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コラム

専門性の橋渡し:知識を価値に変える伝え方

コラム

ビジネスリサーチラボでは、研究や分析に基づく知見をクライアントに提供しています。しかし、専門性の高い内容をいかに効果的に伝えるかは常に重要な課題です。本対談では、当社 代表取締役の伊達洋駆とマネージャーの藤井貴之が「研究知見や分析結果の伝え方」について、日々の業務から得た洞察を語り合いました。

クライアントワークにおいて、分析結果が真に価値を生むのは、それがきちんと理解され、実践に活かされるときです。私たちは「専門的な内容をどうすれば相手に響く形で伝えられるか」を考え、試行錯誤を重ねてきました。対談では、実際に「伝わった」と実感できた経験や、「なるほど」と思ってもらうためのテクニック、効果的な図表の作成方法など、実務に直結する知見を共有しています。

また、限られた時間や紙幅の中で何を優先すべきか、専門知識を簡略化する際の注意点、そして専門家として避けるべき説明の仕方についても、エピソードを交えながら掘り下げています。

対談内容は、当社のようなデータ分析やコンサルティングに携わる方々だけでなく、日常的にプレゼンテーションや報告書作成に取り組む方々にとっても、実践的なヒントとなるかもしれません。「正確に伝える」だけでなく「相手の文脈に沿って効果的に伝える」というコミュニケーションについて、ぜひお読みいただければ幸いです。

研究知見や分析結果が伝わったと実感できた経験

藤井:

最初に、「研究知見や分析結果を説明して伝わったと実感できたとき」について、特に何が効果的だったのかを私から一つ挙げさせていただきます。

分析方法をレクチャーした案件がありました。クライアントの社内で分析を内製化していくというプロジェクトでした。分析ソフトの使い方や実際に得られているデータを使って分析手法を説明していましたが、最初は「こういう分析でこういうことをします」と言っても、「なるほど」と言っていただいてはいるものの、深いレベルでは理解されていないような印象がありました。

ところが、実際にデータを使って「この結果になりました」「この数値や結果を見ると、こういう人はこうなっているということがわかります」と説明したところ、「こういう値として出てくるんだ」とイメージを持っていただけたのか、そこで説明の理解が進んだと感じました。

伊達:

「宣言的知識」と「手続き的知識」を思い出しました。例えばt検定であれば、「t検定とは何か」「t値とは何か」「有意水準とは何か」という概念を言葉で説明するのが宣言的知識。一方で、それを使って統計ソフトを動かし、どう操作したら結果が出るかというのは手続き的知識と呼ばれます。この枠組みで言えば、宣言的知識のみではなく、手続き的知識をセットで伝えることで理解が深まったということですね。

藤井:

自分に当てはめても、頭の中だけで考えるだけではなく、具体的な動きが伴うことで理解につながる気がします。分析の手順を教えてもらいながら、「このボタンを押して、この作業をすると、この結果が出る」といった作業が伴うと、知識が頭に残りやすいと感じます。

伊達:

確かに、統計をめぐる数理的な理解を再確認していて、同じようなことを感じます。例えば数式を少し書いてみたり、解いてみたりすると、イメージが湧きやすくなります。手を動かすことでメカニズムが身体的に理解できるように補足されるのでしょうか。

私のケースでは、採用に関する分析において「面接が十分に機能していない」ということを分析結果から伝える必要があったときのことです。予測すべきものがうまく予測できていないという結果が見えてきたのですが、これをどう伝えるかという状況です。

うまく伝わったと実感できたのは、「他の会社には、こんな面接官がいます」というように、人物像を伴うイメージを共有したときでした。概念のみで理解していくのは簡単ではなく、それが具体的にどう現れるのかを「例えば、こんな人がいます」と説明していくことが効果的でした。

「なるほど」と思ってもらうための伝え方

藤井:

続いて、「相手から『なるほど』と思ってもらうために意識的に行っている伝え方のテクニック」について話していきましょう。先ほども出ましたが、イメージの共有をするために話を噛み砕いたり、具体例を出したり、人物を持ち出したりしています。特に相手と共有できるイメージを持ち出してコミュニケーションするところは意識しています。

伊達:

自分自身も抽象的な理解を超えて、具体的なイメージを持っておく必要がありますね。何となく理解している状態だと、イメージは描けませんから。

藤井さんは、クライアントワークにおいて様々な内容を伝える機会が多いと思いますが、説明のときに心がけていることはありますか。

藤井:

