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コラム

自分を思いやる:セルフ・コンパッションの効果と注意点

コラム

仕事をしていると、様々な困難やストレスに直面します。そんな時、自分自身に優しく接することができているでしょうか。自分の苦しみに気づき、それを和らげるために自分自身に優しさを向けることを「セルフ・コンパッション」と呼びます。

本コラムでは、セルフ・コンパッションについて解説していきます。セルフ・コンパッションがもたらす効果や、それを高めるための方法について、研究知見を交えながらお伝えします。

セルフ・コンパッションを職場で実践するためのヒントも提供します。例えば、上司と部下の関係性の中で、どのようにセルフ・コンパッションを促進できるのでしょうか。

一方で、セルフ・コンパッションを極端に適用することで生じるリスクもあります。自己改善の妨げにならないよう、適切なバランスを保つことの重要性も述べます。

セルフ・コンパッションとは

セルフ・コンパッションとは、困難やストレスに直面した際に自分自身に優しく接することです。これは次の3つの要素から成り立っています[1]

  • セルフ・カインドネス:自分の失敗や不完全さに対して、自分を批判するのではなく、優しく理解を示すこと
  • コモン・ヒューマニティ:苦しみや失敗は人間の共通の経験であり、自分だけが経験しているわけではないと認識すること
  • マインドフルネス:辛い思考や感情を、抑圧したり回避したりせずに、ありのままに受け止め、観察すること

失敗した時に自分を厳しく責めるのではなく、「誰でも失敗はある」と自分に優しく語りかけることで、ネガティブな感情が和らぎます。また、自分の苦しみは自分だけのものではなく、多くの人が経験していることだと認識することで、孤独感が軽減されます。さらに、ネガティブな思考や感情をオープンに観察することで、それらに巻き込まれることなく、適切な対処ができるようになります。

セルフ・コンパッションは、自分自身との健康的な関わり方を促します。では、セルフ・コンパッションにはどのような心理的効果があるのでしょうか。

ウェルビーイングを高める

セルフ・コンパッションがもたらす効果について、米国の大学生を対象に、2年間にわたって各年の春学期と秋学期に質問紙調査を実施した研究を手がかりにして[2]、まずはウェルビーイングへの影響から見ていきましょう。

研究では、セルフ・コンパッションが6か月から12か月後のウェルビーイングを予測することを明らかにしています。セルフ・コンパッションが高い人は、うつ病や不安、ネガティブな感情が低く、ポジティブな感情が高いことが示されました。また、セルフ・コンパッションはストレスがウェルビーイングに及ぼす否定的な影響を緩和していました。

セルフ・コンパッションがウェルビーイングを高めるメカニズムとして、次のようなものが考えられます。

  • セルフ・コンパッションは、ストレスフルな状況下で自分自身に優しく接することを促すため、ネガティブな感情の影響を緩和する
  • セルフ・コンパッションは、失敗や困難を人間の共通の経験として捉えることを助け、孤立感を減らして、周囲に助けを求めるように仕向ける
  • セルフ・コンパッションはネガティブな思考パターンに巻き込まれることを防ぎ、適応的な対処方法を選ぶことができる

この研究は、セルフ・コンパッションがウェルビーイングに与える影響を長期的に検証した点で意義深いものです。セルフ・コンパッションを高めることで、ストレスに対して有効に対処し、心理的な健康を維持・向上させることができます。

感情の切り替えに効果あり

セルフ・コンパッションはウェルビーイングを高めるのに加えて、感情の切り替えにも効果があることが示されています。セルフ・コンパッションが感情的な注意にどのような影響を与えるかを探ることを目的とした一連の研究が参考になります[3]

研究では4つの実験を行い、参加者はセルフ・コンパッションを誘発する条件とそうでない条件に分けられました。研究の対象はすべて大学生であり、男女比はほぼ同じでした。

セルフ・コンパッション条件ではネガティブな個人的経験について思いやりを持って書くように求められ、コントロール条件では日常的なルーティンについて書くように求められました。

その後、参加者はドットプローブ課題を行い、感情的な刺激に対する注意が測定されました。ドットプローブ課題では、ネガティブな刺激とニュートラルな刺激が同時に提示され、その後、どちらかの位置にドットが表示されます。

研究の結果、セルフ・コンパッションを誘発された参加者は、そうでない参加者に比べて、ネガティブな刺激からより速く注意を切り替えることができました。この効果は、抑うつ、不安、ストレスなどの他の要因を考慮しても変わりませんでした。

また、比較条件として、感情を表出するだけの条件や自尊心を高める条件も設けられましたが、セルフ・コンパッション条件の効果はこれらの条件とは異なっていました。よって、セルフ・コンパッションの効果は、感情表出や自尊心向上とは別のメカニズムによるものと考えられます。

