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コラム

他者を思いやる職場:コンパッション研究を手がかりに

コラム

コンパッションという考え方をご存知ですか。他者の苦しみに心を寄せ、それを和らげようとする思いやりのことです。近年、心理学など多くの分野で、コンパッションに関する研究が盛んに行われるようになりました。

本コラムでは、コンパッションの定義やその起源、職場における実態、コンパッションを高める要因について、研究知見を踏まえて解説します。その上で、組織としてコンパッションを育むための方策や、コンパッションの副作用についても考えます。

コンパッションとその難しさ

コンパッションとは何でしょうか。コンパッションについては様々な研究が行われていますが、概ね共有された定義があります。コンパッションとは「他者の苦しみに対する慈悲の情動反応であり、その苦しみを和らげ、幸福を促進しようとする動機づけを伴うもの」を指します[1]

コンパッションは3つの要素を含むことが指摘されています。他者の苦しみを認識すること、慈悲の情動的反応を示すこと、助けようとする動機づけや行動を伴うことです[2]

要するに、コンパッションは、他者の苦境に気づき、それに心を動かされ、助けたいと考えるプロセスのことです。コンパッションは生理学などの基礎科学はもちろん、ヘルスケアや教育現場への応用や臨床研究など、幅広い分野で研究されています。

コンパッションの起源は、哺乳類の子育て行動にあると考えられています[3]。親が子の不安や苦痛に反応し、それを和らげるために世話を焼くことは、子の生存と成長を助けます。

また、コンパッションは、自分と身近で価値ある他者の苦しみで、その苦しみが不当なものであり、自分に助ける能力がある場合、特に発揮されると言われています。自分に関わりの深い相手の苦しみを和らげることで、結果的に自分にも同様の支援が得られるという意味で、他者にとっても自分にとっても有益です。

ただし、コンパッションは必ずしも容易に発露するものではありません。私たちのうちには競争心など、コンパッションと異なる動機も同時に存在しているからです。状況に応じて、どの動機を優先するかは変わります。

職場におけるコンパッションの実態

職場においてコンパッションはどのように発揮されているのでしょうか。この問いに答える手がかりとなるのが、医療従事者を対象に行われた一連の調査です[4]

まず、職場における仕事上・上司・同僚からのコンパッションの頻度が調べられています。その結果、職場内のさまざまな立場の人の間で、年齢や性別、役職に関係なく、コンパッションがそれなりの頻度で生じていることが明らかになりました。具体的には、「時々ある」と「しょっちゅうある」の間に位置していました。

コンパッションを受けた人の感情や愛着との関連性も検討されました。周囲から多くのコンパッションを受けた人ほど、仕事に対してポジティブな感情を持ち、組織に対する愛着も高いことが示されました。

職場においてコンパッションを享受することは、個人の心理面だけではなく、仕事への意欲にもプラスの影響を及ぼすことが示唆されます。

さらに、職場のコンパッションをめぐる具体的なエピソードを収集し、質的分析を行ったところ、次のような発見が得られました。

  • 職場内外のさまざまな苦しみが、周囲のコンパッションを引き出すきっかけになることが分かりました。例えば、病気や怪我、家族の不幸、人間関係のトラブル、仕事上のミスなど、多岐にわたる苦しみが、周囲の思いやりの行動を誘発していました。
  • コンパッションは、個人の行動というよりも、複数の人による集合的な反応の形で現れることが多いことが明らかになりました。誰かが困っている時、一人ではなく、皆で助けようとする雰囲気が生まれやすいのです。
  • コンパッションを受けた人の感情面での変化が確認されました。思いやりを感じることで、ポジティブな感情が湧き、ネガティブな感情が和らぐ効果がありました。
  • コンパッションの体験が、自己理解や人間関係の見方にも影響を与えることが示されました。優しさに触れることで、自分は大切にされていると感じ、同僚や組織への信頼感が高まっていました。

職場における日常の何気ない思いやりの行動が、組織の一体感を支える要因の一つとなっていることが分かります。小さな親切が従業員同士の結束を強め、ひいては組織全体の士気を高める効果を発揮する可能性があります。コンパッションはいわば「見えない資産」であり、それを大切に育んでいくことが求められます。

