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コラム

離職者を味方につける:出戻り採用の可能性

コラム

皆さんの会社では、離職者に対してどのような印象を持っていますか。離職者との良好な関係を維持し、再雇用の可能性を探る企業が増えています。

本コラムでは、一度辞めた従業員を再び雇用する「出戻り採用」について考えます。研究知見を踏まえつつ、出戻り採用がもたらす効果を明らかにし、実践に向けた施策を取り上げます。

また、出戻り採用は様々な利点がある一方で、リスクもはらんでおり、その点にも触れます。出戻り採用の効果を最大化し、企業の持続的な発展を実現する示唆を提供できればと思います。

出戻り採用は離職しにくい

従業員の離職は、雇用主と従業員の関係の「終わり」を意味するものと捉えられているかもしれません。しかし近年、そのような考え方に疑問を投げかける取り組みが普及しています。一度辞めた従業員が雇用主に戻る「出戻り採用」です。

出戻り採用のことを英語ではブーメランと呼びます。ブーメランのように、投げたものが戻ってくるからです。ブーメラン従業員という言葉もあり、一旦組織を去ったものの、後に同じ組織に再雇用される個人のことを指します。

出戻り採用という考え方を聞いたときに初めに気になるのは、「一度辞めた従業員は、たとえ戻ってきても、またすぐに辞めてしまうのではないか」ということではないでしょうか。まさに、ブーメラン従業員が初めて雇う従業員と比較して離職しやすいかどうかを検証した研究があります[1]

分析の結果、ブーメラン従業員は初めての従業員よりも有意に低い離職率であることが明らかになりました。具体的には、離職率が20%弱ほど違っていました。この結果は、ブーメラン従業員が組織に留まりやすいことを示唆しています。

その一方で、同じ研究において、ブーメラン従業員が2度目の離職をした場合と残留した場合で、1度目の離職理由に有意な違いは見られないことも分かりました。1回目の離職理由にかかわらず、一度辞めた従業員を改めて採用する価値はありそうです。

出戻り採用は私たちの直感に反して、むしろ従業員の定着につながる有効な手法と考えられます。元従業員が再び自社に戻ってくる際には、新たな感謝と愛着を持っている可能性があるためでしょう。

出戻り採用のもたらすメリット

出戻り採用は、従業員の定着以外にも様々な効果をもたらします。例えば、従来の採用方法よりもコストを抑えることができます。素早く優秀な人材を獲得する機会を提供します。人材を探したり見極めたりする時間を短縮できるのです。

出戻り採用で入社した従業員は、組織に一度適応しているため、オンボーディングに関わるコストも(ゼロにできるわけではないですが、少なくとも他の採用手法の場合よりは)削減できます。

パンデミック下のような経済変動のある中でも、出戻り採用は武器にあります[2]。出戻り採用で入社する従業員は、その他の候補者と比較して、自社の組織文化に精通しており、フィットしやすい状態にあります。一度、自社の外の現実を見ており、キャリアに対する意欲やコミットメントの水準が高くなりやすいのも特徴です。

離職の体験をより良いものに

一般に、従業員の離職は人的資本を減少させ、企業に損失をもたらすものと捉えられています。しかし、従業員は離職後も企業に対してポジティブな行動をとることができます[3]。従業員との雇用契約が終わっても、関係やその価値が消失するとは限りません。

企業が離職した従業員から得る利益を「離職後価値」と呼ぶ研究があります。離職する際の従業員の感情が、離職後価値に影響を与えます。ポジティブな経験をすることができれば、離職に対してもポジティブな感情を抱きます。そのことによって、企業への好意的な態度や自発的な行動をもたらし、離職後価値を高めます。

逆に、離職時点でネガティブな経験をすれば、離職に対するネガティブな感情が高まり、企業に対して良からぬ行動を引き起こし、離職後価値を下げることになります。離職後にネガティブな口コミを投稿するなどの行動を見たことのある人も少なくないはずです。

