探索」と「深化」が静的なカテゴリーではなく、状況に応じて相互に転換し得ることを示した点にあります。また、この転換が組織内だけでなく、組織間の相互作用を通じても起こり得ることを明らかにしました。

両利きは矛盾を活用することで革新を生む

両利きの経営を実現する上で避けられないのが、「探索」と「深化」の間に生じる矛盾や緊張関係です。しかし、この矛盾を単に解消すべき問題と捉えるのではなく、むしろ積極的に活用することで、持続的なイノベーションを生み出すことができるかもしれません。

新製品開発(NPD)分野でトップクラスのデザインコンサルティング企業5社を調査した研究では、成功している企業は「探索」と「深化」の矛盾を避けるのではなく、それを認識し、うまく管理していることが分かりました[5]

この研究によると、両利きの経営を実践する企業では、特に三つの重要なパラドックス(矛盾)が存在していました。

一つ目は「戦略的意図のパラドックス」です。これは利益追求とブレイクスルー追求の矛盾です。利益重視は安定した収益をもたらしますが、革新性が低下する恐れがあります。一方、ブレイクスルー重視はイノベーションを生みますが、リスクが高まります。企業はこの二つの相反する目標をどう両立させるかという課題に直面します。

二つ目は「顧客志向のパラドックス」です。これは顧客との密結合と疎結合の矛盾です。顧客と密接に関わることで、そのニーズを正確に捉えることができますが、創造性が制限される可能性があります。逆に、顧客から距離を置くと自由な発想が可能になりますが、市場ニーズとの乖離リスクが生じます。

三つ目は「個人の動機のパラドックス」です。これは規律と情熱の矛盾です。規律は効率性と品質管理を促進しますが、創造性を抑制する可能性があります。一方、情熱は創造性を高めますが、無秩序や非効率を招きかねません。

これらのパラドックスは単なる対立ではなく、相互依存的なものです。例えば、利益を追求するためには一定のブレイクスルーが必要であり、ブレイクスルーを実現するためには利益基盤が必要です。同様に、顧客ニーズを満たすためには創造性が必要であり、創造性を市場価値に変えるためには顧客理解が必要です。

調査対象の成功企業は、これらのパラドックスに対処するために、「統合戦略」と「分離戦略」を組み合わせて使用していました。

「統合戦略」とは、組織全体がパラドックスを受け入れる文化やビジョンを持ち、両極を一体化したマインドセットや行動パターンを育てる方法です。例えば、「利益とイノベーションを両立させる」というビジョンを共有したり、「顧客志向と創造性のどちらも大切にする」という価値観を浸透させたりします。

一方、「分離戦略」とは、パラドックスの両極を明確に分け、それぞれに集中する環境や時期を作る方法です。例えば、異なるプロジェクトで利益中心またはブレイクスルー中心に明確に分けたり、製品開発の初期段階では創造性を重視し、後期段階では顧客ニーズへの適合を重視したりします。

この二つの戦略を併用することで、企業はパラドックスを管理し、両利きの経営を実現していました。組織の異なるレベル(企業全体、プロジェクト、個人)で、これらの戦略をうまく使い分けることが重要でした。

例えば、企業全体のビジョンとしては「利益とイノベーションの両立」という統合的なメッセージを掲げながらも、具体的なプロジェクト管理では「探索型」と「深化型」のプロジェクトを明確に分けるといった具合です。

脚注

[1] Beckman, C. M. (2006). The influence of founding team company affiliations on firm behavior. Academy of Management Journal, 49(4), 741-758.

[2] Mom, T. J. M., van den Bosch, F. A. J., and Volberda, H. W. (2009). Understanding variation in managers’ ambidexterity: Investigating direct and interaction effects of formal structural and personal coordination mechanisms. Organization Science, 20(4), 812-828.

[3] Benner, M. J., and Tushman, M. L. (2002). Process management and technological innovation: A longitudinal study of the photography and paint industries. Administrative Science Quarterly, 47(4), 676-706.

[4] Holmqvist, M. (2004). Experiential learning processes of exploitation and exploration within and between organizations: An empirical study of product development. Organization Science, 15(1), 70-81.

[5] Andriopoulos, C., and Lewis, M. W. (2009). Exploitation-exploration tensions and organizational ambidexterity: Managing paradoxes of innovation. Organization Science, 20(4), 696-717.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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