クライアントワークと、セミナーやコラムなど情報発信の場合とでは少し違います。セミナーなど情報を発信する場合は、自分の専門性から一般の人があまり触れないような観点を含めたいと思っています。それが驚きや新鮮さ、「なるほど」につながると思いますが、あまりに専門的すぎて理解されないのも困るので、理解してもらえる範囲で「そういう観点もあるのか」と思ってもらえるよう心がけています。

クライアントワークでは、一つの観点でいきなり全てを説明するのは難しいので、複数の観点を出しながら「ここは考えたことがなかった」と受け取ってもらえるよう工夫しています。

伊達:

一発で核心を突くのは確かにハードルが高いです。複数の観点があると共通点を見出したり、違いがわかったりして、イメージがはっきりしやすくなるのかもしれません。

私は、一つの説明をするときに「専門用語を一つにとどめる」ことを意識しています。悪い例を挙げてみましょう、「組織市民行動に対する組織コミットメントの影響は自己効力感によって調整されます」という説明です。これはわずかな文の中に4つの専門用語が出てきています。そうなると、一つ一つの専門用語を理解し、さらにそれらの関係性を理解する必要があり、何重にもわたって理解が難しくなります。

加えて、分析結果を伝えるときに気をつけていることがあって、「結果が実践的には何を意味しているのか」を伝えるようにしています。例えば、「この影響指標が成果指標に対して有意な関係がありました」と言うだけでは、わかる人もいるけれどピンときません。そこで、これが実務上何を意味しているかを述べます。例えば、「ここに対して対策を講じると良いですよ」と、実務的な意味まで含めて伝えることを意識しています。

藤井:

逆に、専門用語を使った方が良いと感じる場面はありますか。

伊達:

ありますね。専門性を感じてもらいたい状況では意識的に専門用語を出すこともあります。一例ですが、メッセージがシンプルなものである場合、「背後に専門知があって導き出している」ことを示すために専門用語を出すこともあります。

藤井:

セミナーの登壇のような場面では専門家としての示し方が必要で、クライアントに説明するときは理解してもらうことの重要度が高くなるように思います。

伊達:

クライアントワークにおいて理解してもらうことが重要になるのは、すでに専門性を認めていただいているからかもしれません。ただし、会社に対して専門性を感じていただいていても、個人に対しては必ずしもそうとは限らないので、長いクライアントワークのプロセスの中でどこかで専門性を感じてもらう必要はあります。ただし、一度感じていただければ、あとは理解しやすく行動につながるような説明に焦点を当てていくのが良いのでしょう。

図表やスライドを相手に伝わるように工夫する方法

藤井:

「図表やスライドを相手に伝わるように工夫する方法」に話を移しましょう。私は普段よくこの作業をしていますが、意識しているのは、説明がなくても図表を見ただけで内容がわかるような、その中で完結した示し方です。

もう一つは、グラフや図表に関して、学術的に厳格な示し方にこだわりすぎず、クライアントが理解しやすく、図の伝えたい意味が伝わりやすい表現を心がけています。

伊達:

資料自体で完結する必要があるのは、私たちの作る資料が会議のタイミングだけでなく、後から読み返されることも多いからですね。実践に活かしたり社内で説明したりする場面で読み返されるので、資料を読むだけである程度理解できるようにするのは大事です。

別の観点として、人によって情報の受け取り方が異なることが挙げられます。図で理解したい人もいれば、文章で理解したい人もいます。そう考えると、文章は文章だけで完結している必要があり、図表も図表だけである程度理解できるようになっている必要があります。図表はわかりやすくても、文章は会議での補足説明がないと理解できないような内容だと、文章で理解したい人には不十分になってしまいます。ただし、図表や文章を詰め込みすぎるとそれはそれでダメなので、バランスが大切です。

藤井:

資料で説明しておきたいと思って説明を加えていくと、どんどん量が増えていくので、示したい内容自体の重要度や関連性も考慮する必要がありますね。

専門的な内容を説明する際の前提

藤井:「専門的な内容を説明するときに心がけている前提」はありますか。私からお話すると、専門知識を求められる場合、特にクライアントワークの場合は、知識そのものよりもその先に活用の目的があると思います。活用のために必要となる知識を得たいという背景があるので、「この知識から何を知りたいと思っているのか」「その先にある目的は何か」を想像するようにしています。「知識そのものではなく、知識を知ることで何かをしたいと思っているはずだ」ということです。

