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コラム

その理論は今でも有効か:人事領域でよく見る理論の最新評価(セミナーレポート)

コラム

ビジネスリサーチラボは、20244月にセミナー「その理論は今でも有効か:人事領域でよく見る理論の最新評価」を開催しました。

人事領域では様々な理論が使われています。例えば、マズローの欲求階層説のようにしばしば言及されるものもあります。

そうした理論の中には、学術界においては批判にさらされているものがあるのは、ご存じですか。実は皆さんがよく知る、あの理論は今では有効だと考えられていないこともあります。

今回は、人事領域で用いられている理論のうち、学術的な検証に十分に耐えられていないものを紹介します。「この理論には限界があるのか」ということを理解できる稀有な機会かと思います。

※本レポートはセミナーの内容を基に編集・再構成したものです。

ハーズバーグの二要因理論

初めに、ハーズバーグの二要因理論について解説します。二要因理論では、仕事のモチベーションを「動機づけ要因」と「衛生要因」の二つに分類しています。

動機づけ要因とは、仕事そのものに関わる要因です。例えば、仕事を通じた達成感、承認、仕事の責任、成長の機会などが挙げられます。これらの要因が満たされると、満足感が高まります。

一方、衛生要因は、仕事を取り巻く環境に関わる要因です。給与、人間関係、会社の方針、上司による管理などがその例です。これらの要因は、仕事の内容そのものではなく、仕事を行う環境に関わっています。衛生要因が満たされないと、不満足の原因になります。

ハーズバーグは、インタビュー調査とその分析を通して、この二要因理論を導き出しました。特に、臨界事象法と呼ばれる手法を用いて、仕事で非常に満足した出来事と不満だった出来事を話してもらい、それらを分析しました。

二要因理論の重要な特徴は、満足感と不満足感を同じ軸の両極ではなく、独立した軸として捉えている点です。満足感を促すためには動機づけ要因が必要であり、不満足感を解消するためには衛生要因が求められるという考え方です。

この理論は半世紀以上前に生まれたものですが、今でも日本の産業界において働き方を考える際に参考にされることがあります。一方で、学術界では、二要因理論に対する批判が多角的になされています。

二要因理論への批判

二要因の独立性への疑問

ハーズバーグの二要因理論に対する批判を紹介しましょう。まず、ハーズバーグと同様の方法を用いて、職業訓練校に通う人に仕事経験について尋ね、満足と不満足の両方の経験を調査した研究です。

動機づけ要因と衛生要因を含むチェックリストにも回答してもらっています。その結果、ハーズバーグが動機づけ要因としていた達成感や承認が、不満足の原因としても報告されていたことがわかりました。

一方で、ハーズバーグが衛生要因とした会社の方針や管理、監督といった仕事の環境に関わる側面は、満足の原因としても挙げられていました。

このことから、動機づけ要因とされている要因は衛生要因でもあり、衛生要因とされている要因は動機づけ要因でもあるということが見えてきます。こうなると、動機づけ要因と衛生要因が独立しているというハーズバーグの主張は疑問視されます。

実際、研究では、動機づけ要因と衛生要因を分けるよりも、不満足と満足を両極に持つ一つの尺度として捉えた方が、ハーズバーグの提案した要因をうまく説明できることがわかりました。

他にも、会計士やエンジニアなど6つの職業グループを対象とした構造化面接による研究があります。この研究でも、ハーズバーグが動機づけ要因とした達成感と承認が、満足の原因としても不満足の原因としても報告されていました。

これらの結果から、ハーズバーグが満足の要因と不満足の要因を分けて考えたのに対し、満足度に対して影響を及ぼす要因が一つの大きなカテゴリーとしてあると考える方が良いことがわかります。

他にも、二要因理論に対する批判があります。ある研究では、6週間の間隔を空けて同じ人に対して2回、仕事上の良い経験と悪い経験を尋ねる調査を行いました。

調査では、ハーズバーグの分類枠組みに基づいて、動機づけ要因と衛生要因に仕事上の良い経験と悪い経験を分類していきました。

その結果、同じ要因であっても、例えば承認や達成感といった要因が、時間が経つとその重要度が変化することがわかりました。1回目と2回目では、重要とされる要因が異なっていたのです。さらに分析を進めると、満足に影響を及ぼすのか不満足に影響を及ぼすのかという差よりも、時間による差の方が大きいことが明らかになりました。

