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コラム

経営臨床における対価の影響:学術論文(伊達, 2022)の紹介とその含意

コラム

経営学の知識を用いて、組織がより良い状態になるように介入すること。これを私は「経営臨床」と暫定的に呼んでいます。私の経営するビジネスリサーチラボは、経営臨床をサービスとして提供する企業です。

近年、経営臨床の実践が少しずつ増えています。また、特に経営学において経営臨床に対する注目が部分的に高まっています。

そのような中で、私は2022年に経営行動科学学会の学会誌『経営行動科学』に、「経営組織の臨床に対価はどのような影響を与えるか」と題する論文を発表しました[1]

経営臨床における対価の問題は、これまであまり正面から議論されてこなかったテーマです。対価が臨床にどのように作用するのか、実証的なアプローチから解明を試みました。

これはタイトルの通り、経営組織の臨床における「対価」の影響を探求した論文ですが、今回は、この論文の内容を解説し、経営臨床にクライアントの形で関わる人事の方々にとっての含意を検討したいと思います。

なお、本コラムでは私の論文を紹介しますが、あくまで概要です。すべてを網羅的にお伝えすることは難しいため、ポイントを絞って解説します。より深く知りたい方は、ぜひ論文にも目を通してみてください。

臨床の対価をめぐる先行研究

論文では、まず先行研究のレビューを通じて、経営組織の臨床における対価の位置づけを整理しました。これまで経営臨床と対価の関係がどのように議論されてきたのか、関連分野の知見も踏まえながら吟味しています。

経営学の分野では、アクションリサーチと呼ばれる手法で、研究者自身が組織の問題解決に関与する実践的な研究が行われています。アクションリサーチにおいては、研究者が組織の抱える問題の解決を通じて、新たな理論構築や実践知の獲得を目指します。

研究者は組織の問題解決に直接関与しながら、同時に研究活動を行うのです。これは、経営学の知識を用いた改善志向の介入であるという意味で、経営臨床の意味するところと重なります。アクションリサーチの蓄積は、経営臨床を考える上でも示唆に富んでいます。

例えば、バイオ医薬品企業におけるアクションリサーチ[2]や、ファッション企業における組織変革の事例[3]などがあります。企業の抱える課題に研究者が寄り添い、解決のためのアクションを共に起こしていく。そのプロセスを通じて、実践に根ざした知見を生み出そうとします。

しかし、アクションリサーチの議論において、対価の問題はほとんど注目されていません。実際に対価について言及しているものはごくわずかであり、それも対価を受け取っていない事実を明記する程度にとどまっています。対価が臨床にどう影響するのか、十分に検討されてこなかったのが実情です。

この背景を明確に指摘するのは難しいのですが、例えば、アクションリサーチに従事する研究者の多くが大学に所属し、アクションリサーチによる対価が生計を左右しないことが関係しているのかもしれません。対価がクリティカルな問題として認識されにくい環境であるため、議論が深められてこなかった可能性があります。

対して、臨床心理学の領域では、カウンセリングの対価と臨床効果の関係は一つのトピックとして扱われてきました。心理臨床の文脈では、対価の影響が注目を集めてきたのです。カウンセリングにおいて対価がどのように作用するのか、いくつもの興味深い知見が報告されています。

例えば、体重減量のカウンセリングにおいて、対価を支払う群としない群を比較したところ、対価を支払う群にのみ有意な減量効果が認められたと報告している研究があります[4]。対価の有無によって、カウンセリングの効果に差が生じたことを示唆する結果です。

他にも、精神科の入院患者を対象に、治療費の支払い方法と治療効果の関係を探索する調査が行われています[5]。そこでは、自己負担率が高いほど入院期間が短縮し、治療に要するセッション数も少なくて済むことが明らかになっています。治療費の負担割合が、治療へのコミットメントに影響を与えている可能性があります。

このように臨床心理学の領域では、対価とカウンセリング効果の関係について、さまざまな角度から実証が重ねられてきました。とはいえ、心理臨床の知見を、そのまま経営臨床に当てはめるのは困難です。なぜなら、次のような違いがあるからです。

