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コラム

HR領域におけるAI・メタバース活用の実態:厚労省調査から見える可能性と課題

コラム

生成AIをはじめとするAI技術やメタバースといったテクノロジーは目覚ましい発展を遂げ、私たちの生活や働き方に大きな影響を与えつつあります。このような状況を背景に、厚生労働省では20244月から20253月にかけて「AI・メタバースのHR領域最前線調査」を実施しました[1]。この調査では、国内外におけるHRHuman Resources)領域でのAI・メタバース活用の実態や課題を把握するとともに、これらのテクノロジーを活用した労働法教育・周知活動の可能性を検討することを目的としています。

私はこの調査のワーキンググループの座長として関わりましたが、調査を通じて、AIやメタバースがHR領域で様々な形で活用されていることが明らかになりました。一方で、これらの新技術がもたらす課題も浮き彫りになり、適切な活用のためには一定のルール作りや企業側の理解が求められることも分かりました。

本コラムでは、この調査から得られた知見の中から、いくつか主要なものをピックアップし、紹介します。AIとメタバースという二つの技術が、採用や人材育成、健康管理などのHR業務にどのように変革をもたらしつつあるのか、その効果と課題を探ってみましょう。

調査方法と対象

本調査は、AI・メタバースの活用実態を多角的に把握するために、複数の調査手法を組み合わせて実施されました。初めに、AI・メタバースを利用している可能性のある約6,700社に対してプレ調査を行い、593社から回答を得ました。この中からAI・メタバースを活用している企業を中心に、アンケート調査を実施し、企業80社と働く人61名から回答を収集しました。

さらに詳細な実態把握のため、AIやメタバースのサービス・システムを提供している「提供企業」、それらを活用している「利用企業」、および行政機関を対象としたヒアリング調査を実施しました。AIに関しては提供企業12社、利用企業7社、省庁・自治体2機関、メタバースに関しては提供企業9社、利用企業5社、省庁・自治体4機関に対してヒアリングを行いました。

海外の動向については、米国、欧州連合、シンガポール、英国、韓国を対象として、文献調査とヒアリング調査によって情報収集が行われました。

調査対象となったHR領域の利用シーンとしては、採用、配置、評価、勤怠管理、賃金等管理、安全衛生・健康管理、人材開発、コミュニケーション、退職管理といったカテゴリーを設定し、それぞれでの活用実態を探りました。

本調査は統計的手法に基づくものではなく、ヒアリング等による定性的な調査であるため、一般化できるものではありませんが、現時点でのAI・メタバース活用の実態を知る上で興味深い情報を提供するものとなっています。

HR領域でのAI活用状況

HR領域におけるAI活用は、採用、配置、評価、人材開発、安全衛生など様々な用途で実施されていることが確認されました。しかし、プレ調査で回答した593社のうち、AIを活用していると回答した企業は56社と約1割にとどまり、AI活用はまだ広く普及しているとは言えない状況です。

日本企業におけるAI活用の特徴として、人の特性を分析するための活用が目立ちました。例えば、採用や評価において応募者や働く人の資質を分析するためにAIを活用する事例が見られました。企業内部の労働市場に目を向けた活用として、社内における採用の指標を基にしたスコアリングや、企業内人材と業務のマッチングを行う事例がありました。

利用シーン別では、採用における「対話型AI面接サービス」「録画面接AIアセスメント」「応募者に対する合否スコアリング」、配属における「タレント検索」「社内人材と業務のマッチング」、安全衛生・健康管理における「ストレス状況のチェック」「食事に関する健康アドバイス」などが見られました。コミュニケーション分野では、社内向けFAQSNSにおける投稿レコメンドなどへの活用も存在しています。

他方で、人事評価等を行うAI活用については慎重な姿勢が見られました。ヒアリングを実施した企業においては、AIによって人の評価そのものの最終判断を行っている事例は見られず、一部の提供企業からは、他社の紛争事例を踏まえて、人の評価そのものを行うAIサービス・システムの提供を控えているという意見もありました。

AI活用の効果

HR領域でのAI活用による効果として、大きく三つの側面が明らかになりました。

第一に、「業務効率化」です。AIによる人の業務の代替・補完により、面接や配属、問い合わせ対応などの工数が削減され、例えば、採用における日程調整や移動等に要する人的・金銭的コストの削減効果が大きいことが分かりました。面接内容の文字起こしや要約などをAIが行うことで、引継ぎ時の工数削減にもつながっています。

