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コラム

組織のDNA:創業期の刷り込みが決める企業の未来

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私たちが生まれてきたときの環境や育った家庭、受けた教育などは、大人になった後の考え方や行動パターンに根付く場合があります。同様に、組織にも「生まれた時の記憶」が刻み込まれ、その後の発展過程において長く残り続けるものがあります。これを「インプリンティング」と呼びます。

動物の世界では、生まれたばかりのひなが最初に見た動く物体を親として認識し、その後もその対象に付いていくという「刷り込み」現象が知られています。組織においても、創業時の環境や創業者の理念、初期の経験などが、あたかも「刷り込み」のように組織の文化や行動パターンに根付き、時には何十年も影響を及ぼし続けることがあります。

本コラムでは、組織におけるインプリンティング現象について、研究成果をもとに掘り下げていきます。組織がどのように創業期の特性を保持するのか、創業者の経験や意図がどのように人事制度に刻印されるのか、従業員の認識や国有企業の福祉制度にまでインプリンティングがどう関わるのかを見ていきましょう。

組織は創業期のインプリンティングを保つ

組織が誕生した時期の特性は、その後、長く組織に残り続けます。これは自然界における「刷り込み」と似た現象で、組織論では「インプリンティング」と呼ばれています。鳥のひなが生まれて初めて見た動くものを「親」と認識するように、組織も創業期の環境や条件に強く影響され、その特性が後々まで保たれます。

このインプリンティングという概念は、1965年に理論化されました。インプリンティングは「ある特定の敏感期に形成された組織や個人の特性が、その後の環境変化にもかかわらず長期間持続する現象」と定義されています。

研究によると、インプリンティングは3つのプロセスから構成されます[1]。「生成」のフェーズでは、組織が設立される時期の環境や創業者の特性が組織に刻印されます。「変容」のフェーズでは、形成されたインプリントが時間とともに持続したり、増幅したり、あるいは変形・衰退したりします。「表出」のフェーズでは、インプリントが組織の行動や結果として現れます。

例えば、創業者が品質へのこだわりを持っていた場合、その価値観は組織文化として定着し(生成)、時間が経つにつれて品質管理の仕組みとして制度化され(変容)、最終的には高品質な製品として市場に評価される(表出)というプロセスをたどるかもしれません。

インプリンティングの源泉(インプリンター)には、組織が設立された時代の経済状況や技術水準などの「環境」、組織を作った「創業者」の価値観や経験、そして初期の「組織」そのものの特性があります。

インプリントがどのように持続するかについては、いくつかのメカニズムが提案されています。一つは「制度化」で、初期の慣行や価値観が組織の規則やルーティンとして定着することです。もう一つは「経路依存性」と呼ばれる現象で、一度導入された仕組みや技術が、その後の選択肢を限定してしまうことを指します。例えば、特定の技術に投資した企業は、その技術に合わせた人材育成や設備投資を続けることになり、別の選択肢への切り替えが難しくなります。

一方で、インプリントが変化することもあります。例えば、業績不振などのネガティブなフィードバックや、経営者の交代によって、創業期から続いていた特性が見直されることもあります。しかし、こうした変化は容易ではなく、インプリントは組織に深く根付き、長期間にわたって組織の行動や成果に継続的な痕跡を残します。

創業者の経験が人事にインプリンティングされる

創業時のコアメンバーがどのような経験を持っていたかによって、その後の組織の人事に関する価値観が左右されることがあります。これは、創業メンバーの特性や経験が人事制度に「刻印」され、長期間にわたって影響を及ぼす現象と言えます。

ある研究では、ベンチャー企業を対象に調査を行い、初期の創業チームの特性が組織の成長過程における人事の価値観にどのような形で反映されるかを検証しました[2]。研究者らが注目したのは、人事の価値観の「内部的一貫性」と「独自性」です。内部的一貫性とは、組織内の人事制度や価値観がお互いに矛盾せず調和していることを指し、独自性とは他社とは異なる特徴的な価値観を持っていることを意味します。

人事の価値観は大きく4つのタイプに分類できます。「グループ価値」は従業員の参加や権限移譲を大事にする価値観、「開発価値」は革新や変革を重視する価値観、「内部プロセス価値」は手順や中央集権化を重視する価値観、「合理的価値」は効率性や収益性を強調する価値観です。例えば、従業員の成長や満足度を何よりも大切にする企業はグループ価値が高く、正確な業務遂行を重視する企業は内部プロセス価値が高いと言えるでしょう。

創業メンバー間に「共有された組織経験」があるほど、その後の人事の価値観が一貫性と独自性を持つようになることがわかりました。例えば、創業メンバー全員が以前同じ会社で働いていた場合、共通の経験や価値観を持っているため、新しい会社でも統一感のある人事制度を作りやすくなります。

