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コラム

危険な閃き:悪意の創造性を抑える道徳と感情の力

コラム

創造性という言葉から私たちが連想するのは、芸術の美しさやイノベーションの輝きかもしれません。しかし、その同じ光が時に影を生み出すことをご存知でしょうか。創造的な力が他者を傷つけ、社会を蝕むために使われる時、そこに「悪意の創造性」という、見過ごされてきた現象が浮かび上がります。人間の創意工夫は諸刃の剣となり得るのです。

悪意の創造性は、私たちの日常に静かに忍び寄っています。巧妙に進化するサイバー詐欺、誰かを孤立させるために編み出される職場でのいじめの手法、そして最も極端な形では洗練された破壊活動まで。この現象は個人の小さな悪意から、組織的な反社会的行動まで、様々な規模と形で私たちの社会に影を落としています。

なぜ人は創造性を悪用するのでしょうか。そして何がこの暗い創造性を抑える防波堤となるのでしょうか。本コラムでは、研究知見を紐解きながら、悪意の創造性が芽生える土壌と、それを枯らす方法を探求します。

悪意の創造性はテロにも関連

悪意の創造性は、テロリズムという最も極端な形で現れることがあります。テロ組織は限られた資源を用いて、しばしばある意味で革新的な手法で攻撃を仕掛けてきました。なぜテロ組織は創造的になれるのでしょうか。そして、そのプロセスにはどのような要素が関わっているのでしょうか。

テロ組織における創造性を理解するためには、「創造性」と「イノベーション」を区別する必要があります。創造性は新しいアイデアを生み出すことを指し、イノベーションはそのアイデアを実際に実行することを意味します。テロ攻撃が「成功」するためには、まず新しいアイデアが生まれ、それが実際の攻撃として実行される必要があるのです。

テロ組織における悪意の創造性は、複数の要因によって促進されます[1]。環境的な要因としては、政治的・社会的な不満や、他のテロ組織との競争があります。また、政府のテロ対策の強化が、逆に新たな攻撃手法を生み出す刺激となることもあります。例えば、空港のセキュリティが強化されると、テロリストはその対策を回避するための新たな方法を模索します。

組織レベルでは、柔軟性の高い組織構造が悪意の創造性を促進すると考えられています。中央集権的な組織よりも、分散型でメンバーに裁量権がある組織の方が、創造的なアイデアが生まれやすい環境を提供します。組織の規模や利用可能なリソース、外部からの支援も関係します。

リーダーシップも重要な役割を果たします。技術的な専門知識を持つリーダーや、メンバーに権限を委譲するリーダーがいる組織では、より高い創造性が発揮されます。リーダーがメンバーのモチベーションを高め、革新的なアイデアを奨励する文化を作ることで、組織全体の創造性が高まります。

個人レベルでは、メンバーの専門知識や経験、柔軟な思考能力、リスクを取る姿勢が悪意の創造性に関わっています。特に技術的な専門知識を持つメンバーは、新たな攻撃手法を開発する上で中心的な役割を果たします。

チームの特性も無視できません。理想的なチームサイズは4から11人とされており、メンバー間の信頼関係や協力的な雰囲気、多様な専門知識の組み合わせが、創造的な成果を生み出す環境を形成します。

これらの要素が複合的に作用した例として、2006年の液体爆弾テロ未遂事件と1984年のブライトンホテル爆破事件が挙げられます。前者では、9.11後の航空機セキュリティの強化を受けて、液体を用いた新型爆弾という方法が考案されました。後者では、英国首相を狙ってホテルに長期タイマー付き爆弾を仕掛けるという手法が用いられました。

こうした事例からわかるように、テロ組織の悪意の創造性は、個人の発想だけでなく、環境、組織構造、リーダーシップ、チームの特性など、多層的な要因によって形成されているのです。

悪意の創造性は社会的脅威で高まる

テロ組織における悪意の創造性について理解したところで、より身近な視点からこの問題を考えてみましょう。日常生活の中でも、私たちは時として悪意ある創造的な行動を取ることがあります。特に、自分が脅かされていると感じる状況では、どのような心理的メカニズムが働くのでしょうか[2]

社会的脅威とは、他者から危害を加えられるかもしれないという予測や、自分の価値や地位が脅かされる可能性を感じることを指します。例えば、職場での競争や対立、他者からの批判や評価などが、社会的脅威として認識されることがあります。

社会的脅威を感じると、人は悪意ある創造性を発揮しやすくなることが研究で明らかになっています。ある実験では、参加者に「レンガの用途」を考えさせるという課題を与え、社会的脅威の有無による回答の違いを調べました。その結果、社会的脅威を感じていた参加者は、レンガを武器として使うなど、悪意のある用途をより多く、そしてより独創的に考え出したのです。