これは、動機づけ要因と衛生要因を独立して考えることが難しく、それよりも時間の経過による変化の方が大きいことを示しています。ハーズバーグの理論の前提である、動機づけ要因と衛生要因が独立しているという考え方にやはり疑問を投げかけています。

同じ研究の中で、被験者自身に27個の動機づけ要因と衛生要因に当たる要因を評価してもらいました。被験者には、各要因が動機づけ要因であるか、衛生要因であるか、どちらでもないか、あるいは両方であるかを分類してもらいました。

そうしたところ、多くの要因が、動機づけ要因でも衛生要因でもどちらでもない、もしくはその両方であると答える傾向が高かったのです。被験者からすれば、動機づけ要因や衛生要因に明確に分類されるのではないということです。

方法論的な問題の指摘

それでは、なぜ、ハーズバーグの研究では、2要因を発見するに至ったのでしょうか。面接群と統制群の二つのグループに分けてインタビューを行った研究が参考になります。

面接群は、ある企業で就職面接を受けている14人に対して、フォーマルな面接の一環で質問する環境で行われました。一方、統制群は同じ企業で既に働いている14人に対して、リラックスした雰囲気の中でインタビューを行いました。

両グループには、ハーズバーグと同様に、仕事に最も満足を感じた経験と不満を感じた経験について、臨界事象法に基づいて質問しました。

面接群では、ハーズバーグの理論が再現され、満足の理由として動機づけ要因が、不満足の理由として衛生要因が挙げられました。しかし、統制群では、ハーズバーグの理論は再現されませんでした。

この違いは、面接という非日常的で自分を良く見せる必要がある状況で、自分のイメージを守ろうとするバイアスが作用したためと考えられています。満足の理由については自分の業績を主張し、不満足については環境のせいにするという、人間が基本的に持っているバイアスが色濃く現れたのです。

ハーズバーグの二要因理論は、調査方法の問題により、人間のバイアスが反映された結果になってしまったと言えます。

しかし、このようにハーズバーグの二要因理論には多くの批判がありますが、学説史的には組織行動論の領域で未だに教科書に載っており、過小評価すべきではありません。

例えば、ハーズバーグの貢献は、仕事のモチベーションを考える際に、仕事の内容に関わる要因が重要であることを示した点にあるでしょう。仕事自体の達成感や成長機会が、人間の満足度に関連していることを指摘した知見は非常に先駆的です。

マズローの欲求階層説

次に、欲求階層説はマズローが1940年代に提唱し、1950年代に詳述した理論です。この理論では、人間の欲求を五つの階層に分類します。

  • 生理的欲求:食欲や睡眠欲など、生命の維持に関わる欲求
  • 安全の欲求:身体的な安全、経済的安定性、秩序の維持など、危険や脅威から身を守る欲求
  • 社会的欲求:家族、友人、同僚など、他者とのつながりを求める欲求
  • 尊重の欲求:他者からの尊敬や承認を求め、自分が価値ある存在として認められたいという欲求
  • 自己実現の欲求:自分の可能性を追求したいという欲求で、マズローは当初、これを人間の最高の目標だと考えていた

欲求階層説の特徴は、これらの欲求に階層性があるという点です。下位の欲求がある程度満たされると、より上位の欲求が前面に現れてくるとされています。例えば、生理的欲求が満たされると、次に安全の欲求を重視するようになるという流れが想定されています。

マズローの理論は、特に自己実現という概念がもたらしたインパクトが大きく、人間性心理学や新しい潮流にも影響を与えました。近年のウェルビーイングの議論にも、自己実現の考え方が深く関わっています。

欲求階層説は、わかりやすく包括的な理論として広く知られるようになりましたが、同時に多くの批判にさらされることになりました。

欲求階層説への批判

欲求の階層性への疑問

欲求階層説への批判として、まず、187名の管理職を対象に2回に分けて調査を行った研究があります。この研究の目的は、ある時点で欲求の満足度が増加すると、次の時点でその欲求の重要度に変化が現れるのかという、欲求の階層性を検証することでした。

