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コラム

人的資本の科学:人的資本を開示すると社員と求職者にどんな影響があるか(セミナーレポート)

コラム

ビジネスリサーチラボは、20221213日に「人的資本の科学:人的資本を開示すると社員と求職者にどんな影響があるか」を開催しました。

昨今、人的資本経営に対する関心が非常に高まっており、人的資本の開示を検討している企業も増えています。ただし、実際に人的資本を開示するとどのような影響が出るかについては、議論が抜け落ちている状態です。

本セミナーでは、ビジネスリサーチラボ代表取締役の伊達洋駆と、フェローの小田切岳士が講師を務めました。伊達からは、人的資本経営とは何か、人的資本を開示する際の注意点について解説しました。小田切からは、CSRの開示が「社員」と「求職者」に与える影響に関する研究知見を紹介しています。

本レポートはセミナーの内容を基に編集・再構成したものです。

登壇者

伊達洋駆
株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役。神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)や『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年にHRアワード2022書籍部門 最優秀賞を受賞。

小田切岳士
同志社大学心理学部卒業、京都文教大学大学院臨床心理学研究科博士課程(前期)修了。修士(臨床心理学)。公認心理師、臨床心理士。働く個人を対象にカウンセラーとしてのキャリアをスタートした後、現在は主な対象を企業や組織とし、臨床心理学や産業・組織心理学の知見をベースに経営学の観点を加えた「個人が健康に働き組織が活性化する」ための実践を行っている。特に、改正労働安全衛生法による「ストレスチェック」の集団分析結果に基づく職場環境改善コンサルティングや、職場活性化ワークショップの企画・ファシリテーションなどを多数実施している。

 


人的資本経営とは何か 

伊達: 

今回のテーマは「人的資本経営」です。2000年代以降、企業の不祥事が続出したり、リーマンショックが発生したりする中で、「企業が発信する財務情報だけでなく、非財務情報も見なければ、その企業を評価できないのでは」といった議論が出てきました。

同時に、ESGEnvironment:環境、Social:社会、Governance:ガバナンス)を重視する投資が世界的に広がっています。このような流れが、非財務情報の開示に対する社会的な要請につながっています。

非財務情報を開示する潮流は、人事領域にも到来しました。具体的には、非財務情報の一つとして「人的資本」に注目が集まっています。他の非財務情報と同じように、人的資本を開示する必要があるという議論が出てきています。 

人的資本経営とは、「人材を資本として捉え、その可能性を引き出すことによって企業価値を高めようとすること」を指します。人的資本経営の概要をつかむために、「ゴール」と「アプローチ」の2つの観点から整理してみます。

人的資本経営を理解する観点(1)ゴール

人的資本経営を進めることで、企業がたどり着くべきとされている状態、すなわち、ゴールについて、個人、職場、組織の3次元で紹介します。

個人次元のゴールは「自律」です。例えば、キャリアや仕事のことを自分で考え、選ぶことを通じて、個人と組織が対等で良質なパートナーになることが目指されています。

職場次元のゴールは「ダイバーシティ」です。さまざまな人種・性別・年齢、価値観や能力の人々が、やりがいを持って働くことを意味します。テレワークをはじめとした働き方の多様性も尊重される必要があります。

組織次元のゴールは「戦略との連動」です。人材戦略をしっかりと立てた上で、経営戦略と紐付け、企業価値の向上に向けて進めていくことが強調されています。

人的資本経営を理解する観点(2)アプローチ

これらのゴールに対して、どのような考え方に基づいて進めていくのが望ましいのでしょうか。人的資本経営の中では、主に2つのアプローチが重視されています。

1つ目のアプローチは「一貫性を持つこと」です。社内では様々な人事施策が講じられています。それらの施策に一貫性を持たせて、ゴールを目指します。そのために、人事の理念を掲げて進めることが重要になります。

2つ目のアプローチは「透明性を持つこと」です。情報開示を通じて人事の説明責任を果たす必要があります。人材に対する考え方、方向性、理念、現状、課題、施策やその意図、効果などについて、社内・社外に共有しながらゴールに向けて進めます。

以上、ゴールとアプローチの観点から、人的資本経営を整理しました。この後は、「開示がもたらす影響」について小田切さんから解説してもらいます。

CSRを開示することの影響 

小田切:

