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コラム

野村不動産の事例から考える 効果的なビジョン構築・浸透の方法(セミナーレポート)

コラムセミナー・研修プロジェクト例
株式会社ビジネスリサーチラボは、2021年6月に「野村不動産の事例から考える 効果的なビジョン構築・浸透の方法」を開催しました。本レポートでは、当日の模様をお伝えします。

登壇者

眞島明花:野村不動産株式会社 都市開発本部 ビルディング事業二部 営業二課 課長(2021年6月時点)
野村不動産株式会社にて再開発事業における商品企画・事業推進を行い、現在はオフィスにおけるテナントリーシング、ビル事業ビジョン浸透・発信を手掛ける。また、新しいオフィスの在り方や価値を調査・研究する「HUMAN FIRST (ヒューマン ファースト)研究所」にも関わる。

 

 

伊達洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『人材マネジメント用語図鑑』(共著;ソシム)『オンライン採用 新時代と自社にフィットした人材の求め方』(日本能率協会マネジメントセンター)など。

 


なぜビジョンを立ち上げたのか

眞島:

はじめに、なぜ我々がビジョンを立ち上げたかについてお話しします。いわゆるVUCA時代といわれるように社会の変化が起き、それに伴って企業、働く場が変わっていきます。そんな中で、自分たちも変わるべきなのではないか、という考えが背景にありました。この考え自体は2019年以前からあったのですが、コロナ禍において変化が加速したと認識しています。

また、当社全体の背景として、競合が不動産業だけではなくなってきており、商品開発の期間が非常に短く、スピードが求められています。創業当時からのカルチャーである「顧客に向けた価値創造」が実現できなくなるのではないかという危機感がありました。そこで、そのカルチャーを明文化しておこうということになりました。

私が所属しているビル部門では、「ヒューマンファーストNo.1へ」という事業ビジョンを2019年に定めました。ヒューマンファーストとは、人の可能性を最大化することを意味しています。社員一人一人が、顧客や周囲の人の可能性を最大化することを考え続け、行動していくことで、ナンバーワンを目指していくということです。

取り組み体制

眞島:

まず、社内におけるビジョン浸透を進めるヒューマンファースト委員会を立ち上げました。メンバーは各部署から選出し、30代から40代前半の、いわゆる課長・ポスト課長を中心に、発信力があるメンバーです。主メンバーは14名+私も含めた事務局3名ですが、浸透の施策によって追加メンバーを都度募集したり、若手のメンバーにリーダーをやってもらったりということも行っています。

取り組み体制を図にしたものがこちらです。水色の箇所は、ヒューマンファースト委員会が担っている部分です。あくまでも主役は社員一人一人であり、その行動を促すために委員会が存在しています。委員会は現状を分析して、その時に最適な施策を検討・実行し、社員を巻き込んでいく。その結果、社員がビジョンに基づく価値提供を顧客や社会に向けて行っていく、という関係性です。ちなみに緑色の部分は「ヒューマンファースト研究所」という機関で、社外にも情報提供をすることで、社員の行動にドライブをかける重要な役割を果たしています。

委員会メンバーでのワークショップ

眞島:

こちらに記載しているのが委員会の具体的な取り組みです。※印がついている施策はビジネスリサーチラボの伊達さんにご協力いただいた部分です。第三者の方に入っていただいて進めることの重要性については、後程お話しできればと思います。

本日はすべての取り組みについてお話はできないのですが、4つほどご紹介します。

最初に行ったのは、委員会メンバーのワークショップです。委員会を立ち上げた当初は、各メンバーの意識やそもそもなぜビジョンが必要かという考えにばらつきがありました。そこで、当初予定はしていなかったのですが、伊達さんにご協力いただきながら、委員会メンバーだけでのワークショップを2回実施しました。ワークショップでは、働き方に関する社会情勢のインプットや、それに対して当社のビル事業としてどういう価値提供ができるかを話し合いました。

ワークショップを行った目的として、我々が社員に説明できるようなビジョンストーリーを作るうえでの情報収集のほか、委員会メンバーに当事者意識を持ってもらう、チームで進めていくので仲間意識を醸成する、といったこともありましたが、事務局として一番達成したかったのは、委員会メンバーのビジョンの明確化=どういう方向性がいいか腹落ちしてもらうことでした。それが行えたことで、今後の社員への浸透を推進していく上での大切な基盤作りになりました。

