2025年5月16日
プログラムされた同意:アルゴリズム管理が作り出す労働構造
アルゴリズム管理という言葉を聞くと、最先端の情報技術を駆使した合理化や効率向上が連想されるかもしれません。実際、オンラインプラットフォームや様々な職場で活用されるアルゴリズムは、仕事の進め方や人々の働き方を変容させてきました。一方で、こうした管理手法が発展するにつれて、その裏側にある従来とは異なる管理構造が徐々に可視化されつつあります。
アルゴリズムによる監視や評価、タスクの割り当ては、人間の判断が行っていた領域をプログラムが担うことを意味します。これに伴い、労働者の自由度や職業上の安定、それに伴う健康面や精神面への波及を考える動きが強まっているのです。
アルゴリズム管理は、デジタル労働プラットフォームだけでなく、伝統的な職場の管理方法にも入り込み始めています。速やかにタスクを振り分ける機能、評価を自動的に実施する仕組み、効率性を高めようとする最適化など、テクノロジーによる制御が拡大しています。
それがもたらす出来事には肯定的な見解もあれば、警戒する見解もあり、評価は一様ではありません。しかし、このような新しい管理様式を俯瞰するには、実際にどのような研究が行われ、そこからどんな事実が見えてきているのかを把握する必要があるでしょう。
本コラムでは、アルゴリズム管理が一体何をもたらすのかを、いくつかの研究例をもとに考察します。労働の自律性や安定性の変化、運転手などの現場での行動統制、健康と安全へのリスク、選択肢の範囲がどのように同意を生み出すか、ホストが意図しない形で振る舞いを変えざるを得なくなる状況など、それぞれの論点をたどります。本コラムを通じて、従来と異なる管理体制に置かれる人々が経験している事柄がどのように浮かび上がるのかを、多角的に照らし出したいと思います。
労働の自律性と安定性を脅かす
アルゴリズム管理の広がりに関しては、デジタルプラットフォームに限らず、多種多様な職場で類似の事象が起こり得ることが指摘されています。ある調査では、配送や工場勤務の現場に導入されたタスク振り分けシステムが、作業者に詳細な手順を提示し、作業時間の区切りを細分化したことが明らかになりました。そこでは、人間が独自に時間を調整して休憩や段取り替えを行う余地が減少し、システムに適合することが事実上の前提とされやすくなっていたのです。
従来、工場や倉庫などの現場では、上司や同僚との交流を通じて、ある程度は仕事の進め方を柔軟にアレンジしていました。しかしアルゴリズム管理が導入されると、それまで相互のやり取りで生まれていた調整が自動化され、個々人の裁量が制限されるケースが増えています。
この点を検討した研究の一つにおいて、大規模倉庫で働く作業員の1日のタスク配分と移動距離、休憩のタイミングを記録し、同時にアンケートやインタビューを実施していました。その結果、管理システムが示す順序に従わなければ荷物のピッキング率が下がり、評価基準でマイナスとなるため、多くの作業員がシステムの指示通りに倉庫内を動き回る構造が見出されました。
実証結果によると、作業員は作業速度を保つために急ぐ場面が多く、疲労が蓄積しやすい傾向が確認されました。業務を完了しても人間の上司からはほとんど評価されず、数値上の成果のみによって立場が左右される場面が増えることが、職業上の安定感を損なう一因になっていました。
こうした構図は、短時間での成果を求める配送業や食品配達の現場でも見られます。システムによって決定される“稼働率”や“待機時間”の管理指標を達成しない限り、次の仕事が与えられない可能性があるため、労働者はアルゴリズムが提示する条件に応じざるを得なくなります。
研究者は、そうした仕組みが人間らしいやり方を失わせかねない点を論じています。ただし、テクノロジーを活用することによって業務が組織的に運びやすくなるとの見方もあり、管理の効率性が高まることを評価する現場担当者や経営側の声も存在します。
運転手の行動と評価を統制する
ライドシェアやフードデリバリーの運転手がアルゴリズム管理にどう対応しているかを探るために行われた調査では、ドライバー向けのアプリが表示するリアルタイムの評価や受注数、キャンセル率などをもとに、運転手自身がかなり自発的に動きを調整していることが分かりました。そこでは、「○件の配達を連続でこなせば追加報酬を得られる」といったメッセージがポップアップで表示されたり、評価点が一定以下になると報酬に不利な変動が生じたりするシステムが採用されています。
