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コラム

二兎を追う者は二兎を得る:「両利きの経営」の効果

コラム

事業環境は目まぐるしく変化し続けています。新しい技術の登場、消費者ニーズの多様化、グローバル競争の激化など、企業が直面する課題は複雑さを増す一方です。こうした不確実性の高い環境下で成功し続けるためには、既存事業の効率化と新事業の創出という相反する活動を同時に追求する必要があります。この相反する二つの活動を両立させる組織能力を「両利きの経営(組織の両利き性)」と呼びます。

両利きの経営とは、既存知識を深め活用する「深化(exploitation)」と、新たな知識を探索し獲得する「探索(exploration)」を同時に追求する組織のあり方です。人間が左右の手を使い分けながらも同時に使うことができるように、企業も異なる特性を持つ活動を同時に行うことができるという考え方です。

例えば、現在の主力製品の品質向上やコスト削減に注力する一方で、新しい市場向けの革新的な製品開発にも力を入れるといった取り組みがこれにあたります。一見すると矛盾するこれらの活動ですが、両方をバランスよく行うことが企業の長期的な存続と成長に求められます。

本コラムでは、この両利きの経営がもたらす様々な効果について考察します。両利きの提携による新製品開発の促進、高成長と業績安定の実現、柔軟性と効率性の同時達成、既存能力の硬直化防止、そして知識の深化と拡大による革新の促進といった側面から、両利きの経営の本質とその価値を探っていきます。

両利きの提携が新製品開発を促進する

企業が競争力を維持するためには、新製品を市場に投入し続ける必要があります。しかし、新製品開発は不確実性が高く、多くの資源を必要とする困難な活動です。特にバイオテクノロジーなどの先端産業では、自社だけでこのプロセスを完結させることは容易ではありません。そこで多くの企業が戦略的提携を結び、他社との協力関係の中で新製品開発を進めています。

バイオテクノロジー産業における戦略的提携と新製品開発の関係を調査した研究によると、企業は「探索型提携」と「深化型提携」という二種類の異なる提携を使い分けていることが分かりました[1]。探索型提携とは、新しい知識や技術を獲得するための研究開発段階での協力関係を指します。一方、深化型提携は既に獲得した知識や技術を製品化・商業化するための協力関係です。

この調査では、バイオテクノロジー分野の325社を対象に、25年間にわたる2565件の提携事例を分析しました。分析の結果、「探索型提携開発中製品深化型提携市場投入済み製品」という連鎖的なプロセスが確認されました。企業はまず探索型提携を通じて新しい技術や知識を獲得し、それをもとに製品開発を進めます。開発が進むと、今度は深化型提携によって製品化・商業化のプロセスを加速させ、最終的に新製品の市場投入を実現するのです。

例えば、あるバイオテクノロジー企業が新薬開発を目指す場合、まず大学や研究機関との探索型提携を通じて基礎研究や創薬ターゲットの探索を行います。有望な化合物が見つかると、前臨床試験や初期の臨床試験を自社で進めます。そして製品化が現実味を帯びてくると、大手製薬会社との深化型提携を結び、大規模な臨床試験や市場化のためのインフラを整えていくというパターンです。

企業規模がこのプロセスに影響することも明らかになりました。企業が成長し、規模が大きくなるにつれて、外部提携への依存度は低下していきます。深化型提携への依存度は、探索型提携よりも急速に低下する傾向が見られました。これは大企業になるほど、自社内に製品化・商業化のための資源や能力が蓄積され、内部化(自社で完結させること)のメリットが高まるためと考えられます。

重要なのは、企業が新製品開発のプロセス全体を通じて「両利き」の状態を維持していることです。すなわち、新知識の探索と既存知識の深化という二つの異なる活動を、自社の能力と外部提携を組み合わせながら同時に推進しているのです。小規模企業は外部提携に頼ることで両利きの状態を実現し、規模が大きくなるにつれて自社内での両利き性を高めていくという展開が見られます。