この部分が整っていないと、委員会メンバーがそれぞればらばらのことを発信してしまい、社員は困惑してしまうでしょう。ワークショップを通して、同じ時間を共有して一緒のことを考えるという体験は本当に大切なことで、そのプロセスを通して意見が醸成されていくということは、やってみて本当に実感したところです。

ビジョンストーリーの作成、それを伝えるワークショップ

眞島:

二つ目は「ビジョンストーリー」と、ビジョンストーリーを事業に落とし込むための枠組みである「CEVフレーム」の作成、それらを社員に伝えるためのワークショップです。ここも伊達さんにご協力いただきながら進めました。

ビジョンストーリーは、大きく7つのステップを経て作成しました。先ほどの委員会でのワークショップのほか、社史を用いて、今までの会社の歴史を紐解きました。これは、今まで自分たちが行ってきた事業からかけ離れたようなビジョンを社員に押し付けないためです。その上で、あくまでも今まで私たちのやってきたことの延長線上にあるものであり、その考えを拡充したものをビジョンとしていく、ということを丁寧に伝えました。

また、本部長・役員・執行役員などとのディスカッションも密に行い、それぞれの役員が今までの事業に対してどのような思いを持っているか、丁寧にヒアリングしました。

続いて、社員全体に現状把握アンケートを実施し、アンケートから導き出されたビジョンに対する思い・キーワードなどを、ビジョンストーリーや、それを伝える動画にエッセンスとして散りばめました。社員自身が作り上げたビジョンストーリーになることを意識しました。

その後、社員のワークショップを実施しましたが、それに先立って、先程もお話ししたビジョンストーリーについて私が語る動画を作成しました。もともとはオフラインで、部門長を含めたワークショップやイベントをしようと思っていたのが、このとき初めての緊急事態宣言下で、急きょオンラインでやることになったという経緯もあり、動画を作成しました。ワークショップを経て社員が当事者意識を持つことにつながり、ビジョンの理解が深まったと思います。

また、ワークショップでは、要所要所で当社がやってきた取り組みを伊達さんに第三者の視点で解説していただいたり、当社のワークショップにおける社員の特徴をお話しいただいたりしました。今振り返ると、このタイミングにおいて入っていただいたのは非常に良かったと思います。私がファシリテーターを含めていろいろ進めていくんですけれども、どうしても私も社員なので、内部からの視線がメインになってしまう部分が多くなります。そこを第三者的な視点でフォローしていただきました。

現状把握調査、各業務へのビジョンの落とし込み・行動ポリシーの作成

眞島:

次に、現状把握調査です。これは毎年1回実施しており、直近では2月に行っています。ここでは浸透度や部門の状況、どこまで進捗しているかというチェックもしますが、それよりも今後の実行プランを考えることを重視しています。

例えば当社では、ビジョンの浸透度合いを6段階としています。まず「共感」し、「事例」を知り、自分なりの言葉で「解釈」でき、日常的にその言葉を「使用」しており、その行動に移す「自信」があって、最後に「行動」に移しているというものです。調査の結果、「解釈」や「使用」の得点が低いことが分かり、ここを高めていこうという施策に繋がりました。

また、職場でのディスカッションの機会や、自分の働く職場がヒューマンファーストであるといったことも、ビジョン浸透度に対する影響力が高かったので、その辺りも意識しながら施策を考え、実行に移しています。

一方で、伊達さんいわく、当社は珍しいということなのですが、役員や上司の姿勢の影響度が小さいという特徴もありました。ですので、周囲のメンバーとのディスカッションが自然と生まれるような施策や仕掛けをやっていくことを意識しています。

各業務とビジョンが結び付きにくいと浸透度が低いということも分かりましたので、自身の業務とビジョンを結び付けて、行動に移しやすくするために、各業務とビジョンの関連性を行動ポリシーに落とし込みました。これは自社のみで手作りで行ったのですが、委員会メンバー以外の部課長にもコンセンサスを取りながら、委員会メンバーのワークショップを重ねて策定しました。

ビジョン構築・浸透において重要な点、今後の課題

眞島:

当社の場合、経営者や経営企画・人事部ではなく、現場メンバーによる委員会が主導したため、当事者意識を持ちやすく、自分ごと化ができました。トップダウンではないので、各所とのすり合わせやジレンマの繰り返しになり、より時間と手間はかかります。ですが、「good things take time」という言葉がある通り、時間がかかって醸成されたものは簡単には無くなっていかないと思っています。

