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コラム

越境学習の効果と有効な支援方法

コラム

 

人材育成の領域で広がりつつある「越境学習」。越境学習とは具体的にどのようなものなのでしょう。その詳細を伝える資料はあまり多くありません。本コラムでは、越境学習について、概要、効果メカニズム、支援方法という3点から説明します[1]

越境学習とは何か

まず、越境学習とはどのようなものか、その概要を述べます。越境学習とは、ホームとアウェイを往還する学びを指します。定義の中に、「ホーム」「アウェイ」「往還」という三つのキーワードが出てきています。

「ホーム」とは、慣れ親しんだ環境のことです。自分にとって、どのように振る舞えばいいのかが分かっていて、安心して過ごすことができる場を意味します。その場で適切に行動するための情報が十分にあり、適応できている状態です。

他方で「アウェイ」は、ホームとは異なり、あまり慣れない環境のことです。その環境で何が求められているのかがよく分かりません。アウェイでは不安を覚え、十分に適応している状態とは言えず、適応するためには情報を収集していく必要があります。

最後に「往還」とは、ホームとアウェイを行ったり来たりすることです。ホームからアウェイ、アウェイからホーム、そして再びアウェイに、といった具合に、ホームとアウェイを往復します。

まとめましょう。慣れ親しんだホームから、不慣れなアウェイへ行き、またホームに戻ってきて、再びアウェイに行くといった往還の中で学びを得る。これが越境学習です。

越境学習と言うと、特別な人の特別な行為と思うかもしれません。確かに、劇的な成長を遂げるタイプの越境学習もあります。ただし、例えば、マンションの管理組合やPTAへの参加、プロボノや社外の勉強会への参加など、越境学習には様々なバリエーションがあります。

データから見えた越境学習者の変化 

越境学習とは、ホームとアウェイを往還する学びであると説明しました。これを行った人を「越境学習者」と呼びましょう。越境学習者は、自分自身の体験からその効果を実感しています。

一方で、越境学習者が実感する効果は十分に言語化されていませんでした。そのような背景から、2020年度に経済産業省が主導し、越境学習の効果とそのメカニズムを検討するプロジェクトが実施されました。このプロジェクトには、私と石山恒貴先生(法政大学大学院)も参加しました。

プロジェクトにおいては、大企業からベンチャー・NPONGOなどへ行き、大企業に戻ってくるというタイプの越境学習に特に注目しています。越境学習の効果やメカニズムを解明することを目的としたインタビュー調査を実施しました。

インタビュー対象は、越境学習者に限りません。その上司や所属企業の人事、また、越境学習者の伴走者にも話を聞きました。

以降、この調査にもとづいて、「越境中」と「越境後」に起こることをそれぞれ説明します。「越境中」とはアウェイへ行ったときのこと、「越境後」とはホームに戻ってきたときのことを指します。

越境中に生じる変化

まず、越境中に起きる変化について紹介します。アウェイへ行くことで起きる変化は、「葛藤」「行動」「俯瞰」「動員」の4つの要素にまとめられます。

越境中の葛藤

自分が当たり前だと思っていた行動を取ってもうまくいかず、戸惑うのが葛藤です。アウェイは慣れ親しんだ環境ではありません。アウェイで求められる通りに振る舞えず、その結果、越境学習者は悩みます。

大企業からベンチャーへ越境した人を例にとります。もともと大企業では、事前に根回しや相談を行った上で、物事を進めます。その方法をベンチャーでも行ったところ、「相談はいらないから、とりあえずやってみてほしい」と言われ、越境学習者は戸惑いました。 

越境中の行動

葛藤が起こる中でも、何とかしようとするのが「行動」です。うまくいかない中でも、どうにかもがいて、自分にできることは何かと、様々なことに取り組んでいきます。例えば、「とりあえず営業に行ってみよう」と足を動かす。周囲に自分の考えをどんどん提案するといった具合です。

越境中の俯瞰

ホームとアウェイの両方を俯瞰するような視点を得るのが「俯瞰」です。葛藤しながらも行動していると、そのうちに越境学習者は、ホームとアウェイの価値観が違っていることに気付きます。 

「アウェイでは『先に行動、追って報告』という順序か」とアウェイの価値観に思いが至ったり、逆に「ホームでは『先に相談してから行動』というプロセスが必須だった」とホームの価値観を意味づけたりすることも起きます。

越境中の動員

アウェイでも周囲の協力が得られるようになるのが「動員」です。例えば、「アウェイの進め方にのっとって提案し続けたら、経営者が動いてくれた」であったり、「プロダクトが定まっているわけではないものの、粘り強く営業することで、関心を持ってくれる顧客が現れた」といったことが起こります。