私からは、企業の非財務情報のなかでも、特にCSRを開示することで、社員や求職者にどのような影響があるかをお伝えします。CSRに関する研究知見は、同じ非財務情報である人的資本を開示した後に起こり得ることを考える際の参考になります。

CSRCorporate Social Responsibility)は、日本語で「企業の社会的責任」と表現されます。一般的には、「従業員や顧客、地域社会や地球環境など、さまざまな利害関係者に対して企業が果たすべき責任」などと定義されています。

私のパートの要点は、以下3点です。

  1. 求職者は、「開示されているかどうか」を重視する
  2. 社員は、「開示内容と実態の一致」を重視する
  3. 求職者と社員のどちらにおいても、実態を誠実に開示することが重要である

求職者への影響

初めに、求職者への影響について、3つの研究知見を紹介します。

1つ目は、合同説明会に参加した求職者を対象とした調査です(図1)。この研究では、対象者が説明会で配布された企業資料を読み、その企業が地域活動のCSRをどれだけ果たしているのかを評価しました。そして、その企業の組織的魅力も評価しています。

分析の結果、CSRへの評価の高さが、最終的に組織的魅力を高めました。

図 1:求職者への影響(1)

2つ目は、大学4年生と大学院修士1年を対象とした、実験的な研究です(図2)。まず対象者を、4つのグループに分けました。

グループの分け方として、2つの軸があります。一つは「報酬の高低」で、業界平均と比較して高いグループと低いグループに分けました。もう一つの軸が「CSR開示の多少」です。CSRを多く開示しているグループと、開示しているが少ないグループに分けました。2×24条件に分けたことになります。

それぞれの条件に対応する架空の企業資料を、各グループの参加者に配布し、組織的魅力を測定しました。

この研究で分かったことは主に2点です。一つは、CSRの開示が多いグループ(図2ACグループ)のほうが、少ないグループ(図2BDグループ)よりも組織的魅力が高いことがわかりました。 

興味深いのはもう一つの結果で、報酬の高低によって、組織的魅力には有意な差がないことが分かりました。つまり、報酬が高いか低いかよりも、CSR開示が多くされているかどうかが、組織的魅力に影響を与えていたのです。

図 2:求職者への影響(2)

CSR開示は求職者にシグナルを送り、組織への魅力を高める

これらの研究知見からは、CSRの開示を行うことによって組織的魅力が高まることが分かります。なぜ開示をすることで、組織的魅力が高まるのでしょうか。それは、CSRの開示が、求職者に「3つのシグナル」を送るからと考えられます。

「シグナル」という言葉を説明するため、前提となる、「シグナリング理論」について説明します。就職活動において、求職者が持つ企業の情報は限定的です。

そのような状況下で、企業をより深く知ろうとする際、求職者は、企業が発するさまざまな情報や手掛かりを利用します。これがシグナリング理論であり、企業が発する情報や手がかりを「シグナル」と呼びます。 

では、3つのシグナルの具体的な内容について説明します。

シグナル(1)社会的評判

1つ目は「社会的評判のシグナル」です。人は組織に所属すると、その組織のアイデンティティを得られることが、研究で示されています。これを就職活動に当てはめると、求職者は、「社会的評判の高い組織に入れば、自分の社会的評判も高くなる」と考え、その組織を魅力的に感じます。

この「社会的評判の高さ」のシグナルに、CSRの開示が該当します。CSRを多く開示することは、その組織に権威があり、社会的評価が高いことを示すシグナルとなるのです。結果として、組織の魅力が高まります。

シグナル(2)価値観

2つ目は「価値観のシグナル」です。求職者は、自分の価値観と組織の価値観が似ているほど、その組織に魅力を感じるとされています。理論的には、「Person-Environment FitP-E fit;人と環境の適合理論)と呼ばれるものです。

CSRを開示することは、その組織が「社会的責任を重視する価値観を持っていること」を示すシグナルとなります。そのため、社会的責任を重視している求職者であれば、なおさら、その組織を魅力的に感じます。

シグナル(3)待遇

3つ目は「待遇のシグナル」です。求職者は「入社後に、自分がどのように扱われるか、どのような待遇を受けるか」を、組織が発するシグナルから読み取ろうとします。

CSRを開示することは、その組織が「従業員や社会の幸福を配慮していること」を示すシグナルになります。そのため求職者は、「入社したら、組織は自分の幸福を気にかけてくれるだろう」と考え、組織の魅力が高まます。