また、創業メンバーの「機能的多様性」も人事の価値観の独自性に良い効果をもたらすことが分かりました。機能的多様性とは、メンバーがマーケティング、エンジニアリング、財務など異なる専門分野の経験を持っていることを指します。多様な視点や専門知識が集まることで、他社にない独自の価値観が生まれやすくなるのです。

ただし、機能的多様性と共有された組織経験がともに高い場合、意外なことに両者の良い効果が弱まるという結果も見られました。これは、メンバーの専門分野が多様であっても、同じ組織での経験を共有していると、新しいアイデアや視点が制限される可能性を示唆しています。

この研究から分かるのは、創業時のチーム構成が、その後の組織の人事の価値観や制度に刻印されるということです。共有された経験と多様な専門性のバランスが、一貫性があり独自性を持った人事制度を構築する鍵となります。

創設者の意図がインプリンティングされる

組織が創設される際、その創設者の意図や目的は組織の構造や行動パターンに刻み込まれ、長期間にわたって影響を及ぼします。これは、創設者が当時の社会的・文化的環境から意識的に選択し、組み合わせた結果と捉えることができます。17世紀に設立されたパリ・オペラ座の事例を通じて、この「創設者の意図のインプリンティング」過程を詳細に分析した研究があります[3]

パリ・オペラ座は1669年、ルイ14世の時代に設立されました。当時のフランスでは、イタリアの文化的影響力が強く、フランス独自の文化的アイデンティティを確立することが国家的な課題でした。この背景のもと、詩人のピエール・ペランを中心とする創設者たちは、フランス語によるオペラという新たな芸術形式を生み出そうとしたのです。

創設者たちが当時存在していた組織形態から「王立アカデミー」という形式を意図的に選択しました。アカデミーは権威と特権を持つ機関である一方、オペラ座は公演を行う劇場としての商業的側面も持っていました。創設者たちはこの二つの性質を組み合わせ、「芸術的権威を持ちながらも商業的に存続する」というハイブリッドな組織形態を作り出したのです。

この意識的な選択と組み合わせの行為を、ジョンソンは「文化的アントレプレナーシップ」と呼んでいます。創設者は環境に受動的に適応するのではなく、利用可能な文化的要素を創造的に選択・再構成することで、新たな組織形態を生み出します。

この初期の組織設計は、その後のオペラ座の発展に長期的な影響を与えました。公的な権威と商業的要素を併せ持つというハイブリッドな性格は、設立から350年以上経った現在でも、パリ・オペラ座の特徴として残っています。国家の支援を受けながらも、チケット販売などの商業活動も行うという運営形態は、創設時の意図が現代にまで刻印された例と言えるでしょう。

創設者の意図がインプリンティングされる現象は、組織形成において意図的な選択が重要な役割を果たすことを示しています。創設者は利用可能だった組織的レパートリー(組織形態のカタログのようなもの)から特定の要素を選び、自らの意図や目的に合わせて再構成します。この選択と再構成のプロセスが、組織の長期的な特性を形づくります。

人事の認識はインプリンティングで左右される

組織における人事制度は、書面上のルールや方針だけでなく、従業員がそれをどのように認識し、どのような意味づけをするかが重要になります。ある研究は、この「人事の認識」が従業員の過去の経験によって左右されることを明らかにしました[4]。この現象は「HRプロセス研究」における「インプリンティング要因」として理解されています。

HRプロセス研究とは、組織の人事施策がどのように従業員に伝わり、従業員がそれをどう理解・認識するか(HR認識)、またどのように意味づけるか(HR帰属)を扱う研究です。例えば、同じ評価制度であっても、ある従業員は「成長を支援するためのもの」と認識し、別の従業員は「管理・監視するためのもの」と認識するかもしれません。このような認識の違いが、最終的に従業員の態度や行動に違いをもたらします。

研究者らは、従業員の人事制度に対する認識が、その人の過去の経験や背景(インプリンティング要因)によって左右されることを指摘しています。例えば、家族的な環境で育った人は、職場の人間関係や支援的な制度に敏感に反応する可能性があります。また、特定の文化的背景を持つ人は、その文化の価値観に合致する人事制度を好意的に評価するかもしれません。

研究では、従業員が持つ過去の経験に基づいて形成された「認知スキーマ」(物事を理解するための心の枠組み)が、人事制度の認識プロセスに関わることが示されています。例えば、以前働いていた会社で厳しい評価制度のもとネガティブな経験をした従業員は、新しい会社でも似たような評価制度に対して警戒心を持ちやすくなります。逆に、以前の職場で成長支援的な研修制度の恩恵を受けた従業員は、新しい職場の研修制度にも前向きな期待を持つでしょう。

