2025年6月24日
熱意の功罪:健全な情熱か、危険な中毒か
エンゲージメントという言葉をよく耳にするようになりました。エンゲージメントとは、仕事に対する熱意や没頭、活力といった心理状態を表します。多くの企業が従業員のエンゲージメントを高めることで、生産性の向上や離職率の低下といった成果につながると期待しています。
確かに、エンゲージメントの高い従業員は仕事に情熱を持ち、進んで課題に取り組み、組織に貢献しようとする姿勢を見せます。そのため、人事施策や組織開発の分野では、いかにしてエンゲージメントを高めるかが一つの課題となっています。
しかし、エンゲージメントには光だけでなく影の側面も存在します。過度に仕事に没頭することで健康を害したり、ワーカホリズムに陥ったりする可能性もあるのです。「働き方改革」が叫ばれる今日、エンゲージメントを高めれば良いという単純な図式では捉えきれない複雑さに目を向けることは大事です。
本コラムでは、エンゲージメントが持つ両面性に焦点を当て、研究知見に基づいてその実態を掘り下げていきます。エンゲージメントがもたらす良い側面だけでなく、意外と知られていない負の側面についても理解することで、より健全な働き方や組織づくりのヒントが見えてくるでしょう。
過剰なエンゲージメントは短期的には健康を害する
仕事へのエンゲージメントは一般的に望ましいものと考えられていますが、度を超えると健康に悪い影響を及ぼす可能性があります。ある研究チームが行った調査では、エンゲージメントと心理的健康の関係について発見がありました[1]。
この研究では、約2,000名の日本人労働者を対象に、仕事へのエンゲージメントと心理的苦痛との関係を7か月間にわたって調査しました。エンゲージメントの測定には、「活力」「熱意」「没頭」の3つの側面からなるユトレヒト・ワーク・エンゲージメント尺度が用いられました。心理的苦痛については、ストレスや不安、抑うつ感などを測定しています。
調査では、エンゲージメントと心理的苦痛の関係を分析する際、従来考えられていた直線的な関係(エンゲージメントが高いほど心理的苦痛が少ない)だけでなく、曲線的な関係(U字型のカーブ)の可能性も検討しました。これは「良いものでも度が過ぎれば悪影響がある」という「Too-Much-of-a-Good-Thing効果」という考え方に基づいています。
分析の結果、同じ時点での測定データを見ると、エンゲージメントと心理的苦痛の間にはU字型の関係が見られました。エンゲージメントが中程度の人が最も心理的苦痛が少なく、エンゲージメントが非常に低い人だけでなく、非常に高い人も心理的苦痛が多いという結果でした。この結果は、過剰なエンゲージメントが短期的には心理的健康に悪影響を及ぼす可能性を示唆しています。
この現象は、「ビタミンモデル」という考え方で解釈できます。ビタミンは適量であれば健康に良いですが、過剰摂取すると有害になるように、仕事の特性も適度であれば心理的健康に良いですが、過剰になると悪影響を及ぼすというものです。過度に仕事に没頭することで、休息不足やストレスが蓄積し、心理的苦痛につながる可能性があります。
一方で、7か月後の心理的苦痛との関係を分析すると、曲線的な関係は見られず、エンゲージメントが高いほど心理的苦痛が少ないという直線的な関係のみが確認されました。長期的に見ればエンゲージメントの高さが心理的健康に良い効果をもたらすということです。
また、仕事のパフォーマンスについては、予想に反して過剰なエンゲージメントによる悪影響は見られませんでした。エンゲージメントが高ければ高いほど、職務パフォーマンスや創造的行動も高くなるという直線的な関係が認められました。一般的に知られる「ヤーキーズ・ドッドソンの法則」(適度な覚醒レベルがパフォーマンスを最大化する)とは異なる結果となりました。
この研究からは、エンゲージメントの効果が心理的健康と仕事のパフォーマンスでは異なるメカニズムで働いている可能性が浮かんできます。短期的には過剰なエンゲージメントが心理的健康に悪影響を及ぼしますが、長期的には高いエンゲージメントが心身の健康や仕事のパフォーマンスに良い効果をもたらすと考えられます。
この知見は、仕事への熱意を持ちつつも、短期的に過度な没頭を避け、長期的な視点でバランスを取ることの大切さを教えてくれます。エンゲージメントは基本的に良いものですが、その「光」の側面だけでなく、場合によっては「影」の側面も持ち得ることを理解する必要があるでしょう。
高齢者の過度なエンゲージメントは健康行動を妨げる