人は経験の終了時にその経験を評価する傾向があります。そのため、離職するときの経験が、元従業員による「結局のところ、この会社はどうだったのか」という評価を左右することになります。

良好な離職体験を提供することが求められています。出戻り採用の成功は、離職者に「この会社は良い会社だった」と思ってもらえるかどうかにかかっています。良い会社だと思えば、出戻り採用への扉が開かれます。

出戻りの理由を先に作っておく

出戻り採用の社員は比較的早く戻ってくる傾向があることが指摘されています[4]。個人的なショックや他の仕事機会などの理由で離職した従業員ほど、将来の出戻りの可能性に開かれています。つまり、一時的な理由で離職する従業員は、将来的に出戻りの候補となり得るのです。

離職の際の面談において従業員が将来会社に戻る意思を伝えている場合、出戻り採用が容易になるという指摘もあります。これは一見当たり前ですが、重要なことです。

皆さんの会社では、そもそも離職時に面談を行っていますか。また、そのときに出戻りの可能性について確認していますか。面談を実施していない、あるいは、実施していたとしても、出戻りの声がけはしていないという企業は珍しくないでしょう。

出戻り採用を促進するためには、離職時に従業員との良好な関係を維持し、戻ってくる理由を先に作っておくことが有効だと考えられます。出戻り採用を「思いつき」のものとせず、一つの選択肢として可視化しておくのです。

また、企業からの評価が高い従業員が出戻りしやすいと言えます。これは、離職時も離職後もそうした従業員には丁寧に接している可能性があることに加え、従業員側も自分が評価されていることを認識し、ポジティブな感情を抱くことに起因します。

企業としては、出戻り採用を見据えた長期的な視点を持ち、離職者との関係性をマネジメントする必要があります。良好な関係を維持し、戻る理由を先に用意しておくことで、優秀な人材の出戻りを促せます。

出戻り採用はやりがいにもつながる

出戻り採用は、従業員のモチベーションにもポジティブな影響を与えます。IT専門家を対象に、「以前の企業に復帰した後、仕事の特徴がどう変わったか」を調査した報告があります[5]

総じて、復帰後に初めに働いたときより良い仕事についていると感じていることが分かりました。出戻り後により多様なスキルが求められる仕事、より重要性を感じる仕事、より裁量のある仕事を行っていると感じていたのです。

出戻り後も仕事の特徴は変わらないと答えたIT専門家もいましたが、それでも、全体的な職務満足度は向上していました。別の組織で働いた後に以前の組織に戻ると、より良い仕事環境か、仕事に対する満足を改善する効果があるのです。

出戻り採用は、単なる人材確保の手段ではありません。それを超えて、従業員のモチベーションを高め、組織の活性化につながる取り組みにもなり得ます。

人事にできることは何か

ここまでの議論を踏まえて、人事が実施すると良い施策について考えてみましょう。より有効な出戻り採用を実現するために、人事に何ができるのでしょうか。4つの観点があり得ます。

  • 離職マネジメントの強化:望ましい離職マネジメントは、従業員のポジティブな離職感情を生み出し、離職時価値を高めます。例えば、離職の際の面談の質を高めるために、人事担当者向けの面談トレーニングを実施すると良いでしょう。離職する従業員の貢献に感謝を示すとともに、将来の出戻りの可能性について前向きに話し合うことが求められます。
  • 戦略的なアプローチ:出戻り採用の成否は、そのプロセスが反応的か戦略的かによって変わります。人事としては、出戻り採用の対象となる人材像を明確にし、過去の人事評価データを活用して高業績者をリストアップするなどの工夫が必要です。候補者とは定期的に連絡を取り、組織の動向を伝えるなどのアプローチが有効です。
  • 有益な仕事の提供:出戻り社員の多くが、復帰後によりモチベーションの高まる仕事を付与されたと報告しています。出戻り社員のキャリア計画を個別に検討し、前回の雇用時よりもスキルや裁量が高まる仕事を提供すると良いでしょう。出戻り後も定期的にコミュニケーションをとり、新しい挑戦を支援します。
  • アルムナイとの関係維持:元従業員は離職後も企業に対してポジティブな行動をとり得ます。アルムナイ向けのニュースレターを配信し、組織の最新情報を提供することが大事です。例えば、年1回などの頻度で、アルムナイと現役の従業員が交流する場を設けるのも一策です。アルムナイ専用のウェブサイトを立ち上げ、求人情報や組織の新たな取り組みを共有することも考えられます。

