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コラム

ウェルビーイング入門:社員の幸福感を高めるには(セミナーレポート)

コラム

ビジネスリサーチラボは、202310月にセミナー「ウェルビーイング入門:社員の幸福感を高めるには」を開催しました。

近年、ウェルビーイングに対する関心が急上昇しています。不確かな時代において、社員の幸福感はこれまで以上に大事なテーマになっています。

社員のウェルビーイングを高めるために、企業には何ができるのでしょうか。人事にできること、職場にできること、個々人にできることがあります。

本セミナーでは、当社代表取締役の伊達洋駆が、最新の研究知見をもとに、次の点について解説しました。

  • ウェルビーイングとは何か
  • ウェルビーイングを高めることに、どんな意義があるか
  • ウェルビーイングを高めるために何ができるか
  • ウェルビーイング推進の注意点

※レポートはセミナーの内容を基に編集・再構成したものです。

ウェルビーイングの2側面

今回のテーマは「ウェルビーイング」です。今回のウェビナーに対して多くの申し込みをいただきました。ウェルビーイングへの関心が高まっているからだと感じています。しかし、具体的にウェルビーイングとは何でしょうか。なかなか説明しにくい概念です。

ウェルビーイングの和訳は難しく、過去に「福祉」「厚生」「幸福」「幸福感」といった言葉が使われてきましたが、もう少し広い意味を持っています。

ウェルビーイングに関する心理学の研究では、大まかに「主観的ウェルビーイング」と「心理的ウェルビーイング」の2種類に分けられます。

「主観的ウェルビーイング」は、私たちの感情に焦点を当てたものです。具体的には、快楽の感情が高く、不快の感情が低い状態を指します。この考え方の背後には「快楽主義」(ヘドニック)という価値観があります。快楽を追求し、苦痛を避けることが良い人生だという考え方です。

主観的ウェルビーイングには、認知的側面と情緒的側面の2つの要素があります。認知的側面は、人生に対する満足度に注目し、情緒的側面は、ポジティブな感情を中心に考えます。

他方で「心理的ウェルビーイング」においては、「自分の人生に意味があると感じられるか」という点を重視します。自分の成長や、自分の選択で物事を決定できるという感覚が鍵になります。

心理的ウェルビーイングの背後には「幸福主義」(ユーダイモニック)という考え方があります。これは「人生の豊かさや充実感」に焦点を当てた考え方で、自分の成長や発達を実現することが「良い人生」の実現につながるとされています。

対比的に整理すると、主観的ウェルビーイングは「今、幸せか」という結果を重視し、心理的ウェルビーイングは「人生に意味や成長を見いだせるか」という過程や生き方に焦点を当てています。

皆さんが考える「ウェルビーイング」は、主観的ウェルビーイングと心理的ウェルビーイングのどちらに近いでしょうか。もちろん、どちらが正しいということはありません。それぞれの考え方には、それぞれの価値があります。

ウェルビーイング研究においては、初めのうちは主観的ウェルビーイングが中心的に扱われていたのですが、近年は心理的ウェルビーイングが注目を浴びるようになっています。

ここまで説明してきた通り、両者はその背後にある考え方が異なりますが、一方で相関があることも確かです。本セミナーでは、これらの側面を「ウェルビーイング」として総称し、解説を進めていきます。

ウェルビーイングの意義

ウェルビーイングがなぜ大切かを、研究知見をもとにお話しします。

まず、心理的ウェルビーイングが高い人は、身体的・精神的健康の両方に良い影響をもたらします。具体的には、死亡率が低くなったり、抑うつ傾向が低くなったりするという研究結果があります。

ウェルビーイングが高い人は、仕事の成果も高まることがわかっています。心理的に満足している人は仕事に集中しやすく、困難な状況でも前向きに取り組むことができるからです。特にマネージャーや専門職のような、判断力や対人関係が求められる立場では、ウェルビーイングの効果は顕著に現れます。

また、ウェルビーイングが高い人は、同僚へのサポート行動を取ります。ウェルビーイングが高いと心理的にポジティブな状態になり、他人に共感する余裕や、他人を理解しようとする気持ちを生む原動力となるからです。