過剰なエンゲージメントが短期的に心理的健康に悪影響を及ぼす可能性を見てきました。では、このエンゲージメントの「影」の側面は、特定の年齢層でより顕著に表れることがあるのでしょうか。高齢労働者に焦点を当てた研究によると、エンゲージメントの特定の側面が、健康維持など職場外の重要な活動を阻害し得ることが明らかになっています[2]。
オーストラリアの研究チームが行った調査では、45歳以上の労働者1,913名を対象に、ワークエンゲージメントと主体的行動(自発的で将来志向的な行動)との関係を調べました。仕事におけるキャリア行動、健康行動、退職計画という3つの領域での主体的行動に着目しています。
エンゲージメントは通常、「活力」「熱意」「没頭」という3つの次元で構成されますが、この研究では特に「活力」と「没頭」に焦点を当てています。「活力」とは高いエネルギーと精神的な回復力を持ち、困難に直面しても努力し続ける能力を指し、「没頭」とは仕事に完全に集中し、時間を忘れるほど没頭している状態を指します。
研究者たちは「資源保存理論」に基づき、個人が特定の領域(この場合は仕事)に多くのエネルギーや時間を投資すると、他の領域(健康維持や退職計画)に使える資源が不足するのではないかと考えました。特に高齢労働者にとっては、健康維持や退職後の生活設計も重要な課題であり、仕事への過度の集中がこれらを疎かにさせる可能性があるという仮説を立てました。
調査の結果、「活力」はキャリア行動、健康行動、退職計画のすべての領域での主体的行動と正の関連を示しました。仕事に対して活力を感じている高齢労働者は、健康維持や退職準備においても積極的に行動しました。これはエンゲージメントの「光」の側面と言えるでしょう。
一方で、「没頭」は仕事でのキャリア行動とは正の関連を示したものの、健康行動とは負の関連が見られました。仕事に過度に没頭している高齢労働者は、健康維持のための行動(運動、健康的な食事、十分な睡眠など)を怠る傾向があったのです。これがエンゲージメントの「影」の側面であり、高齢労働者にとって憂慮すべき点でしょう。
この結果は、仕事に没頭すること自体は悪いことではないものの、それが他の重要な生活領域を犠牲にするほど過度になると問題が生じることを意味しています。高齢労働者にとって、健康維持は仕事を続けるためにも退職後の生活の質を高めるためにも重要です。
ワークエンゲージメントの「活力」面を高めつつ、過度の「没頭」を防ぐバランスが求められるでしょう。仕事に熱中することは良いことですが、それが健康や将来の準備といった他の重要な領域を犠牲にするほどではないという境界線を意識することです。
没頭はワーカホリズムとエンゲージメントに共通する
エンゲージメントとワーカホリズム(仕事中毒)は、一見すると正反対の概念のように思えます。エンゲージメントは健全で前向きな仕事への関わり方であり、ワーカホリズムは強迫的で不健全な働き方だと考えられているからです。しかし、両者は実際にどの程度似ていて、どの程度異なるのでしょうか。この疑問に答えるため、イタリアの研究者たちは過去の研究をまとめた系統的レビューとメタ分析を行いました[3]。
この研究では、ワーカホリズムとエンゲージメントの関係を検証した35の研究(合計約53,000人以上の参加者)を分析しました。ワーカホリズムは「過剰労働(Working Excessively)」と「強迫的労働(Working Compulsively)」の2つの要素から構成され、エンゲージメントは「活力(Vigor)」「熱意(Dedication)」「没頭(Absorption)」の3つの次元から構成されるとされています。
分析の結果、ワーカホリズムとエンゲージメントの間には部分的な重なりがあることが判明しました。特に「没頭」の側面が両者に共通するポイントであることが明らかになりました。
具体的には、ワーカホリズムの「強迫的労働」の側面は、エンゲージメントの「没頭」の側面と中程度の正の関連を示しました。これは、強迫的に仕事をする人も、エンゲージメントの高い人も、同様に仕事に深く没頭する傾向があることを意味します。一方で、「強迫的労働」はエンゲージメントの「熱意」や「活力」とは関連がありませんでした。
また、ワーカホリズムの「過剰労働」の側面は、エンゲージメントの「没頭」と中程度の正の関連を示し、「熱意」とも弱いながらも正の関連が見られました。しかし、「活力」との関連は有意ではありませんでした。
