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コラム

『60分でわかる!心理的安全性 超入門』出版記念オンラインセミナー(セミナーレポート)

コラム

ビジネスリサーチラボは、20236月に「『60分でわかる!心理的安全性 超入門』出版記念オンラインセミナー」を開催しました。

当社代表取締役の伊達洋駆が新たに記した書籍60分でわかる!心理的安全性 超入門』の出版記念セミナーです。本書は、人事領域で話題の「心理的安全性」をわかりやすく解説した一冊です。

セミナーでは著者の伊達が登壇し、本書の概要や執筆の経緯などを解説した上で、心理的安全性が注目される理由や効果、その実践方法を紹介しました。また、視聴者からの質問にも回答しています。

※レポートはセミナーの内容を基に編集・再構成したものです。

出版の経緯と書籍の特徴

それでは、始めましょう。最初にお話しするのは、なぜこの『心理的安全性 超入門』を書いたのかという経緯と、本書の特徴です。

昨年3月に、今回の出版社である技術評論社から、「心理的安全性の本を書いてみませんか」という打診を受けました。私は過去にいくつかの本を書いた経験がありますが、いずれも出版社や編集プロダクションからの依頼がきっかけでした。

今回も同じように、技術評論社から相談を受けました。技術評論社は、さまざまなテーマを60分で理解できるシリーズを出版していて、その一環として「心理的安全性」について扱ってみたいとのことでした。

私自身、過去に心理的安全性に関する記事を書いたり、講演を行ったりしていました。また、昨年出版した『人と組織の行動科学』の中でも、心理的安全性について触れています。それらの内容を見て、ご連絡をいただいたのだと思います。

この本を書く上での出版社から、二つの要望がありました。一つは、エビデンスに基づいた議論をすること。もう一つは、理論だけでなく、具体的な実践方法も記述すること。これらの要望に応えることができるかどうか、しっかりと考えました。

それから、本を書く動機として、自分自身の知的好奇心や、どのような意義があるのかも考えました。心理的安全性がなぜこれほどまでに注目されているのかについて、深く考える機会になりそうな点は、興味をそそられました。

また、心理的安全性の研究では、プラスの影響だけでなく、マイナスの影響もあることが指摘されています。それらの観点も書くことができると出版社から伝えられたので、これは面白そうだと感じて、本書を執筆することに決めました。

このような経緯で、今回の『60分でわかる!心理的安全性 超入門』ができあがりました。本書は、見開き1ページに一つのトピックを説明する形式となっています。左ページには文章による説明があり、右ページには対応する図解が描かれています。

本書は、初めて心理的安全性について学ぼうとする人にも理解しやすい内容になるように努めました。読みやすさを重視しており、文章の修正を繰り返しました。

他方で、本書はページ数に対して多くの情報が含まれており、深い理解が得られます。一読で全体を把握することができますが、各項目をじっくりと読むと、60分以上の時間を要するかもしれません(笑)。

本書の特徴として、入門書でありながら引用文献を記載している点も挙げられます。これにより、読者はさらなる探求を行うための参照先を得ることができます。日本では紹介されることの少ない中国語の研究も引用しています。

心理的安全性とは要は何か

心理的安全性について説明しておきましょう。心理的安全性とは、対人関係のリスクをとっても安全だと感じることを指します[1]

例えば、あなたが仕事をしていて、あるアイデアが少し変だと思ったり、進め方が非効率だと感じたりした場合、そのことをメンバーに伝えられますか。伝えられる環境は心理的安全性が高く、逆に伝えられない環境では低いと言えます。

本書を書く中で、心理的安全性についてたくさん考えました。その中でたどり着いたのは、心理的安全性は「良質な人間関係」を表しているということです。

ほとんどの人は人間関係が働く上で重要だと認識しています。しかし、学術的な視点から人間関係の質を捉える概念はあまり多くありません。

そのような中、心理的安全性は研究が蓄積されている貴重な概念です。今後も、人間関係について語る際には、心理的安全性が引き続き利用されるでしょう。

日本で心理的安全性に注目が集まっているのは、日本の文化と相性が良いという理由もあります。日本では、不確実性を避け[2]、集団を重視する傾向があります[3]。こうした文化においては、心理的安全性の効果が顕著になります。心理的安全性の向上による効果が大きいのです。

