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コラム

エンゲージメントを高めるメカニズム:JD-Rモデルの知見から

コラム

多くの企業が、従業員のエンゲージメントの向上に力を入れています。これは、エンゲージメントが高ければ、生産性が上がり、従業員の満足度が高まり、離職率が下がるなど、組織にとっての利益が多いと考えられているためです。

このコラムでは、エンゲージメント向上の重要な理論の一つ、JD-Rモデル(Job Demands-Resources model)についてご紹介します。

エンゲージメントへの注目

エンゲージメントへの関心は、社会の変化に伴い高まっています。グローバル化による競争の激化や情報技術の急速な発展により、創造性が求められるようになっています。

また、リモートワークの普及などで、仕事と私生活の境界があいまいになり、従業員のストレスも増加しています。これらの環境下では、従業員が仕事に対して積極的に関わることが、業績向上とウェルビーイングにとって重要です。

ワーク・エンゲイジメントは、従業員が仕事に高いエネルギー、献身、没頭を感じるポジティブな状態です。ワーク・エンゲイジメントの高さは従業員が創造性を発揮することにも貢献します[1]

初期の研究では、エンゲージメントは仕事役割に肉体的、認知的、感情的、精神的に自己を表現し投入することとして定義されていました[2]。その後、活力(vigor)、熱意(dedication)、没頭(absorption)の3つの側面からなるポジティブな仕事関連の心理状態と捉えられています[3]

  • 活力:仕事中のエネルギーレベルの高さ、精神的な回復力、仕事に努力を投入する意欲、困難に直面しても持続する粘り強さ、など
  • 熱意:仕事へ強く関わろうとすることや、仕事の意義や誇り、インスピレーション、など
  • 没頭:仕事へ完全に集中すること、仕事に没入している状態、など

近年、働き方や職場に対する価値観が変化しており、労働市場では価値観の変化も見られます。多くの若手労働者は、仕事に意味を求め、ワーク・ライフ・バランスや社会的責任を重んじています。ストレスやバーンアウトがパフォーマンスに与える影響が認識されるにつれ、企業はこれらを緩和し、ポジティブな職場環境を作るために、エンゲージメントの向上に努めるようになったと考えられます。

JD-Rモデル

ワーク・エンゲイジメントとは、仕事でのポジティブで充実した心理状態を示す概念で、この状態を引き起こす原因やその影響、そして他の関連概念との違いについて研究されています。ワーク・エンゲイジメントに影響を及ぼす要素を説明するために、JD-Rモデル(Job Demands-Resources model)が提案されており[4]、仕事の要求(Job Demands)と仕事の資源(Job Resources)という二つの主要な要素に焦点を当てています。

  • 仕事の要求:持続的な肉体的・精神的努力を要求し、特定の生理的・心理的コストを伴う仕事の側面を指す
  • 仕事の資源:仕事の目標達成に役立ち、仕事の要求を減らし、個人の成長と発達を刺激する可能性のある仕事の側面を指す

このモデルでは、職務の自律性や上司からのサポート、成長の機会などの仕事の資源が、従業員の基本的な心理的ニーズを満たし、ワーク・エンゲイジメントを促進するとされています。資源が十分にあると感じる従業員は、仕事に対するエネルギーと没頭を増やし、結果として高いパフォーマンスを示すと予測されます。

仕事の要求度については、高すぎることはストレスの原因にもなりかねませんが、ある種の要求度(挑戦的な要求度)は、ワーク・エンゲイジメントを高める可能性があると考えられています。例えば、新しいスキルの習得や難しい問題への取り組みは、一時的な負荷にはなりますが、同時に成長の機会でもあります。従業員がこうした挑戦を前向きに捉え、必要な資源を活用できる場合、ワーク・エンゲイジメントが高まると考えられるのです。

JD-Rモデルが示す2つのプロセスと2つの仮説

JD-Rモデルは、職場における要求と資源が、健康障害プロセスと動機づけプロセスの2つの異なる経路を通じて従業員に影響を与えると説明しています。

健康障害プロセス

仕事の要求(例えば、多量の仕事や対人関係のトラブルなど)が増えることで、従業員はより多くの努力を要するようになります。この過度の努力は、身体的、感情的、そして認知的なエネルギーの消耗を引き起こし、結果として職場でのストレスや疲労感、健康上の問題に繋がりうるのです。