下位の欲求が満たされると、上位の欲求の重要性が高まるかどうかを調べようとしたのですが、調査の結果、下位の欲求が満たされたとしても、上位の欲求の重要性が高まるわけではないことがデータから導き出されました。

例えば、生理的欲求を充足すると、安全の欲求といった上位の欲求が発生するというマズローの考え方に対して、この研究は疑問を投げかけました。

49名の管理職を5年間追跡した別の研究でも、欲求の階層性を検証するために、二つの分析が行われました。一つ目は、ある特定の時点での欲求間の関係性を分析することです。5年間追跡しているので、それぞれの時点で欲求間の関係を見ていきました。

そして、下位の欲求の充足度と上位の欲求の重要度の間に関連がないことがわかりました。これは、欲求階層説に反する結果です。

二つ目の分析は、時系列を伴う形で行われました。例えば、ある時点で生理的欲求が充足された人は、次の時点で安全の欲求が重要になってくるかどうかです。しかし、この分析でも、下位の欲求の充足度と上位の欲求の重要度の間に関連は見いだせませんでした。

キャリアのステージによる欲求の違いも分析されています。キャリアの初期では、安全の欲求が重視される一方で、出世が進むにつれて、より上位の欲求が重要になるということが明らかになったのです。

欲求の階層は普遍的な構造というよりは、キャリアのステージや環境的な側面と関連しているのではないかということが示唆されます。本人の発達的な側面、求められる役割の違いなどが、欲求に対して影響を与えているのかもしれません。

さらに、他の研究では、14社の営業担当者266人を対象に、マズローが提唱した5つの欲求に対する満足度を測定しました。欲求階層説によれば、下位の欲求から上位の欲求へと階層が上がるにつれて、満足度は減少するはずです。上位の欲求を満たすことはより難しいからです。

しかし、この研究では、半数以上のケースで満足度が単調に低下するパターンではなかったことが見えてきました。統計分析を行った結果、欲求の階層性を示すことは難しいという結論に達しました。

また、都市銀行の約110名を対象にした研究では、5つの欲求よりも、3つの欲求に分類した方がデータをうまく説明できるのではないかということが示唆されています。

具体的には、「存在の欲求」(生理的欲求と物質的欲求などの生存に関わる欲求)、「関係性の欲求」(他者と有意義な関係を築き、維持していきたいという欲求)、「成長の欲求」(自己成長や自己実現に関わる内発的な欲求)の3つです。

自己実現の概念への問題提起

比較的新しい研究では、欲求の中でも自己実現の概念に対する批判も見られます。マズローは、自己実現の概念を導き出すにあたって、歴史的な偉人や非常に優秀な人々を参照しました。

しかし、この考え方には、一部のエリートだけが到達できるという前提が含まれているのではないかという指摘があります。自己実現の概念にはエリート主義的な側面があるかもしれないということです。

加えて、自己実現の考え方は、個人の可能性を追求することを重視しています。これは、欧米の個人主義的な価値観を反映しているのではないかという批判もあります。

世界には個人主義の国だけではなく、自己実現が到達点になるという考え方に違和感を覚える文化圏もあるはずです。その意味で、自己実現の概念は文化的な多様性に対する配慮に欠けているのではないかと述べられています。

興味深いことに、欲求階層説がここまで広く知られるようになった理由の一つとして、ピラミッド型の図で表現されたことが挙げられます。ピラミッドは視覚的なインパクトが強く、わかりやすいため、理論の普及に大きく貢献したと言われています。

しかし実は、ピラミッドはマズロー自身が作成したものではありません。1950年代から60年代にかけて、欲求階層説が普及していく過程で、コンサルタントによって考案されたものなのです。

問題は、このピラミッドの単純明快さゆえに、欲求階層説の理論的背景や限界が十分に理解されないまま、一種の処方箋として受け止められてしまっている点にあります。

以上のように、多くの研究から欲求階層説の妥当性、特に階層性については疑問が呈されています。しかし、だからといってマズローの議論が全く無意味だったわけではありません。

むしろ、自己成長の可能性に注目したことは大きな貢献であり、ウェルビーイングの発展にも影響を与えたと評価できるでしょう。マズローの理論をそのまま鵜呑みにするのではなく、批判的に吟味しつつ、現代社会に適用していくことが大切です。

