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コラム

見えない刻印:なぜ初期経験が組織の行く末に影響するのか

コラム

私たちは人生の中で多くの経験を積み重ねていきますが、その中でも特に印象的な出来事や環境は、私たちの行動や思考に長期的な痕跡を残すことがあります。生まれたばかりの雛が最初に目にした動く対象を「親」と認識する現象を「インプリンティング」と呼びますが、この概念は人間社会や組織の世界にも応用できます。

組織における「インプリンティング」とは、企業や個人が特に感受性の高い時期(設立時や入社時など)に経験した環境や条件が、その後も長期にわたって行動パターンや思考様式に持続的な影響を及ぼす現象です。例えば、厳しい経済環境の中で創業した企業は、その後、景気が回復しても倹約的な経営スタイルを続ける場合があります。また、入社時の上司の仕事の進め方が、その後のキャリアを通じて自分の仕事のスタイルに定着することもあるでしょう。

本コラムでは、個人と組織のインプリンティング現象について、様々な観点から考察していきます。役職の引き継ぎにおけるインプリンティングの影響、女性のキャリア形成における初期環境の重要性、入社時の組織の資源状況が後のパフォーマンスに与える影響、地域社会における非営利組織の設立が持つ長期的な意義、そしてベンチャー企業のアイデア生成環境と後の業績の関係など、多様なテーマを掘り下げます。

これらの知見は、私たちが組織で働く中で、なぜ特定のパターンや慣行が持続するのか、どのような初期条件が長期的な成功をもたらすのかを理解する上で有益な視点を提供してくれるでしょう。

役職の離職はインプリンティング次第

企業が成長する過程で、役職や部署が新設され、その後、人が入れ替わっていきます。しかし、同じ役職でも最初に就いた人(初代)とその後継者では、在任期間に違いがあることをご存知でしょうか。これには「ポジション・インプリンティング」という概念が関わっています[1]

新興企業では、役職が最初に作られる際、その初代(ロールクリエイター)の個性や経験、働き方によって役職の性質が形づけられます。この初期段階での特徴づけが、後任者(ロールサクセサー)の行動に制約を与え、離職率にまで影響を及ぼすことがわかっています。

カリフォルニア州シリコンバレーの新興ハイテク企業170社を対象とした調査では、役職を最初に設定した人(ロールクリエイター)は、その後任者に比べて離職率が16%も低いことが判明しました。ロールクリエイターが自分自身の経験や好みに合わせて役職を設計できるため、居心地がよく、長く留まる傾向があるためです。

対して、役職の後任者は二重の圧力にさらされることがあります。一方では、前任者が設定した役職の特性や期待に応える必要があり、もう一方では、市場や業界が一般的にその役職に求める標準的な期待にも応えなければなりません。この二つの期待が一致していれば問題ありませんが、不一致がある場合にはストレスとなります。

実際、調査データからは、後任者がロールクリエイターと異なる経歴を持つ場合、離職率が8%高くなることが示されました。さらに、業界の標準的な役職期待と異なる経歴を持つ役職者は、標準的な役職者よりも離職率が15%高かったのです。

最も離職率が高かったのは、「業界標準と異なる(非典型的な)ロールクリエイターの後を継いだ後任者」でした。これは、前任者が設定した独自の役職の特性と、業界が一般的に期待する役職の特性との間の不一致が最も大きいケースだといえます。後任者は相反する二つの期待の間で板挟みとなり、離職率が高まります。

この研究は、新興企業が成長し、組織構造が制度化される過程において、初期の役職定義が後の人材管理の課題を形作ることを示しています。例えば、ある企業で「マーケティング責任者」という役職を最初に担当した人が技術背景を持ち、製品機能の技術的説明を重視するスタイルだったとします。

業界全体では、マーケティング責任者はブランド構築や消費者心理の理解を重視することが一般的だとすると、この会社の次のマーケティング責任者が典型的なマーケティングの背景を持つ人だった場合、前任者が作り上げた役職の性質と自分の専門性や業界標準との間に不一致を感じ、困難に直面する可能性が高いということです。

女性のキャリアは資源でインプリンティングされる

組織に入る時期や環境が、その後のキャリア形成にどのような影響を与えるのでしょうか。特に女性のキャリアに着目した研究では、入社時の組織の「資源環境」が長期的なキャリア成果に影響を及ぼすことが明らかになっています[2]

組織の「資源環境」とは、簡単に言えば組織の財政状態を指します。「豊かさ」は資源が豊富な状況、「資源の希少性」は資源が不足している状況を表します。デンマークの公共部門において1990年から1995年に入職した女性従業員を対象とした長期追跡調査では、入職時の組織資源環境が15年以上先の給与や昇進などの経済的成果に影響を与えることが判明しました。

この調査で明らかになったのは「U字型の関係」です。非常に資源が豊富な時期に入職した女性と、反対に非常に資源が不足していた時期に入職した女性の両方が、普通の資源状況で入職した女性よりも後のキャリアで経済的に有利な成果を得る傾向がありました。