心理的安全性を高める様々な方法

心理的安全性が良質な人間関係を意味するとして、人間関係をどう良くするかというのは、難しい問いです。しかし、心理的安全性の研究を通じて、人間関係を良くするための解決策について示唆が得られます。

特に、マネージャーの行動が心理的安全性に影響を及ぼすという研究が多く見受けられます。たとえば、インクルーシブ・リーダーシップ、倫理的リーダーシップ、サーバント・リーダーシップ、謙虚なリーダーシップなどは、心理的安全性を高めます。

これらのリーダーシップスタイルについては『60分でわかる!心理的安全性 超入門』の第3章を読んでみてください。

しかし、執筆を進める中で一つ疑問が浮かびました。それは、マネージャーに心理的安全性を高めるための多くの行動を求めることで、負担が過大になってしまうのではないかということです。

日本では9割以上のマネージャーが自分自身も仕事をしながら部下の管理もしなければならない状況にあります。日々の業務に追われ、忙しい中で心理的安全性を高めるための取り組みを求められると大変です。

そこで、本書ではマネージャーだけでなく、メンバーにも心理的安全性を高める役割があることを強調しています。例えば、インクルーシブ・リーダーシップは、メンバーが自由に意見を出しやすい環境を作るリーダーシップですが、メンバーも自分たちが相談しやすい環境を作ることに協力できます。

メンバーからマネージャーに相談したり、コミュニケーションの頻度を上げたり、相談に乗ってもらったことに感謝を伝えるといった行動は有効です。心理的安全性を高めるためには、マネージャーだけでなく、メンバーの関与も必要なのです。

さらに、本書では「心理的安全性が高まりにくい個人特性」にも触れています。例えば、自己主張が苦手な人や、細部に敏感な人は、心理的安全性を感じにくい傾向があります[4]。そうしたメンバーに対しては配慮が必要です。

本書は「心理的安全性」という人間関係の概念を扱っています。人間関係の質を向上させるために、特定の人を排除して残りの人と良好な関係を築くのではなく、皆を包摂して関係を築く考え方が重要だと思っています。

また、心理的安全性を高めるために、会社全体で取り組むべきこともあります。例えば、良好な文化を作り出し、評価制度を適切に運用するなどの方法があります。これらについても本書で解説しています。

心理的安全性が悪さをするとき

心理的安全性は人間関係の質を指しますが、これが時には意図しない結果をもたらすことがあります。たとえば、良好な人間関係があっても、仕事に集中できなくなったり、仕事の先延ばしが起こったりした結果、パフォーマンスが低下する場合もあるのです。

心理的安全性が必ずしも良い結果をもたらさない例として、個人主義のチームがあります。そのようなチームで心理的安全性が高まると、メンバーそれぞれが自分を優先した意見を述べ、チーム全体の結束力やパフォーマンスが低下します[5]

また、「功利主義」という、結果のために手段を問わず、コストパフォーマンスを重視する考え方があります。そういった考えを持つチームでは、心理的安全性が高いと、倫理的に問題のある行動をとるようになることがあります[6]

なぜ心理的安全性が必ずしも良い結果をもたらさないのか。私は本書を書きながら考えました。私が思うに、心理的安全性は、職場がもともと持っている特徴をより強く引き出す作用があります。

例えば、皆がチームのことを思い、働き者が集まった職場であれば、心理的安全性が高まることで、一緒にもっと頑張ろうという気持ちが高まるでしょう。しかし、個人主義や功利主義が強い職場では、その特徴がさらに増長されます。心理的安全性を高める際には、どのような職場であるかという視点も大切になるのです。

本書の中で印象深い箇所

本書を執筆する中で、心理的安全性に関する様々な研究結果を調べました。その中で特に考えさせられたものを紹介しましょう。

まず、心理的安全性が広く認知されるきっかけとなったのが、Googleのプロジェクト・アリストテレスであることを押さえておきましょう。効果的なチームを作る要素を解明する目的で行われ、心理的安全性が重要な要素であると明らかにしたプロジェクトです。

しかし、このことが影響してか、心理的安全性は優秀な人材が集まるチームだけの話だと思う人もいるかもしれません。しかし、そういうわけではありません。

実際、平凡な人々が存在することがチームの心理的安全性が高まり、結果としてチームの創造性を促すことを示した研究もあります[7]。心理的安全性は、優秀な人だけの問題ではないのです。