なお、一つ注意点があります。すべての越境学習者が4つの要素を満たすことができるわけではありません。例えば、葛藤と行動のみで終わる人や、葛藤・行動・俯瞰まできたが動員に至らず、成果を残せずにアウェイから去る人もいます。

越境後に生じる変化

続いて、ホームに戻ってきた後に起こることを紹介します。興味深いことに、越境後に起こることも、葛藤・行動・俯瞰・動員という4つの要素で整理することができます。

越境後の葛藤

まず、慣れ親しんだ場所であるはずのホームに戻ってきます。このとき、円滑に適応するかと思いきや、越境学習者はさまざまな違和感を覚えます。これが越境後の葛藤です。

越境学習のインタビューの中では、越境後に自分の職場に戻ると、「周囲がゾンビのように見えた」と述べた人もいました。また、「なぜ、こんな無駄な会議をしているのだろう」と違和感を覚える人もいました。

越境後の行動

今まで当たり前に享受していたホームの慣習に違和感を覚え、葛藤を感じます。その違和感を取り除こうと、越境学習者は主体的に動いていきます。つまり、行動が見られるようになります。

違和感を取り除こうとして動くわけですが、周囲の人は、必ずしもポジティブな反応を示しません。例えば、「この会議はもう無くしてもいいのでは?」と周囲に働きかけても、周囲の人は、その発言を面倒くさいと思ったり、「外でかぶれてきたのか」などと反発をしたりします。

越境後の俯瞰

越境後に行動を繰り広げる越境学習者ですが、なかなかうまくいきません。しかし、いくつもの行動をとる中で、ホームの価値観を改めて見直すようになります。ここに俯瞰が生じます。

ホームにはホームの価値観があります。今まで自分はそれを当たり前のものとして、無意識に遂行していたのです。ホームの価値観を考慮し、物事を進めていく必要があることに気付きます。例えば、「物事にはタイミングがある」と機をうかがうようになったり、アウェイでの学びを自分の会社で使われている言葉に翻訳したりするようになります。

越境後の動員

越境後に俯瞰できるようになれば、動員が可能になります。社内外で自分の違和感を解消するための賛同者を探したり、物事を進めるために必要な資源を得たりします。

インタビューの中で、「とにかく方々で自分の考えを言いまくる」「それにより、仲間を探していく」と話す人もいました。他にも、自分の問題意識に関心を持つ人のコミュニティをつくる越境学習者もいました。

葛藤を原動力にする越境学習

越境中と越境後に分けて、越境学習者に起こる変化を説明してきました。越境学習の効果やメカニズムについて、いくつかの注目するべき特徴が見えてきます。

第一の特徴は、越境中と越境後に起きる変化が似ているという点です。越境中も越境後も、葛藤・行動・俯瞰・動員という4つの要素で、効果を整理することができそうです。

第二の特徴は、「葛藤」が越境中と越境後の両方で起きているという点です。これを受けて、石山先生と私は「越境学習者は二度死ぬ」と表現しています。越境中の葛藤とは、アウェイの慣れない環境に洗礼を受けることです。他方、越境後の葛藤は、これまで当たり前だったホームの慣習に違和感を覚えることです。

私たちはもともと、越境中の葛藤は予想していました。しかし、越境後に葛藤が起きることは驚きでした。加えて興味深いことに、越境中の葛藤より越境後の葛藤のほうが、越境学習者にとっては大きく感じられるケースがありました。

とはいえ、葛藤と言うと、あたかも良くないものに聞こえてしまうかもしれません。葛藤をすぐに解消して、アウェイやホームに適応したほうがいいのではと思いがちですが、実は、越境学習において葛藤は非常に重要な要素です。

葛藤は越境学習者の成長や組織の変革の原動力として機能します。葛藤は越境学習の醍醐味です。葛藤を感じ、もがくからこそ、俯瞰することができ、動員につながっていきます。

要するに、越境学習は、葛藤を原動力にした学びです。ホームとアウェイを往還する中で発生する葛藤を味わい尽くすことが、越境学習を深める上で大切です。越境中には成果を残せなかったけれども、葛藤を味わい尽くしたことで、越境後に成果を残した越境学習者もいます。 

越境学習の効果を高める工夫

ここからは、越境学習の効果をさらに引き出すため、周囲が越境学習者をどう支援すればいいかを考えます。本コラムでは、越境後の周囲にできる支援に焦点を合わせます。越境学習者が、葛藤を感じつつも、行動・俯瞰して動員に至るために、周囲には何ができるのでしょうか。