まとめると、CSRの開示が、組織の社会的評判・価値観・待遇に関するシグナルを求職者に送るため、結果的に組織の魅力が高まるのです(図3)。

図 3:3つのシグナルのまとめ

SNSでの開示による影響

3つ目の研究知見です。CSRの開示は、一般的に自社のホームページや、CSR報告書、年次報告書などで行われることが多いものです。ただ昨今はSNSの普及がめざましく、自社アカウントを持つ企業も少なくありません。

そこで、SNSCSRを開示するとどのような影響が起こるのか、2022年に発表された研究を紹介します。

この研究では、アメリカの総収益トップ500にランクインした企業が、自社SNSアカウントの採用ページで発信した情報と、それに対する閲覧者の反応(いいね、シェア、コメントなど)を分析しています。

この研究では、主に3つのことが分かりました。1点目として、全般的にCSR関連の投稿が増えるほど、ポジティブな反応が増加しました。これは先ほどの研究知見と似た結果です。

興味深いのは23点目です。2点目として、CSR実績が低い企業であるほど、CSR関連の投稿が、むしろ閲覧者のポジティブな反応を促進することが分かりました。そして3点目ですが、CSR実績が高い企業では、投稿が増えてもほとんど効果がありませんでした。

ここでいう「CSR実績」ですが、アメリカには企業ごとのCSR関連の実績をまとめたデータベースがあり、どれだけCSRを果たせているかを確認できます。そのデータと、CSR関連のSNS投稿を照らし合わせて分析した結果、上記のことが分かったのです。

なぜ、このような結果になったのでしょうか。まず「低実績な企業のほうが、CSR関連の投稿をすることでポジティブな反応が得られる」点について。この結果には、SNSの特性が関わっています。SNS上では、「実際にどうか」よりも「目新しいかどうか(新奇性)」が重要と考えられます。

実際、CSR実績が低い企業が、CSRを開示することは多くありません。そこで、あえて開示することで、「この企業について知らなかったけれども、こんなCSR活動をしていたのか」と求職者側は目新しさを感じるため、ポジティブに受け取る可能性が高くなるのです。

「高実績企業ではSNS関連の投稿が、ポジティブな反応を促進しない」点についても、新奇性で説明できます。CSR実績が高い企業は、実績が高いこと自体が知られている可能性があります。そのような企業がCSR関連の情報を開示したとしても、目新しさがありません。結果として、情報に価値が見いだされなくなってしまいます。

開示はすべきだが「盛る」のはNG

求職者への影響をまとめると、以下の2点です。

  • CSRの開示は、組織の社会的評判・価値観・待遇に関するシグナルを求職者に発信するため、組織的魅力が高まる
  • CSR実績が低い企業であるほど、むしろCSR関連のSNS投稿がポジティブな反応を促進する

求職者にとってはCSRが開示されているかどうかが重要であり、開示していない企業や、CSRの実績が低い企業こそ、むしろ開示すべきと考えられます。

ただし、一つ注意が必要です。先ほど「開示していない企業、CSR実績が低い企業こそ開示すべき」とお伝えしましたが、例えば、内容を誇張して開示したり、やってもいないことを開示したりすることは避けましょう。

企業が開示した情報を信じて、「こんな素晴らしい取り組みをやっているなら、入社しよう」と思った人が、実際に入社してみたら「全然できていない」と感じ、リアリティショックにつながる可能性があります。あくまでも、実態に即した内容を誠実に開示しましょう。

実績が低い場合でも、素直に開示した上で、「今後、弊社としてはこのような取り組みを考えています」などと、今後の方向性を併せて提示していけると良いです。

社員への影響

社員への影響に関する研究知見としては、「開示内容と実態の一致が重要」であることが分かっています。

研究を1つご紹介します。さまざまな企業の中間管理職を対象に、自社におけるCSR開示の程度(開示量の多少ではなく、開示において「我々の会社ではCSRをしっかり果たしている」と強調する程度)と、CSRの実践度を回答してもらいました(図4)。 

結果として、実践よりも誇張して開示している場合、職務満足度、残留意思(その組織に居続けようとする意思)、組織コミットメント(組織に対する帰属意識)が低下することが分かりました。実態にそぐわない内容を開示すると、社員にネガティブな影響があるのです。