人事制度の認識プロセスは、次のように整理できます。組織が様々な人事施策(採用、評価、報酬、研修など)を導入します。これらの施策は従業員に対して「シグナル」として作用し、従業員はこれを認識します(HR認識)。そして、従業員はこの認識に基づいて、制度の意図や目的について自分なりの解釈をします(HR帰属)。最終的に、この認識と帰属が従業員の態度(満足度、コミットメント)や行動(パフォーマンス、離職意図)に影響を与えるのです。

このような知見は、人事制度の設計・運用において示唆を提供します。組織は単に「良い」人事制度を導入するだけでなく、従業員の多様な背景や過去の経験を考慮し、制度の意図や目的を伝えることが大切です。同じ制度であっても、従業員によって認識や解釈が異なる可能性を認識し、個々の従業員の反応に配慮したコミュニケーションを行うことが望ましいでしょう。

福利厚生はインプリンティングの影響を受ける

組織が創業時にどのような制度環境で設立されたかは、その後の組織行動に長期的な影響を与えます。特に福利厚生といった社会的責任に関わる領域では、このインプリンティングの効果が顕著に表れることがあります。ある研究では、中国の国有企業(SOE: State-Owned Enterprises)を対象に、インプリンティング効果を実証的に検証しました[5]

中国では1978年の改革開放政策以降、多くの国有企業が民営化や組織再編を経験しました。従来、国有企業は手厚い福利厚生を提供し、住宅、医療、教育など従業員の生活全般をカバーする職場共同体としての機能を担っていました。市場経済への移行に伴い、これらの福利厚生は徐々に縮小されることが期待されていましたが、実際には多くの国有企業が改革後も手厚い福利厚生を維持し続けていました。

なぜ組織再編や民営化を経験した後も、多くの国有企業が伝統的な福利厚生を維持し続けるのでしょうか。研究者らは、この現象を「インプリンティング」の観点から説明します。すなわち、企業が設立された時期の制度環境が、その後の組織行動に長期的に影響を与えるというものです。

研究では、中国の12の都市から1,037社のデータを収集し、国有企業と非国有企業の福利厚生提供水準を比較しました。分析の結果、次のことが明らかになりました。

国有企業として設立された企業は、非国有企業に比べて従業員一人当たりの福利厚生投資が有意に高いことが分かりました。これは、国有企業の創業時に「従業員の生活全般を保障する」という制度的期待が組織に刻印され、長期間持続することを示しています。

組織再編を経験した国有企業でも、福利厚生提供の水準に大きな変化は見られませんでした。初期のインプリントが組織変革後も維持されることを示す結果です。例えば、ある国有鉄鋼企業が民営化された後も、従業員の住宅補助や医療保険、子女教育支援などの福利厚生を継続して提供しているケースなどが該当します。

また、企業の設立時期と福利厚生提供の間には明確な相関関係が見られませんでした。後発企業が先発企業を模倣するという「間接的インプリンティング」の存在を示唆しています。例えば、改革開放後に設立された企業でも、同じ産業内の伝統的な国有企業の福利厚生制度を模倣することで、似たような福利厚生を提供するようになったケースなどが考えられます。

一方で、組織再編からの時間経過が長いほど、福利厚生提供が徐々に減少する傾向も確認されました。これは「インプリントの減衰」と呼ばれるもので、時間の経過とともに初期の刻印効果が少しずつ弱まることを表しています。

インプリンティングの持続性は、組織変革を考える上で重要な示唆を提供します。組織の福利厚生などの制度を変更しようとする場合、表面的な制度変更だけでなく、組織に深く根付いた価値観や慣行にも注目する必要があります。国有企業の事例が示すように、設立時の制度環境は組織のDNAのように深く埋め込まれ、外部環境の変化や形式的な組織再編だけでは簡単に変わらないことを認識する必要があるでしょう。

脚注

[1] Simsek, Z., Fox, B. C., and Heavey, C. (2015). “What’s past is prologue”: A framework, review, and future directions for organizational research on imprinting. Journal of Management, 41(1), 288-317.

[2] Leung, A., Foo, M. D., and Chaturvedi, S. (2012). Imprinting effects of founding core teams on HR values in new ventures. Entrepreneurship Theory and Practice, 532, 1-20.

[3] Johnson, V. (2003). Unpacking the “Organizational Imprinting Hypothesis”: Cultural Entrepreneurialism in the Founding of the Paris Opera. Working Paper Series, Center on Organizational Innovation, Columbia University. Retrieved from http://www.coi.columbia.edu/pdf/oih_vj.pdf

[4] Kitt, A., and Sanders, K. (2024). Imprinting in HR process research: A systematic review and integrative conceptual model. The International Journal of Human Resource Management, 35(12), 2057-2100.

[5] Han, Y., and Zheng, E. (2019). Organizational imprinting and the welfare practice of Chinese state-owned enterprises. The Journal of Chinese Sociology, 6(18), 1-18.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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