これらの結果から、ワーカホリズムとエンゲージメントは確かに異なる概念ですが、「没頭」という側面においては共通点があることが分かります。仕事に深く没頭するという行動自体は、それが健全なエンゲージメントから来るものなのか、不健全なワーカホリズムから来るものなのかを外見だけでは判断できない可能性があるのです。
この関連性は国や文化によって異なることも明らかになりました。例えば、日本や中国などの東アジアのサンプルでは、ワーカホリズムとエンゲージメントの関連性が強く見られた一方で、フィンランドやイタリアなどでは負の関連が見られる場合もありました。文化的背景が働き方の認識に影響を与えている可能性があります。
この研究から得られる教訓は、仕事に没頭しているという外見だけでは、それが健全なエンゲージメントなのか、不健全なワーカホリズムなのかを判断するのは難しいということです。両者を区別する鍵は、「没頭」以外の側面、特に「活力」と「献身」、そして「強迫性」の有無にあると言えるでしょう。
健全なエンゲージメントは、仕事に没頭しつつも活力を感じ、仕事に意義や誇りを見出しています。一方、不健全なワーカホリズムは、強迫的に仕事に没頭し、仕事から離れられないという特徴があります。
エンゲージメントは組織支援で高まり成果を生む
エンゲージメントの「影」の側面を見てきましたが、適切な条件下では、エンゲージメントは個人と組織の双方に大きな恩恵をもたらします。どのような要因がエンゲージメントを高め、それがどのような結果につながるのでしょうか。カナダの研究者が行った調査は、この問いに光を当てています[4]。
この研究では、エンゲージメントを「仕事エンゲージメント」と「組織エンゲージメント」の2種類に区別しています。仕事エンゲージメントは自分の仕事そのものに対する熱意や没頭を指し、組織エンゲージメントは所属する組織への関与や参加の度合いを指します。
研究者は社会的交換理論を基盤に、これら2種類のエンゲージメントの「先行要因」(何がエンゲージメントを高めるか)と「結果」(エンゲージメントは何をもたらすか)を調査しました。カナダの102名の労働者を対象に行われたこの調査では、多くの発見がありました。
仕事エンゲージメントを高める主な要因として「職務特性」と「組織からのサポート」が挙げられました。職務特性とは、仕事の意義や自律性、多様性などを指します。意味のある仕事をしていると感じ、ある程度の裁量を持って取り組める場合、仕事エンゲージメントが高まります。組織から十分なサポートを受けていると感じることも仕事エンゲージメントを高めます。
他方で、組織エンゲージメントに強く影響するのは「組織からのサポート」でした。組織が従業員の貢献を認め、その福祉に気を配っていると感じる場合、従業員は組織に対してより強い愛着や関与を示します。また、「手続き的公正」(組織における意思決定プロセスの公平さ)も組織エンゲージメントに良い効果をもたらしました。
エンゲージメントがもたらす結果については、仕事・組織エンゲージメントの両方が、仕事満足度、組織コミットメント、組織市民行動(自発的な協力行動)に良い効果をもたらし、離職意向を減少させることが分かりました。組織エンゲージメントの方が、これらの結果に対する効果が強い傾向が見られました。
このように、エンゲージメントは「組織からのサポート」や「職務の質」によって高められ、それが個人のパフォーマンスや組織への貢献、さらには定着率の向上にもつながるという好循環を生み出します。これはエンゲージメントの「光」の側面と言えるでしょう。
この研究は、エンゲージメントが個人の特性や態度だけではなく、職場環境や組織文化によって左右されることを示しています。個人が自発的にエンゲージメントを高めようとしても、組織からのサポートがなければ、その効果は限定的かもしれません。
他方で、組織がエンゲージメントを高めようとするなら、「モチベーション向上施策」だけでなく、より根本的な職務設計や組織のサポート体制の見直しが必要かもしれません。意義ある仕事、適切な自律性、そして組織からの真摯なサポートが、持続可能なエンゲージメントの基盤となります。
エンゲージメントは職場で周囲にも伝染する
これまで見てきたように、エンゲージメントには光と影の両面があります。過剰になると健康を害することもあれば、適切に育まれれば組織と個人の双方に恩恵をもたらします。このエンゲージメントは個人の中だけにとどまるものなのでしょうか、それとも周囲にも広がっていくものなのでしょうか。
