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コラム

ビッグデータが監督する職場:アルゴリズム管理の主作用と副作用

コラム

近年、社会情勢や技術革新の変化によって業務の形態が変わり、人々の働き方が揺れ動いています。遠隔の労働やギグエコノミーでの業務委託が増えている現場では、アルゴリズム管理が何らかの形で導入されやすい環境にあります。特に新型コロナウイルス感染症の世界的流行以降、テレワークが増え、従来の対面による管理体制に加えてデジタル技術を活用した新しい管理手法という選択肢も出てきています。

アルゴリズム管理は、大量の情報を解析して、人間の管理者が担ってきた仕事を部分的あるいは全面的にソフトウェアで進める仕組みとして、少しずつ広がりを見せています。スケジューリングや評価、採用、タスク分担など、人が行う判断を機械学習などで行うことによって、スピードや客観性が期待される一方、人間らしさが排除されてしまうのではないかという警戒心もくすぶっています。こうした技術の浸透は、業種や職種を問わず進行しており、従来の人事管理や業務管理のあり方に影響をもたらす可能性があります。

デジタル化された管理システムが持つ特徴として、データの正確性や処理速度の向上、24時間体制での監視能力などが挙げられます。アルゴリズムによる判断は、ある意味で感情や先入観に左右されにくく、一貫した基準で評価を下せるという利点があるでしょう。また、地理的な制約を超えて広範囲に散らばる労働者を効率的に管理できるという点も、グローバル化が進む現代社会において魅力となっています。

しかし同時に、機械的な判断が人間の複雑な状況や感情、個人的な事情を適切に考慮できるのかという疑問も生じています。数値化しにくい質的な側面をどう扱うのか、アルゴリズムの設計段階で組み込まれる価値観や優先順位は誰が決めるのかなど、倫理的な課題も浮上しています。また、労働者のプライバシーや自律性との兼ね合いも論点となっています。

本コラムでは、「アルゴリズム管理の主作用・副作用」にまつわる議論を整理していきます。研究知見を参照しながら、アルゴリズム管理が生む可能性と問題点の両面に目を向けます。例えば、ある領域ではスムーズな処理が喜ばれる一方で、別の局面では機械では扱いづらい繊細な判断を要し、予想外の不満が生まれるかもしれません。

アルゴリズム管理がどのような場面で功を奏し、どのような弊害をもたらしうるのかを把握する一助になればと思います。また、技術の進化と人間の働き方の変容が交差する地点で、私たちはどのような選択肢を持ち、どのような未来を描けるのかについても考察していきたいと思います。

主観的判断が必要な決定で不信を招く

ある研究では、アルゴリズムが意思決定を行う場合と、人間が行う場合を比較し、評価や採用など主観性を伴う業務において機械に任せることへの違和感が浮き彫りになっています[1]。そこでは、公正さや信頼といった心理的側面に注目して、異なるタスクが参加者の受け止め方にどう結びつくかを検証しています。

例えば、数字がほぼすべてを決めるような単純な作業配分であれば、「機械はデータに忠実なので偏りがない」という肯定的な声がある一方、採用の合否のように直感的な判断が絡む領域では「人間のまなざしがないことへの不安」が表面化しやすいという結果が示されました。

アルゴリズムの判定には、プログラム化された基準が用いられますが、そこで扱われる要素がどれほど広範かによって印象が変わると言えます。例えば、多面的に評価するはずの場面で数値だけを参照されると、当事者は「大事なニュアンスが反映されていないのではないか」という猜疑心を抱きやすくなります。公正性を重視する声は根強く、それが十分に満たされないと感じられたとき、人間がいないプロセスに不信を募らせることがあります。

心理面の反応については、アルゴリズムの結果に納得できないまま従わなければならない場面で、怒りや落胆を感じる当事者が少なくありません。主観的判断が大きいタスクほど「なぜ機械に決められなければならないのか」という不満を覚えるのです。一方で、疑問を払拭できるほど多角的なデータに基づく仕組みならば、納得感が生まれる可能性もあります。アルゴリズムへの不信が高まるかどうかは、扱う業務領域や個別の設計方法などに左右されると考えられます。

仕事の創意工夫を促し制限もする

別の調査では、配車サービスやデリバリーの現場におけるアルゴリズム管理の実態が検討されています[2]。あるオンラインの労働プラットフォームに参加する人々が、自分の働き方をどこまで自在に変えられるかを分析したもので、デジタルな仕組みが新しい仕事のやり方を発想するきっかけを与える一方、厳密な手順によって行動を縛る効果があることもわかりました。