他にも、現状当社では起きていませんが、主業務との兼務となるので、本気で取り組まないとプロジェクトが後回しになってしまうということも、タスクフォースチームでやる上での課題です。そこで、時間と手間がかかることに主体的に取り組む、本気で組織を良くしたいという人が必要になってきます。また、まとめなくてはならないポイントでは、外部の第三者がいた方が良いと経験上感じています。

社内に浸透していく場合、意識したわけではないのですが、ある程度の手作り感も必要だと結果として思っていまして、現時点では大事にしているポイントです。当初はそこまで気づかなかったのですが、すごくきれいに出来上がったものを突然見せられても、社員は自分とは関係ないと思いがちなので、社員を巻き込んで、自分たちの言葉で積み上げていくプロセスも重視しました。

最後に当社の課題を挙げるとすれば、我々も組織なので、私を含め、今、課題感を持って本気で取り組んでいる人たちが異動してしまうこともあると思います。その際に途切れてしまうのではないかという課題を持っています。なので、本気で組織を良くしたいという仲間集めをしていまして、若いメンバーや、やる気があるメンバーがいるなと思ったら、どんどん入ってもらうということをしています。

私からは以上です。内容についてご興味を持っていただいて、情報交換してみたいということがあれば、ぜひお気軽にご連絡いただければと思います。

ビジョン浸透に必要なのはリーダー・施策・ピアディスカッション

伊達:

ありがとうございました。従業員の方が主体となって、一貫してボトムアップで進められている稀有なプロジェクトですね。私からは、野村不動産の事例からビジョン構築と浸透について学べることについてお話をします。

先行研究から、ビジョンを浸透させるための要因は三つあることがわかっています。一つ目は「リーダー要因」です。ビジョンの浸透を進めていく上では、経営者や執行役員など、ある程度の権限を持った方々が重要な役割を担うといわれています。例えば、リーダーが理念やビジョンに基づく社風づくりを自ら積極的に行うと、ビジョンの浸透が促されます。

二つ目の要因は「形式的要因」です。「形式的」というとピンとこないかもしれませんが、物質的な施策が重要になるということです。例えば、理念やそのビジョンをまとめたポスターやパンフレットを作ることがそれに当たります。

三つ目の要因は「ピア要因」と呼ばれるもので、ピアディスカッション=周囲との話し合いが大事になると言われています。周囲と話すことで、理念やビジョンについて、自然と自分なりの解釈ができてくるということです。

弊社では様々な会社でビジョン浸透の支援を行っていますが、実は、三つの要因のうちどれが重要かは会社によって異なっています。

野村不動産の場合、先ほど眞島さんも触れられていた通り、効果測定のサーベイの中で、職場でのディスカッション機会を設けているかどうかで、ビジョンの浸透度合いが違ってくるという結果になりました。従って、三つの要因のうち、「ピア要因」が、ビジョン浸透において重要な役割を担うことが分かりました。自社だったら何が影響しそうか、皆さんも考えてみていただだければと思います。

策定と浸透で重要視する要因をずれないようにする

次に、何があればビジョンの策定がうまくいくのか、この点を掘り下げたいと思います。改めて振り返っておくと、野村不動産のビジョン策定・浸透における特徴の一つとして、現場社員が半ばエバンジェリスト的な形で参加したヒューマンファースト委員会が挙げられます。

委員会は14名と大人数で、かつ部署も多様なメンバーで成り立っています。そのため、ヒューマンファーストの捉え方やそこに込めたい思いは様々でした。仕事内容が違うと見えている部分が異なりますし、それぞれのパーソナリティーもあります。

意見を出し合いながら、ビジョンストーリーを練り上げていきました。言い方を換えると、自分たちの言葉で自分たちのビジョンを紡ぎ上げていったプロセスと考えることもできます。眞島さんも「手作り感が大事」とおっしゃっていましたが、まさに自分たちの言葉で、魂のこもったビジョンを作り上げていったんですね。

弊社はこのプロセスを支援させていただきましたが、それぞれの人が意見を出し合うプロセスは、まさにピアディスカッションそのものでした。14名のメンバーが、ピアディスカッションをしながら、従業員により沿った、理解しやすい・納得感のあるビジョンストーリーを構築していったのです。