受容され続ける理由

学術界で批判されている理論が、なぜ今も産業界で使われているのでしょうか。これは決して実務家の方々の能力の問題ではありません。

批判されている理論の中には、深刻な問題を抱えているものもあります。例えば、二要因理論は方法論についても批判されており、厳しい状況にあります。それでも広まっている状況があるのは、人の心理や組織の作用が影響しているのではないでしょうか。

専門誌や学術書で発表される研究の成果や批判は、産業界の実践者の目に触れることは多くありません。実践者は、入手可能な情報に基づいて理論を選択するしかありません。

しかし、理論がどのように構築され、どのような批判があるのかは、入手困難な領域で行われており、十分に産業界に伝達されていません。

一方で、二要因理論や欲求階層説は直感的に納得感があり、理解しやすいという特徴があります。そのため、自分の経験を整理したり意味づけたりするのに使われ、普及に歯止めがかかりません。

これらの理論は人間のモチベーションの問題に明快に答えてくれるので、ストーリー性や説得力があります。そのため、実証的な不備があっても広まり続けます。

また、批判されている理論に基づいてサービスを提供している会社や、制度を構築した組織もあります。理論を棄却するとサービスや制度を作り直す必要が出てくるため、不利益になります。そのため、理論を見直すことは合理的ではなくなってしまうのです。

これらの問題は構造的でもあり、一朝一夕には解消できません。ただし、研究者と実践者がお互いを知り、尊重し合い、共有するような機会を設けていく必要があるでしょう。

自分たちの考えに誤りが含まれている可能性を常に考慮してコミュニケーションを進めていくことが、実践上も研究上も重要だと思います。自分の知っていることに対して謙虚になり、訂正もいとわない姿勢の重要性を表しているのではないでしょうか。

Q&A

Q:なぜハーズバーグの二要因理論はそこまで批判的な研究をされるようになったのですか。何か不利益を引き起こすようなことがあったのでしょうか。

二要因理論については、方法論的な問題点が指摘されています。人間のバイアスがその結果を生み出している可能性があり、手続き自体に問題があった可能性が示唆されています。これは深刻な問題です。

こうした問題点は、理論が提唱された直後から指摘されていました。そのため、再現性を検証する研究や、なぜそのような結果が出てきたのかを明らかにする研究が行われるようになりました。

Q:マズローはピラミッド的に欲求を捉えていたのでしょうか。個人的に階層的な欲求に納得感はあるものの、ピラミッド型には違和感があります。

ピラミッド型の図式化は、コンサルタントによって提案されたものです。マズローは欲求を階層的に捉えていましたが、それにピラミッドという形を与えたのはコンサルタントです。わかりやすさから、様々な経営学やビジネススクールの教科書でピラミッド型が採用されるようになった背景があります。

Q:本日挙げたもの以外にも、疑問視されている研究があればご紹介いただけますか。

ホーソン研究という大規模なプロジェクトがあります。この研究では、照明などの環境要因が生産性にどのような影響を与えるかを検証しました。その中で導き出された一つの発見事実が、「ホーソン効果」と呼ばれるものです。ホーソン効果とは、周囲から注目されると生産性が高まることを指します。

ホーソン研究自体に対して批判が寄せられています。例えば、都合の良いデータを抽出していたのではないか、対照群を設けていないなどの批判です。

Q:逆に、実務にも利用されていて、理論的にも支持されている理論は何かありますか。

ワーク・エンゲイジメントのJD-Rモデルは、エンゲージメントを高めるにはどうすればよいかを説明したモデルです。このモデルは実証にも耐え、実務の文脈でも用いられている理論だと思います。

また、目標設定理論は、目標を設定するとパフォーマンスが高まることを説明した理論です。とりわけ、困難で明確な目標を定めると、パフォーマンスやモチベーションが高まる傾向があることがわかっています。目標管理制度の理論的な基礎を提供しています。

Q:今回の二つの理論が批判された後、どのような理論が出てきたのでしょうか。

一つは先ほど挙げた目標設定理論です。もう一つは職務特性理論です。職務特性理論は、自律性、スキル多様性、タスク重要性、フィードバック、タスク完結性という5つの特性を持つ職務において、モチベーションが高まりやすいことを説明する理論です。近年では、様々な要因と組み合わせて分析することで、その重要性が明らかになっています。


登壇者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。

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