図 4:社員への影響

例えば地域貢献のCSRに関して、「社員ボランティアの支援制度があります」「地域イベントを積極的に後援しています」と開示しているものの、実態としては、支援制度がほとんど使われていなかったり、最後のイベント後援は3年前だったりする場合、社員にネガティブな影響があるのです。実態に即した内容を伝えていく必要があります。

適切な算出方法に基づく数値の開示が必要

実態を誠実に伝える上で気をつけていただきたいのが、数値の開示です。例えば図5のように、残業時間について、「わが社の平均残業時間は10時間です」と開示したとします。 

しかし実態として、「自分は毎月50時間ぐらい残業している」「自分の上司はいつも家で仕事している」などと感じる社員もいるかもしれません。こうした社員にとっては、開示内容と実態がそぐわない状態にあります。 

5:数値を開示する上での注意点

 

平均残業時間10時間は、改ざんされた数値ではありません。ただし、算出方法に注目する必要があります。例えば、新入社員や非正規社員など、残業が極端に少ない社員のデータも合算されていないでしょうか。

あるいは、記録されている残業しか算出の際に加えられないため、管理職の残業時間が正確に反映されていないこともあるでしょう。算出方法が影響し、開示した数値が、実態とずれることがあり得ます。 

数値を開示する際には、測定方法や算出方法が適切なものかを考えていただく必要があります。例えば、「このような算出ロジックで出しました」「このような社員を対象としました」などと備考に記載しましょう。また、役職層別・年代別などグループ別で分析したり、平均値だけでなく、中央値を算出したりするなどの工夫も考えられます。

人的資本開示への含意

ポジティブ情報だけでなく、ネガティブな情報も開示する

伊達:

小田切さんが解説した内容は、CSRの開示に関する研究です。CSRも人的資本も非財務情報に含まれます。CSRの開示に関する研究を基に、人的資本の開示について考えてみましょう。 

例えば、CSRの情報は求職者の志望度を高めます。CSRを人的資本に置き換えても当てはまるかもしれません。

また、CSR実績の低い企業ほど、SNSで情報を発信することで、志望度を高める効果があることが示唆されていました。

一方で、開示されたCSRの情報は、実態よりも盛られがちであると指摘されています。ネガティブな情報は、ポジティブな情報よりも開示されにくいとも言われています。

CSRを巡る開示の実態を俯瞰すると、人的資本の開示をもたらす未来を推論できます。人的資本についても開示と実態の乖離が起こり得ます。求職者にとってはリアリティショックが起こるリスクがありますし、社員にとっては、職務満足度などにマイナスの影響が及ぶでしょう。

小田切さんからは、誠実な開示が求められるとの解説がありました。「誠実な開示」にはいくつかの方法が考えられます。特に重要なのは、「ポジティブな情報だけではなく、ネガティブな情報も出すこと」です。ネガティブな情報を隠さずに出さなければなりません。

実態と乖離しない開示の仕方を考える

誠実な情報開示には、まだ難しい論点が残されています。「誠実に客観的な数値を出せば、実態との乖離は本当に生じないのか」という点です。 

例えば、管理職の女性比率を出したとします。対して社員は、「自分の周りにいる優秀な女性が昇進できていない」と思っているかもしれません。

他にも、会社の離職率を出したとします。対して社員は、「離職率は低いかもしれないが、ぶら下がり人材が多い」と感じており、数値をポジティブに受け止めないかもしれません。

客観的な数値を出したからといって、実態と乖離しないとは言えません。開示と実態に乖離がみられると、求職者・社員の双方にネガティブな影響が出てきます。

「いかに実態に近い情報を開示できるか」が重要になります。例えば、数値の開示だけではなく、その数値をどう読み解くのか、すなわち「解釈の開示」も求められるかもしれません。

解釈を開示する際には、社員がどのような現実を見ているのかを調査した上で、その現実と乖離しない解釈を行うべきです。

また、残業時間の平均値を開示したとします。平均値は、集約された情報です。しかし実際には、残業時間にはばらつきがあり、長い人もいれば短い人もいます。「ばらつき」も開示しないと、実態を反映していないと思われる可能性があります。

有休取得率を平均値で見たときに、同じぐらいの数値になっている場合でも、たくさん取れる人もいればそうでない人もいるような、ばらつきの大きい企業と、おおよそ全員が有休を取れるような、ばらつきの小さい企業では、その意味するところが異なります。

人的資本の情報を開示する際に、実態と乖離しない形で情報を開示するために、さまざまな工夫が求められます。

質疑応答

Q1.人的資本経営とタレントマネジメントに親和性はあるか?