第一に、心理臨床では個人が対価を支払う傾向がありますが、経営臨床では組織が対価を払うことがほとんどです。個人の意思決定に比べて組織の意思決定は複雑であり、対価が臨床に与える影響もより間接的になるでしょう。意思決定プロセスが異なるため、対価の影響も異なる形で現れる可能性があります。

第二に、心理臨床では対価によってサービスの中身が大きく変わることは珍しいでしょう。他方で、経営臨床の場合、対価によって臨床の進め方が変わり得ます。対価の多寡によって、臨床家の関与の度合いは大きく異なります。提供されるサービスの幅が対価に応じて変化しやすいのが経営臨床の特徴と言えます。

第三に、心理臨床では臨床家への信頼が制度的にある程度担保されているかもしれませんが、経営臨床では、信頼関係を一から構築していく必要があります。ビジネスの文脈では、対価の設定自体が信頼醸成のプロセスと不可分です。信頼構築において対価が果たす役割が大きいと考えられます。

経営臨床における対価は、心理臨床の対価とは異なるダイナミクスを持つと考えられます。データをもとにそれを検討していくことが、私の論文の狙いでした。経営臨床に特有の文脈の中で、対価がどのように作用しているのかを丹念に解きほぐしていきました。

対価が臨床にもたらす影響

経営臨床において、対価はどのような影響を及ぼしているのでしょうか。私は、自身が経営するビジネスリサーチラボが過去3年間に手がけた20の臨床事例をもとに分析を試みました。経験的な事例の観察を通じて、対価の影響を浮き彫りにすることを目指しました。

その結果、対価は次の4つの側面で、臨床にインパクトを与えていることが明らかになりました。

  1. 臨床の構造化:対価をめぐる交渉の中で、臨床の目標、スケジュール、体制などが決まっていく
  2. 臨床の正当化:対価を払って支援を受けることの是非を組織内で問い、説得する必要が生じる
  3. 資源の動員:正当化のプロセスを経ることで、データ提供をはじめとして、社内の協力を得やすくなる
  4. 成果の獲得:明確な臨床構造と十分な資源によって、臨床の成果が出しやすくなる

中でも特に重要なのは、対価に関する交渉プロセスで生まれる「臨床構造」です。臨床構造とは、臨床の目標やスケジュール、役割分担、実施体制など、臨床活動の基盤となる枠組みのことを指します。

臨床の構造化においては、次のようなことが行われていました。現場の状況をしっかりと見定めた上で、実効性の高い臨床の設計図を描き上げる作業だと言えます。

  • 漠然とした経営課題を具体的な目標に落とし込む
  • いつまでに何をするのか、スケジュールを引く
  • 臨床家に何を期待し、クライアント側は何を担うのかを明確にする
  • 社内外の関係者を巻き込み、円滑に進める実行体制を整える

「目標」「スケジュール」「役割」「体制」からなる臨床の骨格は、対価の交渉プロセスを通じて一つひとつ作り上げられていきました。臨床の基本設計が対価交渉の場で行われていたと言えます。

ポイントは、臨床構造づくりに、クライアント側が主体的に関与していたことです。例をいくつか挙げます。

  • 臨床家とともに、現状分析や課題設定を行う
  • 経営課題と臨床目標のつながりを、自らの言葉で説明する
  • 社内の関連部署の関与の仕方を提案し、調整する
  • トップの理解を得て意思決定を進める後ろ盾を得る

これらの企業では、対価交渉の場を、臨床をどう進めるかを設計する機会と捉えていました。自社の状況を見定めた上で、期待する役割を明確に伝え、推進体制のあり方を提案する。それらの行動が、その後の臨床をスムーズに進めることにつながりました。

こうしてできあがった臨床構造を土台に、クライアント側に求められたのが「正当化」の取り組みであり、臨床を進めていく上での内なる基盤を固めるプロセスです。

例えば、社内で稟議を通して意思決定プロセスをクリアするため、臨床の是非を問い、粘り強く説得していました。一連の正当化プロセスを経ることで、臨床に組織としての確かな位置づけが与えられます。