この現象を説明するために、「二重経路創造性モデル」という考え方が提案されています。このモデルによれば、創造性は「柔軟な思考」と「持続的な思考」という二つの経路で生まれます。柔軟な思考は様々なアイデアを広く探索する思考法であり、持続的な思考は特定の領域を深く掘り下げる思考法です。

社会的脅威を感じると、人は恐怖や回避の動機が強くなり、注意が脅威に集中します。この状態では「持続的な思考」が活性化し、特に脅威に関連した領域でのアイデア生成が促進されます。自分を守るための「攻撃的防衛動機」が働き、結果として悪意ある創造的なアイデアが生まれやすくなるのです。

例えば、交渉前に相手から搾取される可能性があると感じた場合、より多くの悪意ある交渉戦術(相手を威圧するなど)を考え出します。特に「認知欲求」(思考することを好む傾向)が高い人ほど、この傾向が強く現れます。考えることが好きな人ほど、脅威を感じると悪意ある創造的なアイデアを生み出しやすいのです。

一方で、社会的脅威は中立的な創造性や協力的な創造性には同様の影響を与えませんでした。脅威は創造性全般を高めるわけではなく、特に攻撃的・防衛的な側面の創造性を促進するのです。

悪意の創造性は道徳性で抑えられる

社会的脅威が悪意の創造性を高めることを理解したところで、次に考えるべきは、何がこの悪意の創造性を抑制できるのかという点です。創造的な人は悪意ある行動に走りやすいのでしょうか、それとも何か他の要素が関係しているのでしょうか。

この問いについて考えるための研究が行われています。創造的な特性を持つ人々が非倫理的な行動を取る傾向にあるかどうかを、「道徳的アイデンティティ」という観点から検証したものです[3]

創造的な性格特性と非倫理的行動の関係については、これまで一貫した結論が得られていませんでした。ある研究では、創造的な人は非倫理的行動を正当化する理由を柔軟に考え出せるため、より不正行為を行いやすいとされています。一方で別の研究では、創造的な人は倫理的問題を柔軟に解決できるため、むしろ不正行為は少ないとされています。

この相反する見解を統合するために提案されたのが、「道徳的離脱」と「道徳的想像力」という二つの異なる心理的メカニズムです。

「道徳的離脱」とは、個人が倫理的規範から自分を切り離し、自身の不正行動を正当化しやすくする心理的プロセスです。例えば「みんなやっている」と責任を分散させたり、「被害者が悪い」と非難したりすることで、罪悪感や羞恥心を抑制します。

一方、「道徳的想像力」とは、倫理的な問題を多面的に捉え、他者への影響を想像し、問題解決のための新たな倫理的な選択肢を創造的に考える能力です。複雑な倫理的ジレンマに対して、新しい視点や解決策を見出す力とも言えるでしょう。

創造的な人がどちらのメカニズムを使うかは何によって決まるのでしょうか。ここで重要なのが「道徳的アイデンティティ」です。これは自分自身を道徳的な人間だと認識する度合いを指します。「正直」「公平」「親切」などの道徳的特性を自分のアイデンティティの中心に置いているかどうかということです。

研究の結果から見えてきたのは、創造的な性格特性を持つ人が道徳的アイデンティティも高く持っている場合、「道徳的離脱」は減少し、「道徳的想像力」が高まるということでした。創造性があっても道徳的アイデンティティが高ければ、その創造性は倫理的な方向に向かうのです。逆に、創造性があっても道徳的アイデンティティが低い場合、その創造性は非倫理的な行動の正当化に使われやすくなります。

創造的な人材を採用・育成する際には、その人の道徳的アイデンティティも考慮に入れることが大切です。創造性が高いというだけでなく、道徳的な価値観を重視する人材を選ぶことで、組織内の倫理的な雰囲気を育むことができるでしょう。

悪意の創造性は感情知性で抑制される

道徳的アイデンティティが悪意の創造性を抑制しうることを見てきましたが、もう一つ注目すべき要素があります。それは「感情知性」です。感情知性とは、自分や他者の感情を理解し、管理する能力を指します。自分の感情を認識して適切に表現したり、他者の感情を読み取ったり、人間関係を効果的に構築したりする力がこれに含まれます。

感情知性と悪意の創造性の関係について研究が行われています[4]。この研究では、人々に創造的な課題を与え、生み出されたアイデアの中で「悪意のある独創的なもの」をどれだけ出すかを測定し、それと感情知性の関係を調べました。