ある研究では、ワークエンゲージメントには「伝染性」があることが指摘されています[5]。エンゲージメントの高い従業員がいると、その周囲の人々にもポジティブな影響が及び、チーム全体のエンゲージメントが高まる可能性があるのです。
この現象は「感情伝染」と呼ばれるプロセスによって説明できます。人は無意識のうちに他者の感情表現や行動を模倣する傾向があり、その結果として感情状態も同期していきます。エンゲージメントの高い従業員が示す熱意や活力、前向きな態度は、周囲の人々にも波及していきます。
例えば、あるメンバーが仕事に対して強い熱意を持ち、積極的に課題に取り組む姿勢を見せると、他のメンバーもその姿に触発され、同様の態度を取るようになることがあります。これは単なる「見習う」という意識的なプロセスだけでなく、無意識レベルでの感情や行動の同調も含みます。
研究では、このエンゲージメントの伝染は、特に頻繁にコミュニケーションを取るメンバー間で強く現れることが分かっています。日常的に接触が多い同僚間では、お互いのエンゲージメント水準が似通ってきます。
また、チームのリーダーのエンゲージメントは特に強い影響力を持ちます。リーダーが仕事に対して高いエンゲージメントを示すと、メンバー全体のエンゲージメントも高まります。これは、リーダーが一種のロールモデルとなり、その態度や行動がチームの規範として受け入れられるためでしょう。
ただし、エンゲージメントの伝染には一定の条件があります。同じ空間にいるだけでは不十分で、メンバー間の相互依存性や協力関係が強いほど、エンゲージメントの伝染も起こりやすくなります。チームとしての一体感や結束力が高い職場ほど、エンゲージメントの伝染効果も強く現れ得るのです。
このエンゲージメントの伝染性は、組織にとって一つのチャンスと言えるでしょう。一部のメンバーのエンゲージメントを高めることができれば、それが組織全体に波及していく可能性があるからです。影響力の大きいリーダーやキーパーソンのエンゲージメントを高めることで、大きな波及効果が期待できます。
一方で、これは逆の現象も起こりうることを意味します。エンゲージメントの低下も同様に伝染する可能性があるのです。一人の従業員の無関心や消極的な態度が、チーム全体の雰囲気を下げてしまうこともあります。
脚注
[1] Shimazu, A., Schaufeli, W. B., Kubota, K., Watanabe, K., and Kawakami, N. (2018). Is too much work engagement detrimental? Linear or curvilinear effects on mental health and job performance. PLOS ONE, 13(12), e0208684.
[2] Carse, T., Griffin, B., and Lyons, M. (2017). The dark side of engagement for older workers. Journal of Personnel Psychology, 16(4), 161-171.
[3] Di Stefano, G., and Gaudiino, M. (2019). Workaholism and work engagement: How are they similar? How are they different? A systematic review and meta-analysis. European Journal of Work and Organizational Psychology, 28(3), 329-347.
[4] Saks, A. M. (2006). Antecedents and consequences of employee engagement. Journal of Managerial Psychology, 21(7), 600-619.
[5] Bakker, A. B., Albrecht, S. L., and Leiter, M. P. (2011). Key questions regarding work engagement. European Journal of Work and Organizational Psychology, 20(1), 4-28.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。