セルフ・コンパッションを持つことで、ネガティブな刺激から注意を柔軟に切り替える、「認知的柔軟性」が促される可能性が指摘されています。

生理学的指標でストレスへの強さが検証

セルフ・コンパッションの効果という意味では、生理的指標からも、特にストレスへの強さが検証されています。セルフ・コンパッションがストレス状況下での心拍変動に与える影響について調査した研究です[4]

以前の研究において、セルフ・コンパッションが感情の健康を高め、ストレスやネガティブ感情のレベルを低減させることが示されていますが、セルフ・コンパッションと生理学的ストレス反応、特に心拍変動の関係についての研究は限られており、主に安静時に評価されていました。

対して、この研究では、中国・成都の西南石油大学に在籍する男子大学生を対象に、セルフ・コンパッション尺度のスコアに基づいて、高セルフ・コンパッション群と低セルフ・コンパッション群に分けました。

参加者は10分間のリラックス後、心電図の記録を行い、Trier Social Stress Testを実施しました。Trier Social Stress Testは、精神的なストレスを誘発する方法であり、準備、スピーチ、回復期間などを含んでいます。

分析の結果、高セルフ・コンパッション群では、高い心拍変動の指標が見られました。これは、セルフ・コンパッションが高い人が、より適応的な自律神経系の活動状態にあることを意味しています。

この研究によれば、セルフ・コンパッションが高い人は、ストレスに対する柔軟な生理学的・心理学的反応を示しており、調整能力を持っている可能性があります。

セルフ・コンパッションは変容可能

セルフ・コンパッションには、いくつかの効果があることを確認しました。しかし、そもそもセルフ・コンパッションは変容可能なのでしょうか。そのことを考える上で有益なのが、セルフ・コンパッションの質問項目を作成した研究です[5]

研究では、セルフ・コンパッションを測定するための尺度の開発と検証を行うため、3つの調査を行っています。

1つ目の調査は、大学生を対象にセルフ・コンパッション尺度の構造と妥当性が検討され、6つの要素から構成されることがわかりました。また、このときに女性は男性と比較してセルフ・コンパッションが低い傾向にあることも見えてきました。

2つ目の調査では、セルフ・コンパッションと自尊心の関係や、セルフ・コンパッションが心理的健康に与える影響を検証しました。セルフ・コンパッションと自尊心は中程度の関連があり、心理的健康と正の関連があることが明らかになりました。

3つ目の研究が、ここでは特に興味深いのですが、実践的な仏教徒と大学生のセルフ・コンパッションを比較しました。そうしたところ、仏教徒は大学生よりもセルフ・コンパッションのレベルが高く、修行年数とセルフ・コンパッションには正の相関があることが示されました。

この研究は、心理学的な手法でセルフ・コンパッションを測定する尺度を開発し、セルフ・コンパッションが自尊心とは異なる概念であり、心理的健康と関連することを実証的に見せました。

また、仏教徒と大学生の比較からは、セルフ・コンパッションが生まれつき固まっているものではなく、何かしらの取り組みによって後天的に高めることができる可能性が示されています。すなわち、セルフ・コンパッションは変容可能であると考えられるのです。

セルフ・コンパッションを高める介入

セルフ・コンパッションが変容可能であるとして、どのように働きかけることができるのでしょうか。

セルフ・コンパッションの概念を整理し、セルフ・コンパッションを高めるための介入方法を考察した研究をもとに[6]、一つの働きかけの例を示しましょう。

「ゲシュタルトの二つの椅子」と呼ばれる介入方法があります。参加者が向かい合って置かれた二つの椅子に交互に座るというものです。

一方の椅子では、参加者は自分の内なる批判的な声を表します。自分の欠点や失敗について厳しく非難する声です。もう一方の椅子では、参加者は思いやりのある声を表します。この声は、自分の苦しみを認識し、優しく理解を示します。