一つ目の実験では、参加者に「問題のあるルームメイトへの対処法」という社会的な課題を与え、できるだけ多くの解決策を考えてもらいました。それぞれの解決策は「独創性」と「ネガティビティ(害の度合い)」の観点で評価され、「独創的かつネガティブ」と判断されたものが悪意ある創造性とみなされました。

結果的に、感情知性が高い人ほど悪意ある創造的な解決策を出す数が少ない傾向が見られました。ただし、この関係はやや弱いものでした。

そこで二つ目の実験では、社会的要素を取り除いた課題を使用しました。具体的には「レンガや靴の様々な用途を考える」という拡散的思考課題を参加者に与えました。ここでも、独創的かつネガティブなアイデア(例えば「レンガで誰かを殴る」など)が悪意ある創造性として評価されました。

この実験では、感情知性と悪意ある創造性の間に明確な負の相関が見られました。感情知性が高い人ほど、悪意のある創造的アイデアを出す傾向が低かったのです。

なぜ感情知性が高い人は悪意ある創造性を抑制できるのでしょうか。研究者たちは、感情知性が高い人は問題解決に協調的・肯定的なアプローチを取ると説明しています。自分や他者の感情を理解し、攻撃的な行動の感情的な結果を予測できるため、悪意のある解決策を避けるのです。

反対に、感情知性が低い人は否定的・攻撃的な方法で問題に対処しやすく、その結果として悪意ある創造的なアイデアを生み出しやすくなります。自分の行動が他者にどのような感情的影響を与えるかを十分に理解していないか、それを気にかけていない可能性があります。

悪意の創造性を抑制する要因として、感情知性が重要な役割を果たすという研究結果は、私たちに希望を与えます。感情知性は訓練によって向上させることができるため、悪意の創造性を減らすための実践的なアプローチとなり得ます。

悪意の創造性を抑えるために

本コラムでは、悪意の創造性とそれを抑制する要因について探ってきました。悪意の創造性は、テロ組織の活動から日常的な対人関係まで、様々な場面で現れる現象です。創造性は通常ポジティブなものとして捉えられますが、その力が他者を傷つける目的で使われる場合、社会に深刻な問題をもたらします。

テロ組織の事例からは、悪意の創造性が環境、組織構造、リーダーシップ、個人の特性など、多層的な要因によって形成されることが分かりました。また、社会的脅威の研究からは、自分が脅かされていると感じる状況で、人は悪意ある創造的なアイデアを生み出しやすくなることが明らかになりました。特に認知欲求が高い人、つまり考えることが好きな人ほど、この傾向が強く現れます。

一方で、悪意の創造性を抑制する重要な要因として、道徳的アイデンティティと感情知性が挙げられます。道徳的アイデンティティが高い人は、創造性を倫理的な方向に導き、非倫理的な行動を抑制します。また、感情知性が高い人は、自分や他者の感情を理解し、協調的・肯定的な問題解決アプローチを取るため、悪意ある創造的行動が少なくなります。

これらの知見は、職場のマネジメントに示唆を提供します。まず、組織内の社会的脅威を減らす環境作りが大切でしょう。競争よりも協力を促進し、メンバーが安心して意見を述べられる職場を構築することで、悪意の創造性が発現する可能性を低減できます。

人材の採用・育成においては、創造性だけでなく道徳的アイデンティティや感情知性も考慮することが重要です。創造的な人材を求めるだけでなく、倫理的な価値観を持ち、自他の感情を理解できる人材を選ぶことで、組織全体の健全性を高めることができます。

既存の従業員に対しては、道徳的アイデンティティと感情知性を高めるトレーニングを提供することが有効かもしれません。倫理的なジレンマを多角的に考える訓練や、感情認識・管理のスキルを向上させるワークショップなどを通じて、創造性の肯定的な側面を伸ばしながら、その暗い側面を抑制することができるでしょう。

脚注

[1] Gill, P., Horgan, J., Hunter, S. T., and Cushenbery, L. D. (2013). Malevolent creativity in terrorist organizations. The Journal of Creative Behavior, 47(2), 125-151.

[2] Baas, M., Roskes, M., Koch, S., Cheng, Y., and De Dreu, C. K. W. (2019). Why social threat motivates malevolent creativity. Personality and Social Psychology Bulletin, 45(11), 1590-1602.

[3] Keem, S., Shalley, C. E., Kim, E., and Jeong, I. (2018). Are creative individuals bad apples? A dual pathway model of unethical behavior. Journal of Applied Psychology, 103(4), 416-431.

[4] Harris, D. J., Reiter-Palmon, R., and Kaufman, J. C. (2013). The effect of emotional intelligence and task type on malevolent creativity. Psychology of Aesthetics, Creativity, and the Arts, 7(3), 237-244.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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