第二に、「業務の品質・精度向上」です。AIが人の資質等を分析して定量的に可視化したり、合否の予測分析を行ったりすることで、業務の精度が向上しています。企業横断的・統一的な指標の活用や、複数人での評価データの確認が可能になることで、評価の属人化が低減し、公平性が向上したという主観的な効果も報告されています。興味深いのは、「人では見落としていた応募者の発掘」が可能になったという事例で、人の面接では合格に及ばなかった人材の中にも、AIの評価では資質が高いと判断される人がいたとのことです。

第三に、「働く人や応募者に与える効果」です。AIによるキャリアコーチングや社内の関連取組の共有によって、働く人のエンゲージメント向上につながったという報告がありました。また、AIによるストレスチェックでは、相手が人ではなくAIであるために気軽に取り組むことができるという利点も指摘されています。

しかし、AIによる評価と人による評価との間にはトレードオフの関係も見られました。AI面接により採用の評価項目が均一化され、問題のある人材が採用されにくくなった一方で、AIの評価では低くなってしまうが会社に必要な特性を持った応募者もいる可能性もあり、人の判断も引き続き重要だという意見もありました。

AI活用の課題

HR領域でのAI活用における課題として、「働く人の情報の取扱い」が重要であることが分かりました。この点に関しては、各社がリスクを考えながら対応していますが、その取扱いにはばらつきが存在し、AIの活用を進める上で判断に苦慮している実態が見られました。

AIに個人データを読み込ませる場合の働く人の同意」については、必須としている企業もあれば、提供企業と利用企業間の相談によって対応を判断する企業もあり、対応に違いが見られました。「働く人への情報開示・提供」についても、提供企業によって必須とされる場合と利用企業の判断に委ねられる場合があり、対応が分かれていました。

「情報の公平性」の担保については、統一的な指標を使用することで公平性を確保する取り組みや、性別情報など不適切なバイアスが生じる情報はAIに入力しないといった対応が見られました。「提供企業へ提供される情報の取扱い」についても、自社データを学習データとして利用しないことや、一定レベルのセキュリティの確保を求めるなどの対応が見えてきました。

もう一つの課題は「AIの検証方法」です。人事評価等のデータそのものが評価者によって点数のつけ方が異なるなど主観的要素を含むため、AIによる判断が正しいかどうかの検証が難しいという問題があります。HR領域では具体的な売上目標等の明確な指標がない場合もあるため、効果の測定や指標設定が困難であるという課題も指摘されています。

さらには、「AI活用の前段階としての人事データの整備」も課題として挙げられました。求人票や経歴書などの文書が機械可読な形式になっていないこと、働く人の経験やスキルのデータがまばらであることなど、AIに入力するデータを準備するための対応コストが大きいという問題が述べられています。

これらの課題の背景には、AIのブラックボックス化、誤情報の出力、情報漏洩リスク、バイアスの継続、そして自動化バイアス(AI提案の過信)やアルゴリズム嫌悪(AI提案の拒絶)といったAI特有のリスクがあると考えられます。

HR領域でのメタバース活用状況

メタバースのHR領域における活用は、調査対象となった事例の数は多くはありませんでしたが、採用、安全衛生・健康管理、人材開発、コミュニケーションの各シーンでの活用が確認されました。特徴的なのは、心理的ハードルを下げるための活用が多い点です。様々なデバイスから場所の制限なく参加できることや、アバターを利用することによるコミュニケーションの質の向上などの効果を狙って、採用イベント・就労支援、メンタルケア、人材開発の教育、バーチャルオフィスなど、HR領域の各種取組にメタバースが活用されていました。

例えば、採用における「メタバースを用いた採用イベント等へのプラットフォーム提供」「メタバースを用いた就労支援」、安全衛生・健康管理における「メタバースを用いたメンタルケア」、人材開発における「VRAR製品教育」、コミュニケーションにおける「バーチャルオフィス」などが確認されました。

海外では、米国において人材開発の企業研修に特化したメタバースプラットフォームや、安全衛生・健康管理におけるメンタルケアに特化したプラットフォームを提供している企業が見られました。韓国では「メタバース・ソウル」と呼ばれるバーチャル行政プラットフォームが2023年に公開されるなど、行政サービスへの活用も進んでいました。