これらの結果を踏まえると、ウェルビーイングは、個人や組織に寄与する要素であることが分かります。だからこそ、ウェルビーイングの推進が叫ばれているのです。

ウェルビーイングの高め方

個人にも組織にも重要なウェルビーイングですが、どのように向上させていけば良いのでしょうか。具体的な取り組みを実施している企業はまだ多くありません。

ウェルビーイングに関わる要因は私生活にもまたがって多岐にわたるため、企業側での取り組みが難しいと感じるかもしれません。しかし、職場環境は、ウェルビーイングに影響を与えます。

今回は、企業ができるウェルビーイング向上策を6つ紹介します。

(1) 能力開発の機会

スキルや知識を伸ばすことで、自己成長を感じることができ、ウェルビーイングが高まります。例えば、社内での勉強会や、少し難易度の高い仕事に挑戦させることなどが挙げられます。従業員一人ひとりのスキルに合わせた研修の提供も効果的です。

(2) 上司からの支援

上司からの支援を受けることが、ウェルビーイング高めます。支援を得られた部下は、安心して仕事に集中し、より積極的な態度で業務に取り組むことができるからです。

支援には大きく分けて「道具的支援」と「情緒的支援」の2つがあることに注意しましょう。道具的支援とは、アドバイスや指導など、仕事の進行をサポートすること指します。対して、情緒的支援は、相談にのったり励ましたりするなど、部下の感情や悩みを支えることです。両方の支援を提供することが大事です。

上司からの支援を促進するために、定期的な1on1の面談や、上司向けの研修を提供することなどが考えられます。さらに、有益だった支援について部下から生の声を集め、それを上司に共有することも効果的です。

(3) 情報の共有

情報を適切に共有することで、ウェルビーイングを高めることができます。各人の役割が明確になり、組織全体の目標に対する理解や愛着も深まるからです。

コミュニケーションツールの導入や、マネージャーが率先して情報を開示すること、そして定期的な打ち合わせの設定などを進めていきましょう。

(4) 適切な仕事負荷

適切な仕事負荷は、ウェルビーイングを高める要因となります。負荷が過大であると、疲れやストレスが増大し、ウェルビーイングが低下してしまいます。

負荷をコントロールするためには、上司が部下の現状を理解し、業務の量や質を適切に管理すること、そして業務の改善や働き方の柔軟性を追求することが必要です。

(5) 対人関係の質

周囲との関係もウェルビーイングにおいて大事です。良好な対人関係を築いている人は、困難や課題が生じたとき、助け合い、支え合い、相談し合うことができます。

対人関係を育むために、例えば、お互いの仕事に対する考え方を共有する時間を持ちましょう。共通点を見つけることも、互いの絆を深める手助けとなります。また、新しいメンバーがチームに加わったら、チームビルディングの取り組みを行うのも有効です。

(6) 感謝のカウント

他者からの支援や気配りを意識的に振り返り、感謝の気持ちを数え上げることが、ウェルビーイングを高めます。

短い時間でも「今日はこういったことに感謝している」と振り返る習慣をつけると良いでしょう。また、最近ではサンクスカードを導入する企業も増えています。経営層やマネージャーから感謝の言葉を伝えることで、感謝の文化が広がる効果も期待できます。

ハピネス追求の副作用

ウェルビーイングは基本的に良い影響をもたらすということを伝えました。そして、ウェルビーイングを高める6つの方法を紹介しました。

しかしながら、ウェルビーイングを高めるすべての方法が必ずしも良い結果をもたらすわけではありません。最後に、ウェルビーイングを推進する上での注意点を説明します。

ウェルビーイングの定義を思い出しておきましょう。一つはヘドニックをもとにした主観的ウェルビーイング、もう一つはユーダイモニックをもとにした心理的ウェルビーイングです。

そして、主観的ウェルビーイングの情緒的側面、特に持続性が必ずしもないポジティブな感情を「ハピネス」と呼びます。

幸せを重視すると幸せから遠ざかる

このハピネスには注意が必要です。ハピネスを重視する人は、実際にはハピネスを感じにくいという研究結果があるからです。幸せを目指しすぎると、逆に幸せを感じにくくなってしまうのです。