興味深いのは、先ほどビジョン浸透において、野村不動産ではピア要因が大事だったとお話ししましたが、ビジョン策定においても、やはりピア要因が大事だったということです。これは重要なポイントで、「策定と浸透で、大事にしていることがずれないようにする」というのが、野村不動産の取り組みから得られる教訓のひとつです。

例えば、経営者がビジョンを構築したのに、浸透は従業員のピアディスカッションに任せるとなると、どういう意味でこのビジョンにしたのかよく分からなくなる可能性もあります。その場合は、経営者が責任を持って浸透も主導していくというように、一貫性が必要になるでしょう。

ビジョン体現と業績達成のどちらが重視されるべきか

伊達:

では、参加者の皆さまからのご質問等に答えていければと思います。

Q. 個人に対する人事考課などで、ビジョンを体現していることと業績が高いことは、どちらがより高く評価されるのでしょうか。

眞島:

ビジョンを体現していることと、業績が高いことは、同じレイヤーで語られることではないと考えています。もちろん業績についても重要なのですが、我々が掲げてるビジョンは、全ての日々の業務、行動におけるベースになるものなので、それを体現していくことで、「ヒューマンファーストNo.1へ」という山を、営業であろうと、事業企画であろうと、スタッフ部門であろうと、みんなで登ろうよと決めているということです。

伊達:

参考までに、ある会社で、非常にパフォーマンスが高いけれども、自社のビジョンを反映した行動を取っていない人がいました。その人を管理職にするかしないかをめぐって議論があったそうです。その会社では、その人を管理職に上げたのですが、うまくいかなかった。会社としてビジョンを掲げている一方で、売上を上げればビジョンを無視していいという上司の間で、部下たちが板挟みになってしまい、葛藤が起きてしまったようです。

これは、ビジョンとパフォーマンスのどちらかを取るという話ではなく、その矛盾とうまく戦い続けること、逃げずに両面ともできる限り考慮しながらやっていくことが重要ではないでしょうか。

トップ層の巻き込み方

Q. ビジョン構築はリーダーからのトップダウンで、浸透に関しては、現場や下部組織に依頼されることが多いと思います。野村不動産の場合はボトムアップということで一貫していますが、トップ層の巻き込み方などについてお伺いできればと思います。

眞島:

委員会の立ち上げから部門長を巻き込んでいましたし、「ヒューマンファーストNo.1へ」という言葉も、トップから最初に話が出たということもありました。加えて、経営者は、経営をしていく上で掲げたビジョンに対してきっちりコミットし、自分自身の言葉で発信してもらうことを決めて、社内の発信などをお願いしていました。ボトムアップでやっていく上では、会社が目指していること、経営者が課題に思っていることと、現場での課題を日々結び付けて、経営層に話すことを意識していました。

伊達:

ありがとうございます。もう一点、トップとの関わり方にも関連していると思ったのが、会社が今まで歩んできた軌跡を調べ、そこから逸脱するものでないことを説明した点です。自分たちがずっと、知らず知らずのうちに大事にしてきたものに対して、名前や説明を与えている。そこは、経営層にとっても納得がいきやすい部分になりました。

ビジョン浸透における採用の意義

Q. 優秀社員がビジョンに全く共感していない場合、ハイパフォーマーの評価やキャリアパスはどうなるでしょうか。

眞島:

当社の場合、サーベイを行ったときに、パフォーマンスを上げている人ほど、ビジョンの浸透が進んでいるという分析結果が出たので、そこは現状、課題には思っていないところです。

伊達:

野村不動産も含め、ビジョン浸透がうまくいっている会社は、採用の段階で、ある程度ビジョンに共感している人が入っています。確かに入った後のパフォーマンスに差は出てくるかもしれませんが、両者に共通しているのは、ビジョンに対して共感しているということ。ビジョン浸透を進める上で、採用も重要です。

ビジョンの「賞味期限」

Q. ビジョンには賞味期限があるのでしょうか。

眞島:

ビル部門のビジョンは2019年に掲げたばかりなので、今すぐ変える予定は無いのですが、個人的には、賞味期限はあると思っています。それは、私たちのビジョンも、社会の変化、企業の変化に呼応して考えているもので、当社の内部環境も変わっていくからです。ただ、今あるものの延長線上でやってきたことをベースに考えるというのは、今のビジョンの考え方と変わらずやっていくと思います。

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