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コラム

職場で成長を促すには:教育と学習の2つの観点から

コラム

若手社員に焦点を当てた組織サーベイを実施した経験があります。そこで目にした一つの顕著な傾向は、成長を感じられない人ほど、離職の意向が高いということです。

また、採用プロセスにおける内定者調査を実施する中で、入社後の成長を重視する求職者が多いことにも気付きます。成長を大切にし、望んでいるにもかかわらず、多くの人が何らかの形で成長の実現に困難を感じているようです。

成長を促進するには、どうすれば良いのでしょうか。本コラムでは、二つの観点からこの問題にアプローチします。

一つの観点は、周囲が本人に何かを教えた際、教えた内容を活かしてもらうために何が必要かという点です。もう一つの観点は、他者からの指導なしに自ら学ぼうとする人材を育てるために必要なのは何かという点です。

前者は教育の側面に注目するもので、受動的に見えるかもしれませんが、成長には不可欠です。後者は学習の側面に注目し、能動的であり、近年は「自律型人材」などの用語で社会的な関心も高まっています。

教えたことを活かしてもらうために

まず、教育の観点から、教えたことを活かしてもらうためにはどうすれば良いかを検討しましょう。このテーマは専門的に「学習転移」と呼ばれます。

学習転移はとりわけ教育学において大きな研究トピックの一つです。他方で、経営学では「研修転移」といった応用的な概念を用いて、特定の教育機会の効果が別の文脈でどのように適用されるかに焦点を当ててきました[1]

活かせる自信が鍵を握る

言うまでもなく、教えた内容を活かすためには、まず活かせる機会の提供が不可欠です。しかし、実際には、この基本的な条件が満たされていないケースが少なくありません。例えば、問題点を指摘した後、その状況が再び発生するのがいつになるかは不確定な状況では、どんなに優秀な人でも活用は困難です。

活かす機会が提供された上で、教えたことを活かすためには、「自分にはそれを活かせる」という自信を持つことが重要です。自信を持つというと意外に思うかもしれませんが、自分にできるという自信は「自己効力感」と呼ばれ、研修転移の主な要因の一つとして確認されています[2]

自信があると、教えられたことを活かせるのは、試行に向かっていけるからです。自分にはできると思うと、実際に試してみようという意欲が湧きます。何事も始めの一歩が難しいものですが、自信を持つ人はその一歩を踏み出すことができます。

たとえうまくいかない事態に陥っても、自信があれば簡単にはくじけずに努力を続けることができます。また、周囲からのプレッシャーがかかったときも、それにうまく対処し、粘り強く活用を試みることができるのです。

活かせる自信の持ち方

教えた内容を活かすために、本人がそれを活かせる自信を持つことが重要です。では、どのようにして自信を育てれば良いでしょうか。教えられた本人にできることと、周囲の協力や関わりが必要なことを分けて、効果的なアプローチを紹介します。

本人にできること:

  • 小さな目標を設定し、達成することで自信をつけます。例えば、「毎日10分間、教えられたことを実践する」といった目標でも良いでしょう
  • 小さな成功を積み重ねることで、自信が徐々に湧いてきます。早期に成功を経験することが重要です
  • 取り組んだことを記録します。例えば、日報やチャットツールで短く報告する方法も有効です
  • 過去の成功体験を思い出してみましょう。それらをリストアップすることで、自信が生まれます
  • 自分に向けてポジティブな声かけをします。例えば、「自分にはできるはず」と自分自身に言い聞かせます
  • 物事をポジティブに捉えます。これを肯定的枠組みと呼びます。例えば、「できていない」状態も「伸びしろ」と捉えることができます
  • 教えられたことを実践した場合の結果を、頭の中でシミュレーションします。心のリハーサルと言えます

周囲の協力が必要なこと:

  • 本人に対して良い例を示すのが大事です。身近な例があれば「自分にもできる」と思え、自信が芽生えます
  • 経験豊富な人が助言を行う体制を作ります。例えば、何かを教えた後に相談相手を設定するという方法があります
  • 本人にポジティブな言葉をかけます。例えば、「あなたならできますよ」と伝えることが考えられます
  • 困難な状況に直面した際に心の支えとなります。応援していることを言葉で示すことが大切です
  • 教えたことを一緒に実践するのも有効です。例えば、本人と一緒にオンラインプログラムを受講することのも良いでしょう
  • 教えたことを実践する人を紹介するのも一策です。似た状況にいる人同士は理解し合えるものです

自ら学ぶ人材を増やすために

次に、自発的に学び、成長を求める人材を増やすための方法を考えてみましょう。自ら学ぶ意欲のある人材は非常に重宝されますが、残念ながら、実際にはそういった人は多くありません。