資源が非常に豊富な環境では、組織は人材育成や訓練に多くの投資ができます。新入社員は充実した研修プログラムや丁寧な指導を受けられ、重要なスキルやネットワークを早期に構築できる可能性があります。豊富な資源があることで、組織は革新的なプロジェクトや新たな取り組みに投資することもできるため、新入社員はこれらの機会を通じて自身の能力を発揮し、キャリアを加速させることができるでしょう。

一方で、資源が非常に不足している厳しい環境に入職した女性も、後のキャリアで良好な成果を得ています。これは一見矛盾するように思えますが、資源が制限された環境では、新入社員は早期から責任ある立場を任されたり、限られた資源の中で創意工夫を求められたりすることがあります。

このような「サバイバル体験」が問題解決能力やレジリエンスを育み、長期的なキャリア形成につながる可能性があるのです。対照的に、資源状況が「普通」の環境では、特別な育成機会も厳しい訓練の場も少なく、後のキャリア発展につながる強い刺激が少ないのかもしれません。

さらに、この研究では人的資本(教育レベルや労働経験)の違いによって、入職時環境の影響が異なることも明らかにしました。教育や労働経験の少ない女性ほど、入職時の組織環境による影響を強く受ける傾向が認められました。経験豊富な人材は既に確立されたスキルセットやマインドセットを持っているため、新しい環境からのインプリンティング効果が弱まる可能性があることを示唆しています。

例えば、大学卒業直後に初めて正社員として組織に入った人は、入職時の環境から強い影響を受けやすいでしょう。一方、既に他の組織で数年の経験を積んだ後に転職した人は、新しい組織環境からの影響が比較的小さい可能性があります。

入社時資源がインプリンティングを生む

先に見たように、入社時の組織資源環境はキャリア形成に重要な役割を果たします。では、この「入社時環境」によるインプリンティングは具体的にどのようにパフォーマンスに影響するのでしょうか。

ITサービス企業の131人の従業員を約15年間追跡した研究では、入社時の組織資源環境と後の環境との「適合度」が職務パフォーマンスに関わることが明らかにされました[3]。この研究では、「インプリント環境フィット」という新たな概念が提案されています。

その上で、入社時に経験した資源環境と現在の職場環境の類似性が高いほど、パフォーマンスが向上することが明らかになりました。豊かな資源環境で入社した人は、後に同様に豊かな環境で働く場合に最も良いパフォーマンスを発揮します。同様に、資源が限られた環境で入社した人は、後に同様の制約のある環境で働く場合に良好なパフォーマンスを示すのです。

この現象を理解するための鍵は、入社時に形成される「仕事の進め方」にあります。豊かな資源環境では、新入社員はリソースを豊富に使える前提で問題解決や意思決定の方法を学びます。例えば、十分な予算、人員、時間があることを前提にプロジェクトを計画したり、多くの情報を収集してから意思決定するスタイルを身につけたりするかもしれません。

反対に、限られた資源環境で入社した人は、限られたリソースの中で最大限の成果を上げる方法を学びます。例えば、少ない予算で創意工夫する、優先順位を厳しく設定する、限られた情報の中で素早く決断するなど、「倹約型」の仕事のスタイルを身につけるでしょう。

これらの初期に学んだ仕事のスタイルは、意識せずとも長く続く傾向があります。入社後数年、あるいは数十年経過しても、初期に形成された思考や行動のパターンは持続します。だからこそ、現在の環境が自分が初期に学んだ仕事のスタイルと一致している場合には、その人は高いパフォーマンスを発揮できます。

この研究では、「極端な資源環境」で初期経験を積んだ従業員は、その後の「平均的な資源環境」でパフォーマンスが低下する「極端性の呪い」という現象も指摘されています。非常に豊かな環境や非常に制約された環境で入社した人は、その極端な環境に適応した仕事のスタイルを身につけますが、それが標準的な環境では必ずしも最適でない可能性があるのです。

さらに、同僚の経験した資源環境が自分の経験と類似している場合、「セカンドハンド・インプリンティング」の効果が強まることも明らかになりました。自分と同じような環境で入社した同僚が多い場合、お互いの仕事のスタイルを強化し合い、インプリンティング効果が増幅される可能性があります。

非営利組織が地域社会にインプリンティングする

これまでは個人レベルのインプリンティングについて見てきましたが、組織が地域社会にインプリンティングを与えることもあります。特に非営利組織の設立は、地域社会において相互扶助(互いに助け合う精神)の文化を長期的に形成する可能性があります。

従来の組織研究では、環境が組織にインプリント(刻印)を与えると考えられてきました。しかし、非営利組織と地域社会の関係では、この方向性が逆転することがあります。すなわち、非営利組織の早期設立が地域社会にインプリントを与え、その後の別種類の非営利組織設立を促進するという現象が観察されるのです。