越境学習者の違和感を握りつぶさない

一つ重要な点があります。越境学習は、アウェイから新しいものを持ち帰り、そのままホームに適用するものではないということです。

越境学習者はアウェイで葛藤・行動・俯瞰・動員を体験します。その後、ホームに戻ってくると、ホームに対して違和感を持つことができます。越境学習者は、慣れ親しんだホームを別の角度から見ることができるのです。越境学習者が持つこの視点がイノベーションの種になります。そのため、越境学習者の違和感は大切に育むべきものです。

ただし、越境学習者がホームへの違和感をもとに、事業や組織を変えていくことは容易ではありません。生半可なことでは事業や組織は変わりません。イノベーション研究においては、イノベーションが実現するプロセスを二つに分けています。

一つはアイデアの生成です。新しいアイデアを生み出す段階を指します。もう一つはアイデアの実行で、生み出されたアイデアを具現化していく段階です。このうち、アイデアの生成は個人で行うことができます。しかし、アイデアの実行は集団的な取り組みです。 

アイデアの実行では、さまざまな人を巻き込んでいかなければなりません。反対にも遭いやすく、まさにいばらの道です。特に、会社の当たり前と異なるアイデアは、周囲から迫害に遭います。

アイデアの実行は、1日や2日で終わりません。様々な立場の人たちを粘り強く説得していく必要があります。そう考えると、越境後の葛藤、行動、俯瞰、動員は、長きにわたって持続すべきものです。

長期にわたって、4要素を経験し続ける越境学習者に周囲は何ができるのでしょうか。越境学習者がその歩みを止めず、着実に進み続けるために、どのような支援が可能でしょうか。まずは、越境学習者の違和感を握りつぶすことを避けるのが大事です。

越境学習者が表明する違和感には、これまでの常識に対する挑戦の側面があります。会社に対する部分的な否定を伴っているとも言えます。周囲の人にとって、越境学習者の持つ違和感を即座に受け入れるのは難しいかもしれません。

しかし、越境学習者の違和感は、事業や組織に関するイノベーションの種です。そのことを理解していただくのが大切です。違和感に覚えることができた越境学習者に敬意を払いたいところです。

「関心」は高く「関与」は低く

越境学習者を迫害しないことを踏まえた上で、どのように接すればいいのでしょう。いくつかのレベルに分けて説明します。

まず、「関心」は高いが「関与」は低いような接し方が有効です。「関心は高く」とは、越境学習者の考えや行動を無視せず、話を聞き、興味を持つということです。「関与は低く」とは、働きかけを過剰にしないということです。例えば、越境学習者にマイクロマネジメントを行うことは、越境学習者の歩みを妨げる可能性があります。 

とはいえ、全く関与しないとただの放置です。関心は高く持つによって、越境学習者は「自分は尊重してもらえている」「見守ってもらえている」と感じることができ、モチベーションを保つことにもつながるのです。

違和感を解消するための資源を提供

より積極的に越境学習者を支援したい人もいるかもしれません。越境学習者の違和感の解消に有益な資源を提供するのがおすすめです。越境学習者が「会社のこの点がおかしい」「変えていきたい」と言っているとします。その際に、権限を持った人の紹介、必要な情報の提供、予算取りの手助けなどを行うと良いでしょう。 

なお、越境学習者を対象にしたインタビュー調査では、「人的資源」が有用であることがしばしば触れられています。人の紹介は、物事を進める上で心強いものです。越境学習者が持つ違和感を解消するために役立つ、社内外の人を紹介しましょう。

アイデアの実行プロセスを伴走する

資源の提供にとどまらず、さらに越境学習者を支援したい。そうした場合は、越境学習者が出したアイデアを実行するプロセスを伴走します。これは最も積極的な支援です。越境学習者を統制したり管理したりするのではなく、「共にイノベーションを実現する仲間」になるのです。 

越境学習者の感じる違和感に対して、共感する部分が多く、会社のために必要な観点だと感じたのであれば、一緒に違和感を解消するために手を貸すようにしましょう。

本コラムでは、越境学習について解説しました。越境学習は、事業や組織に新たな風を吹き込む学習です。しかし、越境学習と上手く向き合わなければ、その魅力は半減します。本コラムの内容を参考に、より効果的な越境学習を楽しんで実践していただければと思います。

 

脚注

[1] 越境学習に関するより詳細な解説は『越境学習入門:組織を強くする「冒険人材」の育て方』(石山恒貴・伊達洋駆著;日本能率協会マネジメントセンター)をご参照ください。


執筆者

伊達洋駆:株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。近著に『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)や『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)など。

 

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