例えば、売上目標を達成しようとする従業員が、プレッシャーを感じながらも休息を取る時間がなく、上司や同僚からの十分な支援が得られない環境で働き続ける場合、慢性的な疲労やバーンアウトを経験するリスクが高まります。このプロセスは、仕事の要求が過大になることで従業員の精神的および身体的資源が枯渇し、結果として疲弊や健康障害に至る可能性があるという一連の流れを示しています。

動機づけプロセス

仕事の資源、例えばスキルの多様性や社会的支援などは、従業員の基本的な心理的欲求を満たし、ワーク・エンゲイジメントを促進する重要な役割を果たします。ワーク・エンゲイジメントが向上すると、従業員の創造性やパフォーマンスが上がるとされています。例えば、プログラム開発の業務を行っているエンジニアたちは、仕事の進め方や意思決定の裁量を会社から与えられることで、創造的なアイデアや問題解決策を生み出しやすくなるでしょう。

職務固有の資源が従業員に提供されることで、内発的な動機づけが促され、ワーク・エンゲイジメントが高まります。そのため、組織は各職種に合わせた有意義な仕事の機会や成長を支援する体制を整えることが求められます。これらのプロセスは、多くの研究結果を統合して統計的に分析した結果でも支持されており、ワーク・エンゲイジメントやバーンアウトとの関係を示すエビデンスが積み重ねられています[5],[6]

緩衝仮説(Buffer Hypothesis

仕事の資源は、仕事の要求度がストレスに及ぼす影響を弱めたり緩衝したりすると考えられており、JD-Rモデルのなかでは緩衝仮説として説明されています。具体的には、仕事の要求によって従業員の心身のエネルギーが枯渇し、結果としてストレスや健康問題が生じるプロセスにおいて、仕事の資源がその負の影響を軽減する役割を果たします。

例えば、売上目標を達成するためのプレッシャーを感じている営業員であっても、上司からのアドバイスや同僚との協力といった仕事の資源があれば、そのプレッシャーによるストレスを軽減できるというわけです。言い換えると、仕事の要求が高くても、上司のサポートや裁量権のような十分な仕事の資源が提供されることで、従業員はストレスや健康上のリスクを低減できる可能性があるということです。

緩衝仮説は、仕事の資源が健康障害プロセスに対してどのように保護的な役割を果たすかを明らかにしています。研究知見からも、スキルの多様性やパフォーマンスに関するフィードバックといった仕事の資源が、心理的な苦痛やバーンアウトなど、仕事の要求が原因で生じるストレスを和らげる効果があることが示されています[7]

促進仮説(Boost Hypothesis

一方で、仕事の要求度が高い状況において、仕事の資源がワーク・エンゲイジメントへの影響をさらに増幅するという「促進仮説」が提唱されています。動機づけプロセスでは、仕事の資源が従業員の基本的な心理的欲求を満たすことで、ワーク・エンゲイジメントを高め、優れたパフォーマンスにつながるとされています。

ここで促進仮説が示すのは、仕事の要求度(特に挑戦的な要求度)が高い場合、仕事の資源がワーク・エンゲイジメントに与える正の影響がさらに強まるということです。

例えば、革新的なプロジェクトに取り組む開発エンジニアが、最新の開発ツールの提供や上司や同僚からの知識共有といった豊富な仕事の資源を享受することで、挑戦的な仕事によるエンゲージメントがさらに高まるということです。

挑戦的な仕事に取り組む機会が多いほど、スキル向上の機会や同僚からの知的刺激といった仕事の資源が、エンゲージメントを促進する効果を増大させるわけです。促進仮説は、仕事の要求度と資源が互いに影響を与え合い、エンゲージメントを高める相乗効果を持つことを示唆しています。

緩衝仮説が主に健康障害プロセスに関連し、促進仮説が動機づけプロセスに関連すると理解することができます。しかし、これらの仮説は仕事の要求度と資源の複雑な相互作用を示しており、2つのプロセスを完全に分けて考えることはできません。

仕事の資源は、健康障害プロセスを緩和するだけでなく、直接的にワーク・エンゲイジメントを向上させる効果も持っています。JD-Rモデルは、これらの相互作用を統合的に理解するための枠組みを提供しています。

JD-Rモデルの最近の知見

JD-Rモデルはこれまでに、職務におけるストレスとモチベーションについてのさまざまな理論を統合し、発展させてきました。これには、Herzbergの2要因理論(1966年)、HackmanとOldhamの職務特性理論(1976年)、Karasekの職務要求-コントロールモデル(1979年)、Siegristの努力-報酬不均衡モデル(1996年)、そしてHobfollらの資源保存理論(2018年)などが含まれます。これらの理論は、職場での動機づけやストレスの原因となる要因に焦点を当てています。