逆境経験が他者を助ける自信を高める

有効性の高い職場におけるコンパッションを促すにはどうすれば良いのでしょうか。コンパッションの発現に影響を与える心理的要因を見ていきましょう。

一つ注目したいのが、過去の逆境経験の影響です。人生で辛い出来事を多く経験した人ほど、他者の苦難に直面した時のコンパッションの感情が維持されやすいことが報告されています[5]

なぜ、このような傾向が見られるのでしょうか。その背景には、「自分には他者を助ける力がある」という自己効力感の高さがあります。過酷な状況を乗り越えてきた経験が、対人援助の自信を高めているのです。

ただし一般に、助けを必要とする人の数が多すぎると、一人ひとりに十分なコンパッションを向けることが難しくなります。多数の苦境に直面すると、コンパッションの感情が薄れるバイアスが生じやすいと言われています。

過去に辛い経験をした人においても、このバイアスが作動するのでしょうか。それとも、たくさんの人が苦しんでいる状況でも、コンパッションを持ち続けられるのでしょうか。

この研究では、参加者に内戦で苦しむ子どもの写真を見せ、コンパッションを測定しました。あわせて、参加者自身の過去の逆境経験の深刻度も報告してもらいました。結果的に、辛い経験が多い人ほど、苦しむ子どもの人数が増えてもコンパッションが保たれることが分かりました。

続く研究では、参加者の「自分には他者を助ける力がある」という自己効力感の測定も行ったところ、辛い経験とコンパッションの間には、自己効力感が関係していることが明らかになりました。逆境を乗り越えた経験が、他者を助ける自信につながっていることを示唆する結果です。

さらに、参加者を自己効力感の操作群と統制群に分けました。操作群では、参加者に「自分には他者を助ける力がある」と感じてもらうような課題を行ってもらいました。そして、辛い経験が少ない人でも、効力感を高めるとコンパッションが保たれることが見えてきました。

最後に逆境経験、自己効力感、寄付意思の関連を見ましたが、ここまでの結果を裏付けることができました。

これら一連の研究から、過去の辛い経験がコンパッションを持ち続ける力を育てること、自己効力感が重要な役割を果たすこと、コンパッションが実際の援助行動にもつながり得ることが明らかになりました。

逆境経験は罪悪感ももたらす

過去の逆境経験とコンパッションの関連において、罪悪感が果たす役割を探求した研究があります[6]。罪悪感とは、重要な道徳的・社会的な基準に反したときに生じる嫌悪感です[7]

逆境経験、罪悪感、コンパッションについて3つの研究が行われています。

  • 1つ目の研究:過去により深刻な逆境を経験した人ほど、日常生活でより強い罪悪感とコンパッションを経験する傾向があることが分かりました。
  • 2つ目の研究:罪悪感が特定の対象へのコンパッションを媒介することを検証し、1つ目の結果を再現しました。
  • 3つ目の研究:罪悪感を実験的に操作することで、過去の逆境経験者におけるコンパッションの増加が確認されました。

逆境を経験した人は、他者の苦しみに直面した際に罪悪感とコンパッションの強さが増すことが分かります。罪悪感は、過去に逆境を経験した人においてコンパッションを促す要因となります。

さらに、罪悪感とコンパッションの関係は広範にわたり、逆境に起因する罪悪感が他の対象に対してもコンパッションの行動を引き起こす可能性があることが示されました。

ただし、罪悪感はいつも良いものではありません。精神的健康に悪影響をもたらす可能性もあります。例えば、罪悪感は抑うつを高めることがあることが指摘されています[8]

逆境経験は罪悪感を通じてコンパッションを高める一方で、ネガティブな影響もあります。逆境経験から生まれる罪悪感が及ぼす精神的健康への悪影響にも目を向け、サポートを提供することが求められます。

