2025年6月24日
認知の再構成:断片化する仕事が私たちの思考に与える影響
複数の仕事を行き来しながら進める「タスク切替」は当たり前の働き方になっているかもしれません。メールを確認しながら会議資料を作成し、途中で電話対応をし、チャットでの質問に返答する。このような場面は、オフィスでよく見られる光景です。テクノロジーの発展により、私たちは以前よりもはるかに多くの情報に簡単にアクセスできるようになり、複数の仕事を同時に進められるようになりました。
しかし、こうしたタスク切替が頻繁に行われる働き方は、本当に効率的なのでしょうか。直感的には、複数の仕事を同時に進めることで生産性が上がるように思えます。しかし、学術研究は、タスク切替が私たちの思考プロセスや作業効率に与える影響について、意外な事実を明らかにしています。
私たちの脳は、一見すると並列処理が得意なように見えますが、実際には複数の認知的課題を同時に処理する上で様々な制約があります。一つの作業から別の作業に切り替える際には、脳内で「認知の再構成」と呼ばれるプロセスが必要となり、これが思考の連続性を中断させ、作業効率の低下を招く可能性があります。
本コラムでは、タスク切替が私たちの認知機能やパフォーマンスにどのような影響を与えるのかについて、実証研究の成果をもとに見ていきます。現代の情報労働者が経験している実態から、タスク切替時に脳内で起こる認知プロセス、そして予測可能性が与える影響まで、タスク切替の様々な側面を探ります。
現代の情報労働は約3分ごとにタスクが切り替わる
現代のオフィスワーカーは、一日のうちにどれほど頻繁に作業を切り替えているのでしょうか。この疑問に答えるために、アメリカの研究者たちが実施した観察調査が参考になります。
この調査は、アメリカ西海岸の金融系IT企業で働く14名のプロフェッショナル(アナリスト、開発者、マネージャー)を対象に行われました[1]。調査方法は「シャドーイング法」と呼ばれるもので、研究者が被観察者の背後に座り、その人の一日の行動をすべて記録するというものです。各参加者につき約3.5日間、合計で477時間もの観察を行った大規模な調査でした。
調査の結果、情報労働者が約3分ごとに異なる作業に切り替えていることがわかりました。電子メールのチェック、電話対応、文書作成、会議参加など、様々な活動間を非常に短い時間で行き来している様子が観察されました。例えば、コンピューターを使った作業でも、平均して約3分程度で別の作業に移っています。メールの確認に至っては、約2分半で別のタスクへと切り替わっていました。
こうした細切れの作業をさらに詳細に分析し、研究者たちは「ワーキングスフィア」という概念を提唱しました。ワーキングスフィアとは、共通の目的を持ち、特定の人々との相互作用や特定のリソース、独自のタイムフレームを伴う一連の関連した活動のまとまりを指します。例えば、「プロジェクトA関連の作業」「クライアントBとのやりとり」「部署内の管理業務」などが、それぞれ独立したワーキングスフィアとなります。
調査参加者たちは平均して一日当たり約10個のワーキングスフィアを持ち、それらの間を行き来していました。一つのスフィアに集中できる時間も短く、平均でわずか12分程度で別のスフィアに移っていたのです。私たちは細かい作業(約3分)の切り替えだけでなく、より大きな仕事のテーマ(約12分)の切り替えも頻繁に行っているわけです。
こうした頻繁な作業の中断は、どのようにして生じるのでしょうか。調査では、作業の中断を「内的中断」と「外的中断」に分類しています。内的中断とは、自分自身の判断で別の作業に移ることを指します。例えば、報告書を書いている途中で「あ、この件についてメールを送っておかなければ」と思い出し、メール作成に切り替えるケースです。一方、外的中断は環境から強制される中断です。同僚が質問しに来たり、電話が鳴ったりすることで、現在の作業から引き離されるケースが該当します。
内的中断と外的中断はほぼ同じ頻度で発生していました。私たちは外部からの割り込みによって作業を中断させられるだけでなく、自分自身の判断でも同程度の頻度で作業を切り替えています。外的中断の主な原因は対面でのコミュニケーションや電話でした。メール通知による中断はそれほど多くありませんでした。