本書では、何本かのコラムを含めています。例えば「かつて日本企業には心理的安全性が高かったのか」というようなトピックを取り上げています。コラムもぜひ読んでいただければと思います。

質疑応答

・漢字の概念

「なぜ日本で心理的安全性が注目されたのか」という点について、心理的安全性が日本語で表現された概念であることがあるのではないか、というご感想をいただきました。確かに、「エンゲージメント」や「ジョブ・クラフティング」などとは異なり、心理的安全性は漢字だけで構成されていますね。

・適切な距離感

良好な人間関係の構築については「適切な距離感が重要である」というご感想もいただきました。同感です。心理的安全性の概念を発展させたエドモンドソンも、心理的安全性が過度に高いと、パフォーマンスが落ちたり、グループ内で閉鎖的になったりするリスクがあると指摘しています。

・心理的安全性の持続性

次にいただいているのは、一度形成された心理的安全性がどれぐらい持続するかという問題で、面白い視点です。以前に一緒に働いたことのある間柄では、心理的安全性が高まりやすいという知見があります。逆に言うと、チームメンバーが変わるような場面では、心理的安全性が変容する可能性があります。

・部下に求められる行動

次に、「部下が具体的にどのような行動をすべきか」というご質問です。本書では、マネージャーに関わる項目の中で、部下に推奨される行動も挙げています。図の中で挙げているのでご覧ください。

・プライベートの情報

「職場でプライベートの情報を共有することが関係性の質を高められるのではないか」という質問をいただいています。そういう側面はあるかもしれませんが、なぜプライベートの情報を知ることで心理的安全性が高まるのかというと、それは相手がどのように反応するかが推測しやすくなるからです。しかし、プライベートの情報がなくても、職場では仕事に関する価値観を共有することで、互いの反応を予測しやすくすることはできます。

・謙虚なリーダーシップ

続いて、「心理的安全性が高まりにくいカルチャーが存在する場合、どのようにそれを変えることができるか」という質問です。上層部の言動が非常に重要です。特に、おすすめしたいのは「謙虚なリーダーシップ」です。これは、自身の欠点や弱みを部下に伝えることです。上層部がこうした言動を示せば、メンバーも弱さを見せやすくなります。

・心理的安全性をめぐる誤解

心理的安全性のよくある誤解を教えてください、という質問が来ています。一つ思いつくのは、「心理的安全性は意見をぶつけ合うものだ」という考え方です。心理的安全性の一つの側面ではありますが、意見の相違が生じるタスク・コンフリクトは、経営層など意思決定の質が求められる場面以外では、一般的に有効ではありません。

以上ですべての質問に回答できました。それでは、出版記念セミナーを終了します。ありがとうございました。

 

『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)

脚注

[1] Edmondson, A. (1999). Psychological safety and learning behavior in work teams. Administrative Science Quarterly, 44, 350-383.

[2] Frazier, M. L., Fainshmidt, S., Klinger, R. L., Pezeshkan, A., and Vracheva, V. (2017). Psychological safety: A meta-analytic review and extension. Personnel Psychology, 70(1), 113-165.

[3] Deng, H., Leung, K., Lam, Catherine K., and Huang, X. (2019). Slacking off in comfort: A dual-pathway model for psychological safety climate. Journal of Management, 45(3), 1114-1144.

[4] Frazier, M. L., Fainshmidt, S., Klinger, R. L., Pezeshkan, A., and Vracheva, V. (2017). Psychological safety: A meta-analytic review and extension. Personnel Psychology, 70(1), 113-165.

[5] Deng, H., Leung, K., Lam, Catherine K., and Huang, X. (2019). Slacking off in comfort: A dual-pathway model for psychological safety climate. Journal of Management, 45(3), 1114-1144.

[6] Pearsall, M. J., and Ellis, A. P. J. (2011). Thick as thieves: The effects of ethical orientation and psychological safety on unethical team behavior. Journal of Applied Psychology, 96(2), 401-411.

[7] 闫嘉妮・马君(2021)「千金买骨的情怀:平庸同伴的存在对个体创造力的影响:心理安全与组织态度的联合作用」『管理工程学报』第355号、1-12頁。


登壇者

伊達洋駆:株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。

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