例えば、配達員がどうルートを選択するかをシステムが評価する場面では、ランキングやスコアがリアルタイムで表示されることで、「もっと効率よく動こう」という挑戦意欲が生まれます。これはある種の楽しさにつながり、成果を伸ばそうとする創意工夫を引き出す働きを見せました。ある種のゲーム的体験が、アルゴリズム管理によって生まれやすくなる可能性が示唆されています。

一方で、アルゴリズム管理によって細かく監視される感覚が強まり、自分のペースで仕事を進めにくいという状況も浮上しました。常時モニタリングされることで自律性が失われ、結果的に守りの姿勢に傾く人が増える可能性もあります。そうした心理的負担が、予防的な行動を増やす現象として確認されました。

アルゴリズム管理が与える影響は一面的ではなく、モチベーションをかき立てる面もあれば、自由を奪う側面もあります。アルゴリズム管理がもたらす示唆は、ポジティブな広がりとネガティブな防御の両方を促し得ます。

単純業務で公正感を高めるが複雑業務では低下

別の実験的な取り組みでは、公務員が勤務する場面を想定した仮想シナリオを設定し、業務の難易度が異なる複数のケースでアルゴリズムが下す決定と、人間の管理者が下す決定を比較しています[3]

対象となったのは、交通費の精算や年金手続きなど数値基準で進めやすいケースと、職員評価や採用判定のように多面的で柔軟な判断を要するケースです。結果としては、単純な数字処理であれば、アルゴリズムの方が公正だと受け止められました。機械に任せたほうが人間特有の偏りや恣意性が入り込まないという認識がありました。

一方で、評価や採用のように多層的な観点を吟味しなければならない業務にアルゴリズムのみが関与すると、「定量データだけで判断されることに納得がいかない」という声が上がります。公正感が低下するだけでなく、システムエラーや不透明さへの不安が膨らむ傾向がうかがえます。多様な事情を加味して意思決定しなければならない場面で、数値による画一的な判定が先行してしまうと、不満が生まれやすいのかもしれません。

こうした場面においては、人間の洞察力や対話を組み合わせる方法が有効という意見もあります。アルゴリズムの結果を参考にしつつ、補助的に人が最終確認を行う仕組みが、当事者の納得感を高める要因となります。また、低難度な手続きならば機械の方が間違いが少ないと感じるものの、複雑で曖昧な要素を含む事項は人間に相談したいという意見もあり得ます。人間の存在が必要とされる部分と、アルゴリズムを活用しやすい部分をどう切り分けるかが大きなテーマになっているとも考えられます。

人事の意思決定を自動化

人材マネジメントに関連した議論では、採用や能力開発、配置転換などにおけるアルゴリズム活用がどのように進んできたかを広範に調べた結果が報告されています[4]。そこでは、大量のデータを集め、それをソフトウェアで解析し、候補者の評価や昇進の判定を行う試みが企業で加速している現状が指摘されています。募集情報からのスクリーニングを全自動に近い形で運用する事例もあります。

アルゴリズム人事が進む背景には、膨大な応募者を短時間で絞り込みたい、すでにいる社員の適性を早期に見つけたいなど、効率を追求する考え方があります。一方、人事担当者がそこでどう扱われているかを調査したところ、アルゴリズム分析の結果が優先され、人間側の判断余地が狭くなっているという指摘もあります。管理職や人事スタッフは、ツールから示唆された最終候補を承認するだけの存在に近づき、「自分の目利きが不要になっている」と戸惑う声もあります。とはいえ、最終面談などでは人間による受け答えが実施される場合が多く、最初から最後まで完全に自動化するケースはそこまで多くありません。

アルゴリズム人事によって得られる成果はどのようなものでしょうか。短期間で優秀だと判断された人材を発掘できる例がある一方、入力データそのものが偏っていると、かえって誤った合否判定につながる恐れがあると警告されています。データに含まれるバイアスがそのままシステムに組み込まれる可能性は無視できないからです。そこで人事担当者と技術者が連携しながら、アルゴリズムの仕組みを調べる取り組みが大切です。確認作業を怠ったまま評価ロジックを導入し、人材配置が混乱した事例もあるため、今後は透明性への関心がさらに高まるでしょう。

自動化の代替として拡大した

経済的な視点からは、かねてより工場などで機械による自動化が進むと予想されていたのに、思ったほど導入が進まず、その代わりにアルゴリズムによるソフトウェア管理が広がったという報告も見受けられます[5]

新型コロナウイルス感染症の世界的な拡大を機にテレワークが増えると、物理的なロボット導入が進むより事務作業やモニタリングをデータ解析で最適化する方法が好まれたというわけです。生産ライン全体をロボットに置き換えるほどの費用対効果が期待できない状況では、ソフトウェアによる管理へ投資を移す企業が相次いだのでしょう。