この研究が示唆するのは、持続的なイノベーションの実現には、探索と深化のバランスを取りながら、企業の発展段階に応じた提携戦略を構築することの必要性です。多くの企業は、自社の資源や能力だけでは「両利き」になることが難しいため、戦略的提携を通じてこの課題を解決しています。成長途上の企業にとって、どのような提携をどのタイミングで結ぶかという判断は、新製品開発の成否に直結する課題となります。

両利きの企業は高成長で業績が安定する

「探索」と「深化」を同時に追求する両利きの組織は、実際に事業パフォーマンスの面でも優れているのでしょうか。このことを検証した研究が、シンガポールとマレーシアの製造業企業206社を対象に行われました[2]。この研究は、探索的イノベーション戦略と深化的イノベーション戦略が企業の業績にどのような影響を与えるかを調査したものです。

この研究では「探索的イノベーション戦略」を新製品の世代交代、新市場の開拓、新技術分野への参入といった活動と定義しています。一方、「深化的イノベーション戦略」は既存製品の品質改善、生産効率の向上、コスト削減などの活動を指します。企業がこれらの戦略にどの程度力を入れているかをアンケート調査で測定し、直近3年間の売上成長率との関係を分析しました。

分析の結果、探索的戦略と深化的戦略の相互作用が企業の売上成長率に対してプラスの効果を持つことが判明しました。要するに、探索と深化の両方に高い水準で取り組んでいる「両利き企業」は、どちらか一方に偏っている企業よりも高い成長率を示したということです。

探索と深化のバランスが崩れている企業は業績が低下する傾向が確認されました。例えば、探索にばかり力を入れて深化が弱い企業や、逆に深化ばかりに注力して探索が不十分な企業は、業績が振るわないという結果でした。これは両利きの経営において、バランスの重要性を示す証拠と言えるでしょう。

業績の安定性に関する分析も興味深い結果を示しています。探索的戦略を強く押し出している企業群は、売上成長率の変動が大きいことが分かりました。新しい市場や技術に挑戦するということは、成功すれば大きな成長をもたらしますが、失敗するリスクも高いということです。一方、両利き企業(探索と深化の両方に力を入れている企業)は、探索のみに注力する企業と比べて業績の変動性が相対的に低いことが明らかになりました。

このことから、両利き企業は高い成長率と業績の安定性という、通常は両立が難しい二つの特性を同時に実現していると言えます。深化的活動が探索的活動のリスクを緩和し、全体としてバランスの取れた成長を可能にしているためと考えられます。

例えば、あるコンピュータ製造企業が既存製品ラインの継続的な品質向上とコスト削減(深化)に取り組みながら、同時に全く新しいタイプのデバイスや新たな顧客層向けの製品開発(探索)も進めるケースを考えてみましょう。既存製品からの安定した収益が新製品開発の資金源となり、一方で新製品が成功すれば大きな成長の原動力になります。もし新製品開発が失敗しても、既存製品事業がクッションとなり、企業全体の経営を支えることができるのです。

両利きは柔軟性と効率性の同時達成を可能にする

製造業において、柔軟性と効率性は一般的に相反する要素と考えられてきました。効率性を高めるためには標準化やルーティン化が必要ですが、それは同時に変化への対応力である柔軟性を犠牲にしがちです。逆に、柔軟性を重視すると効率性が損なわれるというジレンマが存在します。しかし、トヨタ自動車の生産システムを詳細に調査した研究によると、この一見矛盾する二つの特性は実は両立可能であることが示されています[3]

この研究では、トヨタとGMの合弁工場であるNUMMI工場で、新しい車種の生産への切り替え(モデルチェンジオーバー)のプロセスを観察・分析しました。従来の自動車メーカーでは、モデルチェンジに伴う生産ライン変更には長い時間と多大なコストがかかり、効率性が大きく損なわれると考えられていました。ところがトヨタは、高い効率性を保ちながらも柔軟なモデルチェンジを実現していたのです。

トヨタの秘密は「作業の標準化と継続的改善」「多能工化」「ジャスト・イン・タイム生産」「綿密な事前準備」といった複数の要素の組み合わせにありました。一見すると矛盾するように思える「厳格な標準化」と「柔軟な改善」が共存する仕組みが構築されていました。