さらに、正当化のプロセスを経ると、いざ臨床が始まった後も社内の協力が得やすくなるというメリットが生まれます。データ提供を求めたり、新たな施策を打ち出したりする際に受け入れてもらいやすくなるのです。

このように、対価の交渉で作り上げた臨床構造を、正当化によって磨き上げ、社内の資源を円滑に動員するというメカニズムが浮かび上がってきました。

さて、ここまで見てきたように、経営臨床における対価の影響は、単に金額の問題にとどまりません。むしろ対価は、臨床の初期条件を規定し、その後の展開を方向づける要因です。臨床のあり方を規定する働きを持っています。

対価の交渉で臨床構造をどう作るのか。臨床構造をどう組織内で位置づけ、巻き込みを図っていくのか。そこにこそ、臨床の成否を分ける鍵があると言えそうです。

論文が示唆するものは何か

論文の概要を紹介してきましたが、本コラムの読者である人事の方々にとって、どのような示唆があるのでしょうか。人事は社外との協働が含まれる仕事だと思います。新しい取り組みを進める上で、外部の力を借りることも少なくないでしょう。

中にはビジネスリサーチラボのように研究知見を持つ外部組織に依頼をすることもあるでしょう。もちろん、それに限らず、社外の専門家のサービスを受けることはあるはずです。

私の論文を参考にすれば、次のような2つの含意が導き出せます。外部組織を活用する際のポイントとして意識すると良いかもしれません。

第一に、外部組織と対価について交渉するプロセスは、活動の青写真を描く重要な機会だということです。人事課題への認識をすり合わせるところから、目標設定、役割分担、推進体制の構築に至るまで、能動的に関与することがうまくいく秘訣です。

社内のリソースや意思決定プロセスを見極めた上で、あるべき活動の姿を構想すると良いでしょう。専門家に意見を求め、議論を重ねながら一緒に臨床構造を作り上げていきます。受け身になるのではなく、主体的に臨むことが肝要です。

第二に、社内での正当化プロセスを粘り強く主導することの重要性です。自らの言葉で丁寧に取り組みの意義を語り、社内の理解と協力を得ていくことが必要です。外部との協働を進める原動力は、社内の巻き込みから生まれると言っても過言ではありません。

確かに、根気強い説明と交渉が必要になるかもしれません。しかし、正当化を丁寧に経ることで、いざ取り組みが開始した後にも、物事がスムーズに進むので、おすすめです。正当化のプロセスを疎かにしないことが大事です。

私の論文はあくまで学術界における小さな蓄積の一つではありますが、人事の方々にとっても、社外の専門家と関わる方法を改めて考える機会を提供できたとすれば嬉しいです。

より良い経営の実現に向けて、人事の方々が社内外の英知を結集し、チャレンジを続けられることを願っています。詳細はぜひ論文を読んでみてください。さらなる示唆を汲み取っていただけるかもしれません。

脚注

[1] 伊達洋駆(2022)「経営組織の臨床に対価はどのような影響を与えるか」『経営行動科学』第333号、97-118頁。

[2] Roth, J., Shani, A. B.Rami, and Leary, M. (2007). Insider action research: Facing the challenges of new capability development within a biopharma company. Action Research , 5(1), 41-60.

[3] Raedelli, G., Guerci, M., Cirella, S., and Shani, A. B. (2014). Intervention research as management research in practice: Learning from a case in the fashion design industry. British Journal of Management , 25(2), 335-351.

[4] Stanton, H. E. (1976). Fee-paying and weight loss: Evidence for an interesting interaction. American Journal of Clinical Hypnosis, 19(1), 47-49.

[5] Balch, P., Ireland, J. F., and Lewis, S. B.1977. Fees and therapy: Relation of source of payment to course of therapy at a community mental health center. Journal of Consulting and Clinical Psychology , 45(3), 504.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。

#伊達洋駆

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