コンパッションを育む職場づくり

職場におけるコンパッションを育むために、何ができるでしょうか。ここまでに取り上げた研究知見をもとに、いくつかの策を挙げてみましょう。

  • 日頃から同僚への感謝の気持ちを伝え合いましょう。職場においてコンパッションを多く受けた人ほど、ポジティブな感情が高まります。思いやりを受けた経験を振り返ることで、自分も他者を思いやる意欲が高まります。
  • 小さな親切を実践し、皆で共有し合います。些細なコンパッションの行動が職場の人間関係を支える絆になります。「今日のコンパッション」をチャットなどで簡単に伝えることを習慣化するのも一案です。
  • 社員一人ひとりの「助ける力」への自信を強化します。支援の自己効力感を高めることがコンパッションの維持につながります。上司からの肯定的なフィードバックや、チームにおける成功体験の共有が効果的です。
  • 従業員同士が安心して過去の逆境経験を共有する機会を開くことが考えられます。もちろん、本人の意思に基づいて可能な範囲で慎重に共有することが大事です。ときには非公式な場の方がふさわしいこともあるかもしれません。お互いの逆境に共感し合うことで、コンパッションの土壌が育まれます。

こうした工夫を組み合わせることで、職場におけるコンパッションが高まり、より良い人間関係を築くことができます。

ただし、人の苦しみに向き合うことが心の負担になるリスクも忘れてはなりません。罪悪感がコンパッションを促す一方で、精神的な脅威にもなり得ます。コンパッションの文化を根付かせる一方で、社員のメンタルヘルスのケアにも目を配ることが求められます。

コンパッションのリスクと対処

コンパッションにはポジティブな側面が多くありますが、いくつかのダークサイドが考えられないわけではありません。最後に、あえてコンパッションのデメリットを検討します。

初めに注意すべきは、他者の苦しみに感情移入することで、自分自身が感情的に疲弊するリスクです。コンパッション疲れがバーンアウトをもたらすかもしれません。

また、相手へのコンパッションが強くなりすぎると、客観的な状況判断が難しくなります。本当に援助が必要なタイミングを選び取れず、自己犠牲的になる可能性がありますし、ときには厳しさも必要なのに、甘い判断をしてしまいかねません。

多くのコンパッションを受けると、申し訳なく思う気持ちが芽生えることもあり得ます。そうした気持ちを抱いたままでは、人間関係もうまくいかなくなります。

これらの想定されるデメリットに対処するには、感情のマネジメントが欠かせません。自分と他者の感情を理解し、うまく付き合うことが求められます。感情のマネジメントはトレーニング可能です。

とはいえ、自分の能力だけでは限界もあります。客観的な状況判断のためには、周囲の意見も聞くことも必要でしょう。また、必要以上に自分を責めないようにするのも大事です。

コンパッションを職場に根付かせていくには、そのメリットとデメリットの両面を理解することが求められます。

脚注

[1] Mascaro, J. S., Florian, M. P., Ash, M. J., Palmer, P. K., Frazier, T., Condon, P., and Raison, C. (2020). Ways of Knowing Compassion: How Do We Come to Know, Understand, and Measure Compassion When We See It? Frontiers in Psychology, 11, 547241.

[2] Strauss, C., Taylor, B. L., Gu, J., Kuyken, W., Baer, R., Jones, F., and Cavanagh, K. (2016). What is compassion and how can we measure it? A review of definitions and measures. Clinical Psychology Review, 47, 15-27.

[3] Goetz, J. L., Keltner, D., and Simon-Thomas, E. (2010). Compassion: An evolutionary analysis and empirical review. Psychological Bulletin, 136(3), 351-374.

[4] Lilius, J. M., Worline, M. C., Maitlis, S., Kanov, J., Dutton, J. E., and Frost, P. (2008). The contours and consequences of compassion at work. Journal of Organizational Behavior, 29(2), 193-218.

[5] Lim, D., and DeSteno, D. (2020). Past adversity protects against the numeracy bias in compassion. Emotion, 20(8), 1344-1356.

[6] Lim, D., and DeSteno, D. (2023). Guilt underlies compassion among those who have suffered adversity. Emotion, 23(3), 613-621.

[7] Kugler, K., and Jones, W. H. (1992). On conceptualizing and assessing guilt. Journal of Personality and Social Psychology, 62(2), 318-327.

[8] Ghatavi, K., Nicolson, R., MacDonald, C., Osher, S., Levitt, A., and Liu, C. (2002). Defining guilt in depression: a comparison of subjects with major depression, chronic medical illness and healthy controls. Journal of Affective Disorders, 68(2-3), 307-315.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。

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