高い目標を設定した際、その目標を達成できないと失望します。これと同じような効果がハピネスでも生じるのです。特にストレスが少ない環境では、より高いハピネスを求めるため、一層ハピネスを感じにくくなってしまいます。

ハピネスを追求しすぎると、実際にはハピネスから遠ざかってしまうというのは、少し悲しい現象です。

幸せを重視すると孤独になる

興味深い研究結果がもう一つあります。ハピネスを重視する人は、孤独を感じることが多いという結果です。孤独感と関連するホルモンのレベルも低下していることが分かりました。

驚きの結果です。なぜ、ハピネスを追求すると、孤独に感じるのでしょうか。自分自身のハピネスを大事にすることは、自分の利益を優先することであり、ある意味で利己的だとも言えます。自分のハピネスを追求することで、周りとのつながりが希薄になり、結果的に孤独を感じるというのです。

間接的な環境デザインが大事になる

ウェルビーイングを推進する際に、社員に「幸福、幸福」と強調しすぎると、それが逆効果となるかもしれません。

より重要なのは、社員が自然と幸せを感じる環境を整えることでしょう。具体的な方法については、先ほど6つの方法を紹介しましたが、そうした間接的なアプローチが、ウェルビーイングを高めるための鍵です。

また、確かに個人が自分のハピネスを追求することは、必ずしも良い結果をもたらさないことが示されていましたが、組織全体としてウェルビーイングを高めるという目標を持つことは、その限りではありません。

ウェルビーイングは個々人の問題ではありますが、各社員が「私は幸せにならなければ」とプレッシャーを感じるのではなく、組織全体でウェルビーイングを高める環境を整えることが結局は近道なのでしょう。

Q&A

アンケートでウェルビーイングの現状を知ることはできますか

そうですね。組織サーベイで社員のウェルビーイングを測定することは可能です。ただし、ウェルビーイングの定義によって、測定の内容が変わります。企業としてウェルビーイングを推進する際には、ウェルビーイングの定義を決めることが大事です。

心理的安全性はウェルビーイングにつながりますか

心理的安全性は対人関係の質に関わる概念です。その意味では、今回取り上げた要因の一つに重なるところもあり、おそらく、心理的安全性とウェルビーイングは関連していると思われます。

どのような単位でウェルビーイング向上に取り組むと良いですか

基本的には企業全体として取り組むべきだと思います。ただし、具体的な運用は各職場に任せる必要があります。ウェルビーイングは身近な職場環境の影響を受けるからです。職場開発が大事になりますね。

ウェルビーイングの高め方はエンゲージメントの高め方に似ていますか

確かに、ウェルビーイングを向上させる施策は、エンゲージメントを高める施策と重複している部分があります。エンゲージメントは、働く上でのウェルビーイングと言われることもあるため、自然なことです。

ウェルビーイングが流行語として飽きられてしまうのが心配です

ウェルビーイングに対する関心が高まることは良いことですが、流行語になると関心が一気に減るリスクもあります。他方で、企業として重要なのは、経営層や人事部門が中心となって、粛々と環境整備に取り組むことでしょう。

社員のウェルビーイングに介入しても問題ないものでしょうか

企業が個々人のウェルビーイング向上を支援することは、一見強い介入のように見えます。しかし、実際に有効な方法は良い職場環境を作ることであり、私生活に立ち入ることではありません。

自分だけのスキルを高めたい人には、どう働きかければ良いですか

成長について様々な異なる捉え方があるかもしれません。ある人は自身のスキル向上を成長と感じ、他の人は組織への貢献を成長と感じます。

いずれの成長観においても重要なのは、成長の実感を持つことです。日々の仕事に追われる中、成長を実感することは難しいものです。定期的に振り返りをしたり、フィードバックを受け取ったりすることが有効です。

職場環境の改善とは衛生要因の改善でしょうか

どちらかといえば、動機付け要因の改善の方がウェルビーイングにつながると言えます。ただし、衛生要因と動機付け要因に分ける「二要因理論」は、それが提唱されて以降の研究においてあまりうまく再現されていないことを付け加えておきます。

 

本日は、ウェルビーイングというテーマでお話しました。本日の内容が一つでも、ウェルビーイングを推進する際に役立つと嬉しいです。ありがとうございました。


登壇者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。

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