自ら学ぶ人が少ない理由としては、成長に向けた行動には失敗のリスクが伴うという点が挙げられます。一般的に、人はリスクを避ける傾向にあります。

また、学びは自身の変化を伴うものです。変化することは慣れない状態への逆戻りを意味し、現状がうまくいっている場合、学びに積極的になりにくいものです。

中長期的な観点から見れば、学びの有効性は疑う余地がありません。しかし、学びが即座に高い成果をもたらすとは限らず、中長期的な成長よりも、目先の成果を求めるのも一つの自然な反応です。

自ら学ぶ姿勢=学習目標志向性

自ら学ぶことの重要性は認識されつつも、それを実践することは容易ではありません。それでも、できるだけ多くの社内人材が自発的に学ぶようになることが望まれます。では、どのようにして、これを実現すれば良いのでしょうか。

自分の能力を高めることを目指す姿勢は、専門用語で「学習目標志向性」と呼ばれます。これは、自ら学びたいと思う人材の中核的な特徴であり、これまでの学術研究を参考にすれば、学習目標志向性を持つ人ほどパフォーマンスが高い傾向にあります[3]

学習目標志向性が高い人は、新しい情報やスキルを学び、それを仕事に応用することで、変化する環境にも適応しやすく、難しい状況に直面しても効果的な解決策を見出そうとするのです。

しかし、学習目標志向性を高める際には、根本的な注意点があります。それは、学習目標志向性を高めるために間接的な方法に頼らざるを得ないという点です。学習目標志向性は自発的なものであり、強制によって高めることはできません。

重要なのは、学習目標志向性が自然と高まる環境をデザインすることです。このような環境は個々人の内発的なモチベーションを刺激し、学びに対する関心を醸成することができます。また、環境を整えるアプローチは持続的な成長を可能にし、学習目標志向性を長期にわたって促すことができるでしょう。

学習目標志向性を高める方法

学習目標志向性を促進する環境をデザインすることは、容易ではありません。特定の一つの方法だけでなく、様々な方法を組み合わせて取り入れる必要があります。

以下に、想定されるいくつかの方法を示します。すべてを実行する必要はありませんが、できる範囲で取り組んでみてください。

  • 社員が成長目標を設定することを支援します。これは仕事の目標ではなく、学習に関連する目標であり、例えば、「半年以内に特定の資格を取る」といった目標を指します
  • 実際に学習機会を提供します。オンラインプログラムや研修を受講できるようにすることです
  • 定期的に学習に関連するフィードバックを奨励する。成長に向けた助言を気軽に得られるようにします
  • 異なるスキルを持つメンバーとの共同の機会を作ります。一緒に仕事をする中で学びが得られます
  • 学びにはミスが伴うことを認識し、失敗は学習のもとであると宣言します。新しいアイデアを試すことを促しましょう
  • 学習には時間が必要であることを理解し、業務時間の一部を学習の時間として確保するようにします
  • 学習の成果を評価の一部として組み込みます。学習しても評価されないと感じると、学習が後回しになりがちです
  • 他社と比較した相対評価ではなく、本人の過去や目標と比較して評価します。例えば、「この数ヶ月で何ができるようになったか」「1年後の目標に対してどこまで進んだか」などです
  • 組織の上層部が、学習している姿勢や実績を示しましょう。高い学習目標志向性の模範となります
  • マイクロマネジメントされている環境では学習の余地が少ないため、仕事を思い切って任せます。責任と自由があることで、学習の範囲が広がります
  • 定期的な勉強会を開催して、最新の技術や情報を共有し合います。例えば、「この1ヶ月で気になった記事を要約する」などの方法でも良いでしょう
  • 学習の成果を、プレゼンテーションなどを通じて共有するための場を作ります。その場において全社的にポジティブな評価を示します
  • 社員に現在のスキルを超えるような挑戦的な仕事をアサインします。ストレッチ経験が学習を促進します

成長が実現する組織を作ることは、多くの場合、一朝一夕にはいかないかもしれません。しかし、そこに向けて着手しなければ、近づいていくことは困難です。本コラムでは教育と学習の2側面から、成長環境の作り方を解説しました。一つでも役に立てば幸いです。

脚注

[1] Goldstein, I. L. and Ford, J. K. (2002). Training in Organizations: Needs Assessment, Development, and Evaluation (4th ed.). Wadsworth/Thomson Learning.

[2] Blume, B. D., Ford, J. K., Baldwin, T. T., and Huang, J. L. (2010). Transfer of training: A meta-analytic review. Journal of Management, 36(4), 1065-1105.

[3] Dweck, C. S. and Elliott, E. S. (1983). Achievement motivation. In P. H. Mussen (Gen. Ed.), and E. M. Hetherington (Ed.), Handbook of Child Psychology (Vol. 4, pp. 643-691). New York Wiley


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。

#伊達洋駆

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