2025年4月18日
自分を特別だと思い込む:心理的特権意識がもたらす混乱
職場においては、表向きは穏やかに見える人間関係の裏で、何とも言えない心のぶつかり合いが生じていることがあります。配慮が欠けた行動をされた当人が、わだかまりを抱えたまま黙り込み、言葉では語らない仕返しに踏み切るという場面もあるかもしれません。
こうした状況には、心理的特権意識という個人的な感覚が隠れていることが指摘されています。自分こそがひときわ優遇されるはずだと確信し、わずかな不満でも「不当な扱い」と感じる人は、周囲の人々に正面からの不服申し立てをするより先に、それとなく防衛や報復に走りやすいという見方があるのです。
心理的特権意識を抱える人は、自分を特別扱いしてくれない周囲に対して強い不公平感を訴えます。不公平感が肥大化すると、平穏なコミュニケーションが妨げられ、周りに迷惑をかけている自覚がないまま過激な手段を選び取ってしまう場合があります。
いったん報復や挑発に至ると、そこで小さな火種が一気に燃え上がり、組織のなかの人間関係がバラバラになる可能性も否定できません。心理的特権意識という傾向を軽視できない背景には、そうした対立や嫌悪の連鎖が広がる危うさが潜んでいるからです。
本コラムでは、複数の調査や実験を下敷きにして、心理的特権意識が招く良くない流れをいくつかの局面に分けてたどります。不作法な態度への仕返しとして知識を隠す行動、地位や威厳を得ようとしても名声を獲得できず苦悩する姿、さらに交渉の場面で非倫理的な方策を選びがちになるプロセス、職場全体への攻撃性が増す構造、そして指示やルールを不公平だと感じて従わなくなる局面など、様々な研究報告が示唆する事柄を見ていきます。
不作法に対し知識を隠して報復する
職場のコミュニケーションが荒れたり、言葉遣いや態度が失礼なものになったりすると、本人の意図がどうあれ相手には不快感が残ります。その不快感を晴らす方法として、直接口論や対立に持ち込む人もいるかもしれません。しかし、職場のなかでは、あからさまな衝突を避けながら別の形で仕返しをしようとする行動も起こります。
ある研究では、高等教育機関の教員たちに対して、日頃の不作法な振る舞いと知識の隠し方に関する調査を実施しました[1]。その結果、誰かから大声で叱られたり侮辱的な態度をとられたりといった不作法を受けた人は、大切な情報を共有せず自分の手元に留めようとする様子が見られました。
ここでは、社会的交換の観点から説明が加えられています。人は相手からの扱いに応じて、自分も同じレベルで応じようとします。礼儀を失した態度を向けられたなら、自分も相手にとって不都合な方法で応じようというわけです。
そして、心理的特権意識が強い人ほど、こうした不作法に対してより敏感に反応し、知識を渡さないという選択で報復を図る可能性があります。調査の回答を分析すると、職場の不作法と知識隠蔽が結びついているだけでなく、その関係が強い心理的特権意識によっていっそう深まっていると明らかにされています。自分を特別だと考えるあまり、少しでも失礼な扱いをされたと感じると、職場の同僚への情報提供を惜しみ、それが組織の協力体制を崩してしまいます。
知識を隠す行動とパフォーマンスとの関連を検討すると、過度な秘密主義が生産性を下げる要因になります。不作法が蔓延する環境では、お互いを尊重する姿勢が失われるだけでなく、情報を共有して協力する土台までも脆くします。
その上、「自分は本来もっと敬意を受けてしかるべきだ」という思いを強く抱いている人ほど、無礼に遭遇した際に激しい嫌悪感を抱きやすいのです。そうした感情が蓄積するほど、相手の成果に協力することなど考えられなくなり、知識を渡さない態度が固定化していくのでしょう。
支配を求めるが名声を得にくい
心理的特権意識は、自分は他人と比べて特別だという考えが肥大化した状態を指します。その背景には「本来なら自分が抜きん出た扱いを受けるべきだ」という思い込みがあります。
そのような感覚に突き動かされる人は、ステータスの高い立場を得ようとする意欲がとりわけ強いとする報告が存在します。威厳ある肩書きや組織内での大きな権力に惹かれ、他者を抜き去るような行動を選ぶケースがあります。
ある一連の研究では、心理的特権意識のある人たちに焦点をあて、地位を高める方法として二種類の道筋が取り上げられました[2]。一つは専門性や人間的魅力によって周囲から尊敬される「威信」という方向性、もう一つは力で制圧しようとする「支配」という方向性です。
実験では、特権意識の高い人たちが、この二つの道筋のどちらにも強い関心を持ち、自分には尊敬も権力も同時に備わっていると考えることが示されました。
ところが、他者の評価を調べると、特権意識が高い人は「支配的だ」と見なされることはあっても、「威信がある」とまでは認めてもらいにくいことが判明しています。自分では「尊厳あるリーダーだ」と思っていても、周囲からすれば横柄な人という印象を受け、結果として名声を手にしにくいのです。