こうした変化が生じる背景には、資本コストの問題が指摘されています。大がかりな機械設備を導入すると多額の投資が必要ですが、アルゴリズムによる監視やデータ活用なら比較的低コストかつ柔軟な応用ができることが大きいと言われます。オンライン会議システムやチャットツールを通じて従業員の勤務時間や働きぶりを監視し、そこから得た情報を解析して手続きや指示を管理するという方式などが拡大した理由は、資本と労働のバランスのとり方にあります。一部の製造業やサービス業でも、完全に機械化できなかった部分をソフトウェア管理で補い、人件費の削減や業務効率向上を図る例も見られます。

一方で、アルゴリズム管理が労働者に与える負担が増大しているとの声もあります。対面の現場であれば相談しやすいことが、リモート環境で一元的にモニタリングされると息苦しさにつながります。監視されているという緊張感で疲弊するという報告もあります。結局のところ、自動化が望まれる側面と、人間の裁量やコミュニケーションが求められる側面との間で、折り合いをどうつけるかが問われています。

技術と人間のバランスを求めて

アルゴリズム管理は、業務のスピードアップや効率向上に関する可能性を開く一方、細やかな判断が必要な場面や人間ならではの対話が欠かせない領域では疑念を招きやすいことがうかがえます。公正感をめぐる問題や、感情面での戸惑いは、職場の心理的な満足度やコミュニケーションに関わりをもつようです。

現場で活用する際にどの範囲をどれほど取り込むのかを検討するとき、うわべの効率だけでなく、導入後に発生しうる困惑や不信がどこに潜むのかを確認することが重要でしょう。デジタル技術と人間の判断のすり合わせに気を配ることが求められます。人事や業務分担の決定がアルゴリズムへ移行することも想定される中、最終判断に誰が関わるのかを慎重に考える段階がやってくるでしょう。

さらに、アルゴリズム管理の導入プロセスそのものについても考慮すべき点があります。技術的な実装だけでなく、組織文化や従業員の受容度を踏まえた段階的な導入が望ましいケースもありそうです。急激な変革は抵抗感を生み出しやすく、特に長年人間の裁量で行われてきた意思決定プロセスを一気に置き換えることは、混乱や不満を招く恐れがあります。導入の目的や期待される効果を明確に説明し、透明性を確保することが、アルゴリズム管理への信頼を構築する上で欠かせません。

アルゴリズムの設計段階から多様な視点を取り入れることも一つです。技術者だけでなく、実際に現場で働く人々や、人事、法務など様々な専門家の意見を反映させることで、より包括的かつ実効性のある仕組みを構築できるでしょう。どのようなデータを収集し、どのような基準で評価するかという点は、慎重に検討されるべきです。不適切なデータに基づいた判断は、差別や偏見を持続させる危険性もあります。

仕事の性質に合わせて、データ処理による客観的な視点と、人が持つ臨機応変な対応力の両方を活かす方法を工夫すれば、今後の組織運営にとって効果的な支援になるかもしれません。一方で、数値にだけ頼ると疎外感や不満が表出し、管理手法の是非そのものが議論の的になります。こうした状況は、アルゴリズムを活用する職場ほど現れやすいため、最初の段階から慎重に全体像を確認しておいたほうが良いでしょう。

将来的には、アルゴリズム管理と人間の判断がどのようなバランスで共存していくのか、技術の発展とともに新たな形態が模索されていくに違いありません。完全な自動化ではなく、人間の創造性や能力を活かしながら、機械の効率性や一貫性を取り入れるハイブリッドな仕組みが模索されるかもしれません。

脚注

[1] Lee, M. K. (2018). Understanding perception of algorithmic decisions: Fairness, trust, and emotion in response to algorithmic management. Big Data & Society, 5(1), 1-16.

[2] Liu, R., & Yin, H. (2024). How algorithmic management influences gig workers’ job crafting. Behavioral Sciences, 14(10), 952.

[3] Nagtegaal, R. (2021). The impact of using algorithms for managerial decisions on public employees’ procedural justice. Government Information Quarterly, 38(1), 101536.

[4] Meijerink, J., Boons, M., Keegan, A., and Marler, J. (2021). Algorithmic human resource management: Synthesizing developments and cross-disciplinary insights on digital HRM. The International Journal of Human Resource Management, 32(12), 2545-2562.

[5] Schaupp, S. (2023). COVID‐19, economic crises and digitalisation: How algorithmic management became an alternative to automation. New Technology, Work and Employment, 38(2), 311-329.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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