メタバース活用の効果

メタバース活用の効果として、主に三つの側面が明らかになりました。

第一に、「メタバースの臨場感による効果」です。自宅が職場などから離れていても、メタバース空間内ではあたかも同じ場所にいるかのような感覚でコミュニケーションを取りながら働いたり、様々な取組に参加したりできるという利点があります。VRを用いた製品教育や安全教育では、現実にはそこにない製品や起きていない状況を目の前に表示しながら教育を受けることで、理解度向上につながったという報告がありました。

第二に、「柔軟な空間設計によるコミュニケーションの質の向上」です。安心できる空間などの居心地の良い空間設計や、メタバース空間に置かれているアイテムを通じて、業務と関係のない会話が生まれるなど、コミュニケーションの質が向上したという効果が報告されています。

第三に、「ブランディング効果」です。メタバースを利用した採用イベントがまだ一般的でない中、そうしたイベントを実施すること自体が企業ブランディングになるという意見がありました。実際に、従来のオンラインイベントより多くの申込者を集めることができたという事例も報告されています。

アバターの使用による効果も特筆すべきでしょう。アバターを使用することで匿名性を確保でき、他の人にどう見られたいかを体現できることから、イベント等への参加の心理的ハードルが下がるという効果が挙げられていました。リアルの自分にコンプレックスがある人や、対面でのコミュニケーションに不安を感じる人にとっては、心理的なハードルが下がることで、コミュニケーションがしやすくなるという利点が見られました。

アバターによって容姿に関するバイアスをなくすことができるため、採用などにおいて公平性が担保されるという効果も指摘されています。ただし、公平性があるからといって全ての人がアバターを好ましいと思うわけではなく、メタバースの世界に興味を持てる人でないと環境に慣れるのは難しいという意見もありました。

メタバース活用の課題

メタバース活用における主な課題として、「費用の捻出」が挙げられました。メタバースを利用している企業等において、初期費用に対して課題を感じている例もあれば、ランニングコストに課題を感じており、継続した利用をするためには一定の実績が必要と考えている例も見られました。予算としては従来の予算内での対応や、無償の範囲内での利用など、費用捻出に苦慮している様子が伺えました。

「効果の検証」も課題として浮かび上がりました。個人を特定しない形でメタバースを利用している場合、メタバース内での活動の効果を検証することが難しいという問題があります。提供企業においては、メタバースで得られる行動履歴や生体情報といった情報を利用企業に提供する際に、どこまでの管理を行う必要があるかを定めたルールがないと考えている企業もあり、効果検証のための個人情報取得を控えているという事例がありました。

これらの課題の背景には、メタバースの効果検証が困難である要因として、国境を越えた利用に伴う各国の個人情報保護ルールの考慮、アバターの匿名性、プラットフォーム提供企業による一次情報取得、行動履歴や生体情報などの新しいタイプの情報の取扱いに関するルールの未整備などが指摘されています。

AIが見出す潜在能力と情報利用の両義性

調査結果から見えてくるのは、AI・メタバースのHR領域での活用は始まったばかりであるものの、既に様々な効果が生まれていることと、一方で新たな課題も生じていることです。ここでは報告書の内容に、私なりの考察を加えてみたいと思います。

HR領域におけるAIの活用について注目したいのは、「人では見落としていた応募者の発掘」が可能になるという点です。従来の人による評価では見逃されていた潜在能力を持つ人材をAIが発見できるようになれば、人材獲得競争が激しさを増す中でアドバンテージになります。

この可能性には多くの魅力的な側面があります。例えば、従来の採用プロセスでは見過ごされがちな経歴を持つ人材や、一般的な面接では緊張して実力を発揮できない人材の潜在能力を正当に評価できるようになるでしょう。これは企業にとって人材の多様性を高め、イノベーションを促進するチャンスとなります。

AIによる分析は膨大なデータを処理できるため、人間の限られた認知能力や時間的制約を超えた、きめ細かい評価が可能になります。例えば、プロジェクト参加履歴やスキルセットの詳細な分析から、特定のプロジェクトに最適な人材を見つけ出すことができるかもしれません。人材の適材適所が近づき、個人の満足度と組織のパフォーマンスを同時に高める可能性があります。

