2025年5月20日
ブラックボックスの向こう側:不透明なアルゴリズム管理で働く人々の実像
アプリを用いたフードデリバリーやライドシェアなど、ギグワークが広がっています。そこでは、アルゴリズムによる自動的な管理手法が注目を集めています。こうした仕組みは客観的に運用されているように見えますが、実際には働き手の経験や解釈を通じて形作られています。どのように振る舞えば良いのかを試行錯誤する過程には興味深い側面が存在し、なぜアルゴリズムが様々な議論を呼ぶのかを考える手がかりにもなるでしょう。
アルゴリズムが担う位置づけは社会科学の領域で広く論じられており、その働きを探求することは労働環境を理解するうえで重要です。ギグワーカーにとってアルゴリズムは仕事の振り分けや評価を左右する存在であり、周囲と連携する際にも影響を及ぼし得ます。そこには、効率を優先したい企業の狙いと、自由を尊重したい労働者の狙いが交錯することがあります。
本コラムでは、いくつかの先行事例を手がかりに、労働者が管理のあり方をどう理解し、どのような行動をとり、どのように活用してきたのかを紐解いていきます。そのことで、論点の多面性を感じ取っていただければ幸いです。
デジタルプラットフォームに埋め込まれたアルゴリズムは、利用者が意図しない形で仕事配分を決定し、評価の基準を更新するケースがあります。働き手は不透明なシステムに向き合いつつ、自律性を模索する必要に迫られます。そうした過程のなかで、人々は情報を交換し合い、アルゴリズムの特性を推測し、日々の行動に反映しています。
不透明性ゆえに混乱が生まれる事例だけでなく、それを逆手に取って自分に有利な戦略を探す人々の姿や、ウェルビーイングを考慮した再構想の取り組みも含まれます。ギグワークに直接関わっていない方であっても、デジタル技術がもたらす管理手法が現代社会の労働にどう組み込まれているのかを知る手がかりとなるでしょう。
労働者の解釈と行動で形成される
あるフードデリバリーのフィールドワークでは、複数の配達プラットフォームを対象とし、配達員や管理担当者への聞き取りやオンライン上のやり取りの観察などが行われました[1]。そこでは、注文の割り当てや評価を自動で実施するアルゴリズムが、実際には固定的な一枚岩ではなく、配達員たちの経験や推測によって絶えず再構成されている姿が明らかになりました。
例えば、配達員が受け取るオーダーの優先度やタイミングはブラックボックス化しており、どのような基準で仕事が回ってくるのかが把握しにくいため、仲間内のチャットや休憩場所での会話を通じて、「あのエリアで待機したら仕事が増えるらしい」「早めにアプリを立ち上げておくと注文をもらいやすいらしい」といった憶測が共有されていました。こうした憶測は必ずしも正しいわけではなく、むしろ誤解に基づく広がりもあり得ます。
それでも人々が推測を交わす背景には、システムの不透明性があります。アルゴリズムがどんなロジックで最適化をしているのかが知らされないため、配達員は自分の体験や仲間の噂を手がかりに行動を調整します。「企業が意図的に仕事量を制限している」という見方を抱く人もいるでしょう。「単に設計が未熟で効率が悪いのでは」と考える人もいるでしょう。
研究チームは配達員だけでなく、管理者側へのインタビューやデータ分析も実施し、アルゴリズムは位置情報や需要予測を元にオーダーを割り当てていることを確認しました。しかし、リアルタイムの交通事情や店舗の混雑状況、利用者キャンセルなどが頻繁に起こるため、システムの挙動は流動的であり、利用者側に詳細が公開されていないかぎり不可解な動きを見せることも少なくありません。その結果、「あの配達員は上手くやっている」「自分は不利な扱いを受けているかもしれない」といった推測が積み重なり、アルゴリズムに対する不信感あるいは不合理だという認識が強まることもあります。
一部の配達員は、そうした認識に基づいて行動を変化させています。例えば、別の場所にいてもアプリ上では人気エリアにいるように見せる手法を試す、あるいは評価を高めるために無理なスピードを出して短時間で配達するなど、システムをかいくぐろうとする行為が見られました。そうした行為は、アルゴリズム管理への不透明感が労働者の創意工夫を呼び起こす一端と言えるでしょう。
このように、アルゴリズム管理は単なるテクノロジーではなく、利用者たちの解釈や行動によって社会的に形成されていくものです。不透明であるがゆえに誤解も生まれやすい一方、労働者自身が自分たちなりのルールやセオリーを育てていく動的な過程があるということです。企業が想定していなかった多様なリアクションが連鎖し、アルゴリズムの影響力が強まる面もあれば、逆に混乱を増大させる面も併存しているかもしれません。
アルゴリズム管理が労働者の自己規律を強める
別の例として、フリーランス向けプラットフォームの利用者が残したオンライン投稿を対象に、アルゴリズム管理に対する人々の反応が分析されたケースがあります[2]。書き込み総数は一万件を超えており、そのうちアルゴリズムに関係する話題を抽出し、どのような思考や行動が見られるのかを読み解きました。
そこでは、受注の機会や評価スコアを左右する仕組みに対し、「このように振る舞えばアカウントが不利になるかもしれない」という懸念から、利用者が自発的に行動を制限している様子が出てきました。例えば、営業のアプローチをしすぎるとスパム判定されるのではないかと恐れて控える、低評価をつけそうなクライアントは避ける、などの動きです。運営から直接「こうしなさい」と命じられているわけではないにもかかわらず、「アルゴリズムに目をつけられる可能性」を先回りして警戒するため、自由な活動範囲を縮めているわけです。