伊達:

知識習得そのものを目的にしている人はあまりいませんね。私たちもそうで、たとえ学術研究をレビューするときも、そのレビュー自体が目的ではなく、サービスに活用したりクライアントの問題解決のために使ったりします。研究者でも、論文の仮説構築のためにレビューするかもしれません。その活動の先に目的があって、それがクライアントワークでは特に重要になるということですね。

私の場合は、「相手も何かしら知識を持っている」という前提を置くようにしています。私たちは専門的な知識をもとにサービスを提供していますが、クライアントも自分の領域では専門的な知識を持っているはずです。少なくとも会社内の状況については私たちより詳しいわけですから、その領域では私たちより専門家です。

それを踏まえると、専門的な内容を一方的に伝えるのではなく、相手からも伝えていただくという考え方が大事になります。そうすることで、こちらの伝える内容も更新され、文脈に合った説明ができます。知識の交流ができると、専門的な内容をうまく伝えやすくなると思います。

もう一つは、「人は自分がニーズを持っているところをしっかり聞く」ということです。それ以外の部分は優先度が下がります。何を知りたいかは一人ひとり違うので、あらかじめ理解する必要があります。もし伝えるべきことに対してニーズがなければ、ニーズを喚起するところから始めないと伝わりません。

説明していて伝わっていないと感じる瞬間

藤井:

説明していても伝わっていないと感じる瞬間はあるでしょうか。私の場合、クライアントとの打ち合わせで相手が説明を聞きながらうなずいていても、そのうなずきがなくなった瞬間に「伝わっていないな」と感じることがあります。うなずきがなくなったように感じた部分を後で補足したり、具体例で言い換えたりするようにしています。

伊達:

うなずきの変化など、非言語的な手がかりは重要ですね。

私が重視しているのは、質問や感想です。質問や感想の内容が、自分が伝えたかった趣旨と異なる場合は「伝わっていない」と判断できます。実際に発言をしていただいて、その発言の前提となっている理解を推測していくようにしています。「こういう発言をされるということは、こういう理解に基づいているのだろう」という具合に。もしずれていると感じたら、「今回伝えたかったのはこういうことです」と伝え直します。

時間や字数の制限がある中での優先順位

伊達:

時間や字数の制限がある中で、複雑な内容を伝えなければならないときもありますよね。そのとき、何を優先して何を省略していますか。

藤井:

一つの観点として、学術的な根拠や妥当性、正当性を示す詳細な説明があります。これらは確認しておく必要がありますが、説明として出すかどうかは別問題です。最初から細かく説明するのではなく、「この点は確認しています」と大まかに説明しておいて、もっと知りたいという反応があれば詳細情報を出せるようにしておく、という形で省略することがあります。

伊達:

それで質問を待つということですね。関心があれば質問していただける可能性があります。ただ、ここでも専門性とのバランスが大事になりそうです。専門性を示しつつ、うまく省略できると良いと思いました。「専門的な作業を行いました。今は要点だけをお話します」と伝われば両立できるかもしれません。

私の場合、三つほど優先しているものがあります。一つ目は「前提の共有」です。プロジェクトの目的や今日の目的、進捗などです。こういった方向性がずれると、大きな齟齬につながるので注意しています。

二つ目は「行動や改善につながるところ」です。時間や字数の制限があっても、これは伝えておくべきだと考えています。結果を知りたいのは、それが行動や改善につながる可能性があるからです。

三つ目は「納得感につながるところ」です。例えば高度な分析を行っても、結果がシンプルな場合、結果だけ伝えると「本当にそれで進めていいのか」と不安になるかもしれません。納得感につながる部分については、時間がなくても説明する方が有効だと感じます。

藤井:

クライアントの満足感についてはどう考えるべきでしょうか。

伊達:

満足感を高める理由が重要でしょう。私たちが関わるプロジェクトは上流工程に近いことが多く、課題発見や対策の方向性を示した後、クライアントが社内で様々な関係者に伝えながら対策に向けて動いていくことになります。その際にエネルギーが必要で、プロジェクト全体の納得感や満足感が低いと、エネルギーが枯渇してしまいます。