AIは人間が持ちがちな「第一印象バイアス」や「確証バイアス」などの認知的偏りを減らし、より客観的な評価を提供できる可能性もあります。無意識の偏見が影響しやすい属性(性別、年齢、人種など)にかかわらず、能力や適性に基づいた評価が実現すれば、公平な人材活用につながるでしょう。

一方で、このような可能性には見過ごせない懸念も伴います。AIによる潜在能力の発掘は、どのようなデータに基づいて行われるのでしょうか。例えば、社内チャットやメールの履歴、SNS上の投稿といった情報が、本人の同意なく分析に利用される可能性があります。働く人が業務や日常のコミュニケーションの中で残した痕跡が、予期せぬ形で潜在能力の評価に使われる恐れがあるのです。

こうした状況では、日々のコミュニケーションが評価の対象になるという心理的プレッシャーが生じ、自由な発言や創造的な発想が抑制されてしまうかもしれません。これは働く人のエンゲージメントやパフォーマンスにも悪影響を及ぼす恐れがあります。

さらに懸念されるのは、こうしたデータ分析がネガティブな意味での「潜在性」を見出すインセンティブにつながる危険性です。例えば、将来的に健康問題を抱える可能性が高い社員、離職リスクが高い社員、昇進に不向きな特性を持つ社員などを識別するためにAIが使われるかもしれません。このような予測が採用や昇進、配置などの判断に影響を与えれば、働く人にとって不利益が生じる事態も想像できます。

AIの両義性を踏まえた上で、その潜在的な恩恵を最大化し、リスクを最小化するためのアプローチが求められます。例えば、AIの判断プロセスを可能な限り透明化すること、データ収集・分析における同意取得と目的の明確化、定期的なアルゴリズムの公平性検証などの施策が重要になるでしょう。

適切に活用すれば、AIは人材の潜在能力を公平に評価し、個人と組織の双方にとって価値を生み出すツールとなり得ます。しかし、その実現には技術的な進化だけでなく、倫理的な配慮と透明性の確保が必要となります。

メタバースが提供する評価懸念からの解放

メタバースの活用に関して興味深いのは、アバターを通じたコミュニケーションが持つ心理的効果です。人は他者からの評価に敏感であり、特に対面状況では「自分がどう見られているか」という評価懸念が働きます。この評価懸念は、特に自信のなさや社会不安の強い人にとって、能力発揮の妨げとなります。

調査結果からは、メタバース空間でのアバターを介したコミュニケーションが、こうした評価懸念を緩和し、より自由なコミュニケーションを促進する可能性が示唆されています。対面では自己開示が難しかった内容も、アバターを通じたほうが話しやすくなるという報告は、この可能性を支持するものです。

「心理的安全性」という概念が近年注目されているのも、評価懸念の緩和が能力発揮につながるという認識が広がっているからでしょう。心理的安全性とは、チームの中で自分の意見や提案、質問、懸念などを表明しても、拒絶されたり罰せられたりしないという確信を持てる状態を指します。こうした環境では、創造性やイノベーション、問題解決能力が高まることが様々な研究で示されています。

メタバースは、アバターを通じた匿名性や自己表現の自由度によって、この心理的安全性を高めるツールとなる可能性があります。対面コミュニケーションに苦手意識を持つ人や、自分の発言に対する周囲の反応が気になる人にとって、アバターを通じたコミュニケーションは自己表現の新たな機会を提供するかもしれません。

例えば、採用面接やカウンセリング、チームミーティングなどをメタバース空間で行うことで、参加者は評価懸念を気にせず、自分の考えや能力を発揮できる可能性があります。「匿名性を保っているためリアルよりも自己開示までの時間が早い」「アバターでのカウンセリングであっても、生の声で話せば会話は盛り上がる」といった報告もあります。

ただし、メタバースの活用においても留意すべき点があります。一つはデジタルデバイドの問題です。メタバースを活用するためには一定のデバイスやネットワーク環境、そしてデジタルリテラシーが必要であり、これらを持たない人々が取り残される可能性があります。とりわけ採用活動などにメタバースを活用する場合は、すべての応募者に平等な機会を提供するための配慮が必要でしょう。

脚注

[1] 令和6年度AI・メタバース関係の調査研究事業の報告書は、厚生労働省のウェブサイトにて入手することができます。


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

#伊達洋駆

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