ある研究においては、ブラジルのライドシェア企業を例に、数多くの運転手が動画サイトや情報交換サイトを使いながら、効率を上げるコツを模索していました。研究チームは、運転手がどんな工夫をしているかをチェックし、アプリ上のボーナス獲得条件や需要の高まりそうな時間帯に合わせた走行ルートの選択などを分析しています。そして、アルゴリズム管理を補完する仕組みとして、企業が事実上の経営管理システムを作り上げていることを論じています。たとえば星の評価が一定値を下回ると、運転手は次の乗客の検索リストから外される懸念を抱き、良い評価を得るために積極的に乗客対応を変えていく、という状況が観察されたのです。
他方で、運転手がアルゴリズムの算定方法を試行錯誤の末につかみ、自分なりの基準を成立させる行動もみられました。過度に労働を詰め込みすぎず、自分なりの判断で依頼を選別するケースや、評価に悪影響を及ぼしにくいエリアを選ぶ動きがあると記述されています。その中では、管理システムに対して抵抗しようとする側面と、アルゴリズムを逆手に取ってメリットを得ようとする側面の両面が存在しています。不透明な計算方式や予期せぬ報酬カットに対して苛立ちを覚えることも報告されており、統制が一方的に作用しているわけではないという点が興味深いところです。
労働者の健康と安全を脅かす
アルゴリズム管理に関しては、健康面と安全面のリスクがどう変化するかも議論の対象となっています。特に配送やフードデリバリーの業界では、短時間で商品を届けるためにスピードを求められ、ときに労働者の安全確保が疎かになる事例が指摘されています。
ある研究では、配達員が提示された短い配達時間に間に合わせようとして無理な運転に至り、交通事故リスクが高まる場面を捉えていました。調査では、配達員へのインタビューを実施し、1日に何時間稼働したか、どのようなペースで配達先へ向かったのか、休憩を取得する余地があったのかを問いかけ、同時に身体の不調や精神的ストレスの度合いを測定する手法を採用しています。
その結果、アルゴリズムによる管理が安全対策を管理画面の片隅に追いやる恐れがあるとの指摘が挙げられています。労働者が適切に休憩を挟まないまま長時間運転を続けると疲労困憊に陥りやすく、事故リスクが増えます。評価点が低下することを恐れて依頼を断りにくい状況は精神的負担となり、睡眠の質にも影響を及ぼします。ここでは、アルゴリズム管理が業務の段取りを自動化する一方で、身体的・心理的ストレスを増大させる要素を抱えている点が強調されています。
同時に、プラットフォーム労働による収入不安が健康に負の影響を及ぼしうるとも報告されています。天候や季節的要因で需要が変動し、収入が大幅に落ち込む期間がある一方、繁忙期には長時間働かざるを得ない状況となるなど、時間のコントロールを自分で行うのが難しいケースがあるからです。
研究者は、こうした労働形態が格差の拡大にも絡む可能性があると言及し、経済的に脆弱なグループほどアルゴリズム管理による業務を選ばざるを得なくなり、不健康な働き方に追い込まれやすい構造が生じていると分析していました。賃金や雇用形態の問題を含め、健康と安全を取り巻くリスク要因が増えていることが示唆されています。
限定的な選択肢で同意を形成する
アルゴリズム管理を扱う研究では、労働者が自分から仕事を選んでいるように感じていても、実際はアルゴリズムが提示する狭い選択肢の中でしか動けなくなっているケースがあると指摘されています。例えば、アプリが出す運賃や走行ルートに関して、ドライバーは「引き受けるか、拒否するか」の二択しか与えられない仕組みになっており、その都度「自分で決めた」という感覚を抱きつつ、実はアルゴリズムの提示を逸脱しにくい状況に陥ることが観察されています。
ある長期にわたる質的調査では、ドライバーが日常的に行う選択を追跡し、アプリによる誘導がどのように同意を作り上げているかを解き明かそうとしました。その分析では、ドライバーがアプリの指示に忠実に従う場面と、自分なりにルールを変えようと試みる場面とが繰り返され、それらの小さな判断の積み重ねが「プラットフォームと協調しているように見える状態」を形成していることが見えてきました。ドライバーの不満や不信感は存在するにもかかわらず、選択肢が限られているため最終的にはシステムに依拠せざるを得ない状況があります。