ある利用者は、仕事の単価を下げてでも高評価を手に入れようと試みていました。評価が高ければプラットフォーム上での可視性が上がると推定されるため、まずは安い金額で実績を積み、好ましいレビューを集める戦略です。しかし、このようなやり方は労働時間の増加や収入の不安定化を招き、心理的負担を増やす場合があるとも指摘されています。誰かに強制されているわけではないのに、アルゴリズムを怖れるあまり、先回りして自分を抑える形になっていると捉えることも可能です。
プラットフォームが不透明な評価基準を運用しているために、不満や不信感が表出する場面もありました。ただ、不服を大声で訴えるとシステムからペナルティを科されるかもしれないと考えて、あえて目立たぬように振る舞う利用者もいました。こうした「表立った抵抗ではなく、自発的に身をかがめる行動」は、管理の圧力をかえって強固にしているようにも映ります。
不透明な仕組みへの不安がきっかけとなり、利用者が自己規律を敷いてしまう現象が観察されています。運営会社としてはルールを細かく設定しているわけではなく、アルゴリズムのブラックボックス性が労働者の心理的プレッシャーを高めている可能性があるという見解です。ギグエコノミーは自由度が高いと語られる一方で、その背後には見えない拘束が働き手を取り囲んでいる可能性があります。
アルゴリズム管理に適応し活用する
別の調査対象では、オンラインのフリーランサーがアルゴリズムを自分に有利に利用しようとしている実態が探られました[3]。インタビューや掲示板の投稿を集約したところ、プロフィールの書き換えや評価スコアの操作、検索結果で上位に表示されるための契約の組み方など、多彩な戦略が報告されています。ここでは、労働者がただシステムに従うだけでなく、むしろアルゴリズムを分析し、自らに有利なよう調整しようとする営みが見受けられました。
例えば、「短期の仕事を繰り返して手早く好評価を積み重ねる」「特定の時間帯に集中して稼働し、プラットフォームの需要が高まるタイミングを狙う」などのやり方です。運営会社が公式に案内している方法ではなく、利用者同士の情報交換を通じて見出された知恵や裏ワザが積み重なり、いわば「アルゴリズムを乗りこなす技能」が発達する場合があります。
プラットフォームが定める規約やガイドラインは、当然ながらこうした動きを想定しきれていないことも多く、利用者の行動が先行して新手法を編み出すこともあります。すると、プラットフォーム側は追認的に規約を改訂する一方、労働者側はさらに別の抜け道を探すという、いたちごっこが続くケースが散見されます。このような現象は、アルゴリズム管理が一方向で働き手を制御するのではなく、労働者からの逆方向の働きかけも含めて変化している構造を示唆しています。
このような「アルゴリズムと労働者が互いを作り変える」関係が生まれることは、高度な学習プロセスと結びつけて捉えられます。使いこなすほどに報酬や評価が向上するため、労働者はアルゴリズムの挙動を観察し、自分なりの法則を見つけるモチベーションを持ちます。その結果、アルゴリズム管理はただの束縛ではなく、ある種の「攻略対象」のような位置づけに変化するという見方が浮かび上がります。
もっとも、これが労働者にとって好ましい状況かどうかは一概には断言できません。隙間を突くことに成功した人がいる反面、システムに振り回され疲弊する人もいるからです。ただ、アルゴリズム管理において労働者が受動的に振り回されるだけではなく、逆にアルゴリズムを学習の対象にし、主体的に活用している姿が見られるという点は、ギグワークの新しい一面を切り取っていると言えるでしょう。
アルゴリズム管理を労働者が再設計
ライドシェアサービスの運転者を招いて、実際にアルゴリズムを再構想するワークショップを開催した取り組みも紹介されています[4]。20名ほどのドライバーが集まり、フォーカスグループを通じて、現在のシステムに関する不満や疲弊を率直に共有し、そこから改良案を生み出そうと試みました。
この取り組みで焦点となったのは、心身の健康を維持するための仕組みが不足しているという訴えでした。例えば、長時間の連続稼働を避けるための休憩リマインド機能や、乗客の目的地情報をある程度提示して不安を軽減する方法、インセンティブをドライバー自身がカスタマイズできる仕組みなど、多様な発想が出されました。実装に向けたハードルはあるものの、少なくとも労働者側が設計段階から意見を述べる場ができたことで、従来とは異なる可能性が検討されました。
従来のアルゴリズム管理は、プラットフォーム運営者が「効率化」を優先して策定することが多く、ドライバーのウェルビーイングにまで配慮が及んでいないことが指摘されてきました。しかし、このワークショップでは当事者が主体的に意見を交換し、自分たちの暮らしをまもりつつ収益を得られる設計を模索する動きが見られました。開発チームが全ての提案を実行できるわけではないにしても、意見が管理側にも届き、新しい管理手法を考える契機になり得ます。