伊達:

「人的資本経営を進める中では、タレントマネジメントも同時並行で進めていくケースが多いのでしょうか。人的資本経営のためのデータを集めることは、タレントマネジメントと親和性があるように感じています」とご質問いただいています。 

タレントマネジメントとの親和性は部分的にあるかもしれません。例えば、人的資本経営における個人次元の自律や、組織次元の戦略との連動、一貫性を持って進めるアプローチなどとは相性が良さそうです。ただし、タレントマネジメントだけで人的資本経営が実現できるわけではない点は付け加えておきたいと思います。

Q2.学術研究における「CSRの開示」とは、具体的にどのような情報を開示しているのか

小田切:

研究によって、CSRが指す内容は多岐に渡ります。例えば「全般的CSR」という概念では、地域社会への支援、障害者への配慮、地球環境、労働者の権利などを幅広く測定しています。コーポレートガバナンスや、自社の製品・サービスにおけるイノベーション、品質向上などを含めている場合もあります。これらのCSRが、全体として求職者や社員にどのような影響を与えるかを検証しています。

他方で、個別のCSRに着目した研究もあります。例えば環境CSR、地域貢献的CSRなどといった形です。冒頭で紹介した研究知見(図1)は、地域活動に関するCSRが組織的魅力を高めることを検証したものです。

Q3CSRの開示がシグナルとなり、求職者に影響するイメージが湧きにくい

伊達: 

CSRの開示がシグナルとなり、求職者に影響するイメージが湧きにくいのですが…」といただいています。仕事探しの文脈において、求職者は情報不足に苦しんでいます。入社したら自分はどうなるのかを推測するために、十分な情報が得られないのです。 

情報不足に陥った人は、少ない情報から推論を行います。例えば、環境に配慮している、ボランティア活動をしていると書かれていると、「この会社は、社員に優しい会社だろう」と想像するのです。

Q4.数値的に悪いCSR実績を開示することはどのような影響があるか

小田切:

CSR報告において、透明性は担保されているが、数値が悪い場合はどのような影響がありますか」というご質問です。

実証されているわけではないのですが、ネガティブな評価になる可能性もあります。ここで重要なのは、開示をゴールにしないことです。例えば、育休の取得率が低いことを開示した上で、「取得率を上げるために、こういうことを実践しています」と添えるだけでも、ネガティブな印象は和らぐのではないでしょうか。

伊達:

ネガティブな情報を開示する際にも、理由を説明したり、今後どうするのかを説明したりすれば、「誠実に情報を開示してくれる会社だ」と求職者がポジティブに受け止めることも考えられます。 

Q5CSRと人的資本は別物なのではないか

伊達:

CSRは社会的責任に伴う非財務情報であって、人的資本は経営戦略と関連する非財務情報です。同様なものとして扱ってよいのでしょうか?」とのご質問です。

人的資本経営に関する議論の中では、ESGSの一要素として人的資本が位置づけられています。その意味で、CSRと人的資本は近いものと考えられます。

人的資本の開示においては、CSRの開示で見られた傾向がより強く現れる部分もあるはずです。例えば、求職者に対する開示において、自社の人的資本をより良く見せたいと考えるかもしれません。CSRの開示に関する研究から、私たちが学べることは多いと思います。

Q6.ネガティブな情報を開示する際の工夫とは

伊達:

「離職率や中途採用実績など、読みようによっては、ネガティブに映る情報の開示も求められています。どのように伝えればいいか、アイデアはあるでしょうか」というご質問をいただきました。

小田切:

今回のテーマと文脈が異なりますが、例えばビジネスリサーチラボでは組織サーベイの結果をクライアントに報告する際、量的な情報に加えて、「なぜこのような結果になったのか」「この結果から考えられることは何か」といった質的な情報をセットで伝えています。

ただ数字を開示するだけでなく、なぜこの数字になったのか、なぜネガティブな内容になっているのかを、自社なりに伝えていけると良いと感じました。

伊達:

それでは、本日のセミナーを終了いたします。ご参加いただきありがとうございました。

小田切:

ありがとうございました。

 

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