特権意識を持つ人が名声を得にくい背景としては、態度や発言が攻撃的になりやすく、人間的な魅力を理解してもらいにくいという考察があります。研究ではステータスの高い相手との比較において、特権意識の高い人が悪意を伴う嫉妬を感じやすい傾向が明らかにされています。
自分こそがもっと光を浴びるはずだと思いながら、他者が注目される状況を見ると不快に感じ、そこから敵意や対立心が強まるということです。こうした敵対的な感情は周囲にも伝わり、「あの人は何かと支配的で、まともに協力する気がない」という評価をされてしまいます。自分としては努力して名誉をつかもうとしているのに、周りには尊敬されず、空回りしている姿が浮かび上がります。
本人が心のなかで抱く自己イメージと、他者の目に映る姿との間にズレが生まれる点は、心理的特権意識が醸し出す特徴の一つです。威圧的なアプローチは、手っ取り早く地位や権力をつかむには使いやすいかもしれませんが、それによって人望が高まるわけではありません。
むしろ評価は失墜し、本人が望んでいた高尚な名声が得られないまま、周囲から敬遠されていきます。こうした捉え方は複数の研究で示唆されており、特権意識の強い人が支配路線を好むほど対人関係の溝が深まるという観点が指摘されています。
交渉において非倫理的な手法をとる
ビジネスや職場では、賃金や待遇などをめぐる交渉の場面が発生します。そのなかで、心理的特権意識が強い人たちが交渉の戦術をどのように選ぶのかを探った研究があります。
複数の調査や仮想的な交渉シナリオを用いた結果、特権意識が高いと自分に都合の良い条件を求める姿勢になり、論点を恣意的に操るなどの非倫理的な方策を選ぶ確率が高まることが明らかになりました[3]。しかも、その態度が本人にとっては合理的だと感じられるため、抵抗なく踏み切るのが怖いところです。
なぜそうした判断に至るかというと、自分こそがより多くの報酬を手に入れて当然だと考えているため、交渉の相手を出し抜く行為を大きな問題だと思わない可能性があるからです。
研究では、心理的特権意識と関係が深い特性としてナルシシズムが挙げられますが、特権意識とナルシシズムの重なりを考慮してもなお、特権意識自体が非倫理的戦術を肯定する一因になると確認されています。
これは、単純な自惚れや自己顕示欲だけでは説明しきれない面があることを意味します。特権意識が強いほど、交渉をゼロサムの勝負とみなす色合いが濃くなり、自分だけが得をするなら手段は選ばないという姿勢が見られるのです。
ある実験では、給与交渉に際して特権意識の高い人があえて最初の提示額を高めに設定し、相手の判断を制限する戦略に出ることが観察されました。しかも、それを厳しくとがめられない限り、相手を欺くような情報操作にも手を染めることが示唆されています。
目標額の設定が高いほど得をするというシンプルな理屈に加え、「自分には高い報酬が当然だ」と思い込んでいるため、対価をふっかける行為を疑問に感じにくいという可能性があります。
研究では、厳しい罰や制裁が予想されても、特権意識が高い人の非倫理的手段の選択があまり減少しないという結果も見られます。特権意識の強い人が自分の振る舞いを特別に正当化しており、咎められにくいと思い込む傾向があるのでしょう。こうした姿勢が職場の信頼関係を下げる一因になりやすい点で深刻と言えます。
他方で、目標意識の高さ自体は交渉を有利に進める一面があるため、一部では特権意識の高さが結果として功を奏するケースもあるかもしれません。ただし、それによって長期的な協調関係が損なわれたり、外部からの評判を落としたりする懸念が指摘されており、全体としてはネガティブな結末が想定されます。
職場で不満を抱き攻撃的になる
心理的特権意識がもたらすもう一つの問題として、職場環境におけるフラストレーションや攻撃性が挙げられます。期待が大きい分、その期待が満たされないと不満が爆発し、人間関係に摩擦を生むことがあります。
ある研究においては、心理的特権意識を測定した上で、同僚に対する政治的な駆け引きや攻撃的なふるまいをどの程度行うかを調査しました[4]。結果、自分を高く評価してくれない上司や仲間がいると、それを理由に心理的ストレスが強まる傾向が確認されています。
本来なら自分にふさわしい称賛や待遇を受けていないと考えるほど、怒りや不満が高じやすいということです。怒りのはけ口として、裏で同僚を陥れる行為を始めたり、露骨に暴言を浴びせたりという攻撃に走るケースもあります。
加えて、上司からコミュニケーションを受けた場合でも、特権意識が強い人はそれを歓迎せず、逆に「自分を正当に評価していない」と感じてフラストレーションを深めます。上司や職場が明確な指示やフィードバックを与えることで状況が改善するかと思いきや、特権意識の高い人にとっては「自分を否定された」と受け止める要素になり得ます。