もう一つの観点として、こうした状況下でドライバー自身がある程度の達成感やスキル感覚を得る面があるという報告もあります。短い間隔での選択を繰り返すうちに、自分がシステムを使いこなし、主体的に動いていると思うようになることが示唆されているのです。同意という概念は一方向的に管理されるだけではなく、労働者の側も積極的に納得することで初めて成り立つところがあるため、アルゴリズムは選択を頻繁に提示することで、その納得感を維持していると考察されています。
ホストの行動を左右する
シェアリングエコノミーを象徴するAirbnbのホストの状況にも、アルゴリズム管理による同様の局面が見られます。宿泊施設を提供するホストに対しては、ユーザーのレビュー評価やキャンセル率の管理が自動化され、プラットフォーム側で検索順位が機械的に算定される仕組みが導入されています。
ある調査では、多数のホストがオンライン掲示板で情報交換を行い、検索結果で上位に表示されるための工夫を試行錯誤していることが明らかになりました。例えば、値段を動的に設定し、稼働率を上げるように見直す行為や、内装の写真を差し替えてプラットフォームが好むスタイルに寄せる行為など、アルゴリズムの性質を把握しようとするホストがいました。
一方、ホストが自分のペースでゲストを受け入れたいと思っていても、キャンセルをすると評価が下がり、検索結果の表示順位が低下するため、本来の意図と異なる運営方針を取らざるを得なくなる事例も散見されます。その過程で、ホストはシステムのルールを解読しようと試みたり、いわばアルゴリズムを操作する方策を学ぼうとしたりします。しかしそれらの行動は最終的に、プラットフォームの示す指針に従う形に収束しやすい構造があるようです。ホスト側の抵抗や工夫が見られるにもかかわらず、アルゴリズムが求めるルールの枠内でしか変更ができないという意味で、人間の主体性が部分的に制限されているわけです。
シェアリングエコノミーの場合には、人と人とのやり取りを強調する側面がありますが、管理の仕組みが自動的に決まることで、プラットフォーム企業に権限が集中する図式になりやすいのではないかと論じられています。ホストが抱く不安や不満を書き込むオンラインフォーラムには、自由で創造的なホスティングを理想に描いていた者が予期せぬ管理の厳しさを感じている様子が多く記されています。その一方で、アルゴリズムが価格調整や宣伝を自動で行ってくれるため便利だと受け止める人々の意見も存在し、あらゆる面で否定的というわけではありません。
テクノロジーが変える職場の力学
アルゴリズム管理が職場のマネジメントに与える含意を振り返ると、あらゆる労働者やホストが同一の体験をしているわけではない点がまず浮かび上がります。人によっては作業の効率が高まり、スケジュールを自分で組みやすいと感じることもあれば、逆に細分化されたタスクと厳密な評価基準に苦しむこともあるようです。このように、アルゴリズムによる管理が全体として一方向的に機能するのではなく、労働者との間で相互作用を起こしているところが興味を引くポイントでしょう。
本コラムで扱った先行研究によると、倉庫や工場などではタスクの順序や作業ペースを機械的に決められるケースがあり、ライドシェアの運転手には星評価や需要の変動を示すシステムが管理的圧力として働き、配達員や配送業者には安全面にまつわる悩みが生じています。また、住居のホストには検索順位の上下やキャンセルポリシーの自動制御がのしかかる局面があるようです。厳密な統制が働くほど、現場の事情が埋もれやすいと言えます。
アルゴリズム管理は便利さと厳密さを併せ持ちつつ、利用する側の自由度や健康、意思決定プロセスをどう扱うかを問う課題を浮上させています。アルゴリズム管理が持つ多面的な側面を理解し、人間にとってより合理的で負担の少ない方向を模索する取り組みは、今後さらに広がる可能性があるでしょう。
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。