最近では、JD-Rモデルの枠組み内で、個人が仕事にどのように積極的に関与するか、仕事と私生活のバランスの取り方など、より個人レベルの観点からの議論も取り入れられています。これにより、従業員が直面する挑戦や機会をより広い視野から理解し、対応策を考えるための幅広い理論的基盤が提供されています。

主体的行動(Proactive Behavior)の役割

主体的行動は、仕事で最高のパフォーマンスを発揮するために、個人が自らの身体的・心理的資源を向上させることを目的とした行動を指します。JD-Rモデルの文脈では、以前はジョブ・クラフティングと呼ばれる概念が特に重視されてきましたが[8]、最近の論文ではそれも主体的行動と拡張して捉えられるようになりました。そのなかでは、ジョブ・クラフティングに加えて、プロアクティブなバイタリティ管理、そして遊び心のある職務設計(playful work design)などの概念が特に重視されています。

ジョブ・クラフティングとは、従業員が自らの仕事の要求や資源を調整し、自分のスキルや好みに合わせて仕事を再デザインするプロセスです。この概念は仕事そのものを変えることで、仕事の意義を高めてエンゲージメント向上を目指すことに焦点を当てています。

これにより、より満足のいく仕事を自ら作り出し、ワーク・エンゲイジメントを高めることができます。さらに、ジョブ・クラフティングは仕事の資源を増やし、挑戦的な仕事の要求を適切に調整することで、パフォーマンス向上にも寄与します。

プロアクティブなバイタリティ管理とは、従業員が自分の心身のエネルギーを積極的に管理し、最適な仕事パフォーマンスを目指すことです。これには、同僚との積極的な交流や、インスピレーションを得る活動への参加など、自己のバイタリティを高める行動が含まれます。このアプローチを通じて、個人の資源が増加し、ワーク・エンゲイジメントや創造性が向上します。

遊び心のある職務設計は、仕事にユーモアや遊び心、競争の要素を取り入れ、動機づけを高めるアプローチです。ゲーム要素を日常業務に加えたり、同僚との友好的な競争を促したりすることで、仕事の楽しさとやりがいを高めることができます。この方法は、従業員の基本的な心理的欲求を満たし、ワーク・エンゲイジメントを促進するとともに、仕事の要求によるストレスの軽減にも役立ちます。

これらの主体的行動は、JD-Rモデルにおける動機づけプロセスを強化し、従業員が自らの仕事環境や資源を積極的に調整することで、ワーク・エンゲイジメントを高め、パフォーマンスを向上させる効果があります。研究知見でもこれらの行動が創造性の促進やバーンアウトの軽減に寄与することが示されています[9],[10]

仕事家庭資源モデル(Work-Home resource model

仕事家庭資源モデルは、JD-Rモデルを仕事以外の生活領域に拡張した理論モデルです[11]。このモデルは、仕事と家庭生活の間の相互作用に焦点を当て、両領域の要求度と資源が個人のウェルビーイングと行動に与える影響を説明しようとするものです。以下のような、3つの特徴があります。

まず、仕事と家庭の要求度・資源の相互作用に注目するモデルでは、仕事の要求度・資源だけでなく、家庭生活の要求度・資源も個人の心理状態や行動に影響を及ぼすと考えられています。例えば、家事・育児の負担(家庭の要求度)が高い場合、仕事の要求度の影響がより強く表れたり、逆に家族からのサポート(家庭の資源)が仕事のストレスを緩和したりすることがあります。

次に、個人の資源の媒介的役割に注目するモデルでは、個人の持つ時間、エネルギー、気分といった個人の資源(personal resources)が、仕事と家庭の要求度・資源の影響を媒介すると考えます。例えば、仕事の要求度が高い場合、個人の時間やエネルギーが消耗され、家庭生活に悪影響を及ぼす可能性があります。逆に、家庭生活で充実した時間を過ごせた場合、ポジティブな気分が仕事にも好影響を与えることがあります。こうした個人の資源の状態が、仕事と家庭の相互作用を媒介しているという考え方です。

最後に、文脈要因の調整効果に注目するモデルでは、文化、社会制度、個人の価値観といった文脈要因が、仕事と家庭の要求度・資源の影響を調整すると考えます。例えば、家族を大切にする文化では、家庭の要求度への対処がより重視されたり、ワーク・ライフ・バランスを支援する制度がある職場では、仕事と家庭の両立がしやすくなったりします。

