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コラム

従業員の情熱を最大限に活かす:ワーク・パッションの種類と効果的なマネジメント術

コラム

本コラムでは、現代のビジネス環境において重要性を増している「ワーク・パッション」に焦点を当て、その多様な側面と影響について探ります。ワーク・パッションとは、従業員が仕事に対して抱く強い感情的な情熱や関心を指し、職務満足度を超えた、より深く、持続的な仕事への愛着や意欲を表します[1]。この概念は、従業員の動機づけや行動パターン、そして最終的には組織全体のパフォーマンスに影響を与える要素として注目されています。

グローバル化が進み、働き方の多様化が進展する現代社会では、従業員の仕事への情熱が組織の競争力を左右する要因となっています。高いレベルのワーク・パッションを持つ従業員は、自発的に創造性を発揮し、困難な課題にも積極的に取り組み、組織の目標達成に貢献します。一方で、過度の情熱が従業員のバーンアウトやワーク・ライフ・バランスの悪化を招く可能性も指摘されており、その両面性を理解することが重要です[2]

本コラムでは、ワーク・パッションの種類とその効果を詳細に検討し、調和型ワーク・パッションと強迫型ワーク・パッションの違いを明らかにします。それぞれが個人のウェルビーイングや職場のパフォーマンス、さらには家庭生活にどのような影響を与えるのかを研究結果に基づいて検証します。さらに、組織がどのようにして従業員の健全なワーク・パッションを育み、活用していくべきかについて提案を行い、個人と組織の両方に有益となる方法を探ります。

従業員のワーク・パッションの定義とその種類

ワーク・パッションは、従業員が仕事に対して抱く強い感情的な情熱や関心を指し、仕事への動機付けや行動に大きな影響を与える重要な概念です[3]。ワーク・パッションには主に2種類があり、それぞれ異なる特徴と影響を持つとされています。

調和型ワーク・パッション(Harmonious Work Passion

調和型ワーク・パッションは、個人の価値観や自己決定性と調和した形で仕事への情熱を持つ状態を指します。このタイプのパッションは、仕事に対する自律的な動機付けを促進し、仕事と生活のバランスを保ちながら持続的なパフォーマンス向上を可能にします[4]。また、従業員のウェルビーイングや積極的な態度と関連しており、ポジティブな感情や職場環境の向上に寄与すると考えられています[5]

強迫型ワーク・パッション(Obsessive Work Passion

強迫型ワーク・パッションは、過度な義務感や仕事への執着によって形成される情熱を指します。このタイプのパッションは、しばしば過労やストレス、健康問題と関連しており、生活面にもネガティブな影響を及ぼす可能性があります[6]。さらに、個人の仕事成果には一定の効果を持つものの、長期的には職場環境や人間関係に悪影響を与えることが示唆されています。

これらの2種類のワーク・パッションは、文化的背景や職場環境によって異なる影響を受けることが報告されており、例えばロシアや中国、ポルトガルといった国々ではそれぞれ異なる形でのパッションの表れ方や仕事成果への影響が確認されています[7]。従業員が持つワーク・パッションの種類を理解し、それを適切に活用することは、職場の生産性やウェルビーイングを向上させるための重要な要素であると考えられます。

従業員のワーク・パッション効果

ワーク・パッションが従業員と組織にもたらす影響は多岐にわたります。情熱的な従業員は積極的に課題に取り組み、創造性を発揮する傾向があり、組織全体の活力を高めます。一方で、その種類や度合いによっては、ストレスやバーンアウトなどの問題を引き起こす可能性もあります。ここでは、ワーク・パッションが企業全体、従業員個人、そして家庭と仕事のバランスにどのような効果をもたらすかを、研究結果に基づいて検討します。

企業への効果

ワーク・パッションは、従業員のやる気や職務満足度を高め、企業全体の成果向上に寄与する重要な要素です。調和型ワーク・パッションを持つ従業員は、自発的に業務を工夫し、生産性向上や職場の雰囲気改善につながります[8] [9]。また、離職率の低下やイノベーションの促進も期待できます。一方、強迫型ワーク・パッションは短期的には成果を上げるものの、ストレスやバーンアウトのリスクが高まる可能性があります[10]

国際比較の視点では、文化による影響が指摘されています。例えば、オーストラリアと中国では、上司が従業員の自主性を支援することで、調和型ワーク・パッションが促進される傾向があります[11]。一方で、ロシアや中国の従業員は、文化的要因により強迫型ワーク・パッションの影響を受けやすいことが報告されています[12]