このような断片的な作業環境の中で、情報労働者たちはどのようにして作業の連続性を維持しているのでしょうか。調査では、参加者たちが様々な「リマインダー」を活用していることが分かりました。メールフォルダ、紙の印刷物、付箋紙、手帳など、目に見える物理的な手がかりを使って、中断された作業を再開する際の助けにしていたのです。これらのリマインダーは、優先順位を付けるためだけではなく、「常に視界に入る場所」に配置することで、中断された作業を思い出すための手がかりとして機能していました。
調査では「メタワーク」と呼ばれる活動の存在も明らかになりました。メタワークとは、特定のワーキングスフィアに属さず、複数の活動を管理するための調整や整理作業を指します。例えば、今日やるべきことのリストを更新したり、仕事の優先順位を考え直したりする活動です。参加者たちは一日平均約44分をこうしたメタワークに費やしていましたが、これもまた断片的で、1回あたり約6分半程度の短い時間で行われていました。
タスクを切り替えると認知の再構成が起こり反応が遅れる
現代の情報労働者が約3分ごとに作業を切り替えている実態を見てきました。このような頻繁なタスク切替は、私たちの思考プロセスやパフォーマンスにどのような影響を与えるのでしょうか。
この疑問に答えるため、「タスクスイッチング(課題切替)」に関する実験的研究が行われてきました。その研究の一つでは、人間が複数の課題を切り替えながら遂行する際に生じる「切替コスト(switch cost)」と呼ばれる現象を調査しています[2]。
ここでいう「切替コスト」とは、ある認知課題から別の課題へと注意を切り替える際に発生する、反応時間の延長やエラー率の増加を指します。言い換えれば、タスクを切り替えることによって発生する「非効率」の度合いです。
研究者たちは実験室環境で、参加者に対して異なる種類の認知課題を行うよう求めました。例えば、「文字分類タスク」では画面に表示された文字が母音か子音かを判断し、「数字分類タスク」では提示された数字が奇数か偶数かを判断します。実験の中で参加者は、これらの異なるタスク間を切り替えながら遂行するよう指示されました。
実験の結果、タスクを切り替えた直後の試行(スイッチ試行)では、同じタスクを繰り返す試行(リピート試行)と比較して、反応時間が長くなり、エラー率も上昇することが確認されました。タスクの切替自体に時間と認知資源が消費されるということです。
このような現象が生じるのは、私たちの脳が異なるタスクに対応するために「認知セット(task set)」と呼ばれる特定の心的態勢を形成するからです。この認知セットには、そのタスクを実行するためのルールや手続き、注意の向け方などが含まれています。例えば、文字が母音か子音かを判断するタスクと、数字が奇数か偶数かを判断するタスクでは、異なる認知セットが必要になります。
タスクを切り替える際には、前のタスクの認知セットを「抑制」し、新しいタスクの認知セットを「活性化」するという「認知の再構成」が必要になります。この再構成プロセスには時間がかかるため、タスク切替直後のパフォーマンスが低下するのです。
実験では、タスク切替の「予測可能性」による影響も調査されました。参加者がタスクの切替を事前に予測できる場合と、予測できない場合とでは、結果にどのような違いが出るのでしょうか。
予測可能性の効果を調べるために、研究者たちは「準備時間」という要素を操作しました。課題の切り替えを予告し、次の課題に備える時間を与えると、切替コストは減少する傾向がみられました。「次は別のタスクをやる」ということを事前に知らされ、心の準備ができると、認知的切り替えの負荷をある程度軽減できることが分かったのです。
しかし、準備時間が与えられても、切替コストが完全になくなることはありませんでした。これは、認知セットの再構成には、意識的に準備できる部分と、実際に新しい課題に直面してから初めて行われる部分があることを意味しています。
課題の複雑性と切替コストの関係も調査されました。予想通り、課題が複雑であるほど、切替コストは大きくなりました。複雑な認知操作を必要とするタスクほど、認知セットの再構成に多くの注意や認知資源を必要とするためです。
組織によっては「マルチタスク」が一種の美徳のように語られることがありますが、頻繁なタスク切替は必ずしも効率的ではありません。毎回の切替には認知的コストが伴い、それが積み重なることで全体的な生産性の低下につながる可能性があります。
例えば、メールを確認している最中に電話が鳴り、対応した後で再びメールに戻るという一連の流れを考えてみましょう。一見すると効率的に複数のコミュニケーション手段を使いこなしているように見えますが、実際には切替のたびに認知の再構成が必要となり、余分な時間と認知資源が消費されています。