こうした参加型アプローチは、労働者自身にとっても学びの場となり得ます。例えば、「休憩をとらないほうが稼げるのではないか」という思い込みに対し、「健康を損なえば中長期的な収入が落ち込む」という観点から別の設計が提案されるなど、効率一辺倒の考えを再検討するきっかけが生まれます。プラットフォームを利用する人々が、自分の身体や精神状態との関わりを考慮しながらシステム改変を提案する姿は、ギグエコノミーの新しい地平を開く一例でしょう。
このような試みが浮き彫りにしているのは、労働者が受動的に管理されるだけでなく、自分たちで仕組みの方向性に関与しようとする流れが存在し得るという点です。アルゴリズム管理を単純に押し付けられたものとして捉えるのではなく、人間の生活や健康に配慮した形で再設計できる可能性が模索され始めています。
アルゴリズム管理を労働者が理解し適応
大手の配車サービスを例に、何十名ものドライバーにインタビューを行い、オンラインコミュニティの投稿も並行して検証することで、アルゴリズムが不透明な指示を出す状況に人々がどう対処しているかを探った研究もあります[5]。そこでは、アルゴリズムの動きを知りたいと考えるあまり、自発的に情報を収集し、仲間と共有しつつ、自分なりの仮説を組み立てる姿が報告されています。
例えば、配車の頻度や評価点数の変動を記録してみる、乗客との会話からシステムの不具合を推測する、SNSグループで得た知見を試してみるなど、多彩な方法でデータを取り込み、独自のパターンを導き出しているドライバーがいました。こうした活動を続けるうちに、アルゴリズムについて「これぐらいの時間帯なら稼働率が上がる」「キャンセルが多い地域ではマイナス査定かもしれない」といった小さな法則を身につけ、それを仲間内に広める動きも見受けられました。
報告によれば、そうした試行錯誤は段階を踏んで進みます。まずはシステムの予想外の振る舞いに気づいたときに実際の行動を調整してみる。その結果をオンライン上のコミュニティで共有すると、同様の経験をした人々から賛否両論の反応が返ってきます。そこで合意が得られた情報は「半ば公然の常識」となって、さらに多くのドライバーに受け継がれ、新たな活用法を生みます。運営がアルゴリズムを更新すると前の法則が通用しなくなる場合もあり、そこでまた別の仮説検証が始まります。
こうした一連の流れは、不透明なアルゴリズム管理のもとでも、人々がただ従うだけではなく自律的に学び、適応していく力を持っていることを示しています。企業側がシステムを完全に開示しなくとも、現場で働く当事者同士の知恵が集まればある程度の推測が可能になるため、ドライバーはリスクを分散したり、稼ぎを最適化したりする手段を積み上げていこうとします。
脚注
[1] Heiland, H. (2025). The social construction of algorithms: A reassessment of algorithmic management in food delivery gig work. New Technology, Work and Employment, 40(1), 1-19.
[2] Bucher, E. L., Schou, P. K., and Waldkirch, M. (2021). Pacifying the algorithm: Anticipatory compliance in the face of algorithmic management in the gig economy. Organization, 28(1), 44-67.
[3] Jarrahi, M. H., and Sutherland, W. (2018). Algorithmic management and algorithmic competencies: Understanding and appropriating algorithms in gig work. Proceedings of the International Conference on Information Systems (ICIS), San Francisco, CA, December 13-16, 2018.
[4] Zhang, A., Boltz, A., Wang, C.-W., and Lee, M. K. (2022). Algorithmic management reimagined for workers and by workers: Centering worker well-being in gig work. Proceedings of the 2022 CHI Conference on Human Factors in Computing Systems (CHI ’22), New Orleans, LA, USA, April 29-May 5, 2022. ACM.
[5] Mohlmann, M., Alves de Lima Salge, C., and Marabelli, M. (2022). Algorithm sensemaking: How platform workers make sense of algorithmic management. Journal of the Association for Information Systems, 23(5), 1097-1131.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。