例えば、トヨタでは作業手順を非常に詳細に標準化していますが、同時に作業者自身がその標準を常に改善することを奨励しています。問題が発見されると、その場で生産ラインを止めて対処し、再発防止のために標準作業を見直します。これにより、「安定した標準化」と「継続的な進化」が同時に進行します。

多能工化の取り組みも柔軟性と効率性の両立に貢献しています。トヨタの工場では、作業者が複数のスキルを習得することを奨励しており、一人の作業者が様々な業務をこなせるようになっています。これによって、生産量の変動や新モデル導入時の人員配置を柔軟に調整することが可能になります。同時に、多様なスキルを持つ作業者は工程全体を理解するため、問題点の発見や改善提案も活発に行われるようになります。

ジャスト・イン・タイム生産方式も両利きの考え方を体現しています。必要なものを必要な時に必要な量だけ生産するこの方式では、余分な在庫を持たないことで効率性を高めると同時に、小ロット生産によって製品切り替えの柔軟性も確保しています。在庫を減らすことで問題が即座に顕在化するため、継続的な改善が促進されるという副次的効果もあります。

新モデル導入前の綿密な準備も特筆すべき点です。トヨタでは新車種の設計段階から生産ラインの変更を考慮し、実際の切り替え作業をシミュレーションによって何度も検証します。実際のモデルチェンジがスムーズに行われ、効率性が損なわれることがありません。

こうした様々な取り組みを通じて、トヨタは「柔軟性」と「効率性」という一見相反する特性を両立させることに成功したのです。この事例が示唆するのは、組織の仕組みや文化を適切に設計することで、両利きの経営が実現可能だということです。

トヨタの事例で着目すべきは、この両利きの状態を実現するための鍵が、現場の人々の関与にあるという点です。標準化や効率化が上から押し付けられるものではなく、現場の作業者が主体的に参加することで、柔軟性と創意工夫が生まれています。組織のルールや構造だけでなく、人々のマインドセットや行動様式までを含めた総合的なアプローチが、真の両利きにつながるということを教えてくれます。

両利きは既存能力の硬直化を防ぎ革新を促す

企業の競争力の源泉となるのは、その組織が長年にわたって培ってきた独自の能力です。技術的なノウハウ、人材のスキル、業務プロセス、組織文化など、さまざまな要素が複合的に絡み合って形成される「コア能力」は、他社が簡単に真似できない強みとなります。しかし、こうした能力は時として「硬直性」となり、組織の変革や革新を妨げる要因にもなり得ます。

この現象は「能力硬直性パラドックス」と呼ばれ、複数の製造業企業における新製品開発プロジェクトを調査した研究によって明らかにされました[4]。この研究によると、組織の能力は4つの側面を持っています:(1)従業員の知識・技能、(2)技術的システム、(3)管理システム、(4)組織価値と規範。これらの要素が複合的に作用することで組織の能力が形成されるのですが、同時にこれらが変化への抵抗源にもなりうるという矛盾が生じます。

例えば、ある電子機器メーカーでは、長年にわたって高精度のアナログ技術を磨き上げ、この分野で圧倒的な優位性を築いていました。しかし、デジタル技術が台頭してくると、社内のエンジニアたちは「アナログ技術こそが最高」という強い信念のもと、デジタル技術の導入に抵抗しました。自社の技術的優位性への自信が、逆に新技術の受容を妨げる「硬直性」となったのです。

組織文化や価値観も同様に硬直性の原因となります。品質を何よりも重視する文化を持つ企業では、「完璧でなければ市場に出してはならない」という信念が、スピードが求められる市場での迅速な製品投入を妨げることがあります。短期間で市場に投入し、顧客からのフィードバックを得ながら改良を重ねていくというアプローチが効果的な場合でも、品質への過度のこだわりがそれを許しません。

このパラドックスを解決するために、研究者は「能力を継続的に再構築すること」の重要性を指摘しています。具体的には次のような戦略が提案されています。

初めに、組織は定期的に自らの能力を評価し、更新していくプロセスを意図的に組み込むべきです。外部環境の変化や新技術の登場を監視し、自社の能力が時代遅れにならないよう細心の注意を払います。