従業員個人への効果

ワーク・パッションは、従業員自身のキャリア形成や日々の充実感にも影響を与えます。調和型ワーク・パッションを持つ従業員は、自己成長を実感しやすく、仕事への満足度が高まります。また、個人のパフォーマンスが向上し、目標達成にも積極的に取り組む姿勢が生まれることが確認されています[13][14]。一方、強迫型ワーク・パッションでは、仕事に対する過剰な執着がストレスや精神的負担を引き起こし、健康に悪影響を及ぼす可能性があるため、適切なバランスが求められます[15]

家庭と仕事のバランスへの効果

Jung & Sohn (2022)[16]は、ワーク・パッションが従業員のキャリアへのコミットメントに与える影響を分析する中で、ワーク・ファミリー・インターフェイス(仕事と家庭の相互作用)が重要な媒介的役割を果たすことを示しました。この研究では、調和型ワーク・パッション(Harmonious Work Passion)と強迫型ワーク・パッション(Obsessive Work Passion)の違いを考慮し、それぞれが家族生活にどのような影響を与えるかを明らかにしています。

調和型ワーク・パッションの効果

ポジティブな家庭生活の促進: 調和型ワーク・パッションを持つ従業員は、仕事のストレスを家族に持ち込むことが少なく、家族との時間をより充実させる傾向があります。

相乗効果: 仕事への満足感が家庭生活にも良い影響を及ぼし、家族との関係性が強化されることが多いです。

強迫型ワーク・パッションの効果

ネガティブな影響: 強迫型ワーク・パッションは、仕事中心の思考を強調しすぎることで、家族生活において負担を増やす可能性があります。

家族との衝突: 過度な仕事への没頭が、家庭の責任を怠る結果を引き起こし、家族との関係性を悪化させることがあります。

ワーク・ファミリー・インターフェイスの役割

調和型パッションは、仕事と家庭のバランスを保つための柔軟性を高めるため、家族生活との相互作用が良好です。強迫型パッションの場合、仕事から家庭へのストレスの転移が増加し、家族との関係に緊張をもたらす可能性があります。

自律性サポートの重要性

この研究はまた、自律性サポートがワーク・パッションの影響を調整する役割を持つことを指摘しています。具体的には、職場で自律性を支援する環境が整っている場合、従業員は家族との時間を効果的に管理でき、家庭への悪影響が軽減されることが分かりました。

ワーク・パッションを向上させるための具体的な対策

ワーク・パッションは、従業員の生産性や幸福感、さらには組織全体の成功に寄与する重要な要素です。そのため、職場環境や制度を見直し、ワーク・パッションを促進するための多角的な対策を講じることが求められます。以下に、その具体策を説明します。

自主性を重視した職場環境の構築

従業員が自身の働き方を選択しやすい環境を整えることが重要です[17]。具体的には、上司が部下の意見や希望を積極的に取り入れる仕組みを導入し、仕事に対する裁量を与えることが効果的です。また、リーダーシップ研修を通じて、部下の自主性を尊重する支援スキルを習得させることも推奨されます。

仕事と家庭の両立を支援する制度の導入

仕事と家庭のバランスを保つために、柔軟な勤務時間制度やリモートワークを導入することが有効です[18]。これにより、従業員は家庭生活と仕事の双方に集中でき、生活全体の満足度が向上します。結果として、仕事への情熱が持続しやすくなります。

ジョブ・クラフティングの奨励

従業員が自らの仕事を工夫し、適応していける文化を育むことも大切です[19] [20]。具体的には、従業員が自分のスキルや興味に応じてタスクを調整できる仕組みを取り入れることで、仕事に対する情熱を引き出すことができます。また、プロジェクトの設計段階から従業員の意見を反映させることも効果的です。

心理的リソースの強化

従業員の心理的レジリエンスやストレス管理能力を向上させるためのトレーニングプログラムを提供することが推奨されます[21]。例えば、マインドフルネスやストレス管理のワークショップを定期的に開催することで、従業員がストレスを軽減し、仕事への情熱を保つ力を養うことができます。

職務遂行に必要なリソースの充実

従業員が職務を遂行するために必要なリソースを十分に提供することが、ワーク・パッションの向上に寄与します[22]。具体的には、研修や教育機会を拡充し、業務に必要なツールや設備を整備することで、従業員の自信や達成感を高めることができます。

文化的背景を考慮した柔軟な対応

従業員の文化的背景や価値観に応じた柔軟な対応も必要です[23]。例えば、グローバルな職場では、各国の文化的特性を理解し、それに配慮したコミュニケーションや制度設計を行うことが重要です。