専門知識の簡略化・単純化による誤解の経験

藤井:

「専門知識を伝える際に、意図的に簡略化・単純化したことでかえって誤解を招いた経験」についてお話していきましょう。非専門家に学術的なお話をするとき、イメージしやすいように例を挙げて説明することがあります。ただ、その例を相手が私の意図した側面とは違うところで捉えてしまい、結果的に異なる理解を持ってしまうことがありました。さらに、その理解で別の人に説明されているのを見たときは「これはまずい」と感じました。

そこで、一つの例だとその中の要素の一つだけを選び取られてしまうことがあるので、複数のイメージを示して、その共通点が伝えたいポイントだと説明するようにしています。そうすることで、論点がずれないような説明ができるよう意識しています。

伊達:

言ってみれば、例の内容的妥当性が必要になるわけですね。複雑な現象や概念を多角的に捉えられているかという意味で。

例示というと補足的だと思われがちで、その場で考えれば良いと思われることもあるかもしれません。しかし、例も重要なコンテンツの一つであり、事前に検討する必要があります。「この例で誤解されないだろうか」「伝えたいことを伝えられるだろうか」と考えることが大事です。

分析の説明でも、似たような構造のことが起こり得ます。「要はこういうことです」と説明しても、「要は」の部分が理解されないことがあります。そこがうまく伝わっていないときには、より具体化する必要があると感じています。

例えば「統制」について説明している中で、「要は影響を除去することです」と言うと、誤解が起こることもあります。「要は」の正確さ、さらにはレパートリーが求められるということです。ただし、そのことは簡単ではありません。なぜかというと、説明しようとすることについて深い理解ができていないと、本質的な特徴を抽出して「要は」と言えないからです。

専門知識の共有で避けるべきこと

藤井:

最後に「専門知識の共有において避けるべきこと」について、経験から学んだ教訓を挙げ合いましょう。まず私からですが、「専門用語を多用すること」と「抽象的な説明」です。コラムやセミナーなど情報発信する内容をチェックする中で感じました。

例えば「○○××は関連があります」「○○△△という効果があります」という説明をしがちですが、それだけでは実は情報価値がほとんどないことがあります。学術研究では「これとこれには関連がある」という説明をよく使いますが、情報発信する際にはより具体性を持たせる必要があります。

学術的な新規性を追求している文脈では「関連がある」という情報に価値があるかもしれませんが、別の文脈では価値が薄くなる可能性があります。文脈によって何に価値があるのかを考えながら説明することが重要です。

伊達:

私が専門知識を共有する際に難しいと感じるのは、ある知識を理解するために前提となる知識が必要なケースです。例えば、重回帰分析における多重共線性の問題について説明しようとすると、それを理解するために前提となる知識がいくつもあります。

最近は、そのことをきちんと伝えることが大事だと考えています。「これを理解するには、こういう知識が必要です。これがないと十分な理解は難しいです」と伝えるということです。このことは、実務的な示唆を出すことと両立できるはずです。例えばICレコーダーで録音するには「電源をつけて録音ボタンを押す」という操作を知っていれば良いのですが、どのようなメカニズムで録音しているかを理解しようとすると、複数の知識が必要になります。ただ、メカニズムを理解できなくても録音はできるのです。

藤井:

細かいメカニズムを知らなくても実践できることはありますね。前提知識が必要だということを伝えておくことは大事ですし、それを深掘りするかは相手の選択にも委ねられるのかもしれません。専門家のサービスを受けるということは、内部のメカニズムを全て理解しなくても専門的な知識を利用することだとも言えますね。

一方で専門家は知っておく必要があるという裏返しでもあります。全てを伝える必要はないけれど、伝える側は理解している必要がある。それは社会的な役割分担なのかもしれませんね。


プロフィール

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

 

藤井 貴之 株式会社ビジネスリサーチラボ マネージャー
関西福祉科学大学社会福祉学部卒業、大阪教育大学大学院教育学研究科修士課程修了、玉川大学大学院脳情報研究科博士後期課程修了。修士(教育学)、博士(学術)。社会性の発達・個人差に関心をもち、向社会的行動の心理・生理学的基盤に関して、発達心理学、社会心理学、生理・神経科学などを含む学際的な研究を実施。組織・人事の課題に対して学際的な視点によるアプローチを探求している。

#藤井貴之 #伊達洋駆

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