続いて、自己批判的な組織文化を促進し、継続的な評価と見直しを制度化することが大切です。「われわれのやり方が最高だ」という自己満足に陥らず、「もっと良い方法があるのではないか」と疑問を持ち続ける文化を育てるのです。

多様性と外部視点の導入も効果的です。異なる背景を持つ人材を意識的に採用したり、外部からの人材を新製品開発チームに加えたりすることで、組織内の固定観念を打破し、新鮮な視点をもたらすことができます。

さらに、試行錯誤と柔軟性を確保するための「実験空間」を組織内に作ることも有効です。新しいアイデアや技術を安全に試すことができる環境があれば、失敗を恐れずに革新に挑戦することが可能になります。

両利きは知識の深さと範囲で革新を促進する

企業がイノベーションを生み出すためには、新しい知識をどのように探索し、活用するかが重要です。従来、組織学習の理論では「探索(Exploration)」と「深化(Exploitation)」は対立する概念として捉えられてきました。しかし、ロボット産業における124企業の特許データを12年間にわたって追跡した研究によると、この関係はより複雑であることが明らかになりました[5]

この研究では、企業の「探索行動」を「深さ(Depth)」と「範囲(Scope)」という二つの異なる次元に分けて分析しています。「深さ」とは企業が既存の知識をどれだけ繰り返し使用するかを示す指標で、「範囲」は企業がどれだけ幅広く新しい知識を取り入れているかを示す指標です。これらの指標と企業の新製品導入実績との関係を分析することで、知識探索の二つの次元が企業の革新性にどのような影響を与えるかを検証しました。

分析の結果、「探索の深さ」と新製品数の間には逆U字型の関係があることが判明しました。既存知識の再利用度が増加するにつれて新製品数は増加しますが、ある点を超えると逆に減少に転じるのです。例えば、ある特定の技術分野に関する知識を深く掘り下げることで、その分野における改良型の新製品開発は促進されます。しかし、過度に特定分野に集中すると視野が狭くなり、革新的な発想が生まれにくくなるという側面もあります。

それに対して、「探索の範囲」については、予想に反して直線的なプラスの効果が確認されました。企業が幅広い分野から新しい知識を取り入れれば取り入れるほど、新製品開発の成果が向上するという結果でした。例えば、自社の主力分野だけでなく、関連性の低い分野からも積極的に技術や知識を取り入れることで、独創的な組み合わせが生まれ、革新的な製品につながる可能性が高まります。

興味深い発見は、「深さ」と「範囲」の相互作用が新製品開発に強いプラスの効果を持つということでした。既存知識を深く理解し活用しながら、同時に幅広い新知識を探索する「両利き」の企業が、最も多くの新製品を生み出していました。深い専門知識があるからこそ、外部から取り入れた新しい知識の価値を正確に評価し、効果的に組み合わせることができるためでしょう。

この研究が教えてくれるのは、イノベーションのための探索活動を管理する際、「深さ」と「範囲」の両方を考慮することの必要性です。多くの企業では、効率性を重視するあまり既存知識の深化(深さ)に偏りがちですが、長期的な革新性を維持するためには、幅広い知識の探索(範囲)にも十分なリソースを配分することが望ましいと言えます。

脚注

[1] Rothaermel, F. T., and Deeds, D. L. (2004). Exploration and exploitation alliances in biotechnology: A system of new product development. Strategic Management Journal, 25(3), 201-221.

[2] He, Z.-L., and Wong, P.-K. (2004). Exploration vs. exploitation: An empirical test of the ambidexterity hypothesis. Organization Science, 15(4), 481-494.

[3] Adler, P. S., Goldoftas, B., and Levine, D. I. (1999). Flexibility versus efficiency? A case study of model changeovers in the Toyota production system. Organization Science, 10(1), 43-68.

[4] Leonard-Barton, D. (1992). Resolving the capability-rigidity paradox in new product innovation. Strategic Management Journal, 13(S1), 111-125.

[5] Katila, R., and Ahuja, G. (2002). Something old, something new: A longitudinal study of search behavior and new product introduction. Academy of Management Journal, 45(6), 1183-1194.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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