評価とフィードバックの充実

従業員が自己成長を実感できるような評価とフィードバックを提供することが効果的です[24]。具体的には、定期的な目標設定や達成感を得られる仕組みを導入し、建設的なフィードバックを行うことで、仕事への情熱をさらに高めることができます。

まとめと今後の展望

このコラムでは、ワーク・パッションが従業員の個人の成長と組織の成功にどのように寄与するかを探求しました。ワーク・パッションとは、仕事に対する情熱や興味を指し、従業員が持つ内発的動機づけや創造性を引き出す重要な要素です。しかし、その影響は調和型と強迫型によって異なります。適切なバランスを保つことが重要であり、過度な強迫型の情熱はストレスや燃え尽き症候群を引き起こす可能性があります。

職場環境や制度を見直し、従業員が自律性を持ちながらポジティブな情熱を持続できるような支援を行うことが、持続可能な成果を生み出す鍵となります。具体的には、自律性の支援や柔軟な労働環境の提供が必要です。さらに、従業員の個々の文化的背景や価値観を考慮した対応も求められます。これにより、より満足感のある働き方が実現され、組織全体の成長と成功が促進されるでしょう。今後も、個々の状況に応じた柔軟な対応が、持続可能なワーク・パッションの形成に寄与すると期待されます。

脚注

[1] Burke, R. J., Astakhova, M. N., & Hang, H. (2015). Work passion through the lens of cultur  e: Harmonious work passion, obsessive work passion, and work outcomes in Russia and China. Journal of Business and Psychology, 30, 457-471.

[2] 同注1

[3] 同注1

[4] 同注1

[5] Cabrita, C., & Duarte, A. P. (2023). Passionately demanding: Work passion’s role in the relationship between work demands and affective well-being at work. Frontiers in Psychology, 14, 1053455.

[6] 同注1

[7] Vieira dos Santos, J., Gomes, A., Rebelo, D. F. S., Lopes, L. F. D., Moreira, M. G., & da Silva, D. J. C. (2023). The consequences of job crafting and engagement in the relati  onship between passion for work and individual performance of Portuguese workers. Frontiers in Psychology, 14, 1180239.

[8] 同注1

[9] 同注3

[10] Hochwarter, W., Jordan, S. L., Fontes-Comber, A., De La Haye, D. C., Khan, A. K., Babalola, M., & Franczak, J. (2022). Losing the benefits of work passion? The implications of low ego-resilience for passionate workers. Career Development International, 27(5), 526-546.

[11] Slemp, G. R., Zhao, Y., Hou, H., & Vallerand, R. J. (2021). Job crafting, leader autonomy support, and passion for work: Testing a model in Australia and China. Motivation and emotion, 45(1), 60-74.

[12] 同注1

[13] 同注5

[14] Chen, P., Lee, F., & Lim, S. (2019). Loving thy work: Developing a measure of work passion. European Journal of Work and Organizational Psychology, 29(1), 140–158. https://doi.org/10.1080/1359432X.2019.1703680

[15] Yukhymenko-Lescroart, M. A., & Sharma, G. (2022). Passion for work and well-being of working adults. Journal of Career Development, 49(3), 505–518.

[16] Jung, Y., & Sohn, Y. W. (2022). Does work passion benefit or hinder employee’s career commitment? The mediating role of work–family interface and the moderating role of autonomy support. PLOS ONE, 17(6), e0269298.

[17] 同注9

[18] 同注14

[19] 同注5

[20] Zhang, X., Yu, K., Li, W. D., & Zacher, H. (2023). Sustainability of passion for work? Change-related reciprocal relationships between passion and job crafting. Journal of Management, 01492063231207343.

[21] 同注8

[22] Lavigne, G. L., Forest, J., Fernet, C., & Crevier‐Braud, L. (2014). Passion at work and workers’ evaluations of job demands and resources: A longitudinal study. Journal of applied social psychology, 44(4), 255-265.

[23] 同注1

[24] 同注12 


執筆者

孫 潔 株式会社ビジネスリサーチラボ フェロー
中国東北大学東軟情報学院日本語専攻卒業、中国佳木斯(チャムス)大学大学院日本語言語文化専攻博士前期課程修了、桜美林大学大学院老年学研究科老年学専攻(現・桜美林大学大学院国際学術研究科老年学学位プログラム)博士課程(前期・後期)修了。修士(文学・老年学)、博士(老年学)。専門社会調査士。ジェロントロジーマイスター認定。老年医学と老年心理学の領域では、中高年者における健康寿命の影響要因、認知症の患者におけるコミュニケーション障害評価に関する研究、老年社会学と教育老年学の領域では、高齢者における学習のニーズとその実践の関連要因、それぞれの活動参加の効果評価に関する研究に取り組んでいる。

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