予測できないタスク切替は直後の反応と精度を低下させる
タスクを切り替える際に認知の再構成が必要となり、それが反応時間の遅延やエラーの増加につながることを見てきました。では、突然予期せぬタイミングでタスクが切り替わる場合、私たちの認知機能はどのような影響を受けるのでしょうか。
フランスの研究者たちは、この問題に焦点を当てました。特に、「予測できないタスク切替」が作業のパフォーマンスにどのような影響を与えるかを調査しています[3]。
この実験では、96名の心理学専攻の女子学生が参加しました。参加者は、画面上に表示されるアルファベットと数字の系列の中から、特定のルールに従った要素(例えば、偶数の後に奇数が続く場合など)を識別し、マウスで選択するという作業を行いました。
実験のポイントは、参加者が作業している最中に、予告なく異なるタスクに切り替えられる点です。例えば、最初は「偶数の後に奇数が続く場所をクリックする」というルールで作業していたのが、突然「子音の後に母音が続く場所をクリックする」というルールに変更されます。
研究者たちは、このタスク切替における三つの要素を操作しました。一つ目は「時間的制約」で、画面表示の速度を変えることで作業のプレッシャーを調整しました。二つ目は「課題の複雑性」で、処理すべき要素の数を変化させることで難易度を調整しました。三つ目は「課題間の類似性」で、切り替わる前後のタスクがどれだけ似ているかを変化させました。
実験の結果、明確に現れたのは「タスク切替直後のパフォーマンス低下」です。タスクが切り替わった直後は、反応速度が遅くなり、エラー率も増加しました。新しいタスクのために認知資源を再配分(前のタスクに使っていた資源を抑制し、新しいタスク用の資源を活性化する)するプロセスに時間がかかるためと考えられます。
「時間的制約」の影響も明らかになりました。低い時間的制約の下では、タスク切替直後の反応遅延がより顕著でした。これは一見矛盾しているように思えますが、高い時間的制約下では参加者が常に高い活性化状態にあるため、切替時の追加的な認知負担が相対的に小さく見えるという解釈がされています。
ただし、高い時間的制約下ではエラー率が増加していました。時間的プレッシャーがある状況では、速度を優先するあまり精度が犠牲になる「スピードと精度のトレードオフ」が発生していたのです。これは実社会の状況にも当てはまる現象でしょう。締め切りに追われている状況で急にタスクを切り替えると、早く対応しようとするあまりミスが増える可能性があります。
課題が複雑であるほど、高い時間的制約下でのエラー率が増加するという結果も得られました。複雑な課題ほど認知資源を多く必要とするため、タスク切替の際の資源再配分が困難になることを意味しています。
課題間の類似性の影響はそれほど強くありませんでした。当初は、似たような課題間の切替の方が容易だろうと予想されていましたが、実際には課題の類似性よりも、使用される認知資源の種類や性質の方が重要であることが見えてきました。
タスク切替の際に生じるエラーの種類も分析されています。主に三種類のエラーが観察されました。一つ目は「混同(confusion)」で、新旧のタスクのルールを混ぜ合わせてしまうというものです。二つ目は「侵入(intrusion)」で、古いタスクのルールがそのまま新しいタスクに侵入してくるというものです。三つ目は「脱落(omission)」で、認知的混乱のため必要な反応ができなくなるというものです。
これらのエラーパターンは、タスク切替時の認知的混乱の性質を理解する上で貴重な情報を提供しています。旧タスクのルールが完全に抑制されず、新タスクのルールと競合する状態が、パフォーマンス低下の原因であることが分かります。
予期せぬタスク切替の悪影響を考えると、集中を要する作業中の不必要な中断を最小限に抑える工夫が求められます。複雑な課題に取り組んでいる場合や、時間的プレッシャーがある状況では、タスク切替による認知的混乱がより深刻になり得ます。
予測可能なタスク切替でも認知的負担は完全に消えない
タスク切替には認知的コストが伴い、予測できないタイミングで切り替わる場合は、その直後のパフォーマンスが低下することが分かりました。タスク切替が予測可能な場合はどうでしょうか。事前に準備ができれば、切替コストを排除できるのでしょうか。