ノルウェーのコミュニティを対象とした研究では、19世紀に相互火災保険組合や貯蓄銀行といった相互扶助的な組織を早期に設立した地域社会ほど、20世紀になって消費者協同組合の設立が活発になる傾向が認められました[4]。この現象は、初期の非営利組織の設立が、地域社会に「制度的遺産」を形成することで説明できます。

この「制度的遺産」とは具体的にどのようなものでしょうか。大きく分けて二つの側面があります。

一つ目は、集合的行動のモデルです。非営利組織の設立と運営は、地域住民が共通の目標に向かって協力するプロセスを伴います。この経験を通じて、地域社会には「みんなで力を合わせて社会的課題を解決する」という行動パターンが根付きます。例えば、19世紀の相互火災保険組合の設立では、地域住民が互いのリスクを分かち合うために協力するという経験がありました。このような集合的行動の成功体験は、地域の文化や規範として長く記憶され、後の世代にも共有されていきます。

二つ目は、組織化の技能です。非営利組織を設立・運営するには、様々な実務的なスキルが必要です。例えば、会議の進め方、意思決定の方法、資金調達の方法、メンバー間の調整など、組織運営に関するノウハウがあります。初期の非営利組織の設立と運営を通じて、地域社会はこれらの技能を習得し、蓄積していきます。そして、これらのスキルは地域内で共有され、後の組織設立の際にも活用されるのです。

ベンチャーの業績はインプリンティングに左右

新しいベンチャー企業のアイデアが生まれる環境が、その後の企業業績にどのように影響するのでしょうか。アイデア創出の場所や背景もまた、企業にインプリンティングを与え、長期的な成果を左右することがわかっています。

MITの卒業生を対象とした2,067社の企業に関する調査では、ベンチャー企業の創業アイデアが生まれた組織コンテクスト(研究機関か産業界か)が、市場環境との相互作用を通じて企業の長期的な業績に影響することが明らかになりました[5]

この研究では、アイデア創出の文脈を主に二つに分類しています。一つは「研究機関」(大学の研究室など)で、もう一つは「産業界」(既存企業内)です。これらの環境はそれぞれ異なる思考様式や価値観を育みます。

研究機関では、技術的革新や科学的発見が重視され、新しい知識の創造に焦点が当てられます。このような環境で生まれたベンチャーのアイデアは、革新性や技術的優位性を重視します。研究室では「どうすれば技術的に最も優れた製品ができるか」という問いが中心となるでしょう。

他方で、産業界では市場競争や経営管理に関連する知識が重視されます。既存企業内で芽生えたアイデアは、市場ニーズや競争戦略、効率性などを念頭に置いていることが多いでしょう。そこでは「どうすれば市場で勝てるか」「どうすれば効率的に運営できるか」といった視点が強いのです。

これらの初期のアイデア創出環境は、その後のベンチャー企業の戦略や組織文化にインプリントを与え、特定の市場環境との相性を決定づけます。

研究では特に、「協調的市場環境」と「競争的市場環境」という二つの異なる市場タイプに注目しました。協調的市場環境とは、企業間の協力や補完的関係が重要となる市場です。例えば、特許保護が強く、他社の補完的資産(販売網など)を利用することが成功の鍵となるような環境です。競争的市場環境とは、企業間の直接的な競争が激しく、市場シェアの獲得が重要となる市場を指します。

研究結果から、研究機関から生まれたベンチャーは、協調的市場環境でより高い業績を示すことがわかりました。研究機関でのアイデア創出過程が技術的優位性を重視するため、特許保護の強い市場で有利になるからだと考えられます。また、研究機関では企業間協力の重要性に関する認識が限られているかもしれませんが、協調的市場環境ではその技術優位性を活かすことができます。

反対に、産業界から生まれたベンチャーは、競争的市場環境でより良い業績を示しました。既存企業内での経験が市場競争の厳しさや経営戦略の重要性に関する理解を深め、競争的市場環境への適応力を高めるからだと考えられます。

脚注

[1] Burton, M. D., and Beckman, C. M. (2007). Leaving a legacy: Position imprints and successor turnover in young firms. American Sociological Review, 72(2), 239-266.

[2] Ashworth, R., Krotel, S. M. L., and Villadsen, A. R. (2023). Right time to join? Organizational imprinting and women’s careers in public service organizations. Gender, Work & Organization, 30(3), 773-792.

[3] Tilcsik, A. (2014). Imprint-environment fit and performance: How organizational munificence at the time of hire affects subsequent job performance. Administrative Science Quarterly, 59(4), 639-668.

[4] Greve, H. R., and Rao, H. (2012). Echoes of the past: Organizational foundings as sources of an institutional legacy of mutualism. American Journal of Sociology, 118(3), 635-675.

[5] Eesley, C. E., Hsu, D. H., and Roberts, E. B. (2014). Entrepreneurial ideation and organizational performance: Imprinting effects. Strategic Entrepreneurship Journal, 8(1), 19-40.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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