出戻り採用のリスクに向き合う

ここまで、出戻り採用がもたらす様々なメリットについて議論してきました。一方で、完ぺきな採用手法は存在しません。出戻り採用のリスクも考慮する必要があります。

出戻り採用は自社に合った人材を素早く獲得し、その後の離職を防ぐ有用な方法です。それは裏を返せば、出戻り採用が安全な選択であることを意味します。

過去の実績に基づいて人材を採用することは、短期的には合理的な選択です。しかし、これは企業がリスクを取ったり、未知の才能に賭けたりすることを避けているとも言えます。

出戻り採用に頼ることで、外部から新しい人材を獲得する機会を逃す可能性があります。出戻り採用は、成長と発展を遠ざけるリスクがあるのです。自社にない、多様な経験や視点を持つ人材は、イノベーションや組織活性化につながります。

また、出戻り採用が組織文化に及ぼす影響についても注意が必要です。元従業員は、以前の慣習や進め方に固執することもあるかもしれません。そうなると、組織内での変化に対する抵抗が生まれます。

このような状況に陥ると、企業が必要とする適応を妨げ、長期的な生き残りに悪影響を及ぼすかもしれません。特に変化の激しい業界において、組織の競争力を損なう原因となり得ます。

出戻り採用の効果的な活用と、そのリスクのバランスをとることが重要になります。短期的な効率性だけではなく、長期的な組織の発展を見据えた視点が求められます。

以上、本コラムでは、出戻り採用の効果とリスクについて、先行研究を踏まえて検討しました。出戻り採用は、離職率の低減、採用・適応コストの削減、カルチャーフィット、モチベーション向上など、多岐にわたる効果をもたらします。その一方で、組織文化の硬直化やイノベーションの阻害といったリスクも内包しています。

企業が出戻り採用を活用するためには、離職マネジメントを強化し、戦略的にアプローチした上で、より有用な仕事経験を提供し、離職者との関係を維持するなど、様々な施策が求められます。これらの取り組みを推進し、出戻り採用のメリットを高めしつつ、その他の採用手法も併用するなどして、出戻り採用のリスクを適切にマネジメントしましょう。

脚注

[1] Mallick, M. A., and Mukhopadhyay, S. (2023). Boomerang recruitment: an intelligent model for rehiring using a grey-based multicriteria decision-making methodology. Journal of Global Operations and Strategic Sourcing.

[2] Raveendra, P. V., and Satish, Y. M. (2022). Boomerang hiring: Strategy for sustainable development in COVID-19 era. Human Systems Management, 41(2), 277-282.

[3] Makarius, E. E., Dachner, A. M., & Brymer, R. A. (2023). You say goodbye, and I say hello: The alumni-organization relationship and post-separation value. Academy of Management Review, amr-2022.

[4] Shipp, A. J., Furst‐Holloway, S., Harris, T. B., and Rosen, B. (2014). Gone today but here tomorrow: Extending the unfolding model of turnover to consider boomerang employees. Personnel Psychology, 67(2), 421-462.

[5] Maier, C., Laumer, S., Weitzel, T., and Joseph, D. (2021). Are IT professionals better off when they return to their former employer? An employee perspective on IT boomerang careers. In Proceedings of the 2021 on Computers and People Research Conference (pp. 71-78).


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。

#伊達洋駆

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