参加者は、批判的な声と思いやりのある声の間で対話を行います。このプロセスを通じて、自分の中の批判的な声に気づき、それに思いやりのある対応を実践します。

それにより、自己批判の思考パターンを把握し、自分自身に対してより思いやりのある態度を育むことができます。つまり、セルフ・コンパッションを高められるのです。

職場におけるセルフ・コンパッションの実践

セルフ・コンパッションの定義、効果、高め方について解説してきました。セルフ・コンパッションの考え方は職場でどのように活かせるのでしょうか。

  • 上司がセルフ・コンパッションを体現することが有効です。自分の失敗や欠点を受け入れ、自分を励まし、ケアする姿勢を自ら示します。上司の振る舞いは部下に影響を与えます。セルフ・コンパッションを実践する姿は部下にも波及するはずです。
  • 上司と部下による面談の場でも、セルフ・コンパッションを促すことができます。部下が失敗した時や落ち込んでいる時には、自分を責めすぎないように声をかけると良いでしょう。「誰にでもミスはある」「ベストを尽くした」など、コモン・ヒューマニティを示唆し、自分に優しくなれるような言葉をかけます。
  • 特に、高いストレス状況における部下のパフォーマンスに気を配ります。上司から「自分を責めるより、この経験から学ぼう」「完ぺきを求めず、最善を尽くすことに集中しよう」など伝えます。
  • 職場のメンバーがセルフ・コンパッションを高める機会を設けるのも一策です。講師を招いたり、社内勉強会を開いたりして、セルフ・コンパッションについて理解を深めます。介入方法を実践することができれば、なお良いと言えます。
  • 失敗を責めるのではなく、そこから何を学べるかに焦点を当てて振り返りを行います。失敗から得た教訓を職場で共有し、次に活かす文化を作っていきます。そのためには、上司が率先して自身の失敗を共有し、建設的な議論を促します。
  • 「皆が困難を抱えながら働いている」という共通の認識を持つようにします。その上で、互いを思いやる姿勢を求めましょう。職場における助け合いの関係を重視し、実際にそうした環境を作っていきます。

マイナスをもたらさないために

セルフ・コンパッションには多くの利点がある一方で、その考え方を極端な形で適用すると、かえってマイナスの影響を及ぼすことにもなりかねません。ここでは、セルフ・コンパッションをめぐってあえて注意すべき側面を検討しましょう。

セルフ・コンパッションは失敗やミスに寛容になることを奨励し、そのことは基本的には良いことです。ただし、低いパフォーマンスを見過ごしたり、適切なフィードバックを怠ったりしてしまうのは問題です。

例えば、常に締め切りに間に合わない仕事や、質の低いアウトプットが常態化するメンバーに対し、「誰しも失敗はある」「完ぺきを求めすぎるのは良くない」と思って、何も指摘せずに放置すると、本人の成長が阻害されます。職場のパフォーマンス低下にもつながります。

相手をリスペクトし、最大限の尊重をしつつも、建設的なフィードバックを提供し、成長を促すことが求められます。セルフ・コンパッションと必要な育成とのバランスを取ることが大事です。

また、セルフ・コンパッションは、失敗を恐れず挑戦する姿勢を促進します。これも通常は歓迎すべきことです。他方で、失敗の責任から逃れる口実として意図的に用いられると問題になります。

例えば、大きなミスを繰り返すメンバーが、「失敗は誰にでもあること」と開き直り、反省や学びを怠るのは危険です。また、十分な検討なしにリスクの高い決定を下し、失敗しても「挑戦が大事」と責任を回避するようでは、職場に損害が生じかねません。

セルフ・コンパッションは、確かに自分を責めすぎないことを奨励しますが、もちろん、自分の行動に一切の責任を持たなくて良いわけではありません。失敗から学んでより良い行動をとっていくためには、失敗を恐れず挑戦することを促しつつ、失敗の責任と向き合うように働きかける必要があります。

さらに、セルフ・コンパッションは、「誰しも困難を抱えている」という認識から構成されます。これは苦難への対処を可能にする考え方であり、重要です。しかし、これを推し進めすぎると、個別の支援が疎かになるかもしれません。

例えば、「誰もが何らかの課題を抱えているのだから」と思って、特定のメンバーの抱える問題に目を向けなくなるとすれば、本末転倒です。必要なメンバーに対し、適切な支援が提供されなくなる可能性があります。

「皆、失敗やミスをする」という認識が、必要な支援を阻害しないように、個々人の抱える課題にお互いに目を配る繊細さが求められます。

セルフ・コンパッションは、職場に多くの恩恵をもたらす可能性があります。人事領域で今以上に広まることが期待されます。ただし、適切に活用するには、繊細な配慮と柔軟な対応が不可欠です。

脚注

[1] Neff, K. D. (2003). Self-compassion: An alternative conceptualization of a healthy attitude toward oneself. Self and Identity, 2(2), 85-101.

[2] Stutts, L. A., Leary, M. R., Zeveney, A. S., and Hufnagle, A. S. (2018). A longitudinal analysis of the relationship between self-compassion and the psychological effects of perceived stress. Self and Identity, 17(6), 609-626.

[3] Yip, V. T., and Tong MW, E. (2021). Self-compassion and attention: Self-compassion facilitates disengagement from negative stimuli. The Journal of Positive Psychology, 16(5), 593-609.

[4] Luo, X., Qiao, L., and Che, X. (2018). Self-compassion modulates heart rate variability and negative affect to experimentally induced stress. Mindfulness, 9, 1522-1528.

[5] Neff, K. D. (2003). The development and validation of a scale to measure self-compassion. Self and identity, 2(3), 223-250.

[6] Barnard, L. K., and Curry, J. F. (2011). Self-compassion: Conceptualizations, correlates, & interventions. Review of general psychology, 15(4), 289-303.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。

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