この疑問に答える研究が発表されています。「予測可能な」条件下でのタスク切替コストを調査し、認知プロセスに迫りました[4]。
この研究では、参加者に「文字と数字」のペアを画面に提示し、あるときは「文字が母音か子音か」を判断するタスク、別のときは「数字が奇数か偶数か」を判断するタスクを行うよう求めました。重要なのは、タスクの切替が予測可能だったことです。例えば、「2試行ごとに課題を交互に切り替える」というように、次に何のタスクをやるべきかが参加者に分かるようになっていました。
この完全に予測可能な状況でさえ、タスクを切り替える試行(スイッチ試行)は、同じタスクを繰り返す試行(リピート試行)よりも、反応時間が長くなりました。次に行うタスクを予測できたとしても、タスク切替には依然として認知的コストが伴うことが実証されました。
研究者たちは「準備時間」の効果も調査しました。準備時間とは、前の課題への応答から次の刺激が提示されるまでの間隔(RSI:Response-Stimulus Interval)のことで、この時間内に参加者は次のタスクへの認知的準備をすることができます。
実験の結果、準備時間が長くなるほど、確かに切替コストは減少しました。しかし、どれほど長い準備時間を与えても、切替コストは完全にはなくなりませんでした。タスク切替に伴う認知的コストの一部は、どれだけ事前に準備をしても避けられないのです。この避けられないコストは「残余的切替コスト(residual switch cost)」と呼ばれています。
このような残余的コストが発生する理由について、研究者たちは、タスク切替には二つの段階があると提案しています。第一段階は「目標の再設定」で、次に行うべきタスクを意識的に準備する段階です。この段階は準備時間中に完了させることができます。
しかし、第二段階の「刺激依存的再構成」は、実際に刺激が提示されるまで完了できません。これは、新しい刺激が提示されてから初めて、完全なタスクセットの再構成が可能になるためです。言い換えれば、頭の中でいくら次のタスクの準備をしていても、実際の刺激を見るまでは認知システムの完全な切替ができないのです。
例えば、数字の奇数・偶数判断から文字の母音・子音判断に切り替える場合、「次は文字の判断をしよう」と心の準備をすることはできますが、実際に文字が提示されてから初めて、文字処理のための認知メカニズムが完全に活性化されるということです。
この知見は、ここまでに見てきた研究結果とも一致しています。私たちの脳は、一つの認知的タスクから別のタスクへと切り替える際、本質的に一定の「再構成コスト」を必要とします。このコストは、タスクの予測可能性や準備時間によって減少させることはできますが、完全に排除することはできません。
脚注
[1] Gonzalez, V. M., and Mark, G. (2004). “Constant, constant, multi-tasking craziness”: Managing multiple working spheres. In Proceedings of the SIGCHI Conference on Human Factors in Computing Systems (pp. 113-120). ACM.
[2] Rubinstein, J. S., Meyer, D. E., and Evans, J. E. (2001). Executive control of cognitive processes in task switching. Journal of Experimental Psychology: Human Perception and Performance, 27(4), 763-797.
[3] Cellier, J.-M., and Eyrolle, H. (1992). Interference between switched tasks. Ergonomics, 35(1), 25-36.
[4] Rogers, R. D., and Monsell, S. (1995). Costs of a predictable switch between simple cognitive tasks. Journal of Experimental Psychology: General, 124(2), 207-231.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。