仕事-家庭資源モデルは、個人のウェルビーイングとパフォーマンスを、仕事と私生活の相互作用から総合的に理解する枠組みを提供します。ワーク・ライフ・バランスやファミリーフレンドリーな職場環境の研究に広く適用されており、従業員のバランスの取れた生活をサポートし、より良い職場環境を構築するための示唆を提供しています。

このようなモデルへの注目の高まりは、社会のなかでワーク・ライフ・バランスが重要視されていることの現れとも言えるでしょう。組織は従業員の仕事だけでなく、家庭生活の状況にも配慮し、両領域の調和を促進することが求められています。

現実場面への適用について

JD-Rモデルは、エンゲージメントとバーンアウトという、仕事に積極的に関わることと離れていくことの両側面に着目しています。この特徴は、現実の職場で起こる問題を考える上で非常に有用だと感じています。

関連研究では、仕事のポジティブな側面とネガティブな側面を統合的に扱う研究が蓄積され、その知見に基づいて理論の再検討が行われています。例えば、提案された当初は優れた理論であっても、時代の変化とともにその有効性が薄れたり、現実の状況に合わなくなったりすることがあります。

JD-Rモデルは研究知見の蓄積と理論のアップデートにより、現実の職場で起こりうる様々な状況に対応し、幅広い職種や業種に適用可能な汎用性の高いフレームワークとして重宝されていると考えられます。

学術理論を有効に活用していくためには、世間で注目を浴びている理論や定説をただ採用するのではなく、その理論の研究の潮流や、関連する最新の知見にも目を向けて見ることが大事です。

脚注

[1]Bakker, A. B., Petrou, P., Op den Kamp, E. M., & Tims, M. (2020). Proactive vitality management, work engagement, and creativity: The role of goal orientation. Applied Psychology, 69(2), 351-378.

[2] Kahn, W. A. (1990). Psychological conditions of personal engagement and disengagement at work. Academy of management journal, 33(4), 692-724.

[3] Schaufeli WB, Salanova M, González-Romá V, Bakker AB. 2002. The measurement of burnout and engagement: a two sample confirmatory factor analytic approach. J. Happiness Stud. 3:71–92.

[4] Demerouti, E., Bakker, A. B., Nachreiner, F., & Schaufeli, W. B. (2001). The job demands-resources model of burnout. Journal of Applied psychology, 86(3), 499-512.

[5] Christian, M. S., Garza, A. S., & Slaughter, J. E. (2011). Work engagement: A quantitative review and test of its relations with task and contextual performance. Personnel psychology, 64(1), 89-136.

[6] Crawford, E. R., LePine, J. A., & Rich, B. L. (2010). Linking job demands and resources to employee engagement and burnout: a theoretical extension and meta-analytic test. Journal of applied psychology, 95(5), 834-848.

[7] Bakker, A. B., Demerouti, E., & Sanz-Vergel, A. (2023). Job demands–resources theory: Ten years later. Annual review of organizational psychology and organizational behavior, 10, 25-53.

[8] Bakker, A. B., & Demerouti, E. (2017). Job demands–resources theory: Taking stock and looking forward. Journal of occupational health psychology, 22(3), 273-285.

[9] Tims, M., Bakker, A. B., & Derks, D. (2012). Development and validation of the job crafting scale. Journal of vocational behavior, 80(1), 173-186.

[10] Tims, M., Bakker, A. B., & Derks, D. (2013). The impact of job crafting on job demands, job resources, and well-being. Journal of occupational health psychology, 18(2), 230.

[11] Ten Brummelhuis, L. L., & Bakker, A. B. (2012). A resource perspective on the work–home interface: The work–home resources model. American psychologist, 67(7), 545-556.


執筆者

藤井 貴之 株式会社ビジネスリサーチラボ チーフフェロー
関西福祉科学大学社会福祉学部卒業、大阪教育大学大学院教育学研究科修士課程修了、玉川大学大学院脳情報研究科博士後期課程修了。修士(教育学)、博士(学術)。社会性の発達・個人差に関心をもち、向社会的行動の心理・生理学的基盤に関して、発達心理学、社会心理学、生理・神経科学などを含む学際的な研究を実施。組織・人事の課題に対して学際的な視点によるアプローチを探求している。

#藤井貴之

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