こうした現象は、フラストレーションが生じるプロセスを介して政治的行動や暴力的な言動を誘発すると考えられます。研究によると、特権意識が強いと仕事上の不満が積み重なり、それが仲間への嫌がらせや陰口、権力行使に結びつくことが確認されました。
フラストレーションがすべての原因とは限りませんが、「自分だけがないがしろにされている」と感じることで苛立ちが募りやすく、その苛立ちが他人にぶつけられる構図が浮かび上がります。しかも特権意識の強い人は、自分が他者に攻撃的になっていることを自覚しにくいことがあり、そこに一層の厄介さがあります。
指示を不公平とみなし無視する
社会のなかでは様々なルールや指示に従う必要が出てきます。職場の規則や上司からの指示、あるいは公的な場面での最低限の約束ごとなども含め、無数の「これを守ってほしい」という要請が存在します。
ところが、心理的特権意識の高い人は、こうした要請を「自分への不当な命令」とみなし、意図的に無視してしまうことがあります。研究では、参加者に作業フォーマットの指示を与えたのに、それを逸脱する回答をする人たちが見つかり、彼らの特権意識の高さとの関連が認められました[5]。しかも、その行動は指示を守らないことのリスクが大きい場合でも変わりませんでした。
指示を無視する背景には、指示の内容そのものが重い負担になるかどうかはあまり関係がありません。些細な手間でも、自分が敬われていないと感じると、それだけで納得がいかない気持ちになるからだと推測されています。
別の実験では、心理的特権意識の高い人たちは「自分にはもっと優遇されるはず」という思いが強いためか、少しでも不平等に感じる申し出があれば、たとえ自分が損をしても拒絶する様子が観察されています。それと同じ延長上に、日常的な指示やルールを「不公平だ」と決めつけ、従わない姿勢が表れるのです。
心理的特権意識の強い人が、あえて指示を無視して罰やデメリットを受けることがあっても、「これほどまでに不当な扱いをされているのだから仕方ない」と自分を納得させているのかもしれません。しかも、罰を受けずに逃れたときには満足を感じるようで、自分は特別な存在なのだという感覚をさらに強めてしまうのではないかという推測もあります。
一連の調査からは、心理的特権意識が高い人に指示を出す際、どんなに手間のかからない内容でも「これは公平なルールだ」という納得感を十分に感じてもらえないと、無視される可能性があると言えるでしょう。ただし、何が公平かという基準は主観的であり、特権意識の高い人にとっては「自分をもっと優遇してほしい」という要求が通らない時点で納得を得られにくいのかもしれません。
脚注
[1] Zaheer, H., Karim, J., and Bibi, Z. (2022). Actions dictate the consequences: Workplace incivility, knowledge hiding, and psychological entitlement. Journal of Business and Social Review in Emerging Economies, 8(1), 25-38.
[2] Lange, J., Redford, L., and Crusius, J. (2019). A status-seeking account of psychological entitlement. Personality and Social Psychology Bulletin, 45(7), 1113-1128.
[3] Neville, L., and Fisk, G. M. (2019). Getting to excess: Psychological entitlement and negotiation attitudes. Journal of Business and Psychology, 34(4), 555-574.
[4] Harvey, P., and Harris, K. J. (2010). Frustration-based outcomes of entitlement and the influence of supervisor communication. Human Relations, 63(11), 1639-1660.
[5] Zitek, E. M., and Jordan, A. H. (2019). Psychological entitlement predicts failure to follow instructions. Social Psychological and Personality Science, 10(2), 172-180.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。